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二色

 長く伸ばした黒髪に茶色の眼、細くしなやかな肉体。筋肉の詰まったその体躯は柔らかな寝具に横たわっていた。

「ふぅ、何なんだ?」

 面倒だとばかりに細められた瞳。彼は今、世の中の理不尽さを存分に味わっていた。

「部長怒ってないかな……ヤバいかも」

 頭に浮かぶのは赤髪をポニーテールに纏めた鋭い少女。整ったその容姿には部活をサボった者への怒りに彩られていた。

「四十三番、検診の時間です」

 硬質な機械音がしたと思うと自動扉が開く。入ってきたのは神経質そうな中年の男だ。

「あー、君。検診だから寝ててね?」

 言葉と同時に睡魔が彼を襲った。俗に言う科学の力と言うものだ。


 科学の世界ガレスト。それは古より受け継がれた武も廃れ、今は細々と時を滑る世界。オートマチックに改装されたその社会は本当に楽だった。

「右肘が甘い!!」

 叱責と共に打ち込まれる竹刀。たがそれは大きく跳ぶことにより避けられる。

「っと、速くなったな。だか負けんぞ!!」

 シャープな顔立ちをする彼女のそれは今は面で隠されてしまっていた。

「勘弁してくれ。病み上がりなんだ」

 必死に避けるのは桂木隼人(かつらぎ はやと)。世界に何人といない黒髪が特徴だ。

「面んんんっ!!」

 足がもつれた所への有効打。これ以上ないほどの一撃だ。

「痛い……ふぅ、疲れた」

 痛む頭を撫でつつ防具を外す隼人。

「部長、俺はそんな強くないんだ。やめてくれ」

「そんなことはないぞ?君は強い」

 同じく防具を外した赤い髪の少女。腰まである髪を普段はポニーテールに纏めている。彼女は篠崎美鈴(しのざき みすず)。二人しかいない小さな剣道部の主将だ。

「どうだ?最後にもう一本?」

「いいです。負けますから」

 そう言った隼人を見た彼女は口の端に笑みを浮かべる。

「私に剣を掠らせたら何でもしてやる」

 それを聞いた隼人は急に防具も付けずに竹刀を構える。その姿は幾つもの死線を越えた戦士のモノだ。

「掠らせたらじゃない。俺が勝ったらデートな」

「へっ!?ん、んん。君は何時からそんなことを言うように……」

 ビックリした用に頬を染め、前髪を掻き上げる。そして何を慌てたのか防具を付けずに竹刀を振るった。

 先程までと変わらぬ振り下ろし。そこには永きに渡る修練の輝きが見えた。

 だが、隼人は片手で持った竹刀で軽々受け流す。

 そして開いている手で柄を掴み取ると美鈴の手のひらから取り上げた。

 仕上げに竹刀を投げ捨てるとポンポンと頭を撫でた。体に染み着いた一連の動作。

 美鈴の呆然としたその表情には、普段の凛々しさはどこにも居なかった。

「手加減してくれたのか?いや~先輩からお誘いを受けてもらえるなんて嬉しいな」

「うっ」

 軽口を叩いている隼人だが、内心は浮ついてなど居なかった。相手への買い言葉から身体捌き、対応全てが前の自分とは違った。

 怖い。それが正直な感想だろう。

「ま、明日の放課後にでも行こうか」

 潤んだ目に朱色に染まった頬。普段の隼人なら一発で倒れていただろうその美貌も、何の効果も現れなかった。そしてようやく撫でていた手を退かすと

「じゃあお先に失礼しますわ」

 踵返し、手をヒラヒラとしながら玄関に消えていった。

 

 そして、学校から見えない程度に離れた裏路地で隼人は座り込んでいた。額から落ちる汗が煌めく。

「俺は……何なんだ?」

 思い出されるのは自身の病気。長ったらしい名前を付けられたと思っていたがそれは間違っていないと思う。

「なんだよ……」

 隼人の意識は沈んでいくのだった。



「んーっ、身体がダル……くないな」

 差し込む太陽。柔らかいベット。壁に掛かっている旧型のディスプレイ。隼人の部屋だ。

「何で部屋に?」

 疑問だらけの頭だが、それは時計を見たとたんに吹き飛んだ。

 午前十時。

 完全なる遅刻である。

「…………ふぅ」

 落ち着く隼人。

「こんなんでビビんなよ」

 ゆったりと立ち上がると壁に架かっている制服に袖を通す。そして適当に飯を食べ鞄を取ると玄関から出て行った。

 通学の間、周りからジロジロと見られる。だが、相変わらずダラッと歩くだけで変わらない。

 そのペースのまま教室へと辿り着く。軽くノックをすると扉が横にスライドしていった。

 扉に立つ隼人へ集まる視線。

「あ~、遅ちまったわ……です」

 敬語を使うのに失敗。使ったことなどほとんどないのだから仕方がない。

「早く席に着きなさい」

 静かな声が響き渡る。怒りを含んだ様子はなく、やる気もないのだろう。

「おう」

 窓際の後ろにある自身の席へと向かった。

 席に着いた隼人に話しかけてくるモノがいた。

「おい、どうしたんだよ?遅刻なんて」

「ん?おお、寝坊しちまってな」

 茶髪な彼は翔。隼人の友人だ。彼は訝しそうに隼人を見ると授業に戻ってしまった。

「~であるからして、ここはラ行変格活用です。ゆえに~」

 そんなことよりもこの催眠爆撃による戦死者が増えている所だった。

「俺の得物……手に入らねぇかな」

 窓から覗く空は今日も青かった。

 授業も終わり放課後。彼は道場の前に腰掛けている。正確な場所を決めていなかったので普段通りに美鈴を待つ。

「来ねぇな。まっ、美人を待つのは楽しいこった」

 のんびりとした時の流れを感じる。

 空の端は染まり始め一日の終わりを告げようとしていた。そして彼はふと、思い出したことがあった。

「隼人……知りたいか?テメェの正体を」

 一生寝ててやろうかと思ったんだがな。

「そうさな、一人になりたいなら俺を殺すといいぜ。強くなったらだけどな」

 ニヤリと笑うと切れ長な目を更に細め空を見る。

「隼人君……」

 静かな落ち着いた声が耳に届く。

「おっ、部長さん。待ってたぜ」

 のそりと立ち上がった隼人は声の方向へと振り向いた。

「その……済まない。私は説明したのだが」

 そこには美鈴と、隼人の知らない男がいた。男は怒髪天をつくと言う様子で顔が真っ赤だった。

「おいおい、俺は男とデートの約束はしてないぜ?」

「っ!美鈴さんに迷惑をかけるな!!」

 大声で叫ぶ男を後目にニヤリと笑みを浮かべる。

「おっ、迷惑なら言ってくれれば日時を変更するぜ?」

「迷惑な訳ないだろう!?君も私に構わないでくれ」

 美鈴は隼人の元へと歩み寄る。その顔にはうっすらと怒りが見えた。

「迷惑じゃねぇならさっさと行こうぜ。時間ってのは金と同等らしいからな」

「ぐっ、お前が言わせてるんじゃないか!?」

 突っかかってきた男に対して隼人は昔のクセで腰に手を掛けようとした。そして虚空を掴む。

「おっと……はぁ、しつけぇのは格好悪いぜ?じゃあ行こうか」

 隼人は美鈴の手を握ると外へと繰り出した。手を握られている美鈴は普段とは違い汐らしい。

「どこに行く?」

 話しかけるも俯いたまま反応のない美鈴。

「その……済まなかった。私のせいで嫌な思いをさせて」

 夕焼けの中彼女はその艶やかな赤髪を掻き上げる。

「気になさんなぁ。美人を待つのも手間をかけるのも好きだからよ」

「うっ……だから君は何時からそんな言葉を」

 顔を朱くする美鈴を見て、カラカラと笑う隼人。彼には彼女が可愛くて可愛くて仕方なかった。

「わ、笑うことないだろう?私が緊張しているのに君は……」

「本当に部長様は可愛いな。ま、飯でも食いに行きますかね?」

 要領を得ない美鈴の手を再度掴むとそのまま引きずる。

「ちょっと待ってくれ。そっちはファミレスが無いぞ?」

 そんな言葉はなんのその、彼は目的の店に入った。

「席に御案内いたします」

 格式張ったソムリエに落ち着いた雰囲気の内装。正に高級洋食店と言った感じだった。

「こんな高い所に……私はそんなに持ってきて無い……ぞ?」

「心配しねぇでも平気だ。俺持ちだからよ」

 メニューを開くと外観相応に高いものばかりだった。

「じゃあ……私はこれで」

「おう、俺はこいつかな」

 腕を上げてソムリエを呼ぶと彼は注文をしてしまった。

「お飲み物は何をお持ちしましょうか?」

「あー、ヴィニフェラでいいのがあるかい?」

「ヴゥリュット・アンペリアルなどはどうでしょう?」

「それを貰うぜ」

 気品の溢れる内装に学生服、さらに片方は態度が悪いとなる二人組。周りからは迷惑と思われているだろう。

「どうぞ」

 軽く注がれたワインを揺らすと香りを確認する。

「おう」

 頷く隼人を確認したソムリエは順々に注いでいった。

 運ばれてくるコース料理を一通り楽しむと隼人は立ち上がった。ソムリエにチップを握らせ、会計を済ませる。

 美鈴の手を引きながら歩く夜道。二人の間に会話は無かった。

「なぁ、隼人君」

「何かな部長様?」

 美鈴は少し躊躇った後、決心したように口を開いた。

「君は誰だ?私の知っている隼人君では無いのだろう」

 半分確信に近い疑問。

 ニヤリと笑みを浮かべる隼人。

「御名答って奴だ。俺は間借りしてるだけさ」

 愉快そうに笑っているのに


「何で君はそんなに悲しそうなんだ?」


 美鈴には辛そうにしか見えなかった。

「そんなことは無いぜ。俺は満足してる」

「ウソだ!!」

 張り上げられた美鈴の声に驚いて目を見開く。

「美人に嘘は付かない主義だ。それと大声なんて出すもんじゃねぇ。台無し……でもないな」

 怒ろうが、泣こうが、怯えようが彼女は美しいのだろう。だが……

「笑ってな。そのために誘ったんだからよ」

 まくし立てるほどに虚しく、だが楽しそうに。

「明日にでも告白してみればどうだ?一発オッケーって奴だろうよ」

 会話も無くなり美鈴にとって心地の良くない時間が過ぎる。

 どんな時間にも終わりはあるようで美鈴の家に近付いていた。

 だから最後に挨拶だけはする。

「今日はありがとう。じゃあな」

 後ろ手に手を振りながら彼は闇に呑まれていった。

 そして最後まで彼の思い違いについて正すこともできなかった。


 今までのことが夢のように身体が軽い。隼人は学校に行く用意をすると両親の仏壇に挨拶をして登校する。

「おはよ!!」

 背中から聞こえる懐かしい声。

「由香……どうしたんだ?俺なんかに」

 昔はよく遊んだショートに切った茶髪が揺れる幼なじみ。

 彼女の髪は今日もフワリとしていた。

「挨拶ぐらい返してよ~っ」

 隼人は困ったように苦笑すると

「おはよう。だけど彼氏は良いのか?」

 彼女の恋人について注意した。確か半年前ほどから付き合っていたはずだ。

「んー?別れたよ」

「そうか。由香も大変だな」

 敢えて理由は聞くこともない。去るものは追わず、来るものは拒まない。その姿勢は彼が幼い頃から変わっていなかった。

「ねぇ、何か面白いことは無かった??」

「最近は余りないな。逆ならあるけど」

「なになに!!」 

 瞳を輝かせ、食らいついて行く由香。お世辞にもデリカシーのあることでは無いだろう。

「言い触らすようなことじゃないんだ。ごめんな」

 昨日の記憶が殆どない。最近疲れているのだろうか。

「つまんなーい。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

「余り気にはしない質なんだ」

 由香との登校を終え、それぞれの教室に入った所で彼は翔に話し掛けられた。

 隼人に友人は少ない。だが、彼はその世界に満足していた。同じ時が廻る。

 そう、昼休みに呼び出されるまでは。

「……由香、何の用だ?」

 普段より早口に。事実彼は急いでいるのだから。

「私と付き合ってほしいの」

「悪いが無理だ」

 隼人は神経質そうに時計をちらちらと見る。

「何でよ!!処女じゃないから!?」

「別に、処女云々はどうでもいいんだが……ただ」

 話して良いものかと迷う隼人だが急いでいることを思い出した。

「何よ……」

「好きじゃ無いんだ。根本的に」

 約束に遅れそうだ。

「済まないな」

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 罵声を背中に受けながらも約束に、部長からの呼び出しに向かう。面倒な女だ。

 急ぎ武道館へと駆け込んだ。

「ふぅ、部長。何か用事ですか?」

「来たか」

 底冷えするような冷たい声。

「私と一本、勝負をしろ」

 その手に持つのは竹刀では無く木刀でもない。一振りの長刀。彼女の赤髪と同じ色を持つ鞘。

「部長……?何の」

「悪いな隼人君。私は彼に用事があるのだ」

 直後に彼を襲う衝撃。その目に写るのは刀を振り終えた美鈴の姿だった。

 浅く切り裂かれた表皮から血が出る。

「次は命を貰う」

「ぐっ、痛い……。だけど」

 立ち上がる隼人。その目つきは先程とは違い、剣呑な光を宿していた。

「俺だって、剣士なんです!!」

 例え才能が無かろうとも、例え今弱かろうとも、今までの人生は無駄何かじゃない。

「正気に戻して差し上げましょう部長」

「私は正気だ。もう一度彼に会いたい。悩んだ結果だよ」

 隼人は後退すると壁に飾られていた刀の鯉口を切る。もう言葉は必要無い。

「疾っ」

 当たり前の事だが。抜き身の刀は軌道が読まれやすい。だが、鯉口を切っただけの抜刀術より早いのだ。

「おおっ」

 元より抜刀術は不意打ちの技。それを選択した時より負けは決まっていた。

「寝たばっかなのに叩き起こしやがって。いくら美人でも怒るぜオイ」 

「あ……」

 刃を指で挟み止める。そうすると少し手首を返してやり刀を取り上げてしまった。

「ったくよぉ、もう会う気はねぇんだよ」

「何で……」

 彼女は嗚咽を漏らしながら抱きついた。苛立っていた彼はそれだけでなりを潜めてしまう。

「はぁ、泣けば済むと思うなよ」

 彼には珍しく辛辣な言葉。

「なんて言えないしなぁ。本当に男ってのは不便な生き物だなぁ」

 ではなく、その手は彼女の頭を撫でていた。

「やっと……やっと捕まえた」

「部長様が好きなのは隼人の奴だろ?なら人違いってのだ」

 道化は辛いなぁ、と顔が笑う。それはもうニヤリと。

「違うっ……私が好きなのは君なんだ」

「何だ、この前一目惚れって奴か?いや一目ではねぇな」

 カラカラと、壊れたレコーダーの用に繰り返す。

「そうだ。私は君に初めて会ったあの時からずっと」

 少し身体を離し、互いに顔を合わせる。

「ずぅっと好きなんだ」

 ガシャン、と手から落ちた刀が音を立てる。

「気が付いてた……のか?」

 静かに首を降る美鈴。その目は涙のお陰で赤く腫れ上がっていた。

「あーあ、本当に道化だなこりゃあ。隼人の奴にも春が来たと思ったんだけどなぁ」

 頭をボリボリと掻くと遠くを見ながらボヤいた。

「私に……君の名前を教えてくれないか?」

 また浮かぶ笑み。だが普段とは違い、もう手に入らないものに憧れるような泣き出しそうな笑み。

「そうさな、俺の名はロイ・バレットだ」


 うーん、文才ないね。落下系ヒロインみたいに唐突にわかないかな……。

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