第四十八話 呆気ないEnd of Act?
『………………呆気ないな』
シロガネが、ポツリと呟いた。
彼が意識を向ける先には、赤茶けた岩壁の壁に叩き付けられた天上院くんと、彼の幻霊である《巨鳥》ミハイルの姿がある。
ボク──コスモスが100もの《光弾》を放った直後、彼は咄嗟に自身の幻霊を呼び出して盾にしようとした。
──が、この空間は人の身から見れば広くとも、《聖竜》や《巨鳥》のような幻霊に取ってはまともに身動きが取れない程に狭い。
だからこそ、先程までの戦いで、誰も幻霊を用いなかった位に。
……ミハイルは、召喚こそ間に合ったものの、天上院くんの盾となれる位置までに移動する事は出来ず、結果として一人と一匹でダメージを分け合うだけの結果で終わってしまった。
《光弾》は初級魔法であるが、先程の攻撃は100発一斉射という数の暴力を伴っていた為、ミハイルの両翼は無残に折られ、天上院くんはその身に幾つものアザを浮かび上がらせている。
──────勝負はもう見えていた。
(──────だから、今度こそしっかりと終わらせるよ)
『……今度こそ、か』
(うん、今度こそ、だよ)
シロガネの反芻に、ボクはしっかりと頷き……足を踏み出した。
□□□
「──────生きてるかい、“滅星教”のおにーさん?」
天上院くんの前まで歩いて来たコスモスは、壁際で自分の幻霊に凭れ掛かっている彼にそう声を掛ける。
しかし、返答として返って来るのは、小さな呻き声のみ。
そんな様子を私──黒鏡 那月は唖然とした表情で眺めるコトしか出来なかった。
今しがた目の前で起こったコトが、信じられなかったから。
100という数の魔法の一斉射は、あまりにも圧倒的で、あまりにも非常識。
私の知る限り最多の同時展開数を誇るのは、現七名家最強と噂される三人の召喚士の一人──“偏狂”の契約者こと橙真 椿先輩だけど、一属性・初級魔法のみという先程のコスモスと同じ条件だったとしても、先輩の同時に展開出来るのは確か20枚まで。
極端な計算をするならば、コスモスは七名家最強の五倍の実力がある計算になるのだ。
たった一度の攻撃で、不利だった状況を覆し、天上院くんを吹き飛ばす。
あまりにも唐突な展開だったが、コスモスの力を実感出来るからこそ納得は出来ている。
むしろ、初級魔法をその身に受けただけの天上院くんより、端から見ていてコスモスとの絶望的なまでの実力差を理解してしまった私達の方が心を折られていた。
コスモスが、天上院くんの顔を覗き込むように軽く身を屈めながら呟く。
「……何とか生きてるみたいだね♪ 良かったー♪ ボク、人殺しとかあまりしたくないしね♪」
あまりにも呑気な口調は余裕の表れか。
天上院くんは小さく呻き声を上げながら、まるで親の仇でも見るように憎々しげにコスモスを睨み付ける。
が、コスモスはそんなコトを一切気にせず、口元に笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「……さて♪ コレはボクの勝ちと思っていーのかな、“滅星教”のおにーさん?」
「……まだ、俺は……た、たかえる……っ」
「──確かに、魔力が残っているなら、まだ魔法は使えるかもしれないね。けど、魔法が使えるのはボクだって同じ。なら、体が動かない──ボクの魔法が回避出来ないおにーさんが圧倒的に不利な事は、嫌でも分かってるハズだよね? ……もう勝負は見えてるよ。だから諦めなよ、おにーさん」
軽やかな口調でコスモスが告げるソレは、降伏勧告。
彼女の言い方から、ココで諦めるのなら、コレ以上は攻撃しないという意思を感じられる。
絶望的なまでの実力差を理解している私なら、一も二もなく飛び付くだろうこの提案。
その提案に対する天上院くんの答えは、短く、明瞭なモノ。
「………………つら、ぬけっ!」
「「っっっ!?」」
私と光輝くんが息を呑む。
コスモスの背後に魔法陣が浮かぶ、ソコから彼女の頭目掛けて風の槍が放たれる。
──ソレが天上院くんの答えだった。
コスモスはそのコトに気付いてないのか、突然叫んだ天上院くんに目を向けるばかりで、回避する素振りを一切見せない。
私は咄嗟に叫ぼうとする……が、間に合わない。
風の槍が、コスモスの後頭部に直撃する。
それを見た私と光輝くんは絶望を覚え、天上院くんは満面の笑みを浮かべ──、
「……言わなかったかな?」
──コスモスは、呟いた。
「さっきの攻撃は、“ヒント代わり”だって」
一瞬で、天上院くんの笑みが凍て付く。
私達も、また唖然としている。
コスモスが全くの無傷──その白銀の髪の一本も散らせていなかったのだから。
「………………な、ぜ?」
呆然と、天上院くんがそう口にする。
何故無事なのか──そう聞きたいのだろう。
何せ、コスモスは今の攻撃を回避も防御もしていなかったのだから。
確かに直撃したハズだ、と私もそう思っていた。
けど、その考えは間違っていたらしい。
コスモスが、先程より少しトーンを落とした声で言った。
「今も言ったでしょ、さっきの攻撃は“ヒント”だって。“答え”じゃない、って」
「“答え”じゃ、ない……?」
「──────誰が、ボクの同時展開数の上限が100だって言ったのさ?」
「「「──っ!?」」」
コスモスのその言葉で、分かった。
コスモスは、防ぐ素振りかそ見せなかったものの、防がなかったワケではないコトに。
コスモスは、100もの魔法を一斉に放ちながらも、維持し続けていたのだ。
三つの魔法からなる高度な光の等級外魔法──《聖皇の加護》を。
天上院くんの表情が、今度こそ絶望に歪む。
彼は、漸く理解出来たのだろう。
自分の目の前に立つ人物が、七名家の魔導師でも出来ないコトを平然と行う“化け物”じみた存在だというコトに。
そんな天上院くんに、コスモスは先程までの楽し気な雰囲気を微塵も感じさせない淡々とした口調で告げる。
「……おにーさんが思った以上に愚かなの、ボクは残念で仕方ないよ。だって──トドメを刺さないといけなくなったんだから」
「っ!? ま、待て──」
「待たないよ。おにーさんは、そのチャンスを自分で捨てたんだから。……ボクも、あまり使いたくない魔法だったんだけど、恨むなら自分自身を恨んでよね」
天上院くんの懇願をばっさりと斬り捨てたコスモスは、純白の剣を握る右手を胸の前まで持ち上げる。
その手袋の甲にある、紋章を見せ付けるかのように。
その動作の意味を理解した天上院くんは、必死にこの状況を打開しようと周囲に視線を彷徨わせる。
が、コスモスの左手は、剣を握ったままゆっくりと紋章を押し込もうと右手に近付いて行き。
ついに紋章が押し込まれる……と思われたその時。
「っ!?」
「えっ?」
コスモスは顔を上げると、バッとその場を飛び離れ、先程から気絶して地面を倒れたままだった焔呪ちゃんをいきなり抱え上げた。
突然のコスモスのその行動に、思わず私は間の抜けた上げてしまう。
が、次の瞬間。
コスモスは、今まで焔呪ちゃんが寝ていた場所から飛び出してきた風の槍を、力一杯踏み潰した。
「……え?」
先程とは異なる理由で、今度は光輝くんが間の抜けた声を出す。
が、コスモスはそんなコトを一切気にせず、天上院くんを睨みながら言った。
「……やってくれるね、おにーさん?」
その声に滲み出るのは、僅かな焦り。
コスモトの口元に浮かぶ笑みが、引き攣っているのが遠目にも分かる。
「………………ってる」
声が。
「……間違ってる」
小さな、天上院くんの声が。
「──俺が負けるなんて、間違ってるっっっ!!」
叫びとなって、空間内に響き渡る。
彼の瞳は黄金色に輝き、肌蹴た胸には瞳と同色の魔導線が走る漆黒の立方体が浮かび上がっていた。
ソレを見たコスモスが、小さく呟く。
「アレは……この空間の核か」
引き攣った笑みを、無理やり更に深めて、彼女は続ける。
「アレを壊しちゃえば、ボクらの勝ちってワケか♪」
「……ボク、ら?」
コスモスのその言い回しが妙に引っかかった……が、そんなコトを気にしている暇なんてなく。
ボロボロの身体のまま、無理矢理立ち上がった天上院くんが、宣言した。
「だから──“幻王様”の名の下に、お前殺すぞ、コスモスッ!!」




