第四十九話 罪創るCross
「だから──“幻王様”の名の下に、お前を殺すぞ、コスモスッ!!」
天上院くんはそう叫ぶと、同時に三つの風の刃を発現して放つ。
ソレらが向かう先にいるのはコスモス──ではなく、未だに地面に蹲ったままの光輝くんだった。
「っ!?」
コスモスは小さく息を呑むと、気絶している焔呪ちゃんを抱え上げたまま、両の足に白い魔力光が漏れ出す程に魔力を集め、魔力式肉体強化を用いて一気に光輝くんの前に飛び出し、風の刃に向かって蹴りを放つ。
本来、その様な真似をすれば膝から先が斬り飛ばされてもあかしくない程の威力を風の刃は有していたが、《聖皇の加護》を纏ったコスモスの足には掠り傷一つ付けられないまま、掻き乱されて消えていく。
が、天上院くんの攻撃はソレだけでは終わらない。
蹴り足を地面に着けた直後に攻撃に転じようとしていたコスモスだったが、軸足を上げようとしていた瞬間に何かに気付いた表情を浮かべ、今まで両手で抱えていた焔呪ちゃんを左肩に担ぎ上げると、片手で光輝くんの身体を拾い上げて、ヒョイと右脇に抱え込んだ。
「な、何を──────っ!!?」
突然のコスモスの行動に混乱した光輝くんが、思わず抗議の声を上げかける。
──が、今さっきまで自分が蹲っていた地面から風の刃が飛び出したのを見て口を噤む。
コスモスは、高校生を二人(一人は小学生サイズだが)を抱えているとは思えない程軽々とした動きでバックステップを披露すると、天上院くんを油断なく見つめながら声を掛けた。
「……ボクを正す、とか言うワリには、狙いが見当違いすぎるんじゃないかなぁ?」
「いえいえ、態とですよぉ、マドモアゼル? コチラの方が“正義の味方”ぶる貴女には効果的だと思いますからねぇっ!」
天上院くんは、そう言い切ると同時に再び風を巻き起こす。
今度の発生源は、コスモスの足元。
コスモスは、普通なら有り得ない場所から放たれたその攻撃を、しかし危なげなくヒラリと躱して見せる。
……が、その口許からは僅かばかりだが、焦りの色が見て取れた。
敵は倒れる寸前で、後一撃でも入れれば勝負が終わるかも知れないという状況なのに、卑怯としか思えない手を使われたせいで最後のトドメを刺すコトが出来ない。
そんな現状が、彼女の焦りを加速させているように見える。
ソレが私にも伝播したのか。
……このままじゃダメだっ!
私は、心の中でそう叫ぶ。
先程の会話の直後から、天上院くんが魔法を放ち、コスモスは二人を抱えたままソレを回避するという繰り返しが続いている。
幸い、天上院くんの攻撃は今までコスモスに掠りすらしていないが、コスモスもまた、天上院くんに一歩も近付けていない。
それだけ聞くと千日手、完全な膠着状態に思えるが、天上院くんは魔法を放ちつつも常時魔力を回避出来る状況なのに対し、コスモスは二人を抱えて移動する為に魔力式肉体強化を用いている為、体力も魔力も常に消費しつづける状況にある。
コスモスがどれ程の体力や魔力を持っているのかは分からないが、時間が経つに連れコスモスが不利になっていくのは誰もが分かるコトだろう。
精神的な圧迫だって尋常ではないハズだ。
どうにかして、この状況を変えないといけない。
けど、この“異界域”の元凶と思われる漆黒の立方体は、今は天上院くんの胸元に埋まっている為、コスモスでさえ近寄るコトが出来ない以上、天上院くんを回復し続けるこの空間自体をどうにかするコトは出来ないだろう。
けど、せめて、どこから来るかも分からない設置型発現法を何とか対処出来たなら──、
そこまで考えた時だった。
『……荒原……干渉……上書き』
一瞬、その三つの単語が脳裏に浮かんだ。
昼にも一度──演習で初めて設置型発現法を見た時にも、同じように教えられた単語達。
そう、教えられたのだ。
単語と共に脳裏に浮かんだ、漆黒の十二単を纏った黒髪の少女に。
何故今、脳裏に単語が浮かんだのか、この少女が現れたのか、その理由が全く分からなかった私は、一瞬現状も忘れて混乱してしまう。
しかし、その少女は、そんな私の様子など気にもせずに、その長い黒髪で顔を隠したまま、私に教えた。
『……設置型発現法。橙真家第三代当主の橙、好きな時間に魔法を発現させられる発現法。恐ろしく奇襲や暗殺に向いた性質を持つが、攻略は至極単純』
「──っ!?」
いきなり滔々と語り始めた少女に一瞬怯んだ私だったが、彼女のその言葉を聞いて私は息を呑む。
それは、今私が一番知りたいコト。
私なんかを助けてくれる人が傷付かない為に、どうしても私が知らなければならないコト。
ソレを、教えてっ!
強く、一心に、心の中でそう願う。
すると、長い黒髪の狭間から見える少女の口元が、小さく綻んだ。
『……攻略は至極単純。──────を用いて、設置型魔法を───するだけ』
鈴のような、可憐な声で紡がれるその言葉。
ソレを聞いた私は、小さく目を見開く。
今少女から聞いた方法が確かなら、たった一つの魔法を発現するだけで、この状況を一変させるコトが出来る。
しかし、現在二人の人間を抱えたまま、一人で戦い続けているコスモスがソレを出来るかどうかは……分からない。
正直な所、とても確率の低い賭けのように思えてしまう。
ソレでも──私は、私達はこの可能性に賭けるしかないのだ。
だから、“奪力の首枷”によって疲労し切った身体に鞭を打ちながら、無理矢理叫んだ。
「こ、コスモス──っ!」
「んっ?」
「ほう?」
私の声を聞き、コスモスも天上院くんも、私の方に顔を視線を飛ばす。
コスモスと目が合ったコトを感じた私は、口を開き──、
「干、渉……」
──掠れる声で叫び、伝えた。
「領域『干渉』魔法で、『上書き』して──っ!!」
「? ──っ!?」
「……あぁ、そういうコトか♪」
その短い言葉だけで、二人は私の言いたいコトを理解したようだ。
コスモスは口元に笑みを浮かべ、天上院くんは私の方を怒りの形相で睨み付けると、私に向かって風の刃を放ち──っ!?
「──────おっ、と♪」
しかし、ソレは私に届く寸前で、先程と同様に私の前に躍り出て来たコスモスが蹴りで掻き散らした。
コスモスは、二人を抱えたまま、私を守る壁となるように立ち、天上院くんに笑顔を向けて言い放つ。
「怒りに任せて、この女の子まで狙うとは……どうやら、おにーさんの信仰心もたかが知れているようだね?」
「何だとっ!? どういう意味だ、コスモスッ!?」
「……ソレも分からないようじゃ、話にならないよ、おにーさん」
コスモスはそう呟くと……今まで抱えていた二人を唐突に地面に放り出し、一直線に天上院くんに向かって駆け出した。
ソレを見た天上院くんは、慌ててコスモスに向けて風の刃を放つ。
が、ソレこそがコスモスの狙い。
風の刃が放たれた次の瞬間、コスモスはその場でブレーキを掛けると、そのまま大きく後ろに跳ぶ。
そして──、
「──キミの言葉、信じてあげる♪」
──小さく、私にだけ聞こえる声でそう呟くと、詠唱した。
『──純白の光よ、今染め上げて、この領域を支配せよ! ──光の上級魔法、《聖光勢力圏》っ!』
瞬間、コスモスを中心に純白の光が、“異界域”全体に広がっていく。
その様子を見た天上院くんが、その顔に焦りをありありと浮かべながら、“スケジューラー”をこちらに向けて叫ぶ。
「ふ、吹き荒れろっ!!」
……
………………
………………………………
「なっ!? ふ、吹き荒れろっ! 切り刻めっ! 乱れ撃てぇっ!!」
何度も、こちらに向けて“スケジューラー”を振り下ろしながら、天上院くんがそう叫ぶ。
が、何も起こるような気配を見せない。
──そう、コレが私が、通常なら数人程度の魔導師を集めて発現させる領域干渉魔法を、コスモスに使わせた理由。
設置された魔法陣は領域干渉魔法で上書きをするコトが出来、また新たに魔法陣を設置するコトも出来なくなる。
黒髪の少女は、私にそう教えてくれたのだ。
果たして、結果としてあの少女の言葉は正しく、叫び続ける天上院くんを見て分かる通り、設置型発現法を封じるコトにしては成功した。
ふぅ……、と、コスモスは一つ溜め息を吐いて。
右手に持つ純白の剣の切っ先を天上院くんに向けて、口を開いた。
「──さっきさ、おにーさんはボクのコト、“正義の味方”ぶってるとか言ってたよね?」
「今さら何の話を──「確かにさ、ボクって結構“正義”って言葉は好きなんだけどね」
コスモスの問いの意味を理解出来なかった天上院くんが声を上げ掛けるが、コスモスはソレを遮って言葉を続ける。
「──誰だって、自分が間違ってると分かってるコトを好んでやりたいとは思わないよね? ボクだってそうだよ。ボクは、“正義”の為なら、全力で戦える……けど」
「……けど?」
「けど……おにーさんの言う“正義”と、ボクの言う“正義”は違うんだよ」
「何……だと……っ!?」
「おにーさんの言う“正義”は、世間一般の大多数の人間が“善行”と捉える物事の総称であるソレだと思うけど、ボクの言う“正義”は、個人の持つ信念のコト。おにーさんの言う“正義の味方”なんて、要するに個人の掲げた“正義”が偶然大多数の共感を得ただけの個人か、さもなければ、多くの人の共感を得る為におにーさんの言う“正義”を行ってるだけの芯のない人間のどちらか程度にしか、ボクは思ってないんだよね♪」
楽し気にコスモスが紡ぐその辛辣な言葉に、天上院くんだけでなく、私や光輝くんも絶句してしまう。
コスモスは、しかしそんなコトは気にも留めずに言葉を続けた。
「“正義”なんて、何処にだって、誰にだって存在する。“正義”の敵は、“悪”ではなくて他人の“正義”っていうのは、まさにその通り。自分の“正義”で行動するボクを、他者ありきの“正義の味方”なんて呼んで欲しくない。……ソレが、ボクの考え方」
「何処にだって……誰にだって……」
「そうだよ、おにーさん。ボクにはボクの“正義があるように、おにーさんにはおにーさんの“正義”だってあるんでしょ? まさか今更、悪いと思ってはいたけど仕方なくそこの女の子を攫ったんだ、なんてみっともないコト言わないよね?」
「……そう、だ。俺は……私は、“滅星教”の為に、幻王様の為に、その女を捧げなければならないんだ……っ! だから──っ!」
「──そう、だからっ!」
その言葉を聞き、叫ぼうとした天上院くんをコスモスは大声で再び遮り、今までとは全く違う、刃を思わす冷たき声で彼女は告げた。
「──だから、そのコトも忘れて女の子に攻撃をしていたおにーさんに、自分の“正義”すら忘れていたキミに、ボクが負けるワケがない」
一瞬の沈黙。
その直後、天上院くんは顔を真っ赤にして、今度こそ叫んだ。
「──う、煩いっっっ!! なら、お前の“正義”って何なんだよ、コスモスッッッ!!?」
「キミのやり方が全く持って気に喰わない! だから、そこにいる女の子を救う為、全力を持ってキミの考えを叩き潰す! ──ソレがボクの“正義”だよ、おにーさん♪」
「「「っっっ!?」」」
あまりにも清々しいその言葉に誰もが絶句する中、コスモスは純白の双剣を構えて告げた。
「──────さぁ、クライマックスと行こうか♪」
その言葉と共に、コスモスは駆け出し、天上院くんは“スケジューラー”を持って立ち上がる。
……先に動いたのは、天上院くんだった。
「俺は! 俺は負けない! 間違ってないっ! 幻王様の力が、ココにある限りぃっ!」
彼は、勢いよく右胸にある紋章を押し込むと、詠唱んだ。
『吹き荒れろ、死を奏でる風! 戦場に響け、勝利の凱歌! 我の望みに応えて踊れっ! ──風の特異魔法、《予定調和の戦嵐》っ!』
その言葉と共に、今までで最も強い竜巻が七つ、天上院くんを中心に巻き起こる。
ソレらは、鋭い音色を奏でながら、“スケジューラー”の指揮に合わせて、この空間内で荒れ狂い──一斉にコスモスに襲い掛かる。
……が。
「──理由が、自分勝手なモノで」
──擦れ違う竜巻は踊るように回避し、
「──挙句、最後まで他者に依存しつづけるとか」
──通り抜ける風は双剣で掻き乱し、
「本当に……ボクの“正義”に照らせば“罪”になる行動を行ったコトが、おにーさんの敗因だよ」
──正面の突風は《聖皇の加護》の防御力で強引に突破するコトで。
天上院くんの特異魔法を、いとも簡単に攻略したコスモスは。
天上院くんの前に躍り出て、一言、
「……懺悔してね」
そう呟き、右手の甲の紋章を押し込んだ。
『紡ぐは罪過……我が抱きし幻想の枷。我妨げる愚者の心に、願いし十時を背負い込ませろっ! ──光の特異魔法、《傲慢なる創罪白架》っ!』
──双閃。
詠唱がなされた瞬間には、既に純白に光輝く双剣は振り下ろされていて。
「ぐっ………………がぁぁぁあああああっっ!!?」
直後、天上院くんの胸に刻まれた純白の軌跡──十字の切創から深紅の鮮血が噴き出した。
天上院くんは死んではいない。
が、瀕死の重傷であるコトには変わりがない。
ボトリ、と。
鈍い音を立てて、天上院くんの胸元から漆黒の立方体が転がり落ちる。
「あっ、あぁ……幻王様の力が……」
ソレを見た天上院くんが、地面を這う様に倒れ込みながら、必死にその立方体に手を伸ばす。
……が、その手が届く直前に、天上院くんの目の前でその立方体が純白の魔力光を纏った足に踏み潰される。
ゆっくりと、絶望に満ちた表情で天上院くんが顔を上げる。
多分、彼の位置からだと、自分の血が滴る純白の刃の切っ先と、冷たい視線で自分を見下ろす銀の瞳が見えたコトだろう。
ヒッ……と、短い悲鳴が天上院くんの口から漏れる。
「い、いや……」
「何が嫌なのかな、おにーさん?」
「お、俺が悪かった……間違ってたっ! だ、だから命は、命だけは……っ!」
彼女の目を見て、自分の胸に激痛を感じて、漸く彼は自分の相手がとてつもない強者だと言うコトを理解したのだろう。
天上院くんは、恥も外聞もかなぐり捨てて、みっともない姿でコスモスに命乞いを始める。
「お、お願いだっ! “滅星教”とは手を切る! そこの“落ち零れ”──黒鏡 那月にも手を出さないっ! だから、助け──「赦されるワケがないだろうっ!」
しかし、その言葉を遮るモノがいた。
コスモス、ではない。
それは、天上院くんから少し離れた地面で膝立ちになっている光輝くんだ。
彼は、天上院くんを憎しみの篭った目で睨み付けると、吐き捨てるように言った。
「俺達を──“七名家”を敵に回して赦されようだなんて、虫が良すぎるんだよ、天上院っ! その罪は、テメェの命で贖って貰うのが丁度いいだろう、なぁっ!?」
「ひ、ひぃっ!?」
その権幕に気圧された天上院くんは、胸を押さえながら、必死に地面を這い蹲り……そして、コスモスを見上げる。
同時に、光輝くんもコスモスの方に目を向けた。
「た、助けてくれっ、コスモスっ!」
「そんなヤツ、殺してしまえ、コスモスっ!」
二人同時に、コスモスに向かってそう叫ぶ。
その言葉を聞いたコスモスは、はぁー……っと、一度大きく溜め息を吐くと、面倒臭そうに光輝くんの方を見て、その後に天上院くんに視線を戻して、その瞳をじっと見詰める。
そして、コスモスは両手に持つ剣を振り上げて……、
……その剣を、高く放り投げた。
「あ」
「なっ!?」
それを見た光輝くんは、驚愕の声を上げる。
ソレを聞いたコスモスは、天上院くんに背を向けながら呟く。
「ボクに、敗者を痛めるような趣味はないよ♪ ……人殺しなんてなるべくしたくはないし、救える命なら救ってあげるのが、ボクの“正義”なのさ」
その言葉と共に、コスモスは歩み始め……その時に私は、気付いてしまった。
天上院くんが、笑っているコトに。
その右手に、まだ“スケジューラー”が握られているコトに。
私は咄嗟に叫ぼうとした……が、先程叫ぶだけで体力が限界を迎えていたのか、咽喉からは掠れた呼気が漏れるのみ。
コスモスは、後ろを振り返ろうとしない。
気付いて! と、強く願うが、それが声になるコトはなく。
そうしてる間に、天上院くんは“スケジューラー”から翠の魔法陣を発現させて──、
「──────けれどね♪」
──瞬間、先程放り投げられたハズのコスモスの剣が、天上院くんの手から“スケジューラー”を弾き飛ばした。
「──え?」
勝利ならずともコスモスの不意を付けると確信していたのであろう天上院くんは、空間中に間の抜けた声を響かせる。
そんな彼に、コスモスは告げた。
「──キミのような人間のコトを、ボクは“救いようのない人間”と呼んでいる」
いつの間にだろうか。
コスモスの頭上には、巨大な純白の十字架が浮かび上がっていて。
その切っ先は、天上院くんの胸に刻まれた十字に狙いを定めていて。
「──Oremus」
“祈れめ、いざや”──その言葉と共に、純白の十字架が天上院くんの胸を貫いた。




