第八話 舞台上のIntruder
『──闇の初級魔法、《闇弾》』
左手に、漆黒の魔線で構成された魔法陣を展開したコートの男がそう言ったその時。
いち早く動いて蒼刃 雪姫の前に立ちはだかったのは、舞台袖で待機をしていた風紀委員の委員長──黒鏡 闘鬼その人だった。
彼は、その鋼鉄のように屈強な肉体で雪姫を庇うように立ち回りながら、腹の底に響くような低い声で呟くように言った。
『──幻霊装機、展開』
直後、コートの男の手から放たれたサッカーボール大の漆黒の弾丸が彼にぶつかり、観客席から新入生や保護者達の悲鳴が上がる。
が、七名家達の子息達は、彼のその光景を見ても息一つ呑むコトをしない。
と言うか、端から心配などしていなかった。
何故なら、彼らは全員、闘鬼の強さを知っているから。
《闇弾》が弾けたことにより、闘鬼と雪姫の周りに黒い霧が漂っていたせいで、中の様子が見えなかったが、突如としてその霧の中から声が聞こえてきた。
『──闇の中級魔法、《影導波》』
直後、霧の中から漆黒の奔流が現れ、一直線にコートの男に向かって放たれる。
散り散りに晴れた霧の中からは、右腕全体を覆う、巨竜を模した漆黒の手甲をつけた闘鬼が、その竜の顎を模した拳を突き出すように、平然と立っていた。
それを見たコートの男は、すぐさま流れるように既に漆黒の魔法陣が展開している左手を突き出し、短く詠唱する。
『──闇の中級魔法、《影盾》』
言葉と同時、コートの男の左手の先に闇が渦巻くように現れて、漆黒の奔流を受け止めた。
同じ属性に、同じクラスの魔法による攻防。
本来なら、対消滅しあうのが正しい組み合わせである。
……が、その魔法同士がぶつかりあった次の瞬間、コートの男は顔のパーツで唯一確認出来る口元を、僅かばかり歪めた。
それもその筈、《影導波》を放った闘鬼は、七王と呼ばれる幻獣の一種である《影竜》と契約を交わし、闇属性を司る家として名高い七名家の一角──黒鏡家の次期当主と噂される青年である。
彼が使う闇属性の魔法は、通常のそれの威力を遥かに上回るのだ。
コートの男もそのコトに気付いたのか、咄嗟に盾の向きを変えて、漆黒の奔流を別の方向に逸らすようにする。
そして、彼のその思惑は無事成功し、漆黒の奔流を右上方に逸らすことになった。
ただ、そのせいで──、
──ブツンッ!
──漆黒の奔流が、舞台の垂れ幕を支えていたワイヤーに当たり、それを引き千切り、観客席からの視線を完全にシャットアウトすることになったが。
それを見たコートの男は、何故か再び口元を歪めていたが、すぐに左手に魔法陣を展開させて、臨戦態勢を取る。
そんな彼の周りを、一斉に七名家の子息達が取り囲んだ。
□□□
七名家の子息達が、一斉に入学式に突如乱入してきたコートの男を取り囲んだのを見た私──蒼刃 雪姫は、手元にあったマイクを使って急いで会場中に指示を飛ばした。
「皆さん、突然のことで大変驚いていると思いますが、落ち着いて下さい。只今、壇上にいた七名家のメンバーで先程の不審者を取り囲み、これから制圧をするのでご安心を。ただ、まだ皆さんの安全が確実に保障されたワケではないので、会場にいるスタッフの指示に従って速やかに避難をして下さい。追って連絡をしますので、それまで校庭の方でお待ちを。……会場にいる風紀委員と警備員のメンバーは、急いで全てのゲートを開放して、速やかに保護者や生徒達を避難させて下さい。集合場所は校庭で、指示があるまで待機。……いいですね?」
「「「はい!」」」
私の指示に勢い良く返事をした風紀委員や警備員が、すぐに洗練された動きで、指示通りに避難誘導を開始する。
壇上の来賓は、教師の指示に従って既に避難を終えているし、観客席にいた七名家の当主達は、専属の護衛とともに悠然と外に向かって歩いていた。
それだけ確認した私は、一度だけ小さく深呼吸をした後、不審者のいる方に目を向ける。
今、壇上にいる人物の数は、不審者や私も含めて全部で十二名。
私の母にして、この学園の理事長である蒼刃 妃海と、教頭の鈴木。
その二人を護衛するように立つ、生徒会副会長の神白 白亜と、生徒会書記の橙真 椿。
そして、不審者を取り囲むように立つのが、風紀委員長の黒鏡 闘鬼と、風紀委員の黄道 雷牙、生徒会書記の翠裂 嵐華。
新入生の神白 光輝、紅城 焔呪、橙真 我考だ。
彼ら六人は、闘鬼くんの攻撃を逸らして以降、再び沈黙してしまった不審者を見ながら、しかし警戒してか、まだ誰も動こうとしない。
だから、次に動きを見せたのは、必然的に不審者になった。
彼は、だらりと下げていた左手を頭の後ろに持っていくと、小さく呟いた。
「………………はぁ。ちょっと計算が狂っちゃったなぁ」
『……はぁ?』
その言葉を聞いた瞬間、コートの男を取り囲んでいた六人全員が一斉にそう反応する。
コートの男が発した言葉からは、ヤル気というものが全く感じられず、それが彼らの神経を逆撫でしたのであろう。
一瞬で、舞台上に一般人には耐えられないレベルの濃密な殺気が立ち込める。
七名家の家に生まれ、幼い頃から力の使い方を叩き込まれた彼らだからこそ出来る芸当だ。
しかし……それでもコートの男は、悠然と立ち尽くしたまま、微動だにしない。
その様子を見た彼らは、少し目の色を変える。
今のコートの男の反応から、彼がそれなりに出来ることに気付いたのだろう。
彼らは、少しずつ構えを変えてから、一斉に叫んだ。
『『『『『──幻霊装機、展開!』』』』』
次の瞬間、彼らの手から様々な色の魔法陣が展開され、そこから各々の得物が現れる。
幻霊装機──自らが契約した幻霊の力を武器として具現化したモノである。
例えば、黒鏡 闘鬼のそれは、竜の頭部を模した漆黒の手甲──《影竜》バルベルの幻霊装機、《ダーク・ファング》。
例えば、黄道 雷牙のそれは、黄色いラインが入った四角いフォルムのショットガン──《電竜》ゼベリオンの幻霊装機、《ボルト・インパルス》。
例えば、翠裂 嵐華のそれは、翼の生えた翠色のロングブーツ──《翼竜》ガストの幻霊装機、《ブラストブーツ》。
例えば、橙真 我考のそれは、両側に刃の付いた橙色の巨大な戦斧──《地竜》ゴルドの幻霊装機、《橙金乱斧》。
例えば、紅城 焔呪のそれは、本人の身長を越える長さの紅い剛槍──《炎竜》ホムラの幻霊装機、《焔天苛》。
そして、神白 光輝のそれは、豪華な装飾が施された純白のロングソード──《聖竜》ベクリアルの幻霊装機、《アイン・ヴァイス》。
それらの武器を構えた彼らは、その切っ先や銃口をコートの男に向けながら、それぞれの幻霊装機から魔法陣を一瞬で展開させる。
通常、人は幻獣や精霊種と違って、魔法を使用する為の発言器官と呼ばれるモノをもっていないため、一瞬で魔法陣を展開するということは不可能である。
しかし、幻霊と契約した召喚士ならば、使い魔に指示して自らの望む魔法陣を使わせたり、幻霊装機には発現器官が付いているため、自分で魔法陣を展開したりということが出来るワケである。
先程から次々と魔法陣の展開をしているコートの男も、幻霊装機を使っているように考えられた。
しかし……私達七名家のメンバーはその時、誰一人としてその考えが間違っていると気付けなかった。
それが間違いだと気付いたのは、それから一分後のことである。
□□□
俺──黄道 雷牙を含む七名家の子息達がコートの男を取り囲み、魔法陣を展開させて威嚇をする。
……が、やはりコートの男は特に動揺することも無く、何気なく辺りを見渡す程度。
それを見た俺は、先程より溜まっていたストレスが、さらに溜まっていくのを実感する。
(コイツ……ムカつくっ!)
この男は、七名家の子息達六人に幻霊装機を向けられて、それでも平然としているのである。
そんな反応をされたことのない七名家のメンバーは全員、その態度に神経を逆撫でされ、また、少なからず未知への恐怖を感じていた。
この男、底が全然知れないのである。
下手にこちらが先手を打てば、最悪自滅に追い込まれる。
このコートの男には、それを思わせる何かがあった。
だからこそ、七名家のメンバーはまだ誰も行動を起こさない。
(……が、だからと言って、別に俺達が不利ってワケじゃあない)
そう心の中で呟きながらも、俺はヤツの左手を注視し続ける。
これは、幻霊装機の弱点を知っているからの行動だ。
幻霊装機は、発現器官を備えているために魔法陣の高速展開を可能とするが、幻獣や精霊種とは違い、その武器についた発現珠と呼ばれる宝玉からしか魔法陣が展開出来ないという弱点がある。
展開後は、好きな場所に魔法陣を移動させることも可能だが、しかし展開される瞬間さえ見ていれば、どこにどんな魔法を設置したかは大体把握出来る。
先程放った二回の魔法……《闇弾》も《影盾》も、コートの男は左手から放っていたので、幻霊装機の種類は分からないが、発現珠の位置はその辺りであろうと見当は付いている。
相手に先手を打たせて、それを防ぐことさえ出来れば、その隙を突くことは容易だ。
そして現在、俺とちょうどコートの男を挟んで真正面にいる紅城の子が攻撃魔法を展開し、それ以外は防御魔法を用意しているので、コートの男の攻撃はまず通らないと考えていい。
コートの男もそれが分かっているのか、動こうしない。
(このまま時間が長引けば、それだけ俺達が有利になっていく……)
心の中で再び呟き、俺は思わず顔をニヤけさせてしまう。
この時の俺は、心の中で勝利を確信していた。
──それが、驕りだとも分からずに。
確かに、このまま一瞬もコートの男から目を離さなければ、まず負けることは無かっただろう。
けど、人間の性質上、そんなことは不可能だ。
コートの男をじっと見詰め橋始め、十秒が過ぎ、三十秒が過ぎ、そしそて一分が過ぎようとした時、俺はそのことが思い知らされた。
俺は、たった一瞬だけ、コートの男を視界から追い出してしまったのだ。
──瞬きという、行為によって。
時間にすると僅か百~百五十ミリ秒。
普通の人に知覚することすら困難たったそれだけの時間を視界から追い出しただけで。
コートの男は既に動作を終えていた。
──瞬きする前まではだらりと垂らしていた左手を、紅城の子に向けていたのだ。
「──────ッッッ!?」
あまりの早業に動揺して、反応するのに遅れてしまう。
そしてそれは、俺だけではなく、コートの男を囲っていた全員が、俺と同じような反応をしていた。
まるで全員が、瞬きをした瞬間に俺と同じ光景を見たかのように。
(――まさかっ!?)
メンバーの様子を見た瞬間、俺の頭の中にある仮説が浮かび上がる。
――あのコートの男が、六人全員が瞬きした瞬間を狙って行動を起こした、という仮説が。
とても、狙って出来るコトではない。
かと言って、マグレと言う言葉では、とても過ごすことが出来ない。
……相手が狙ってやったと考える方が、まだ自然なのだ。
「──────ぅ、あっ!?」
あまりにも不意に、それもとても信じられないような技を見せ付けられたせいで、頭の中が真っ白になってしまう。
七名家のメンバーは、確かに他の生徒とは比べようにならない程の実力があった。
しかし、実戦経験はそれ程……言えば普通の生徒より少々(・・)多く行った程度でしかなった。
だからこそ、相手にトリッキーな動きをされると動揺してしまい、それがミスへと繋がってしまう。
──今回の場合も、そうだった。
『──闇の中級魔法、《影盾》っ!』
『──光の中級魔法、《光子盾》っ!』
『──風の中級魔法、《大気盾》っ!』
『──土の中級魔法、《石盾》っ!』
紅城の子に手先が向けられている以上、そこから一直線に魔法を放たれる可能性が高い。
だからこそ、攻撃魔法を展開している彼女を守るために、他のメンバーが防御魔法を急いで発現した判断は間違いではない。
──ただ、防御魔法の魔法陣を展開していた四人全員が、紅城 焔呪だけを庇ったのが間違いだった。
『──闇の初級魔法、《闇弾》』
コートの男がそう呟く直前には、何とか影・光の粒・空気・石の盾の発現は間に合った。
しかし……コートの男の左手からは、魔法陣が展開されていなかった。
「んなっ………………っ!?」
盾で視界が遮られている他のメンバーと違って、ただ一人だけそれを見ていた俺は呻き──、
──次の瞬間、頭部に鈍痛を感じた俺は、消え行く意識の中で、最後に自らの背後に浮かんでいた魔法陣を見た。
『なぁっっっ!!!??』
つまりは……絶対絶命。
「くそっ……下がれ、神白のっ!」
『漆黒の闇よ、この地に集まりて、世界を拒む檻となれ。──闇の上級魔法、《獄闇牢獄》っ!』
(本当に……ムカつくほど丁寧に不意を突いてくる)
「……へぇ? 一応聞いておくけど、何でかな?」
「で、でぃくしゅど……? 一体何語よ?」
「──っ!? この詠唱は、《真闇の滅呪夜想曲》っ!?
次回、“第九話 フードの奥のBewitching smile(前編)”
『……さぁ、聞いてくれ。我の綴りし、呪いの唄を。我を捨てた世界達に今、我が憎しみの言葉を贈ろう……』