第三話 校舎裏のEncounter
部活動が忙しくて、行進が遅れました。
申し訳ございません!
私は、自分の軽率な行動を、心から後悔していた。
(ど、どうしよう……。こんなことになるなんて……)
心の中でそう呟いてみるが、何一つ状況が変わらない。
私を囲む三人の先輩は、下卑た笑みを浮かべながら、やけに馴れ馴れしい声で言ってくる。
「──だからさー。ちょっとでいいからさ、俺達の遊びに付き合ってよ?」
「あ、あの、入学式が……」
「あー? いいじゃん、そんなの。どーせ、七名家の自慢しかしないんだし」
「そうそう。一人位いなくなったって、バレないって!」
「だからさぁ……俺達と遊ぼうぜ? あんな暇なトコ行くより、面白いコト教えて上げるからさぁ?」
「で、でも、私は……」
「ほら、つべこべ言ってないで!」
私の態度をじれったく思ったのか、リーダー格らしい金髪の先輩が、いきなり私の腕を掴んで来た。
「──────っぅ!?」
私は思わず、咽喉の奥から引き攣った声を漏らしてしまう。
すると、その声を聞いた三人は、何が面白いのか、より一層いやらしい笑みをその顔に浮かべた。
それを見た私の頭の奥で、危険信号が鳴り響く。
──ここから逃げなきゃ!
心の中でそう叫ぶものの、恐怖で体が竦んでしまっている。
自力で逃げるのは、もう不可能に近いと言ってもいい。
だから……つい、あのことを口にしてしまいそうになる。
──自分が、黒鏡家の人間であると言うことを。
しかし、私は慌てて、その考えを否定する。
確かに、そのコトが分かったら、相手の先輩達は恐れをなして私から離れて行ってくれるだろう。
けど、そんなことをしたコトがバレたら、またお父様とお兄様に叱られてしまう。
それに、例えそのコトを話したとしても、相手が信じてくれるとは限らない。
他の七名家──紅城・蒼刃・黄道・翠裂・橙真・神白なら、その髪の色が家の名の中に入っている色と同じだから、信頼して貰える可能性は高いかも知れない。
しかし、黒鏡の家の人間の髪の色は、一般人と同じ黒色である。
まず、この場を回避する為の嘘だと思われるのが関の山だろう。
だから、私はニヤニヤと笑い続ける先輩を見て、心の底から絶望し──、
『──光の初級魔法、《光弾》!』
──その言葉とともに現れた光の弾丸が、私の腕を掴んでいた先輩を吹き飛ばしたのを見た瞬間、心の底から安堵した。
□□□
「うわっ!?」「おぅっ!?」「ぇあっ!?」
後輩を無理矢理ナンパしている所に、突然魔法を放り込まれたからか、三人の先輩は中々に面白い悲鳴を上げる。
それを見た僕は、心の中で大笑いしているシロガネに溜め息を吐きながら、ゆっくりと歩き始める。
「……っ!? だっ、誰だっ!?」
「さっきのはテメェの仕業か? アァン?」
吹き飛ばした金髪を取り巻いていた二人──仮にモブA、モブBと呼ぶとして──が、僕の姿を認めてか、威嚇するようにそう叫んでくる。
どうやら、少女に向いていた“劣情”が、上手いこと僕に対する“怒り”に変わったようだ。
これで、一応僕の目的は達成したと言える。
が、流石にこれで終わりとは向こうも思ってくれないし、折角こちらから手を出したんだから、この程度の“悪意”で満足をする気はない。
幸い、逆光のおかげで光輝とそっくりの僕の顔に、金髪・モブA・モブBは気付いていないようだ。
(……なら、煽るだけ煽ってから、とっとと帰って貰おうか)
『ウム。それが一番いいだろう』
(……折角の前菜なんだから、絶対食べ残したりしないでよ?)
『分かっておる』
食事を前にしているせいか、やけにシロガネの声が弾んでいる。
その口調に少々不安を覚えながらも、僕はゆっくりと口を開いた。
「──僕が誰か、と言う問いに答える気はありません」
「「……は?」」
「けど、今のが僕の仕業かと聞かれたら、Yesとしか答えようがありませんが」
「おっ、お前! 自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
今まで倒れていた金髪の先輩が、立ち上がりながら僕の言葉に噛み付いてくる。
最初に噛んだ辺りは、怒りのあまり舌が回らなかったと推測することにした。
……いやだって、シロガネが少し引きたくなるくらい、食事を楽しんでいるから。
(……ねぇ、シロガネ?)
『? なんじゃ、小僧?』
「おい、お前! 俺達に喧嘩売ってんのか!?」
(“悪意”って、美味しいモノなの?)
『ウム! 我にとっては、三ツ星レストランの料理に匹敵する美味だ!』
「お前! ここにいるのが誰なのか、全く分かってないだろう?」
(三ツ星レストランの……って、食べたことないでしょ、シロガネ?)
『勿論、喩えに決まっているであろう、小僧。三ツ星とやらは美味しいモノなのだろう?』
(いや、そうではあるんだけど……)
「知らないなら教えてやる!! この俺こそ、かの有名な……ってオイ!?」「あれ? どうかされましたか?」
モブB・モブAに続いて金髪の先輩が話を続けようとしていたのだが、何故か突然、途中で僕に大声で叫んできた。
心の中でシロガネと対話していた僕は、心持ちゆっくりとそう聞き返す。
すると、金髪の先輩は、苛立ちを隠そうともしない表情で、僕を怒鳴り付けた。
「お前! さっきからずっと黙ってるが……俺らの話を聞いてんのか!?」
「あ、すみません。少し考え事をしてたので、話を全く聞いてませんでした。ですので、宜しければ最初から話して頂けますか、先輩?」
「「「んなっ………………!?」」」
僕の言葉を聞いた三人の先輩は、全員が呆けたような表情をして……直後、“怒り”を爆発させた。
「フ……フザケテんのか、テメェ!?」
「痛い目見せねぇと、テメェは誰に口聞いてんのか理解出来ないようだな! アァン!?」
「テメェ! そこの嬢ちゃんより先に、死ぬ程可愛がってやるから、覚悟しろやコラァ!!」
金髪・モブA・モブBが、それぞれ僕にそう怒鳴りながら、自分の契約した幻霊を召喚する為の魔法陣を展開する。
どうやら、余りの“怒り”に“狂気”が加わり、“殺意”にまで発展したようだ。
どう考えても、相手は僕を本気で殺す気でいる。
まぁ、魔力量から見て、三人ともたいしたことないのが分かるから、別にいいんだけど。
(……けど、このまま怪我するのも、バカみたいだからさ)
『……ムゥ、仕方ない。ここでの食事は、もう終了でいい。だから……』
(うん。すぐに終わらせる)
僕は、シロガネにそう告げると、再び顔を向ける。
『召喚! 《巨大青虫》 ミミル!』
『召喚! 《液体生物》 リープ!』
『召喚! 《砂人形》 ニプリ!』
三人は、ちょうど自らの幻霊を召喚した所らしい。
三人は、何の抵抗も見せない僕を見て、諦めたのかと思ったのか、ニヤニヤ笑いをし――、
「――――――やれ」
金髪のその言葉で、三匹が一斉に僕に襲い掛かって来る。
「――いやっ!」
今までずっと端で怯えていた少女が、この光景を見て小さく悲鳴を上げた。
が、僕は何もせず、ただ悠然と迫り来る幻霊を眺め続ける。
そして、次の瞬間――、
「こらっ!! そこのお前達、一体何をしているっっっ!!?」
「「「んなっっっ!?」」」
――突然、その場に響いた怒鳴り声を聞いた三人が、思わず幻霊の動きを止めさせた。
慌てて声のした方を振り返る三人が見たのは、こちらに向かって走ってくる、この学校の教官の制服を着た人影。
僕はそれを見ても顔色一つ変えなかったが、金髪達三人は、見事に顔を真っ青にしている。
いくら、バカで短気なこの人達でも、こんな現場が教官にでも見つかったら、退学処分も有り得ることは理解していたらしい。
「く、くそっ!」
「今日の所は、見逃しておいてやるっ!!」
「だが、今度会った時は、覚悟して置くんだな!!」
三人の先輩方は、口々にそう言いながら、その場から逃げ出して行く。
それを、ただ眺めていた僕は、心の中でゆっくりと呟く。
(……この天下の幻奏高校にも、あんな人はいるものなんだ……)
『……まぁ、利用がしやすいから、良いではないか』
(………………はぁ)
……シロガネの言葉を聞いた僕は、その利用という単語に少し辟易しながら、小さく溜め息を吐いた後、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「………………ぅあ!」
それに気付いた黒髪の少女が、ゆっくりと驚きの声を上げる。
……が、僕はそれを無視して、滑らかな足取りで少女に近付く。
いくら僕でも、このまま少女を放って置く程落ちぶれてはいないし、何より後で面倒なコトが起こると困るから、声を掛けようと思ったのだ。
……本来なら、こんなことは絶対したくないのだが。
『ム? 何故だ、小僧?』
(……ここが、幻奏高校――召喚士の集まる場所だからだよ)
『……? ……あぁ! ここにいる者達は、あの白坊主を知っているからか』
(そういうこと)
蔑まれるから……と言うワケではない。
むしろ、僕としてはそうしてくれた方が都合が良いのだけど。
始めて僕と出会った人はまず、僕と光輝を勘違いしてしまう。
現に、目の前の少女も、光輝とまったく同じ顔をした僕を見て驚いた表情をし、次第に顔を赤らめて……赤、らめて……。
「………………って、え?」
その少女の表情が目に入った僕は、思わずそんな間の抜けた声を出して、足を止めてしまう。
普通、僕と同年代の召喚士の少女なら、九割方光輝に憧れており、僕の顔を見た瞬間に顔を赤らめるモノなのだが――、
――その少女は、可愛らしい顔に、明らかなる恐怖の表情を浮かべていた。
「………………黒鏡 那月」
「………………え?」
『あぁ! そういうことか。お主が劣等生のフリをするためか』
「……? 掴まらないの?」
『おい、小僧!』
次回、“第四話 言葉の裏のBlade”
(別に……キミの力を貰う為には、これくらいしなきゃと思ってるよ)