移ろう窓の景色は儚い
「今日は晴れ、かな」
病室のベットで横たわりながら見える窓の景色はいつものように代り映えのない空だった。
このあまり自由に動くことのできない僕のいつもの一日は、この日から変わりだした。
「今日はいい天気ですね」
「はい」
日の光を浴びるための散歩のような看護師さんに車いすを押してもらって病院の中庭を移動しているときだった。
ベンチで座っていたおじいさんがせき込んで苦しそうにしていたので僕を押す看護師さんが僕に一言言ってからおじいさんの所に向かっていった。
そのときふと時期ではなく特に何もない、しいて言えば周りの木より大きい桜を見ると、風呂敷を広げて折りたたみ椅子に腰掛けいろいろな物をそこに広げて置いているにこにことほほ笑むおじさんがいた。
僕は不思議に思った。ここは病院の中庭で、患者さんや看護師さんなどの関係者しか入れない場所なのになぜこの人はこんな場所で露店のようなことをしているのだろう。
「君は、なにか悩みがあるね」
おじさんはこちらの視線に気づいて問いかけてきた。
「悩みですか。たしかにありますけどもう解けないものなので諦めてますよ」
「そんなに悲観することないと思うよ。そんな君にこれをあげるよ」
「は? こんなものもらっても困ります」
おじさんが僕に渡したのはいつもベットから見る窓と大きさが同じの窓だった。
「大丈夫さすぐに必要になる時がきて君の悩みもいずれ解けるだろう。それにこれは君の為の君だけの物だ。僕の役目でもあるしね」
「いずれ解けるって……いない?」
窓から顔を上げるとおじさんはそこにはいなかった。幽霊か何かとは思ったけど実際に貰った窓は手元にあるし、すごく不思議な感じだけが残った。
「ごめんなさい、あらそれはどうしたんですか?」
おじいさんのところから戻ってきた看護師さんが僕の持つ窓を不思議そうに見つめながら言った。
「すぐに必要になる物だって渡されたんだ」
散歩から病室に戻ってきたときにおじさんの言っていたすぐに必要になる状況になっていた。
「まぁ、酷いわね」
僕がいつも見ている窓が割れて、ベットの上にばらばらになって散らばっていた。その理由は足元を見てすぐにわかった。
野球ボールが転がっていたのだ。ここから野球をする場所まではそれなりに離れたところにあったと思うけど、奇跡的にいつもより飛んできて、奇跡的にこの部屋に落ちて、奇跡的に僕が中庭にいたときに窓ガラスが飛び散ったのだろう。
「こんな奇跡はいらないよ」
ぼそっと呟いていたときには僕を押してくれていた看護師さんがてきぱきとガラスを片づけて割れた窓も元通りになっていた。
「もう片づけたので大丈夫です。窓ガラスはあなたが貰ったと言っていたものがちょうどよかったので使いました。二度とこんなことが起きないように注意してきますね」
僕をベットへ運ぶと看護師さんは外へ行ってしまった。この看護師さん優秀すぎじゃないか。短時間であんなに散らばっていたガラスの破片を片付けて窓を嵌めこんだんだから。
しかし変わったことはそれから特に起きずに、検査を受けて一日が終わった。
「今日の天気は……なんだこれ。すごい」
変わったことは次の日突然訪れた。いつもは寝ながら見上げる空はなく、木々の葉で空が覆われていた。そして顔を上げるとそこは断崖絶壁の崖でその先は大量の水が流れる滝になっていた。
なぜこんな街中の病院の窓から見えるのかとかこの視点はおかしいなどの疑問は浮かぶがそんなものはこの景色を見ると吹き飛んでしまった。
「失礼します。今日の調子はどうですか」
検査のために看護師さんが入ってきた。この景色のことを話したが僕にしか見えないらしく、逆に心配されてしまったがなんとかごまかしその場をやり過ごした。
それにしてもため息がでるくらい壮大な景観だ。これを見ていると僕の諦めていた夢を思い出してしまう。
僕は生まれたころから治らないと言われる難病にかかっていた。それのせいでずっと病院暮らしで、残酷なことにこの病気の患者は寿命が短くて、もうすぐ僕もその時なのだ。
そんな僕の趣味というか時間つぶしに見ていた物がそのまま気に入ってしまって趣味になったのが、世界の景色の写真の本を見ることだった。
いつか自分の足で今まで見てきた世界の写真の景色を見てみたいと思っていたが、僕の命ももうすぐ終わる。結局治る事のない病気でもうすぐ終わる事に僕は絶望して最近は写真の本を見なくなった。
「ああ、また違う景色だ」
今日は色鮮やかな花畑だった。この窓は一日に二回景色が切り替わり本で見たこのない素晴らしい景色を見せてくれる。
「ふっぐ、綺麗だ。すごい綺麗だけど」
僕が直接見に行けない外の世界にあるんだ。
そう考え始ると涙が出てきて悲しくなってきた。あのおじさんは僕の悩みは解けるだろうといっていたけど絶対に治らない、もうすぐ終わる命にこんなものを見せるなんて残酷なことをするものだ。
顔を上げると僕は驚いた。色鮮やかな花畑の花が全て枯れ果て空も灰色になり寂しい風が枯れた花を揺らす。
「ああ、もう僕は終わりか」
「失礼します。大丈夫ですか!?」
僕の体調は著しく悪くなり、医者ももう駄目だと言っているようだ。
それから悪化の毎日でついに人工呼吸器なしでは呼吸もできなくなった。
「いつ、終わるのかな」
命の蠟燭の灯が小さくなるのを感じながら途絶えそうになる意識でふと窓を見た。
変わりない灰色の景色。しかしその中で必死に生きようとする花の芽を見つけた。その生命は灰色の世界で唯一色が付いていて、なぜだか目が離せなかった。
なぜこんな辺りが死んだ世界で生きていこうとするのか。そんなことを考えながらその芽を見ていた。僕の容体は悪化しなくなった。
その芽が大きくなり成長する度に僕の容体もしだいによくなり再び夢について考えられるくらいに思考も前向きになった。
医者も奇跡だと驚き、家族も看護師さんも祝ってくれた。どうやらどんどんよくなって治っているらしい。
気づけば窓の向こうの景色も色を取り戻して、僕を支えてくれた花の芽も蕾になり咲きそうだった。
たぶん、医者の言っていた完治の時期と花が咲くのは同時なのだろう。
あのおじさんがこの窓をくれたから悪化してから治ったのか、それとも元々貰わなくても治ったのかは分からないけど、いつかおじさんにあったらお礼を言おう。
僕は綺麗な花が咲くのを待ちわびながら窓の景色を眺めた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。