第四話 言葉の裏のBlade
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人間には、誰にだって嫌いなものは存在する。
僕の父──神白 虎鉄は、力の無き者──弱者を嫌っていた。
僕の母──神白 氷雨は、世界に恥ずべき者──弱者を嫌っていた。
僕の姉──神白 白亜は、人を裏切る者──弱者を嫌っていた。
僕の弟──神白 光輝は、自分を見上げる者──弱者を嫌っていた。
そして僕、神白 銀架は、今現在において、弱者を見下ろして虚構の優越感に浸る強者にして弱者、七名家の中で最も愚かな家──神白を嫌っている。
それなら──目の前にいるこの少女は、何が嫌い何だろうか?
彼女のその表情を見た瞬間、そんな問いが浮かび──いや、違う。
そんな問いの答えなど、とうに分かっている。
分かってしまったからこそ、そんな問いが浮かんでしまったのかも知れない。
この少女は、神白 光輝が嫌いなのだ。
まさか、光輝と同年代の召喚士の少女で、光輝のことを嫌う少女なんて初めて見たものだから、僕は柄にも無く──性質的にも珍しく、動揺してしまった。
……けど、よくよく考えてみれば、光輝を嫌う少女に心当たりがないワケではない。
光輝に直接見下されたりしたことがあるなら、この少女が光輝を嫌っていてもおかしくない。
問題は、そんなことをされたことのありそうな少女に、一人しか心当たりが無いことだ。
そもそも、光輝は誰よりも上手に自分の傲慢さを隠す人間で、彼が堂々と見下す人物など二人しか存在しない。
一人は、神白の劣等種である僕──神白 銀架。
そして、もう一人は、黒鏡の落ちこぼれと呼ばれる少女──、
「………………黒鏡 那月」
□□□
「………………黒鏡 那月」
「あ……」
先程、自分を助けた少年──神白 光輝が自分の名前を呟いたのを聞いた私は、思わず身を竦ませてしまう。
私は、幼い頃から、神白 光輝という人間が苦手だった。
他の七名家の子供達より、魔法の才能が無かった私は、いつも彼に出会う度に虐められていた。
許嫁じゃなかったら、彼を見た瞬間に逃げ出すことも出来たのだろう。
けど、そんなことが許される筈も無く、月に一度は家族付き合いという名目で二人きりにされ、一方的に罵られ続けた。
勿論、幼い私がそれに耐えられる筈も無く、何度か親に泣き付いたこともある。
しかし、父も母も「彼は優秀なお兄さんと比べられて、鬱憤が溜まってるんだ。だから我慢しろ」と言うばかりで、私を助けようとはしてくれなかった。
確かに、父や母の言いたい事は分かる。
私みたいな落ちこぼれが出会ったことはないが、彼のお兄さんは、七名家のどの子息よりも優れていると噂される稀代の天才だったし、私自身も優秀な兄と比較されることが多かったから、その気持ちも分からないワケではなかった。
けど、彼が私を虐めている理由がそれだけではないではないんじゃないかと、私は思っていた。
事実、私のその予想は外れてはいなかった。
七年前、誰よりも期待されていた彼のお兄さんが、幻霊の召喚に失敗したせいで神白家を追い出され、自動的に彼が神白家の正式な跡継ぎとなった。
彼より優れた比較対象はいなくなり、彼は理不尽な色眼鏡で見られるストレスから解放された。
なのに……私への虐めが止まることは無かった。
むしろ、エスカレートしたと言ってもいい。
力を手に入れてから、彼の傲慢は歯止めが聞かなくなった。蔑まれ、罵られ、暴力を振るわれ。
一度は、彼は使用人に私を襲わせ、それを狂った笑みを浮かべながら楽しげに眺めようとしたことさえある。
幸い、その時はたまたま近くにいた蒼刃の令嬢――雪姫さんに助けて頂き、その後すぐに彼との婚約は破棄されることとなったが。
それでも、今の私はその日のせいで男性恐怖症になり、未だに神白 光輝という人物が何よりも怖く……だからこそ。
「……よく勘違いされるから、先に言っておくけど」
「………………え?」
「……僕は、神白 光輝じゃないからね?」
「………………え?」
彼のその言葉を聞いた私は、些か間の抜けた声を出してしまった。
□□□
「………………え?」
「だから……似てるとは思うけど、僕は神白 光輝じゃないって言ってるの」
那月ちゃんの何とも間の抜けた表情を見た僕は、やや呆れながらも再びそう告げる。
下手に逃げられて、今の騒ぎを誰かに話されでもしたら、後々面倒だからだ。
……正確には、騒ぎ自体ではなく、僕が魔法を使ったことを話されたら、だが。
『……フム? どうしてじゃ、小僧?』
(……君の為だよ、シロガネ)
『………………?』
(今さっき、彼女を助ける為に、幻霊装機を使ったでしょう? しかも多重展開までして)
『あぁ! そういうことか。お主が劣等生のフリをするためか』
(そういうコト)
僕は、心の中でそう言うと、再び那月ちゃんの方に目を向ける。
そして、先程より彼女に近付き……右手を差し出す。
「え……あ、あの……?」
「……何?」
「この手は、一体……?」
「……? 掴まらないの?」
「えっ!?」
僕の言葉を聞いた那月ちゃんが、何故か驚いた表情で僕を見詰めて来た。
……どうしてそこまで驚くんだろう?
「どうかした?」
「え、あ、いやっ!? そ、その、何でもないからっ!」
「……ならイイけど」
何故か大慌てでそう答える那月ちゃんに、僕はやや冷めた視線を送りながらも、怖ず怖ずと差し延べられた手を掴み、引っ張って立たせようとする。
ただ、それほど力を入れたつもりは無かったのだが、那月ちゃんが予想外に軽かったのと、相手が力を抜いていたせいか、彼女を僕の胸に飛び込ませるハメになったが。
「――――――ッッッ!?」
「あ、ゴメン。大丈夫?」
「っっっ〜〜〜〜!?」
――ドンッ!
顔を赤らめた那月に声を掛けた次の瞬間、いきなり彼女に突き飛ばされてしまった。
「おっ、と」
しかし僕は、特に驚くことも抵抗することもなく、されるがままに彼女から距離を取る。
その行為が、普通の女性が持つ恥じらいから来るものだと理解しており、同時に、彼女から僅かに、しかし確かに感じられた“恐怖”に興味を持ったが故の行動だった。
……ただ、その恐怖はすぐに消え去り、那月ちゃんは申し訳なさそうな表情で慌て始めたが。
「え、あ、そのっ! 今のは、つい咄嗟にって言うか、ただ恥ずかしかっただけで!」
「良いよ、別に。気にしてないから」
事実、こんなコトをいちいち気にしてたら、これから三年間、生きていけない。
「あ、えと、そのっ! ほ、本当に光輝さんじゃなかったんですねっ!?」
「……まぁ、この髪を見たら、すぐに分かると思うけど」
照れ隠しの為か、あまりにも唐突かつ強引な話題転換だったが、僕はそれを咎めることもなく、軽く髪を弄りながらそう答える。
すると、心の中のシロガネが、いきなり僕に声を掛けて来た。
『おい、小僧!』
(……何、シロガネ?)
『何故、今のタイミングに文句を言わん!? 上手く言ったら、少しでも“悪意”が喰らえたじゃろうに……』
(……あのね、シロガネ。今この状況で彼女を突き放して、逆に冷静にでもなられたらどうするの?)
『どうもこうも、別に……』
(シロガネ。彼女は今、混乱状態にあるから、教官が来てないと言う事実に気付いてないけど、そのことを聞かれたらどうするかって、聞いてるの。声を掛けさせたんだから、まさか「さぁ? どこかに行ったんじゃない?」では済ませられないし、かと言って、あれが魔法を多重展開して作りだした幻影だなんて言うワケにはいかないよ)
そう。
先程、僕達のピンチを救ってくれた教官は、僕が光の中級魔法《光子幻影》と、風の初級魔法《ヴォイス・コントロール》を使って作り出した偽物に過ぎない。
時間が経とうと、あの教官がこの場に来ることはないのだ。
(分かった、シロガネ?)
『ムゥ……お主は、ちと心配し過ぎではないか?』
(別に……キミの力を貰う為には、これくらいしなきゃと思ってるよ)
僕は、シロガネにそこまで言うと、髪を弄ったまま再び那月ちゃんの方に意識を向ける。
すると、相手方がこっちの顔をまじまじと見詰めていることに気付いた。
「……どうかした?」
「えっ!? あっ、いや! 本当に髪型とか違うなぁと思って……」
「髪型どころか、髪の色だって違うけどね」
僕は髪を弄る手を止めながら、那月ちゃんにそう言う。
僕の髪は男性としては長めで、肩の辺りまで伸ばしているが、降ろせば地面に着きそうな光輝の髪よりかは遥かに短いし、髪の色は神白特有の白髪ではなく、漆黒に染色済みである。
一番最初に、その点が光輝とは違うとは普通気付くと思うが。
そのことを那月ちゃんに指摘すると、彼女は浮かべていた愛想笑いを一瞬引き攣らせてから言った。
「ほ、ほら、その……イ、イメージチェンジとか、ある、じゃないですか……」
「………………そう」
徐々に尻すぼみになっていく言葉を聞いた僕は、ただそれだけ呟く。
……勿論、イメージチェンジなんて言い訳を信じた訳ではない。
ただ、理解してしまったのだ。
――彼女が、どれほど光輝のコトを嫌っているのか。
(あぁ……面倒臭い)
『……? いきなりどうした、小僧?』
(……失敗したと思ってね)
『失敗?』
(そう。彼女が誰よりも光輝を嫌う以上、この子から“悪意”を引き出すのは難しいと思うよ?)
『――っ!? 何故だ? お前があの白坊主を褒めるなりなんなりしたら、“苛立ち”くらいは取れるだろう?』
(……前から思ってたけど、キミって人の悪意を食事にするワリには、人の心情についてよく分かってないよね?)
『ヌゥッ!?』
(――僕の立場で光輝を褒めても、負け惜しみにしか聞こえない。もし他の奴だったら、それで“蔑む”が引き出せるだろうけど、光輝に虐げられてきた彼女からは、“同情”を引き出すのがせいぜいだろうね)
『………………っ!?』
珍しく、シロガネが口を噤む。
それを確認した僕は、最後に一度だけ、未だに混乱している那月ちゃんを見遣り……その頬に右手を添える。
「――――――っ!?」
あまりにも唐突だったせいか、那月ちゃんが先程より顔を真っ赤にして体を硬直させる。
そんな彼女を見た僕は、ゆっくりと彼女の耳元に唇を寄せて言った。
「……ねぇ、さっきから君が混乱してたから中々言えなかったんだけど、少しお願いがあるんだよ」
「お、願い……?」
那月ちゃんから僅かに滲み出て来た“恐怖”に思わず頬を緩めながらも、僕は彼女の耳により唇を近付けて、言葉を捩り込む。
「さっきここで起きたことを、誰にも話さないでくれる?」
彼女から漏れる“恐怖”が、ピタリと止まる。
その甘美な響きに惑わされたのではなく、その言葉の奥に秘められた、刃のような冷たさで思考が凍てついたせいで。
僕はゆっくりと体を離すと、すぐに踵を返す。
もう、これ以上彼女に用はない。
だから僕は、そのまま入学式の会場である体育館にまで行こうとし――、
「ま……待って下さいっ!」
――思考を凍結させていた彼女が僕に声を掛けてきたことに、僕は少なからず驚いた。
僕は思わず足を止め、軽く振り返ってから彼女に聞く。
「………………何?」
「あ、あのっ! ま……まだ、アナタの名前を聞いてません!」
「………………」
その言葉を聞いた僕は……思わず零れそうになる笑みを必死に押さえ込んだ。
これは――前言を撤回しなきゃいけない。
彼女は、面倒臭いんじゃない。
「君は……面白いね」
「えっ……?」
その言葉を聞いて一瞬キョトンとする彼女に、僕は言った。
「――安心してよ、黒鏡さん。心配しなくても、すぐに僕の名前なんか分かるから」
「えっ!? それって、どういう……」
僕の言葉を聞いた那月ちゃんは、まだ何かを質問したがっていたようだ。
が、僕はそれを無視して、今度こそ体育館に向かって歩き出す。
まさか、あそこまで七名家らしくない少女に出会うとは思わなかったが、それはイイとして。
僕は気分を、神白 銀架のそれから、シロガネの契約者であるソレに変える。
(……待たせたね、シロガネ。今から、本番と行こうか)
私は思いだしていた。
そして……当時は、七名家の誰よりも優れていたとされる鬼才――神白 銀架くん。
「一つは、燃え盛りし“炎”」
「この七つは、私達の中に眠る、真なる力です。
「でも、心配しないで下さい」
次回、“第五話 とある少女のCongratulate”
しかし、その日事故に遭いかけた私は、恋をしてしまったのだ。