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第三十五話 立ち込めるSense Of Urgency

只今挿絵募集中です!


「──────はい、分かりました。では、引き続き鈴木すずき教頭や佐伯さえき先生と連携を取って、学園内にまだ一般生徒が残っていないか、確認して行って下さい」

『は、はいっ! ではっ!』


電話の向こうで、一般生徒の下校完了の知らせを伝えてくれた歌園うたぞの先生が上擦った声で返事するのを聞いた後、卓上の電話機本体に受話器を戻しながら、私──蒼刃あおば 妃海ひみは、理事長室にいる面々の顔を見渡す。

今、ココにいるのは、銀架ぎんかくんと那月なつきちゃん以外の幻奏高校に所属する七名家、または色名しきな持ちの人間のみ。

私を含む教師三名、生徒が十三名の計十六名だ。

私達が今ココに集まっている理由は、言うまでも無く今日の午前中に行われた対人演習の終了直後に、グラウンドに謎の“結界”が突然現れた。

ただ現れただけでなく、その“結界”に那月ちゃんが呑み込まれ、現状消息不明であるから。

コレから、七名家がこの緊急事態にどう対応していくのかを決定する会議を開くのだ。

私は、誰にも気付かれないように小さく溜め息を吐いた後、再び周りを見渡してから言った。


「──それでは、これより本日午前に発生した正体不明の“結界”、そして黒鏡本家の長女である那月ちゃんが消息不明になったコトへの、七名家としての対応を決めて行きたいと思います」

『──はい』


私の言葉を聞き、理事長室にいた面々が一斉に頷く。

それを見た私は、一度大きく頷いてから、隣に控えている雪姫ゆきひめに目を向けて言った。


「──では、まずはその時の詳しい状況を教えてくれますか、雪姫?」

「……分かりました、当主様・・・


私の言葉を聞いた雪姫はゆっくりと頷き、自らの右手首──正確には、ソコに巻かれている空色のリボンを指先で撫でながら話し始める。


「──────今回の事態は、一年生が全クラス合同で行っていた対人演習の終了直後に、演習参加者の一人──一年Sクラス出席番号五番の天上院てんじょういん 彦摩呂ひこまろくんによって引き起こされたモノだと思われます」

「Sクラス……」

「しかも第五位・・・ですか……」


雪姫の言葉を聞き、風紀委員長の黒鏡くろかがみ 闘鬼とうきくんと、生徒会会計の藤壺ふじつぼ 氷羽子ひわこちゃんが顔を顰めてそう呟く。

何せ、入学して一週間で優等生がココまでの問題を起こすなんて、前代未聞なのだから。

二人の呟きで、室内の空気がやや重くなる。

しかし雪姫は、先程と同じ淡々とした口調のままで言葉を続ける。


「天上院くんは、演習終了後にも演習相手である神白かみしろ 銀架くんに攻撃魔法を放とうとしていたので、その場にいた橙真とうま 椿つばきちゃんに《石鎖ストーン・チェーン》で拘束されていました。椿ちゃんに何かを言われて、大人しくなっていたように見えていました。しかし、その後演習用の結界を形成するための杭から大量の魔力が放出されたコトを確認し、私、椿ちゃん、銀架くんの三人で警戒態勢を取っていたのですが……気付いたら、天上院くんの前に一辺が4cm程の黒い立方体が置かれていて、ソコに黄金色の魔導線ラインが浮かんだかと思うと、天上院くんの言葉と共に、例の“結界”が展開されました」

「──ちょっと待って下さい、蒼刃生徒会長!」


……と、雪姫がちょうど話を一区切りしたトコロで、理事長室に入って来た時からずっと顔を俯けていた風紀委員の翠裂みどりざき 嵐華らんかちゃんが、いきなり顔を上げて少し焦ったような調子で質問をした。


「その魔導線ラインって、本当に黄金色だったんですか!? 黄色じゃなくて!?」

「え、えぇ。黄金色だったと思うけど……」

「思う、じゃ困るんです! ちゃんと思い出して下さい!」

「ら、嵐華ちゃん……?」


嵐華ちゃんは、普段は冷静沈着な子なのだが、今はその顔にありありと焦りの色が浮かんでいる。

そんな、嵐華ちゃんのいつもとは違う様子に、流石の雪姫もたじたじとなり、他の生徒も少し呆然としている。

しかし、そんな中でただ一人、必死な様子の嵐華ちゃんに声を掛ける子がいた。


「──そんなに“黄”のせいにしてェのかよ、“翠”さんはよォ?」

「──っ!?」


そう言われ慌てて振り返った嵐華ちゃんの視線の先にいたのは、用意された椅子に浅く腰掛け、だらしなく背凭れに体重を預けながらニヤける少年。

黄色い髪とパンクなファッションが特徴的な風紀委員の一人──黄道こうどう 雷牙らいがくんだ。

彼は、顔を蒼褪めさせ始めた嵐華ちゃんを嘲るように嗤いながら、言葉を続けた。


「慌て過ぎだなァ、“翠”さんはァ。今回事件を起こした天上院ってヤツが、翠裂 真実まみ──翠裂本家の長女に可愛がられていたからって、そのコトがバレる前に他の家を貶めておこうとするなんて、流石にオカシイんじゃねェの?」

「──────っっっ!?」


雷牙くんの言葉を聞き、その場にいた人の殆どが一斉に嵐華ちゃんの方に目を向ける。

その視線に含まれているのは、強い非難の色。

思わず雷牙くんの方を見たまま硬直し、ダラダラと冷や汗を流している嵐華ちゃんに、闘鬼くんが重く響く声で問い掛ける。


「……どういうコトだ、翠裂の? 今回の件には、翠裂家が関わっているのか?」

「──っ!? ち、違いますっ! この事件に翠裂は一切関与していませんっ!」

「ならば、何故黄道に責を押し付けるような真似をした?」

「ち、違っ!? 私は疑問に思ったコトを口にしただけで、別に黄道のせいにしようだ、なん、て……」


闘鬼くんの言葉を聞いた嵐華ちゃんは、慌てて反論をしようとするけど、周囲の視線に射抜かれて徐々にその声を小さくさせて行く。

嵐華ちゃんの今の行動は多分、黄道家に責任を転嫁しようと考えていたワケではなく、ただ翠裂家を守ろうと思ってそう口にしたのかもしれない。

少なくとも、私はそうではないかと考えている。

しかし、嵐華ちゃんはそのやり方とやるタイミングを間違えてしまった。

今更言い訳を口にしたトコロで、どうにもならない位に。

自分がとんでもないコトをしでかしてしまったと悟った嵐華ちゃんは、その顔色を蒼白を通り越して土気色にさせる。

そんな嵐華ちゃんの様子を見た雷牙くんは、そのニヤニヤとした笑みを深めながら、さらに言葉を続けようとして──、


「──────立方体に浮かんでいた魔導線ラインは、黄金色で間違いないわ」


──雷牙くんが口を開くよりも早く、今まで静かに事態を見ていた橙真とうま 椿つばきちゃんが、そう言った。


「──え?」

「立方体に浮かんでいた魔導線ラインが黄色で無かった以上、ソレから黄道が関わっているコトを証明するのは不可能に近いわ」

「そ……そうだぜっ! だから──」


出鼻を挫かれる形となった雷牙くんは一瞬呆然としたものの、椿ちゃんの言葉が黄道家を庇うようなモノだったため、ずくに追従をし、調子に乗ってそのまま嵐華ちゃんを罵倒しようとする。

しかし──、


「だから、お前の家が──」

「──けど、魔導線ラインが翠色で無かった以上、ソレから翠裂が関わっているコトを証明するのも不可能に近いわ」

「「「えっ!?」」」


椿ちゃんが、雷牙くんの言葉を遮るようにそう口にし、その内容が先程とは全く逆の立ち位置の─翠裂家を庇うようなモノだったので、雷牙くんは勿論のコト、他の出席者も一様に驚愕の表情を浮かべている。

何人かは、軽く思考停止にすらなりかけていた位だ。

そんな意識の間隙を縫うように、平然とした表情のまま椿ちゃんが続けた。


「つまり、現状分かっている情報だけでは、誰が悪いかどうか判断するコトは難しいし、そもそもこの会議はそのために開かれたワケじゃないわ。今は、今後の対応を決めるために、雪姫さんの話を最後まで静かに聞くべきだと思うんだけど……間違ってるかな?」

「い、いえ……」


口調や声音は柔らかく、しかし否定を許さない雰囲気を纏った椿ちゃんのその言葉に、嵐華ちゃんは何とか声を振り絞ってそう返事をする。

周りにいたほかの出席者──雪姫まで含めた殆ど全員も、椿ちゃんが放つオーラに圧倒されて首を振っていた。

そんな中、私は一人心の中で考えていた。

今日の椿ちゃんは様子がおかしい、と。

コレまで、椿ちゃんがこうして発言一つで場の空気を変えたコトはない、と言うワケではない。

現在の七名家で最強クラスの実力を持つ“偏狂”の召喚士である椿ちゃんには、その肩書きに相応なだけの発言力があり、コレまで何度か七名家の集まる会議で主導権を握って来たコトはある。

しかし、今回のように“敵意”にすら似たオーラを放ちながら、相手を威嚇するように封殺をした場面を見るのは初めてだった。

まるで、八つ当たりをするかのように、若しくは何かを焦っているかのように見える。

本当に、椿ちゃんらしくない。

皆もそのコトには気付いているのか、驚きや怯えを浮かべる表情の中に、少なからず困惑の色が窺える。

しかし、誰もそのコトを聞いたりしようとはしない。

私自身、そのコトを指摘する勇気はない。

事勿ことなかれ主義と言うべきか、触らぬ神に祟り無しと言うべきか。

取り敢えず、今は七名家としての対応を決めるのを優先すべき、と内心で言い訳をしながら、雪姫に続きを促そうとして──、


「で、でもよっ!」


──と。

そこで、先程から言葉を遮られ続けていた雷牙くんが声を上げた。


「さ、先に喧嘩を売って来たのは翠裂の方だし、そこら辺くらいハッキリさせたって……」


と、ソコまで言ったトコロで、理事長室の中の空気が凍った。

先程から椿ちゃんが纏っていたオーラが、濃くなった気がしたからだ。

今、椿ちゃんが機嫌が良いとはとても言えない状況であるコトは、誰の目にだって分かるだろう。

それなのに、そんな椿ちゃんに反論するなんて、バカなのか、よっぽどの大物なのか。

少なくとも後者ではなないな、とほぼ全員が思う中、椿ちゃんが驚く程、否、恐ろしく思える程楽しげな声で雷牙くんに言った。


「その話をいつまでも引っ張ろうとしていると、統制庁に──“彩神協議会さいじんきょうぎかい”に目を付けられちゃっても仕方ないかもね♪」

「──────っっっ!?」


その言葉を聞いた瞬間、雷牙くんが一気にその表情を蒼褪めさせた。

何せ、統制庁は国が魔導師や召喚士を管理するために国が設立した機関であり、その頂点に存在する“彩神協議会”には、七名家ですら逆らい難い権力を持っているのだから。

統制庁の名を聞くと、魔法と関係なく生活をする一般人の多くは、魔導師や召喚士の犯罪者を捕えるための組織と思っている人が多い。

実際、統制庁は一部警察に似た役割りを担っていることは間違いない。

しかし、統制庁の本来の役割りは、その名の通り魔導師や召喚士が力を持ち過ぎないように統制するための組織であり、著しくパワーバランスを崩すモノなどがいたら、彼らは徹底的にソレらを排除する。

それは、七名家や色名持ちだって例外ではない。

事実、十年前に一度、他の家を陥れて圧倒的な力を得るコトを企んだ色名持ちの人間が、“彩神協議会”の名の下に、完膚なきまでに家ごと・・・叩き潰されている。

そんなコトがあったために、今や七名家の人間ですら“彩神協議会”に恐れを抱き、他家といがみ合うコトは避けるようになったのだ。

ただでさえ一種の凄みのある椿ちゃんの言葉の中に、彼らの名前が出て来たのだから、雷牙くんが震える程に怯えても仕方がない。

椿ちゃんのオーラに気圧されて、理事長室が重い沈黙に満たされる。

周囲の人間とて、何か思うコトはあるのだろうが、誰も何も口にしようとしない。

下手に椿ちゃんに目を付けられて、雷牙くんの二の舞を演じるような真似をしたくはないのだろう。

まるで、椿ちゃんが強大な力を持つ独裁的、且つ気まぐれな女王であるかのような、そんな錯覚をしてしまう。

しかし、彼女自身は別に、その場のイニシアチブを取る気は無かったようだ。


「──────じゃあ、場も静まったコトですし、続きをお願い出来ますか、雪姫さん?」

「えっ!? あ、う、うん……」


驚く程にあっさりと主導権を渡された雪姫は、周囲の人間と同様に呆気に取られたような表情を浮かべながら、小さな声でそう返事をする。

そんな、いつもと違って少し頼りない娘の姿を見た私は、わざとらしい咳払いを一つ。

瞬間、雪姫は慌てて背筋を正し、バツが悪そうな表情を浮かべながらも丁寧に一度頭を下げてから、中断されていた言葉を続けた。


「それでは……説明を続けたいと思います。と言っても、先程の話で、“結界”が結成されるまでの大まかな経緯は理解して頂けたと思うので、それの補足という形になりますが……」

「えぇ、それで続けて下さい、雪姫」

「はい、当主様。まず、“結界”を形成した天上院くんについてなのですが……彼の背後には、彼にこの事件の実行を命じた、或いは唆した者がいる可能性が高いと思われます」

「──────っ!?」

「……どういうコトだ、蒼刃の?」


雪姫がそう言った途端、嵐華ちゃんが顔を蒼褪めさせ、そんな彼女の様子を視界の端に捕えながら、訝しげに闘鬼くんがそう問い掛ける。

勿論、闘鬼くんが雪姫の言ったコトの意味が理解出来なかったから、字面通りの質問をしている、というコトではない。

その声色からは、「やはりか?」という確認の意図が容易く読み取れる。

嵐華ちゃんに鋭い視線が集中しているトコロを見ると、周囲の人間も彼と似た思いを持っているようだ。

しかし、それに気付いた雪姫は、フルフルと首を振りながら、闘鬼くんの本当の問いを否定する。


「翠裂がこの事件に関わっている可能性は、それ程高くないと私は思っています」

「私もそうだねー♪」

「……どういうコトだ?」


雪姫に追従するように椿ちゃんが言葉を続けたので、闘鬼くんは先程と同じ問いを、しかし今度は字面通りの答えを求めて発する。

雪姫は、嵐華ちゃんに安心して、と目で語りかけながら、闘鬼くんの問いに答えた。


「──天上院くんは、先程説明した立方体を目にした時に“宣教師”、そして……“幻皇”という名を上げているんです」

『なっ!?』

「げ、幻皇だと……っ!?」


雪姫がその名を上げた瞬間、理事長室の中が色めき立つ。

先の名は世間一般では殆ど知られていないモノだが、この場にる者でその名を聞いたコトの無い者はいない。

何故なら、その名は七名家誕生の伝説に綴られる、真名を呼ぶコトすら許されない、忌まわしき存在を表す言葉なのだから。

“幻皇”──それは、混沌の化身。

聖と魔を併せ持つ、神の如き幻獣。

人を惑わす白銀の鱗を持った怪物。

常に災禍の中心に存在していて、その強大な力で人々を蹂躙し尽したモノ。

幼い頃から何度もそのお伽話を聞かされて来た七名家の人間にとって、その名は遥かに恐ろしいモノだ。

この場にいる全員が、少なからず驚愕と怯えの表情を浮かべており、中には小刻みに握った手を震わせているモノさえいる。

──────ただ一人、現在幻皇が、シロガネ・・・・という新たな名を与えられ、“劣等種”と名乗る少年の幻霊ファントムになっているコトを知っている私を除いて。


「──────どうせ、ソレは名を騙っているだけでしょうね」

『──────』


私がポツリとそう呟いた瞬間、水面に生じた波紋のように、理事長室に静寂が広がっていく。

それは、彼らにとっては何の根拠のない言葉のハズだった。

しかし、その言葉を聞いた彼らは、すぐに冷静に考えて、そんなお伽噺のような化け物が存在するハズがないと思ったのだ。

勿論、ソレだって何の根拠もない、ただの現実逃避に過ぎない。

ただ、七名家の人間には自分に都合良く頭を切り替えるモノが多いため、今回は場を鎮めるのに利用させて貰ったのだ。

無意識の内に右手首のリボンを摩っていた雪姫が、皆が口を閉ざす頃合いを見計らって話を再開した。


「私もそう思っていますし、“幻皇”の名が出て来たからこそ、翠裂家は関わっていないんではないかと考えています」

「っ、な、何でですかっ!?」

「それは──」

「──あの時、殆ど追い詰められていた状況にいた天上院くんが咄嗟にその名を呼んだ、ってコトは、普段からその人物がその名で呼ばれている可能性が高い。けど、交友関係があるコトが周囲にも知られている翠裂の人間が、自分達のコトをそのように呼ばせるとは考えにくい。だから、彼の背後にいるのは翠裂以外の人間の可能性が高い……って、コトですよね、雪姫さん♪」

「え、えぇ……」


焦った口調で放たれた雷牙くんの問いの答えを、椿ちゃんに横から掻っ攫われる形になった雪姫は、再び呆然とした表情を浮かべて、何とか首肯を返す。

それを見た椿ちゃんは、ついでにといった感じで言葉を続けた。


「まぁ、七名家や色名持ちの人間が、自分のコトを“幻皇”とか呼ばせているとは、とても思えないですけどね♪」


その声が、理事長室に響いた瞬間。

ようやく、嵐華ちゃんから鋭い視線が全て外れる。

雪姫の考えを聞いて、翠裂家を疑うコトをやめた、と言うワケではない。

椿ちゃんのその言葉を聞いて、緊張を解いた、と言った方が正しい。

そもそも、彼らだって本当に翠裂家が黒幕だなんて思っていなかったのだろう。

ただ、最初に嵐華ちゃんが行ったように、他家に責任を押し付けるコトで、自分達の立場を守ろうとしていたのかもしれない。

だから、椿ちゃんの言葉で、七名家や色名持ちに責任を負う可能性が低いコトを理解した瞬間に、翠裂を責め立てる必要が無くなったから睨むのを止めただけだろう。

本当に……単純過ぎる。

これ以上この話を続けても、特に得るモノは無さそうだ。

そう考えた私は、内心で一度大きく溜め息を吐いてから、ゆっくりと口を開く。


「……つまり、天上院くんの背後には、七名家以外の何者かがいる可能性が高い、というコトね」

「は、はい……」

「そうですね、理事長♪」

「では……今ある情報だけでは、天上院くんの背後にどんな人間がどの位いるの人数がいるのか計り兼ねないので、話を先に進めましょう」

「はい、では……あの“結界”について、ですが……」

「……そもそも、アレは本当に“結界”なのですか?」


比較的冷静に字を右京を見守っていた生徒会副会長の神白かみしろ 白亜はくあちゃんが、こちらの意図を汲んでか、話を進めるために問いを投げ掛ける。

当然のようにその問いを予想していた雪姫は、口調だけはスラスラと、しかしやや自信無さげな表情で答えた。


「状況から考えると、アレは例の立方体を用いて、演習用りの結界を形成するための杭をハッキングするコトで発現されたモノでまず間違いないと思います。実際、アレは演習用結界と殆ど同一の形状で発現されていますし……やはり、アレは“結界”である可能性か高いと思われます。ただ……」

「ただ?」

「……ただ、その“結界”がどういうモノなのか、良く分からないのです」

「──何にも分からない、ってコトですか?」

「いえ。展開時に杭の範囲内にいた那月ちゃんを内部に取り込むように発現されたコト、展開後棒状の物体で実験してみると外部からの侵入に一切抵抗が無かったコト、しかし、内部からその棒を引き抜くコトが不可能だったコトから考えると、展開された“結界”は演習用の結界と同様に、『内部から外部への干渉を遮断する』効果はあるモノと思われます」

「ついでに言うと、あの虚無と呼ぶべき威容も、その効果が強力過ぎるから、内部から光や音が漏れて来ないせいでそう見えるみたいだねー♪」


雪姫の言葉に続くように椿ちゃんが明るい口調でそう言うが、その言葉が意味するコトを理解出来た人達は揃って苦虫を噛み締めたような表情を浮かべる。


「……つまり、入ったら出て来られない上に、内部の状況も知るコトも出来ないワケか」

「多分、外部への干渉遮断だけなら何とか出来るかもしれないけど……」

「──私や椿ちゃんが威圧されて、咄嗟に動けなくなった位なのだから、とてもそれだけとは思えないわ」


白亜ちゃんに続いた雪姫の言葉を聞いて、理事長室に再び沈黙が訪れる。

例の“結界”は、知りたいコトについては殆ど情報ずないと言うのに、ただただ危険であるコトだけは分かっているのだ。

放って置くワケにはいかないけど、対処の仕方が分からない。

下手に手を出して、事態を悪化させたり、自身に危険が及ぶようになって欲しくはない。

誰もがそう思っているから、会議が袋小路に入りかけていた。

その時。


「──ちょっと、いいですか?」


──と、オズオズと手を上げながら、橙真 我考われたかくんが口を開いた。

理事長室の中にいた人々の視線が、一斉ら彼に集まる。

そのコトに一瞬たじろいだ様子を見せたけれど、しかし何か決心をしたかのような表情で問い掛ける。

……私と雪姫、そして椿ちゃんが必死に話を逸らそうとしていたコトを。


「最初からずっと気になっていたんだけど……何でココに神白 銀架がいないんですか?」

「それ、は……」


いつか、その問いが来る覚悟はしていた。

しかし、納得の行く回答を用意出来ていなかった雪姫は、小さな声で喘ぐようにそう返すだけ。

そんな雪姫に代わって、椿ちゃんが口を開いた。


「銀架くんは今、別室であの“結界”について調べているわ。……ですよね、雪姫さん?」

「──え、えぇ。銀架くんにはしばらく一人にして欲しいとも言われているし、今は四階の魔法理論室にいて貰っています」


椿ちゃんのフォローを受けた雪姫は、すぐに体裁を取り繕ってそう続ける。

……が、“あのコトに言及されたくない”という焦りからか、二人の演技・・はいつもより遥かに拙い。

そのコトに違和感を覚えたからか、幾人かが怪訝な表情を浮かべ始める。

我考くんも、二人の態度に戸惑った様子を見ながら、更に言葉を続ける。


「“結界”を調べるって……どうやってですか?」

「どうやって、って……」

「そんなコトはどうでもいいでしょう、我考くん? 今はそれより、これからの対応をどうするか話さないと」


話の成り行きが望まぬ方向に進んで行っているコトを悟った椿ちゃんが、無理矢理話の流れを変えようとする。

しかし、その対応は間違いだった。

明らかにいつもと違う様子の椿ちゃんを見て、多くの出席者は私達が何かを隠しているコトに勘付いて。

その隠し事の正体に気付かない白亜ちゃんは、しかしその美貌に不安の色をアリアリと浮かべ。

その隠し事の正体に気付いた光輝くんは、苦虫を噛み潰したような表情になり。

隠し事をする姉の姿を見た我考くんは、その顔に哀しげな笑みを浮かべながら──、


「教えてよ、姉さん。どうやって、神白 銀架は“結界”について調べているの?」

「だから、そんなコトはどうでもいい、って──」

「誤魔化さないでよ。、姉さん。どうやって、神白 銀架は姉さんを助けたの?」

「──っ!? そ、それ以上はダメよ、我考くん!」

「答えてよ、姉さん! アイツは一体どんな魔法を使ったの?」

「っ、ダメっ!」

「ヤメて、我考っ!」


──雪姫と椿ちゃんのその制止の声を聞かずに、ついにその単語を口にした。




「──何で、アイツは……あの“劣等種”は、異端魔法・・・・が使えるんですかっっっ!?」




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