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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第2章 (リム 鐘後217年5月)
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014 共鳴

 さて、死の危険からは遠ざかったみたいだが、ここからどうすればいいのだろう。

 それじゃお疲れ、と手を振って別れてしまうのも違う気がする。

 となると、更に突っ込んだ話を繰り広げるべきなのだろうか。

 しかし、鬼人を相手に何を話せばいいものやら。

 そもそも、俺はこの場所に遊びに来ているワケじゃない。

 

 求綻者ぐたんしゃの資格を得るためのレゾナ探し、それが旅の目的だ。

 求綻者養成所センターでの三年間の訓練を終えれば、だれでも自然と起こせるはずの共鳴を起こせないまま、もう二年が経ってしまった。

 

 一年目までは同情や激励の言葉もかけられたが、今では教官からだけではなく、生意気な後輩からも養成所に出入りしている商人からも、挙句には食堂のオバちゃんの七歳になる娘からまで、「サッサと共鳴を起こせ」と説教されるハメになっているが、まだ起こせないままだ。


 共鳴を起こすまでの最長期間は、北の大国・ヴァルク帝国の学術都市ガプラサラにある養成所で、十数年前に記録されたという一年四ヶ月。

 だがこのケースは、その訓練生が言語道断にズボラな性格で、旅に出るのがメンド臭いという理由で新生物ヴィズ亜人デミとの遭遇を極力避けていた、という特殊な事情がある。


 対する俺は、日々思いつく限りの手段でレゾナを探し求めていたというのに、一向に共鳴が発生する気配がないままあっさりと世界記録を塗り替えてしまい、現在も前人未到の数字を積み上げている。


 共鳴を成功させた連中には、それが起こった瞬間の状況を何度も訊いた。

 しかし、説明し難い感覚らしくて、その説明はいつも要領を得なかった。

 ある者は「一目惚れに似ている」と言い、ある者は「溺れるような息苦しさ」と語る。

 ライザは「とにかく一緒にいなきゃ、としか思えなかった」みたいなことを言ってたっけか。


 知れば知る程に、何が何だか分からなくなっていった。

 分からなさで言ったら、目の前にいる鬼人とどっこいの勝負だ。

 大体、どうして言葉も交わさずに会話が成り立ってるんだ?


『分からない。こんなのは初めて』


 俺の疑問に応じて、鬼人の声が頭の中に声が流れ込んでくる。

 ということは、この念話は鬼人の能力ってワケじゃないのか。

 それはそうと、ファズも目的があってこの場にいるんじゃなかったか。

 そう思いながら見つめるが、ファズは無言でジッと見返してくるだけだ。

 仕方ないので、言葉にして改めて質問してみた。


「さっきも訊いたんだけど、目的って何なの」

『……どう話せばいいのか』


 言い澱んだファズは、懸命に言葉を選んでいる様子だったが、そうしている内に首を傾げたまま固まってしまった。

 それから、変な沈黙が一分ばかり続く。

 間を持たせるように、どこに住んでいるのか、家族で暮らしているのか、普段は何をしてるのか、その杖は何でできてるのか、みたいな質問をつらつらと思い浮かべてみたが、どれにも反応はない。


 にしても、何なのだろう今のこの状況は。

 目撃例も殆どないのに、「遭えば死ぬ」「見れば死ぬ」「とにかく死ぬ」とだけ伝えられている鬼人と向かい合って、平然と会話を交わしている。

 

 これは、もしかして――いや、そんな馬鹿な。

 ある可能性に思い至ったが、自分の中の常識的思考がそれを否定する。

 しかし教官やライザの話では、そうなった場合は相手が何だろうと意思の疎通ができる、とか言ってなかったか。

 数十秒の逡巡しゅんじゅんの後で意を決し、真正面からファズを見据える。


「なぁ、ファズ」

 ――妙なコトを訊いてもいいか?


『何』

 ――まさかとは思うが、お前は俺の。


「一緒に来てくれないか」


 その言葉を発した瞬間、驚きと笑いが渾然となった表情が浮かんだ――ように見えたが、それはすぐに掻き消えて先程までと同じ不機嫌さが現れる。

 でも、ファズはゆっくりと深く頷いた。


『リムが、それを望むなら』


 やっぱり、そうだった。

 いつの間にか、共鳴は起きていた。

 二年――二年もかかったが、ついに共鳴は起こせた。

 大声で笑い転げたいような、そうではなく泣き喚きたいような、錯綜さくそうして絡まった想いが俺の心を乱し放題に乱す。

 感極まりすぎて結局は笑いも泣きもできず、その場につくばって地面を両手で叩き続ける。

 少し落ち着いたところで立ち上がり、俺は勢い良くファズの方へと向き直る。


「そうかっ! 来てくれるのかっ!」

『ああ』


 震える声で叫ぶように問う俺に、ファズは平坦な返事を返してくる。

 手足を地につけたまま顔だけを上げると、ファズの冷えた視線とぶつかった。

 心配しているのか呆れているのか、その真意は読み取れない。

 だが視線の主である鬼人の娘ファズ、彼女が俺のレゾナとなったのは間違いなかった。

 説明のしようがないのだが、互いにそれがわかっているということがわかる。


 なるほど、この心境は確かに未経験者には説明しづらい。

 共鳴を起こした相手――ファズが特別な存在だという感覚は確実にある。

 しかし、その理由を述べろと言われても困り果てる。

 鏡を見て、そこに映っているのが自分だと理解するような。

 夢の中で、これは何もかも全て夢なのだと確信するような。


「それにしても、いつ共鳴が……」


 身を起こしながら呟くが、ファズはこちらを無視して空を眺めている。

 ファズが見上げている方に目を凝らすと、何かが円を描くように飛んでいた。

 その姿はトンビのようだが、あの青黒い羽色は【誑拐鵄さらいとび】だろう。

 羽を広げると二ジョウ(六メートル)近くなる新生物ヴィズなのに、豆粒大にしか見えない。

 どうやらかなりの高度を飛んでいるようだ――しかし、気まぐれに狩りの標的にされたら厄介極まりないことになる。


『まず、ここを離れよう』

「……そうするか」

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