第三十六話 異端と呼ばれないReason
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私事ですが、ツイッターを始めました♪
殆どカードゲーム関連の呟き位しかしていませんが、最新話投稿の予告なども呟いています。
是非、「現野 イビツ」で検索してみて下さい♪
とあるトコロに、一人の幼い男の子がいた。
男の子は頭脳も、容姿も、家柄も、魔法の才も恵まれた子だった。
男の子は、人間関係を築くのに努力をしたコトがなかった。
彼が笑えば、それだけで男女問わず彼に魅了されていたからだ。
男の子は、人の上に立とうと努力をしたコトは無かった。
そもそも、彼の両親の地位が、彼の上に立つ人間の存在を許さなかったからだ。
男の子は、力を振るうコトに努力をしたコトが無かった。
どれ程高難度の魔法であったとしても、その圧倒的な才能が、彼がソレらを使用するコトを可能にしていたからだ。
男の子に取って、ソレらを行うコトは本当に何でもないコトだった。
だから、男の子が“本気”を出したコトは一度も無かった。
ただ、周囲にいる人間が喜んでくれるからと、無邪気にその力を振るっていた。
しかし。
ふとした時に、賢かった少年はその男の子は疑問に思ってしまったのだ。
本当に皆は僕のコトを見てくれているのだろうか、と。
それが、悲劇の始まりだった。
その考えを抱いてしまった男の子は、不幸なコトに頭脳に恵まれていたために、すぐに答えを出してしまったのだ。
笑顔を浮かべるコトも、人の上に立つコトも、難しい魔法を使うコトも、男の子に取っては何でも無いコト……つまり、何もしなくても勝手に起きた現象に過ぎなかった。
男の子は、自分で何か行動を起こした覚えが無かった。
自分という“存在”を、外に出したコトが無かった。
なのに、本当の自分を他人に見て貰えるワケがない。
今まで周囲の人間が見ていたのは、上辺や親の地位、力によって得られる利益だった、と。
その結論を得た男の子は、自分が誰にも見て貰えていなかったコトに強い虚無感を抱き、そして今まで自分が何もしてこなかったコトを激しく後悔した。
だから。
男の子は、その時初めて“本気”を出した。
持てる魔力を、全て振り絞り。
持てる技術を、全て駆使し。
持てる思いを、全て無垢なる光に変えて。
誰も見たコトも、想像したコトもない、一つの魔法を創り出した。
それは、自らの心を、想いや夢を具現化する魔法。
男の子が、本当の自分が存在する証明として、そして本当の自分を喚び出すために創り出したモノだった。
ただ、それは未完成の魔法だった。
何故なら、男の子はその魔法を親に見せて、本当の自分を認めて貰って初めて、その魔法が完成すると思っていたから。
けれど。
男の子が、ただ「綺麗」とだけ言って貰いたくて、その魔法で夜空を美しく彩った時、彼の親は言ったのだ。
「こんなモノが、一体何の役に立つんだ」と。
最初、男の子は何を言われたのか理解出来なかった。
ただ、このままだといけないと思い、その魔法の実力を振るい、今度は至高の美と言うべき夢の世界を創り上げた。
すると、彼の親はそれがどれ程素晴らしい魔法か気付き、満面の笑みを浮かべた。
それを見た男の子は、これで認められる! と期待に胸を膨らませた。
しかし、彼の親は、そんな男の子の願いを無慈悲に打ち砕いた。
「この力があれば、我が家は更なる地位に就ける」と、口にして。
男の子の理想が、残酷な現実に踏みにじられた瞬間だった。
その時になって男の子は、自分の親が自分の望む“愛”を与えてくれる存在でないコトを悟った。
その絶望が、今まで純粋無垢だった男の子の心を、致命的なまでに歪ませてしまった。
様々な矛盾を孕んで生まれた、秩序を持ちし混沌に。
そして同時に、男の子の魔法は完成した。
恐らく、彼が最も望んでいなかった形となって。
彼がその魔法を初めて使ってから僅か二日後、彼の創り出したその系列の魔法全てが、“異端魔法”に認定された……。
□□□
「──何で、アイツは……あの“劣等種”は、異端魔法が使えるんですかっっっ!?」
雪姫と椿ちゃんの制止の声を聞かずに我考くんがそう口にした瞬間、理事長室の内部の空気が凍り付いた。
大半の人間は我考くんの言葉が一瞬理解出来ずに硬直し、何人かの人間はその言葉が出てしまったコトに後悔した表情を浮かべる。
異端魔法。
それは、使用時に多大な代償を必要とするために、“彩神協議会”によって禁術指定された魔法。
魔導に関わる全てのモノに恐れられ、忌み嫌われるモノ。
ソレが使用出来る魔導師がいるという情報を、七名家の人間が見逃すワケが……見逃すコトを赦されるワケがない。
「……どういうコトだ、橙真の?」
緊張で僅かに掠れた声で、闘鬼くんが我考くんにそう尋ねる。
我考くんは、哀しげな、悔しげな表情を浮かべながら、ゆっくりとした口調でその問いに答えた。
「……実際に、さっき姉さんと蒼刃会長を助ける時に、アイツが使っているのを見たんです」
『──────っっっ!?』
その言葉で、ただでさえ凍り付いていた理事長室の中の空気が、更に張り詰めたモノへと変わる。
多くの人が息を呑む中、我考くんはそのまま言葉を続けようとして──、
「間違いないですよ、絶対に。だってアイツ自身が──」
「──ヤメてと言ったはずよ、我考」
「──ッ!?」
──アイツ自身が『光の上級異端魔法』と言っていた、と口にしようとした瞬間、いつも浮かべている笑みを消し去った椿ちゃんが、底冷えするような声で我考くんの言葉を遮った。
先程と違って隠す気もなく放たれた威圧に、我考くんは息を呑んで口を噤み、何故止められたか分からないと言いたげに、今にも泣きだしそうな表情を浮かべる。
しかし、椿ちゃんはそれでも眉一つ動かすコトなく、能面のような無表情で我考くんに告げた。
「今すぐにそのコトを忘れなさい、我考。でないと、橙真家の人間として力づくにでも貴方を止めるコトになるわ」
「っ!? な、何故ですか、姉さんっ!?」
「──“彩神協議会”に目を付けられるからよ」
『っっっ!?』
椿ちゃんのその言葉に、我考くんも、彼に加勢しようとしていた数名も一斉に息を呑む。
彼らの顔に浮かぶのは、驚愕と戸惑い。
それは、異端魔法という禁術を使用した銀架くんではなく、そのコトを追及しようとした自分達が何故“彩神協議会”に目を付けられるのかが理解出来なかった故のモノ。
そんな彼らを代表するかのように、雷牙くんが椿ちゃんに問い掛ける。
「……何であの“劣等種”じゃなくて、俺達の方が“彩神協議会”に目を付けられンだよ?」
「それは、銀架くんが特別だから、としか言い様がないわ」
「何だよ、ソレ? 一体何でなンだよっ!?」
「だから、さっきから“彩神協議会”に目を付けられるから、と言っているの」
雷牙くんの問いに椿ちゃんがそう答えた瞬間、理事長室の空気は一変する。
元々、七名家の人間は、人の上に立つコトが当然だと思っているので、普通の人以上に理不尽な扱いを嫌う。
だから、先程は威圧されていたのにも拘わらず、この場にいる多くの人間が椿ちゃんに“敵意”を向けている。
何人かは、今にも彼女に飛び掛かりそうな程だ。
ただ、例えそうなってしまったとしても、全員が椿ちゃんに返り討ちに遭うだけだろうけど。
何せ、多対一という状況下でこそ、“偏狂”の契約者である椿ちゃんの力の真価が発揮されるのだから。
しかし、だからと言ってこの険悪な空気を放っておくワケにはいかない。
私は一度、大きく溜め息を吐いてから、睨み合いを続けている人達に告げた。
「──────銀架くんが“彩神協議会”に目を付けられないのは、銀架くんが“彩神協議会”に特定の異端魔法の使用が許可されているからですよ」
「──理事長っ!?」「母様っ!?」
瞬間、椿ちゃんと雪姫が慌てて振り返り、私に驚いた表情と責めるような視線を向けてくる。
しかし、私はソレらを真っ向から受け止めながら、二人に言った。
「貴方達の言いたいコトも理解っているけど、彼らが話を納得出来ずに外に情報を漏らされる方が不味いでしょう?」
「それ、は……っ」
「………………はい」
私の言葉を聞いた二人は、まだ何か言いたそうにはしていたものの、それでも大人しく引き下がってくれる。
それを見た私は一度頷き、私達の遣り取りを理解出来ずに頭上に疑問符を浮かべている人達に向き直って、彼らに声を掛ける。
「……このままでは皆さんも納得出来ないコトがあるでしょうから、今から皆さんの聞きたいコトをある程度教えて上げますが、今から話すコト、そして銀架くんが異端魔法を使えるというコトは絶対に他言無用でお願いします」
「……何故ですか、理事長?」
「先程も椿ちゃんが言っていた通り、“彩神協議会”に目を付けられるコトになりますし……何より、ただ単純に広まると危険な情報だからです」
「……分かりました」
私に質問をして来た闘鬼くんがそう言い、彼に続くように疑問符を浮かべていた全員が小さく首肯する。
一拍。
私は小さく頷き返してから、口を開いた。
「まず最初に言って置きますが、銀架くんの使った異端魔法は、銀架くん自身が創り出した、銀架くんのオリジナルの魔法です」
「オリジナルの、異端魔法……」
「えぇ。今までの属性概念と全く異なる、“固有属性”に分類していいくらい斬新で、しかも銀架くんが本気で使用をしたならば、たった一つ発現するだけで現在の七名家最強とも対等に戦える程に強力な魔法」
『なぁッッッ!?』
たった一つの魔法で、七名家最強と渡り合う。
そんな信じられない言葉を聞き、私の言葉に耳を傾けていた殆ど全員が、悲鳴じみた声を上げる。
──けど、コレだけで終わりではない。
「──しかも、この魔法は、発現するコト自体には、普通に魔力を込める以外の代償が殆どないの」
「っ!? それは、つまり──っ!?」
先程も言った通り、異端魔法は多大な代償を必要とする。
例えば、死者を蘇らせる異端魔法《血塗れの再誕》は、発現するために数百人単位の人の魂を必要とするし、過去のとある地点への転移を可能とする異端魔法《悲劇の再演》は、戻る地点の魔力を消費するために、予め大量の生き物を虐殺しておく必要がある。
故に、異端魔法は忌み嫌われ、同時に殆どの魔導師には使えない魔法となっているのだが。
その代償を必要としないと言うコトは、つまり──、
「──つまり、この魔法は使おうと思ったら、誰でも使える、ってコト」
「誰、でも……?」
「勿論、それなりの技術は要求される。けれど、幾つかある銀架くんの創り出した異端魔法の内、最も簡単なモノなら、幻奏高校のCクラス並みの生徒でも発現出来ます」
「そん、な……」
七名家最強と渡り合えるような魔法を、望めば誰もが使用出来る。
もし、そんな情報が広がってしまったら、七名家の──自分達の存在意義が無くなってしまうのではないか。
心の奥底でそのコトを悟った闘鬼くん達が、怯えに似た表情を浮かべながら、掠れた声でそう呻く。
そんな彼らの様子を見た私は、小さく溜め息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「──────当然のコトですけど、こんなに強力な魔法がタダで使えるワケがありませんが」
『えっ!?』
私がそう言った瞬間、俯きがちになっていた数名が、一斉に顔を上げる。
「──え? あの、さっき代償は殆どないと言っていませんでしたか、理事長?」
「えぇ、確かにそう言いましたね」
「では……」
「──しかし、この魔法は発現するのに代償がない代わりに、使用後に副作用が生じるのです」
「副作用、ですか……?」
「えぇ。簡単に言えば、精神に多大な負担を強いると言うモノです」
「精神に、負担……」
「この魔法を創った本人であり、“彩神協議会”に副作用が最もマシだからと唯一使用が許可されている銀架くんでさえ、普段は絶対に使おうとしない程に、厳しい負担があります」
「それなら……」
私と嵐華ちゃんのその会話を聞き、この異端魔法が中々に扱い辛いと考えた人達が、徐々にその表情を明るくしていく。
けど──、
「……本当に、激しい副作用よ。銀架くん以外が使ったら、最低でも廃人は確定してる位だから」
「──え?」
──続く私の言葉を聞いて、その表情を凍り付かせた。
「さ、最低でも廃人……?」
「えぇ。その魔法を使ったら、心身を喪失して当然、植物人間になってもおかしくないし、使用者の八割は発狂しているわ」
「なっ!? そん、な……」
「しかも、ただ発狂するだけならまだしも、下手したら恐慌状態に陥って、周囲に無差別に魔法攻撃をするコトもありますし、最悪の場合……」
「最悪の、場合……?」
「──最悪の場合、精神構造の崩壊によって、使用者の体内で許容量を遥かに超える魔力が暴走。炉心溶融さながらに使用者の体が消滅して、解き放たれた魔力によって使用者を中心に半径数百メートルが焼け野原……なんてコトもあり得るわ」
『──────』
その想像を絶する副作用──最早“二次災害”とでも呼ぶべきレベルのソレに、この異端魔法の存在を知らなかった全員が……否、存在を知っていた数人でさえ言葉を失っている。
そんな彼らの様子をゆっくりと見渡してから、私は口を開いた。
「……銀架くんが“異端者”ではなく“劣等種”と呼ばれるのは、銀架くんが異端魔法を使える事実を隠すため」
「……?」
「流石に理解したでしょう? 銀架くんの異端魔法自体について、具体的な話はしませんでしたが、“その魔法がどのような魔法か”も“その魔法を銀架くんが使える”というコトも、そもそも“その魔法ま存在”自体を、絶対に他人に教えてはいけないコトが」
『………………はい』
この異端魔法は、その効果にしろ副作用にしろ、七名家にとっては面倒にモノでしかない。
だから、多くの者はとんでもない異端魔法の存在に顔を顰め、中には露骨に「“劣等種”の分際でっ!」と口にする者もいたが、それでも全員が私の言葉に素直に頷く。
そんな彼らの様子を見た私はもう一度、今度は安堵の溜め息を吐く。
これで、もうこの話は終わって七名家としての対応の仕方について考えて行くコトが出来る。
……と思ったその時、何かを疑問に思ったのか、氷羽子ちゃんが小さく手を上げながら、口を開いた。
「──────ちょっと良いですか、理事長?」
「? どうかしましたか、氷羽子ちゃん?」
「いえ……先程の魔法の件なのですが、神白 銀架にどの程度の副作用が現れるのか、聞いていなかったのが気になりまして。もし、他の人と同じ様な副作用が彼に起きてしまったら……」
「あぁ……それはちゃんと伝えなかった私が悪いわね」
普通の魔導師でさえ半径数百メートルを焼き尽くす副作用が、魔力許容量9億越えという──文字通り桁違いな銀架くんに生じた場合、それこそ都市一つは用意に壊滅……下手したら、国そのものが滅んでしまうかもしれない。
その可能性が少なからずある以上、彼女がソレを不安に思っても仕方のないコトだろう。
だから、私は彼女や周囲の人間を安心させる為に、努めて柔らかい笑みを浮かべながら告げる。
「安心して、氷羽子ちゃん。そもそもあの魔法は銀架くんが自分のために創り出した魔法であるというコトと、魔力の質が測定不能な位に良いおかげで、“彩神協議会”に使用が認められる程、銀架くんに現れる副作用は少ないわ」
「ほ、本当ですか?」
「えぇ。銀架くんに現れる副作用は、酷く落ち込んだり興奮が抑制と出来ないと言った感情の暴走で、基本的には自己完結するモノ。偶に“強制感応”を垂れ流すコトもあるそうだけど、他者への被害と言うとそれ位ですね」
「そうですか……って、“強制感応”!?」
私の言葉を聞いて一度は安堵の表情を浮かべかけた氷羽子ちゃんだったけど、“強制感応”の単語に再び不安そうな表情を浮かべる。
周囲の皆も似たような表情を浮かべており、特にソレのせいで一週間前に騒ぎを起こしてしまった雷牙くんなんかは顔を真っ青にしていた。
ここにいる全員が、その騒ぎの時に“強制感応”について説明され、ソレがどのようなモノであるか理解しているので、このような反応をしても仕方ないだろう。
ただ感情が暴走するだけで何を恐れるコトがあるんだ、と思われるかもしれないけど、ソレに中てられると無意識の内にとんでもないコトをしでかしてしまう可能性があるのだ。
下手したら、本当に取り返しの付かないコトになってしまう。
事実、一週間前の騒ぎの時は、特に怪我人も出ず、主な被害者(銀架くんと那月ちゃん)も蒸し返そうとしなかったので大事にはならなかったけど、あの時どちらか一人でも雷牙くんが大怪我を負わせていたら、黄道家が“彩神協議会”に目を付けられていたかもしれない。
「も、もしかして……あの“劣等種”が今ココにいないのは、“結界”について調査するためじゃなくて、“強制感応”を垂れ流しているから隔離しているせいですか?」
一度、“強制感応”をその身で体験したコトのある光輝くんが、やや上擦った声で私にそう質問をしてくる。
……が、私は出来るだけ不安を与えないように、明るめの苦笑いを浮かべながら彼の言葉を否定する。
「いえ。確かに銀架くんは今少し荒れ気味になっていますが、“強制感応”を起こす程感情を暴走させてはいませんし、実際に“結界”についての調査をして貰っています」
「あ、そうなんですか……」
私の言葉に“異端魔法”や“強制感応”に怯えを見せていた皆も、安堵したと言うか拍子抜けしたと言うような表情を浮かべる。
一番最初に銀架くんの副作用について聞いてきた氷羽子ちゃんが「なら、大丈夫ですね……」と呟いているトコロを見ると、彼女の疑問は無事解消されたようだ。
けど、同時に焔呪ちゃんが新たな疑問を口にする。
「──けど、さっきも我考が聞いてましたけど、調査ってどうやってるんですか?」
「……確かに、それは気になるな。あの“結界”は光や音すらも内から外には逃がさないんだろう?」
「えぇ、十中八九間違いないと思いますよ♪」
焔呪ちゃんの言葉を聞き、自身も疑問に思ったのだろう闘鬼くんが行った確認を、椿ちゃんが躊躇うコトなく肯定をする。
そんな彼女の様子を見て、闘鬼くんが何とも言えないような表情を浮かべる。
言外に含ませた質問を無視された挙げ句、語尾に「♪」を付けられて断言されたのだから、気持ちは分からなくないのだけれど。
……このまま放って置くワケにもいかないので、椿ちゃんがまた変なコトをしでかす前に、私が口を開くコトにする。
「……先程は話していませんでしたが、銀架くんは“例の魔法”を発現する際に、供物型発現法を利用していました」
「供物型、ですか……?」
幻霊装機を用いる珠玉型発現法にしろ、自分で魔法陣を描く自筆型発現法にしろ、魔法を発現するには「魔法陣」と「魔力」の他に「詠唱」というモノを必要とする。
何故なら、「魔法陣」は設計図、「魔力」は素材でしかないから、「魔法」という建築物を発現させるためには、「詠唱」という魔力を魔法に構築する過程を抜かすコトは出来ない。
……そう、昔の魔導師達は考えていた。
しかし、実際に魔法の発現に必要だったのは、「詠唱」ではなく、その行程で生み出される「呪力」という存在だった。
多くの魔導師は、このコトを知った時に愕然とし、そして同時に考えた。
「詠唱」という動作を必要とせず、「呪力」のみが必要なのであれば、何かしらの物体で替えが利くのではないか、と。
例えば、最も身近な魔導触媒である、魔導師の血液などで。
そういう考えから生み出されたのが、供物型発現法。
「詠唱」の代わりに「流血」によって「呪力」を満たす、低難度な詠唱破棄だ。
そのコトを知っている白亜ちゃんが、しかし私の言葉を聞いて漏らした呟きに疑問符を付けていたのは、何故銀架くんがソレを使用したのか、一瞬理解出来なかったからだろう。
確かに、詠唱破棄によって得られるメリットは大きい。
が、同様に供物型発現法は相応のリスクが存在する。
「流血」という行程を必要とするために、貧血になったり、最悪失血死をする危険性もあるのだ。
突拍子もない行動は起こすが、決して考えなしというワケではなく、むしろ慎重な性格の銀架くんがソレを使ったとは、少し考え辛いのだろう。
白亜ちゃんは訝しげな、そしてやや不安げな表情を浮かべている。
「──あの魔導の技術力を持っているヤツのことだ。供物型発現の加減を狂わせる、というコトもないだろう」
「……そう、だよね」
そんな白亜ちゃんを見かねた闘鬼くんがそう声を掛け、その言葉を聞いた彼女はゆっくりと首肯をする。
一拍。
白亜ちゃんがもう大丈夫だと判断したのだろう闘鬼くんが、今度は私の方に顔を向けて問いを投げ掛けて来た。
「──それで、ヤツが供物型発現法を使ったのが、どうしたと言うのですか?」
「……重要なのは、その供物型発現法を使用するために、その場に自身の血を撒き散らしていたコトです」
「血、ですか?」
「えぇ。銀架くんは、例の“結界”内に残った自身の血を媒介に、呪術的に“視て”調査をしてくれています」
「呪術的に……《獄闇義眼》ですか?」
私の言葉から推測を立てた闘鬼くんが、特定の魔導媒体に新たな視点を作り出す符呪魔法の名前を上げる。
が、私は首を小さく横に振って、ソレを否定し、言葉を続ける。
「最初は銀架くんもソレを試したみたいですが、どうやらあの“結界”は既存の七属性の呪術を弾く性質を持っていたみたいで、属性を三回変えた時点で七属性でのアプローチは諦めていました」
「………………では、ヤツは一体どうやって?」
「簡単な話です。七属性の魔法が効かないなら、別の属性の魔法を使えばいいだけです」
「「「──え?」」」
「何でも、銀架くんの知り合いに、固有属性“血”を扱える魔導師がいるらしく、その人の使っていた魔法を闇・土・水属性の連携魔法で再現した所、無事に自身の血液を触媒とした遠視を成功させていました。本人曰く、時間も掛かるし燃費も良くないから、効率的には最悪だ、とのコトですが」
「「「………………」」」
私の今の言葉で、理事長室に沈黙が満ちる。
私は最近では「銀架くんだから……」と諦めがついてきたが、彼の万能さに慣れていない皆は絶句する他ないようだ。
雪姫や椿ちゃんは純粋に驚いているだけのようだが、他の皆は大なり小なり彼を見下している為に、そもそも話を信じられないらしい。
七年という月日と、“強制感応”が刻み込んだ価値観は、相当深くまで沁み込んでいるのだろう。
そのコトに短く溜め息を吐いてから、チラリと腕時計に目を向けて口を開く。
「……何なら、実際に見させて貰いますか?」
「え?」
「もう結構時間が経っていますから、気持ちも落ち着いてきているでしょうし、そろそろ調査も終わる頃合いですので、報告も兼ねて銀架くんの所に行ってみるのはどうですか?」
「それ、は……」
私の問いを聞き、全員が一瞬考え込むような素振りを見せたが、別に拒む理由もないし、情報不足で話が進んでいないのも事実なので、すぐに素直に首を縦に振る。
それを見た私は、では、と全員に退室を促し、一つ下の階にある魔法理論室を目指す。
話が停滞し掛けている今、銀架くんという刺激が必要だ。
……少し刺激が強過ぎるかもしれないが。
それでも、彼の存在が、この事件を解決に近付けてくれる。
そう信じて、魔法理論室の扉を開けて……私は凍り付いた。
開放された窓から、朱い夕陽と強い春風が入り込み。
ビッシリと単語が書き殴られた紙が散らばったその部屋の中に。
──銀架くんの姿は無かった。




