第七話 銀と蒼のPrivate conversation
それは、数日前の事。
「――だからこそ、僕は世界を騙すと言っているんです」
とある場所で、見るからに高価な机に腰掛けた銀の少年は、無邪気な笑みを浮かべながらそう言った。
「しかし、この環境の中に入れば、貴方は孤立してしまう。いえ、下手したら大怪我を負う可能性だってあるのですよ!?」
その言葉を聞いた蒼い髪の妙齢の美女は、その少年のことを心の底から心配し、叫ぶように少年に言う。
しかし、少年はその見るもの全てを惹き付ける笑顔を崩さずに、その女性に言葉を返す。
「そんなコトは、言われなくても分かってます。むしろ、僕みたいな人間なんかは普通、死んでもおかしくないと思ってるくらいです」
「なっ……!? な、なら!」
「でも、先程言った通り、僕は普通なんかじゃない。どこまでも異様で、異常で、異質なのが僕なんだ。僕の秘密を知っている貴女なら、それは分かりきっているでしょう?」
「そ、それは……」
少年のそのあまりにも自虐的な言い様に、しかしその女性は何一つ口を挟めない。
少年の言っている言葉が全て真実だとは思っていないが、事実であることは確かである。
何故なら、つい数分前に、あまりにも常識外れな少年の秘密を、その女性は見せつけられていたから。
感情的なものなら可能かも知れないが、論理的な反論なんて最初から出来る筈もないのだ。
言葉を失った女性を見た少年は、机から降りながら言う。
「僕は、別に死ぬためにココに来たんじゃない。力を得るために、わざわざ面倒臭い試験まで受けたんだ」
「た、確かに! 貴方は、総合得点では合格点を取っていますが、肝心の教科で零点で取っている以上、ココで孤立することは目に見えています! 絶対に、貴方は悪意の対象に──」
「別に、そんなのどうでもいい」
女性の警告を、少年は途中で遮り、そして続けた。
「その件については、あの教頭先生との話で決着が着いている筈です。僕が、あの人達を出し抜けば良いだけだ」
その言葉に、今度こそ女性は凍り付いてしまう。
女性は、その時になってようやく、この少年がどんな状態にあるのか気付いた。
この少年は、あまりにも真っ直ぐに歪んでいるのだ。
あまりにも純粋過ぎるが故に、今まで気付けなかった矛盾。
人は普通、自らの素顔に仮面を付けて嘘を吐くがために矛盾が生まれるが、この少年はそうではない。
この少年は、仮面の下に、既に矛盾が存在している。
それが何かは分からないが、それのせいで、彼はこんなにも異質なのだ。
そこまで考えたトコロで、思考も何もかもが停止する。
七名家の中で、最も慈愛のあると言われているこの女性には、まだ幼いこの少年が深い闇を抱えているという事実を受け止めれなかったのだ。
そんな女性を見た少年は、それでも最後まで無邪気な笑みを貫きながら、その場を離れようとし……突然、何かを思い出したかのように振り返ると、女性に向けて言う。
「そう言えば……さっき貴方は、僕が絶対に悪意の対象になると言いましたね?」
「………………え、えぇ」
「別に、僕はその程度のことは気にしません。むしろ、僕はそれを望んでいるんです。だって──」
──人の悪意は、僕の力の糧になる。
「──────っ!?」
女性が再び息を呑んだ時には既に、少年はその場を離れていた……。
□□□
神白 光輝と言う少年は、常に特別扱いされ続ける七名家の人間の中でも、特に一般の人間に人気の高い人物だ。
その理由は、大きく分けて三つある。
一つは、男女問わずにその目を惹き魅了する、中性的な美貌。
一つは、現七名家の子息の中でも優秀と呼ばれるその実力。
そして最後に、どこまでも人道的と噂される人格……いや、カリスマ性。
それらのお陰で、彼は多くの男性に嫉妬され、多くの女性を虜にしながら、召喚士達のアイドルとなったのだ。
だから、今彼が壇上で話している新入生代表挨拶を、会場の全員が一生懸命に聞いている。
──と言ったら、確実に嘘になる。
確かに、会場にいる一般人は、彼の言葉を注意して聞いている。
しかし、会場にいる七名家の人間の内数名は、決してそうでは無かった。
何故なら、彼らは神白 光輝と言う少年の本質を、その片鱗だけでも知っていたから。
彼が、世間では優しげな眼と称されるその瞳の奥に、誰よりも強い傲慢を隠していることを知っていたから。
彼に同調する者は、内心でバカみたいに大笑いをして。
彼に敵対する者は、内心でその偽りの仮面を嘲笑って。
そして、彼の本質を誰よりも知ってる者は、その言葉に悲しみや怒りを覚えて。
それでも、何一つアクシデントが起こることもなく、彼のスピーチは順調に進んでいた。
「──ですから、僕達みたいな七名家の人間だって、最初から強い力を持っていたワケではありません。僕達だって、少なからず努力をし、そして今みたいな力を得ることが出来たのです。だから、皆さんもこれからは、努力を怠るようなことをしないで下さい。そうしたら、僕達に追いつくことも、もしかしたら追い抜くことも可能かもしれません」
光輝のその言葉を聞いた新入生達が、一斉にオォーッと歓声を上げる。
が、それを聞いていた七名家の子息達は、全員が一斉に心中で同じ言葉を呟く。
──お前がそれを言うか、と。
彼が言ったのは、自分のコトを棚上げにした、とんでもない皮肉である。
何せ、彼が今の地位に存在するのは、彼の努力のお陰と言うより、限りなく運が良かったから得られた奇跡のお陰である。
彼の兄──神白 銀架が、もし七年前に幻霊との契約に成功していたら、彼などまず日の目を見ることが無かったと言ってもいい。
それ程、彼の兄は規格外の才能を持っており、また彼の失脚は七名家の史上に置いても最大級の損失であったのだ。
しかし、それも今や昔の話。
神白 銀架は七年前に家を追い出され、現在は居場所どころか生きているかどうかさえ不明。
変わって、神白 光輝が神白家の次期当主となり、世間の注目を集めている。
それが事実である。
もうどうするコトも出来ないのだ。
「──それでは、これで新入生の代表挨拶を終わらせて頂きます」
スピーチを終えた彼は、盛大な拍手で祝福される。
七名家の子息達は、様々な思いを抱きながらも、素直に彼に拍手を送り、何のアクションも起こさない。
こうして、彼のスピーチは無事に終わる──
──筈だった。
──────トン、と。
その音が壇上に響いたのは、観客や来賓に深々とお辞儀をした光輝が、自分の席に戻ろうと後ろを振り返った瞬間だった。
無事スピーチを終えたと信じきっていたせいか、一瞬だけ反応が遅れる光輝だったが、背後の観客や壇上にいる他の人達――教師や来賓、生徒会・風紀委員のメンバーが一斉に息を飲む気配を感じ、すぐさま背後を確認する。
そして……彼も、会場にいる全員と同様に驚愕の表情を浮かべることになった。
何故なら、彼の背後に漆黒のロングコートを纏い、フードを深く被って顔を隠した男が立っていたからだ。
そう。
その男は、会場にいる誰もが気付かない内に、そこに立っていたのだ。
「なっ………………!?」
思わず、小さく呻き声を上げる光輝。
その反応も、当たり前のモノと言える。
何せ、まるで虚空から湧き出たように、その男は突然現れたのだ。
まだ何の動きも見せず、その男はただ悠然と立ち尽くすだけだったが、それでも彼の存在は観衆を絶句させている。
そしてそのまま、数秒の時間が過ぎて──、
「………………………………さて、と」
その男が、そう呟いた時には、もう手遅れだった。
その台詞で我を取り戻した光輝や風紀委員、数名の教師が彼を取り押さえようとした瞬間には既に。
ダラリと垂らされていた左手が、壇上に端にいる司会進行役──蒼刃 雪姫に向けられていて。
『──闇の初級魔法、《闇弾》』
その手首に展開された黒色の魔法陣から、漆黒の弾丸が彼女に向かって放たれた。
『──闇の初級魔法、《闇弾》』
『──幻霊装機、展開』
「「「はい!」」」
「………………はぁ。ちょっと計算が狂っちゃったなぁ」
『……はぁ?』
(コイツ……ムカつくっ!)
──それが、驕りだとも分からずに。
次回、“第八話 舞台上のintruder”
それが間違いだと気付いたのは、それから一分後のことである。