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第三十四話 発露するInsanity

只今挿絵募集中です!


※イン・ジュンさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。

「──────この程度でどうにかなる程、僕は弱くないつもりですよ、雪姫ゆきひめさん」




──そう。

そこにいたのは、プリーステスのような制服に身を包んだ、艶やかな蒼髪と澄み切った空色の瞳が特徴の美しい少女。

この幻奏高校の生徒会長であり、僕の大切な“恩人”──蒼刃あおば 雪姫さんだ。

僕の言葉を聞いた雪姫さんは、その服装に良く似合う柔らかな笑みを浮かべて……しかし、僕に抱えられた那月なつきちゃんが胸元にしがみ付いているのに気付いた瞬間、その笑みに僅かに違和感が生じた。


「? どうかしましたか、雪姫さん?」

「──あ、いや、なんでもないのよ、銀架ぎんかくん」

「……? そうですか」


しかし、僕がそう声を掛けると、その違和感はすぐに消えて行った。

……まぁ、特に気にするコトでもないから、別にいいんだけれども。

こうして短い会話をしているだけでも、癒されると言うか、充実感があると言うか。


『──物凄いカリスマ性を持っているんだな、この“お姫様”は』

(珍しいね、シロガネがそんなコトを言うなんて)

『──まぁ、な。それは我にも自覚はあるが……しかし、この“お姫様”に何かしら人を惹き付ける魅力があるのは事実だしな』

(シロガネにそこまで言わせるなんて……やっぱり凄いな、雪姫さんは)

『……フム。やはり、あの美貌とスタイルが良いせいか?』

(まぁ、容姿が一因っていうのは、確かにあるんだろうけど、勿論ソレだけじゃないよ、雪姫さんは)

『……ホゥ?』

(見てたら分かるよ、シロガネ)


そう心の中で言ってから、僕は視線で後方を指し示す。

すると、タイミング良く、いきなりの大物登場に硬直していた天上院てんじょういんくんが、雪姫さんにオズオズと声を掛けているトコロだった。


「……あ、あの、蒼刃生徒会長?」

「──────何ですか、天上院 彦麻呂ひこまろくん?」

「え、いや、その……貴女のような方が、どうしてコチラに?」

「どうして、ですか……」


天上院くんに声を掛けられて振り返った雪姫さんは、その言葉を聞いて浮かべていた微笑を消して、大人びた凛々しい表情を浮かべる。

そして、その表情を見て思わず息を呑んで背筋を伸ばした天上院くんに、雪姫さんは言った。


「私は、先程までココで何がされていたか、ソレを聞きに来たのです」

「な、何がって……それは、勿論、演習ですが──」

「──演習、ですか? 本当に?」

「ほ、本当にも何も、実際にあれは演習として授業で行われて──」

「──私は、そんなコトを聞いているのでは、ありません。十対一で相手をいたぶろうとしていたアレ・・を、本当に演習だと思っているのか、と聞いたのです」

「──っ、それ、は……っ」

「それだけではありません。貴方は、この演習の不可解な点を指摘した黒鏡くろかがみさんを威嚇し、周囲の生徒を扇動して彼女を結界内に押し込んで、魔法で攻撃をしようとまでしていましたね?」

「ま、待って下さいっ! それは、演習の内容を限り無く実戦に近付けるためであって──」

「それは弁解のつもりですか? なら、見事に責任転嫁が出来ていますね。貴方達が授業のためにやったし発言をすれば、懲罰の対象は全て監督役の教師に行きますからね」

「あ、ぅ……で、でも、それなら──っ!」

「──────しかし、貴方は演習が終わり、勝敗が決まった後も、銀……神白かみしろくんに繰り返し魔法で攻撃していましたね? コレは、明確な校則違反です。停学処分になったとしても、文句は言えませんよ」

「──────っ!?」


何とか言い逃れをしようとする天上院くんだったけど、発する言葉は悉く途中で遮られ、ついには“停学処分”なんて単語まで出されてしまったので、言葉を失い口を噤んでしまう。

しかし、コレで終わりではない。

雪姫さんは、その空色の瞳で天上院くんを見据えると、ゆっくりとした口調で天上院くんに問い掛けた。


「……何か言い訳は無いのですか? 今なら、私が聞いてあげますが」

「………………くない」

「──今、何と?」

「──私は悪くない。悪いなんてコトが、あるハズがない。悪いのは、ソコにいる“劣等種”達の方に決まっている!」

「……それは、どういう意味ですか?」

「どういう意味も何も……貴女だって本当は分かっているんでしょう、マドモアゼル? この演習はソイツを──その“劣等種”を潰すためにワザワザ用意されたモノだって言うコトを」

「……」

「私達は召喚士なんですよ? 幻獣を引き従えてその力を操り、世界の頂点に立つべき人間なんですよ? そして、幻奏高校ココはそんな私達のための理想郷ユートピアと言うべき場所なんです」

「………………」

「そんな場所に、ソイツは──その“劣等種”は幻霊ファントムと契約するドコロか、召喚するコトすら出来なかったくせに、平然とした表情でズカズカと入り込んで来たんですよ?」

「………………………………」

幻奏高校ココは、選ばれた──力を得た者だけが入れる聖域なんだ。だから、“劣等種”の分際で幻奏高校ココに入って来たソイツが悪い! 弱者は排除されて当然に決まって──」

「──もういいわ。お願いだから、その口を閉じて」


その額に冷や汗を浮かべながらも、演習の時と同じような嫌悪感を覚える笑みで言葉を続けていた天上院くんに。

聞いた者全てを凍結させるかと思える程冷たい声で、雪姫さんがそう言った。

瞬間、その声に気圧された天上院くんは、その笑みを引き攣らせて硬直する。

……どうやら天上院くんは、雪姫さんを怒らせてしまったようだ。


「──幻奏高校が召喚士のための理想郷ユートピア? 力を得た者だけが入れる聖域? ……ううん、それは違います。勝手なコトを言わないで下さい」

「──ッ!?」

「確かに、幻奏高校は召喚士の育成を目的とした場所です。しかし、だからと言って召喚士以外の人間が差別されて良いワケではありません」

「し、しかし、ソイツに力が無いのは確かで──」

「──だから何だと言うのです? ここには、力がある者だけが優遇されるなんて野蛮な秩序はありまんし、そもそも神白くんに演習で負けた貴方にそんなコトを言う資格はありません」

「──っ!? ち、違うっ!? さっきのは何かの間違いだっ! アイツは、“劣等種”なんですよっ!? 幻獣と契約出来なかった弱者であり、七名家のくせに力を手に入れられなかった罪人なんですよっ!? そんな人間に私が負けるワケがないっ! 何か、卑怯な手段を使ったに決まって──」

「──────いい加減にしなさいっ!」


淡々とした口調で続けられる雪姫さんの指摘に耐えられなかったのか、天上院くんは半狂乱になって僕への罵詈雑言を喚き始める。

そして、それを聞いた雪姫さんが、ついに声を荒げて、天上院くんを大声でそう怒鳴りつけた。


「負けたのが間違い? 卑怯な手段を使った? フザけたコトを言わないでっ! 神白くんは……銀架くんは、その実力で貴方に勝ったの! 決して卑怯な手段なんて使っていないっ!」

「──────っ!?」

「銀架くんは、弱者でも、ましてや罪人でもないっ! 誤解はされやすいかもしれないけど、銀架くんはとても強くて、そして優しい子ですっ!」

「そ、それでもっ! ソイツは“劣等種”で──」

「──────それ以上、銀架くんを……私の大事な幼馴染を侮辱するのはヤメてっっっ!!!」


一際大きな声でそう叫んだ後。

雪姫さんは、吊り上げていたその柳眉を下げ、先程とは一転して、悲しげな口調で天上院くんに聞いた。


「……ねぇ、どうした? どうして、そんなコトを言うの? どうして、銀架くんのコトを、平然と“劣等種”なんて呼ぶコトが出来るの?」

「………………ぅ、ぁ」

「もしかして、自分の力に自信があったから? だから、自分は弱い人の上に立てる人間だと思っていたの?」

「それ、は……っ」

「──それは、違うよね? 確かに、貴方は難関と呼ばれるこの幻奏高校に入学して、学年で五位という成績を取っています。これは、誇るべきコトです。しかし、だからと言って、弱者を蔑む理由にならないコトは、貴方にだって分かっている筈ですね?」

「ぅ……ぁ」

「──お願いですから、もうこんなコトはやめて下さいっ! 私は、もう人が理不尽な差別を受けるトコロなんて見たくないっ! 貴方だって、こんな風に人を傷付けるために魔法の腕を磨いたワケではないのでしょう? 私は、貴方のその魔法を、もっと人の役に立つコトに使って欲しいんですっ!」


……うっすらと目尻に涙を浮かべながら放たれたその言葉に。

雪姫さんに見据えられていた天上院くんだけでなく、未だにグラウンドに残っていた生徒達も、僕の腕の中にいる那月ちゃんも。

皆が言葉を失い、憧憬・・の眼差しで雪姫さんを見つめている。

そんな中、シロガネがポツリと呟いた。


『落としてから上げる。いや、最初に追い詰めてから、相手のコトを考えているような言葉を掛けて、仲間意識を芽生えさせる……そんな人たらし・・・・の手管を無意識に行っているのか、この“お姫様”は』

(そう。しかも、全部本心から言っているコトが伝わるから、その効果も倍増してる、ってワケ。……因みに、何で雪姫さんの言葉が本心からのモノだって相手に伝わるか分かる?)

『それは……涙を浮かべているからか?』

(確かに、それも大きな要因ではあるんだけど、実は雪姫さんの言葉自体にも秘密があるよ)

『言葉自体に秘密……?』

(そうだよ。口調と雰囲気のせいで中々気付かないけど、よくよく考えてみたら、シロガネにだって分かるハズだよ?)

『よくよく考えてみたらって──────っ!?』

(分かった?)

『もしかして……あの“お姫様”の言葉は、ワガママ・・・・なのかっ!?』

(正解だよ、シロガネ♪ 雪姫さんは、ちょっと子供っぽいトコロがあるんだよ)

『子供っぽい、って……お主と似たようなモノか?』

(それは違うよ、シロガネ。確かに僕にも子供っぽいトコロはあるけど……それは、“理性を知らない・・・・・・・残酷さ・・・”を意味するモノ。雪姫さんのは、“汚れを知らない・・・・・・・純粋さ・・・”だよ)

『汚れを知らない純粋さ……』

(偽善や建前なんかとは全く違う、子供じみた純粋な言葉だから、それが本心だと理解出来る。雪姫さんの高潔さが、器の大きさが、心の美しさが理解出来てしまう)

『……それが、“お姫様”のカリスマの正体、か』

(そう。あんなに大人びているのに、子供の時の純粋さを……皆が無くして・・・・・・しまったモノ・・・・・・を持ち続けているから、雪姫さんに出会った人は、皆憧れを抱くんだよ)


それが、よっぽどの人でなしか、変な宗教の狂信者でもない限りね、と。

心の中でいらないコトを付け足してから、小さく苦笑をする。

シロガネに偉そうなコトを言ってはいたけど、僕だって雪姫さんに憧れている人間の一人なのだ。

何せ、七年前には、雪姫さんのワガママを何度も近くで聞いていたのだから。

雪姫さんにあそこまで言われたら、流石の天上院くんでも反省位はしているだろう。

そう思って天上院くんの方を見てみると、顔を俯けてはいるものの、ちょうど何かを言おうとしたトコロで──、


──────パチパチパチ。


──しかし、彼が何かを言う前に、ソレを遮るかのように、沈黙が広がっていたグラウンドに誰かが手を叩く音が響いた。

僕以外の全員が驚いた表情で、僕だけが呆れた表情で、音のした方に顔を向ける。

そこには、学生だと言うのに無駄に絢爛たるドレスを身に纏い、顔に人形じみた笑みを浮かべた、オレンジ色の髪が特徴の悪魔──橙真とうま 椿つばきがいた。


『………………お主、相当あの女子おなごのコトを嫌っているな』

(まぁね)


しかしまぁ、そんな冗談はさておくとして。

突如として現れた椿さんは、スタスタと杭で囲まれた範囲の中に入ってくると、ニコニコとした笑みを浮かべながら雪姫さんに言った。


「先程のお話しは流石でしたね、雪姫さん♪ 私、感動しちゃいました♪」

「み、見てたの、椿ちゃん!?」


その言葉を聞いた雪姫さんは、恥ずかしげに頬を赤らめて、慌てて浮かべていた涙を人差し指で拭いながら、椿さんにそう聞き返す。

すると、椿さんは笑顔を浮かべたまま頷いて言った。


「はいー♪ 来てみたら、ちょうど雪姫さんの言葉が聞こえて来たのでー♪」

「来てみたら、って……どうして、椿ちゃん? 私が言うのも何だけど、こういうコトは風紀委員の管轄のハズだよ?」


椿さんの言葉に気になるトコロがあったのか、少しバツの悪そうな表情を浮かべながらも、雪姫さんがそう問い掛ける。

確かに、雪姫さんや椿さんの所属する生徒会は、学校生活の向上を目的とする自治組織ではあるが、基本的に校則違反者の取り締まり等は行っていない。

先程も雪姫さんが言っていたが、そういうコトは風紀委員会の担当なのだ。

本来なら、例え天上院くんの行いを目にしたとしても、風紀委員に連絡さえすれば、椿さん自身は別にココに来なくても良いのだ。

だから、雪姫さんは今のような質問をしたのだが──、


「いやですねー♪ 雪姫さんなら、分かっていますよね?」

「え?」


──椿さんにそう返された雪姫さんは、キョトンとした表情を浮かべる。

それを見た椿さんは、浮かべている笑みを深め、心底楽しそうな声で言った。




「──だって、愛しの婚約者である銀架くんがイジメられていたんですから、心配して様子を見に来て当然じゃないですかー♪」




瞬間。

未だにグラウンドに残っていた生徒達も。

演習を見学した場所から殆ど動いていなかった光輝こうき焔呪えんじゅちゃん達、雪姫さんや那月ちゃんも。

全員が今の椿さんの言葉を理解出来ずに、頭の中を真っ白にさせている。

まぁ、それも仕方のないコトだ。

七名家で現最強・・・の人間が、元最強・・・とは言え“劣等種”と呼ばれている人間を愛しいと言うなんて、冗談としても性質タチが悪過ぎる。

しかも先程の言葉は、とても冗談に聞こえなかったモノだから手に負えない。

まさに、聞くモノの思考を吹き飛ばす、文字通り爆弾発言だったワケだ。

グラウンドは今、気不味い沈黙を通り越して、時間が停止したんじゃないかと思える程の、不気味な静けさが支配している。

そんな中。

ただ一人、露骨に嫌そうな表情を浮かべていた僕は、ジットリとした眼差しで椿さんを見たまま、意図的にトーンを低くした声で言った。


「……“元”が抜けているよ、“元”が」

『──────ッ!?』


ちょっとトーンを低くし過ぎてしまったせいか、硬直していた全員が、ギョッとした表情で僕の方を見て来る。

……が、僕も、そして椿さんもそんなコトは気にしない。

揃って表情を変えるコトのないまま、僕と椿さんは話を続ける。


「あららー、私としたコトが、ちょっとうっかりしちゃってたわ♪」

「ついでに言うと、“愛しの”は不要……って言うか、聞きたくも無かったねー」

「もうっ、そんなコトを言わないでよ、銀架くんったら♪ もしかして、私の愛を疑ってるの?」

「顔色一つ変えずに嘘を吐く人の言葉を信じるとでもー?」

「……何のコトかしら、銀架くん?」

「来てみたらちょうど雪姫さんの言葉が聞こえた? よく言うよねー、演習終わったすぐ後からずっと見ていたくせに」

『──えっ!?』

「……あら、ら。気付かれてたんだ?」

「そう。だから、天上院くんが僕に《光子導波フォトン・ストリーム》を発現した時に、何もしようとしなかったくせに、“愛しの”とか言われても白々しくてねー」

「あら? それは心外ね、銀架くん。アレは、銀架くんが《獄闇虚鏡ダークネス・ヴォイドミラー》を用意しているのに気付いたから、余計な手出しをしなかっただけだよ?」

「えぇっ!?」


僕の言葉にほぼ全員が、椿さんの言葉に那月ちゃんが驚いて声を上げる。

前者は勿論、誰も椿さんのコトに気付いていなかった故に。

そして、後者は……、


「……那月ちゃん、《獄闇虚鏡ダークネス・ヴォイドミラー》って、どんな魔法なの?」

「あ、えーと……《獄闇虚鏡ダークネス・ヴォイドミラー》は、闇属性“ダーク系列シリーズの上級にあたる幻惑・特殊効果魔法で……その効果は、光属性の攻撃魔法を吸収して弾き返す、ってモノで……」

「えっ!? それじゃあ──」

「──まぁ、雪姫さんの《蒼氷絶壁グレイザー・プレシピース》が無くても、《光子導波フォトン・ストリーム》は効かなかった……って言うかむしろ、天上院くんの方が酷い目にあってたコトになるかな?」


那月ちゃんの言葉を聞いて驚いた声を上げる雪姫さんに、僕は少しバツの悪い表情を浮かべながらそう言う。

ソレを聞いた周囲の生徒達は息を呑み。

そして、天上院くんは再び激高しかけて──────、


「ザケンな、お前っ! やっぱり卑怯な手段を──」

『──土の中級魔法、《石鎖ストーン・チェーン》♪』

「──ぅがっ!?」


──しかし、いつの間にかその手に自身の幻霊装機アーティファクトである《金色椿こんじきつばき》を展開していた椿さんが、石の鎖を発現して、今にも僕に飛び掛かりそうだった天上院くんを拘束した。

まるで跪くかのように地面に縛り付けられた天上院くんが、苦しげに呻き声を上げる。

それを見た椿さんは、いつものニコニコした笑みを浮かべて、優しげの声っで天上院くんに言った。


「暴れちゃダメだよ、天上院くん♪ 貴方は校則違反をしているんだから、風紀委員が来るまでおとなしくしておかないと」

「で、ですが──────っ!」


椿さんのその言葉を聞いた天上院くんは、しかしまだ何かを言おうとして──、


「────────────」

「──っ!?」


──スッと、天上院くんの耳元に顔を寄せた椿さんが、僕らにも聞こえないほどの音量で何かを囁くと、彼はギョッとした表情で息を呑む。

そして、口を噤みながら、ゆっくりと顔を俯けた。

そんな天上院くんの様子を見た那月ちゃんや多くの生徒たちは、あぜんとした表情で椿さんを見ている。

椿さんと交流がある七名家のメンバーは、精々呆れるか複雑な表情を浮かべる程度で、殆ど驚いていないけど。


『……しかし、何と言っていたのか気になるな』

(聞かないほうが賢い選択だろうけどねー)


……なんて会話を、シロガネとしていると。

再び僕の方に笑顔を向けた椿さんが、楽しげに声を掛けて来た。


「それで、銀架くん♪」

「何ですー、椿さん?」

「さっきの理由で、私の“愛しさ”が白々しくないって思って貰えたかな?」

「……まだ続けるの、その話?」

「私にとっては、とっても大事な話だから♪」

「僕にとっては、どーでもいい話だけどねー」

「それでも、お願いだから答えて欲しいな」


そう言って椿さんは、ワクワクした表情で上目遣いをしてくる。

ご丁寧にも、スカートの前で指をもじもじと絡ませながら、胸を強調してくるというオマケ付きで。

もしコレが普通の男子生徒がされたなら、一瞬でその色香に惑わされて、何でもホイホイと答えていたコトだろう。

けど、残念ながら性欲のない僕には、色仕掛けなんてモノは端から通用しない。

こんなコトをされたトコロで、僕が椿さんの思い通りに答えるコトはない。

だから、僕は答えた・・・




「──────白々しいとかそういうのの以前に、僕は椿さんの言葉は基本的に信用してないよ」




──────椿さんを突き放すために。


「……どうやら、振られちゃったみたいね」


その言葉を聞いた椿さんは、苦笑気味にそう呟く。

僕はいつもの無邪気な笑みを浮かべていたけど、今の言葉で相当不機嫌になっているコトを理解したのだろう。

まだ何かをしたそうな素振りを見せてはいたけれど、そこで一応口を噤む。

それを見た僕は、しかし椿さんがまだ何かしそうな雰囲気を感じていたし、何より早いトコロ那月ちゃんの足首を知慮しないといけないから、そのまま踵を返そうとする。

けど、その瞬間。


「あ、ぎ、銀架くん? いつま……じゃなくて、どうして那月ちゃんをお姫様抱っこをしているの?」


と、今度は雪姫さんが、僕に声を掛けて来た。

その言葉を聞いた那月ちゃんが、再び顔を真っ赤にさせているけど、僕は努めて恥ずかしさを顔に出さないようにしながら、いつもと同じトーンで答える。


「那月ちゃんが演習中に足首を捻っちゃったらしいから、僕が《光子治癒フォトン・ヒール》で治してあげようと思ったんですけど、流石にこんなアウェーな雰囲気の場所でやるのはどうかと思ったから、人の少ない場所に連れて行こうと思いましてー」

「そ、そうだったの……」


その言葉を聞いた雪姫さんは、何故か少し安堵したような表情でそう呟くと、少し考えるような表情を浮かべてから僕に言った。


「銀架くん、何なら私が那月ちゃんの治療をしてあげようか?」

「……あー、それが良いかもしれませんね」


雪姫さんの言葉を聞いた僕は、その言葉にそう返事をする。

僕と違って、雪姫さんなら、治療の最中に背中に石を投げられたり、魔法を放たれたりするコトもないだろうから。


「那月ちゃんも、それでいーい?」

「う、うん。……雪姫さんも、すみません」

「いいのよ、那月ちゃん、気にしなくても。……じゃあ銀架くん、治療するから那月ちゃんを降ろしてあげて」

「はい、っと♪」


雪姫さんにそう言われた僕は、ゆっくりと那月ちゃんを地面に降ろしてあげる。

それを見た雪姫さんは、すぐに腫れた右足首を確認して、握っていた《アイス・ドミニオン》から蒼い魔法陣を展開させた。


『──水の中級魔法、《氷治癒アイス・ヒール》』


発現されたのは、僕も演習中に使っていた水属性の治癒魔法。

魔法陣から溢れ出た淡い蒼光が、霜となって那月ちゃんの足首に張り付き、すぐに虚空に溶け消えていく。

腫れは、綺麗に引いていた。

それを見た雪姫さんは、小さく息を吐いてから那月ちゃんに言った。


「……はい。激しい動きは控えた方がいいと思うけど、これで一応治ったハズよ」

「あ、ありがとうございます」


雪姫さんのその言葉を聞いた那月ちゃんは、雪姫さんに頭を下げてから、三角座りをするように地面に腰を下ろしたまま、ペタペタと自分の足首を触り始める。

先程みたいに顔を顰めたりしていないトコロを見ると、痛みはもう引いているみたいだ。

ソレが分かった僕は、ホッと小さく息を吐いてから、那月ちゃんに声を掛けようとして──、


「──さ、銀架くん♪」

「っ!? いきなり何をっ!?」


──突然、後ろから腕を絡まされた僕は、思わず抗議の声を上げる。

しかし、椿さんはそんなコトを無視して僕の腕をグイグイと引っ張りながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら言った。


「ほら、那月ちゃんの治療も終わったようだし、一緒に校舎まで戻りましょう♪」

「ちょっ!? 何を勝手なコトを──」

「つ、椿ちゃん! 銀架くんが嫌がってるから、腕を話してあげてっ!」


僕ら二人の様子を見た雪姫さんが、慌てて駆け寄ってきて、胸元に手を当てながら椿さんにそう言ってくれる。

それでも、椿さんが笑顔のままで──、


「そんなコト言わずに……何なら、雪姫さんも一緒にどうですかー?」

「えっ!? そ、それは……」


何て言葉で雪姫さんをからかいながら、結界の外に僕を連れて行こうとして。


──その時だった。


パスッ! と。

空気が抜けるような音がしたかと思うと、結界が解除されて使い終わったハズの杭から、いきなり魔力が噴き出した。

演習時に使用していた結界よりも、遥かに多くの魔力が。


『──────我が求むは、心に咲きし黄金の花弁ゴールデン・ブルーム……幻霊装機アーティファクト、展開っ!』


この異常事態を見た椿さんは、流石に僕の腕から離れて、《金色椿》を展開し直す。

雪姫さんは《アイス・ドミニオン》を構え、僕もベルトにまだ刺さっていた漆黒の“写陣ノ巻物”を手に持つ。

七名家の人間、特に僕や椿さんなんかは、こんな予想外の事態への警戒心が強い。

だからこそ、不本意ながらも、安全確保のためならどれだけ嫌いな相手でもすぐに連携を取れるモノが多くいる。

僕と椿さんとかが、特に顕著な例だろう。

先程までの微妙な空気を一瞬で消し去り、すぐに三人でアイコンタクトを交わす。

そして、コクリと頷いた椿さんが、杭に近付いて行き──、




「──────来たぁぁぁぁぁあああっっ!!!!!」




「「「──っっっ!?」」」


──突如、《石鎖ストーン・チェーン》で縛られていたハズの天上院くんのその声に、僕らは揃って息を呑んだ。

慌ててソチラを振り返ると、口の端から涎を垂らし、焦点の合わない瞳で虚空を見つめながら、愉悦の表情を浮かべて、再び叫んだ。


「あれがとうございますっ!! 宣教師様ぁっ!! 幻皇様は、私に力を与えて下さったのですねっっっ!!!」

「せ、宣教師……? 幻皇……?」

「い、一体どうしたの、天上院くんっ!?」


そんな天上院くんの姿を見た椿さんと雪姫さん、そしてグラウンドに残った生徒達が困惑の表情を浮かべる中。

彼の前にある漆黒の立方体・・・・・・を見付けた僕は、一人だけ驚愕して言葉を失っていた。


『何、だ……? 何なんだ、アレは……っ!?』


シロガネが、心の中でそう叫ぶ。

が、僕には答えない。

だって、僕にもアレが何か分からないから。

──そう。

僕もシロガネも、アレの正体を理解していない。

にも拘わらず、僕らは揃ってソレから何かを感じ取り、アレは危険だと頭の中で警報をガンガン鳴らしていた。


「あぁ……っ」


恍惚とした表情を浮かべた天上院くんが、《石鎖ストーン・チェーン》で縛られた体を無理やり起こしながら、充血しきった真っ赤な眼でその立方体を見下ろす。

瞬間、その立方体に突如黄金色の・・・・魔導線ラインが浮かび上がり、ドクン! とソレが不気味に脈打った。

それを見た僕は、根拠もなく心の中で叫んだ。


(ヤバいっ! アレは、絶対にヤバいっ!!)


今まで感じたコトのないような、圧倒的な危機感。

それを感じたからか、グラウンドにいる生徒たちが──雪姫さんや椿さんでさえも、金縛りにあったかのように硬直している。

それを見た僕は、咄嗟に近くにいた雪姫さんの腰に右井を回して、“マジン隠し”の中に抱き寄せる。


「ひゃんっ!?」


コレには流石の雪姫さんも驚いて、小さく悲鳴を上げるけど……今はそんなコトを気にしている暇はない。

ガチガチに身体を硬直させた雪姫さんを湧きに抱えるようにしながら、右手を僕と雪姫さんの間に突っ込む。

勿論、雪姫さんの身体に触るためなどではなく。

コートの奥に隠してある、あるモノ・・・・に触れるのが目的で。

布ではありえない硬さを指先に感じた僕は、躊躇いなくソレを握り締める。

瞬間、手の平に走る鋭い痛みと灼けるような熱さ。

直後に、僕はソレから手を離してコートから手を引き抜く。


「──えっ!?」


ソレを見た雪姫さんが、驚きの声を上げる。

それもそのハズ、コートから引き抜かれた僕の手の平には大きな切創が出来ていて……そして、いつの間にか僕の手の先には、純白の魔法陣が展開されていたのだから。

雪姫さんが息を呑む気配がアリアリと伝わってくる。

けど、僕はソレを意図的に無視して、一度大きく右手を振った。

その時に撒き散らされる鮮血は、詠唱の代価となる供物。

危険度は高いが難易度も低い詠唱破棄・・・・──供物型発現法を用いた僕は、展開していた魔法を使う。

──用意していた魔法の中で、最も使いたくなかった切り札を。


『──────光の上級異端・・魔法、《極聖光の拒界絶衣オーロラル・リジェクションコート》っっっ!!』

「──っ!?」


発現されたのは、僕にしか使えない・・・・・・・・光属性魔法。

僕の“拒絶”の意志を具現化した、白銀の極光。

ソレが、演習中に使った《橙玉強化ジュエル・リインフォース》と同様に、“マジン隠し”に染み込んで行き、防御力を強化する。

コレさえあれば、例え何が起ころうとも、命を落とすコトはないハズだ。

……が、この魔法の範囲は極めて狭い。

“マジン隠し”の中にいないと、防御の対象と取られるコトはない。

だから僕は、未だに地面に座り込んでいる那月ちゃんに手を伸ばした。

出来たばかりの友達を、一刻も早くこの状況から助け出すために。

漆黒の立方体に浮かぶ、黄金の魔導線ラインの鼓動が爆発的に加速していく。

……もう、時間が無い。


「那月ちゃんっ! 早くっ!!!」

「う、うんっ!」


僕の声から尋常じゃない焦りを読み取った那月ちゃんも、僕の方に手を伸ばしてくる。

彼我の距離は、5m程。

走れば、まだ間に合う。

僕は、雪姫さんの腰に手を伸ばしたまま、勢い良く大地を蹴る。

なつきちゃんも、僕の方に手を伸ばしたまま、急いで立ち上がる。

そして、互いが互いを求めるように手を伸ばし、その指先が触れ合う。

その、寸前で。


──ドンッ! と。


僕の胸元に、そんな衝撃が来て。

僕と那月ちゃんの指は、ついに絡み合うコトのないまま、引き離されて行く。


「──あっ」

「なっ──!?」


僕らは思わず絶望的な声を上げ、視線を下げてその絶望の原因を見る。

僕の胸元に飛び込んで来た、椿さんを。

どうして忘れていたんだ、と後悔する。

椿さんは、この魔法を知っていたじゃないか、と。

少し考えれば、椿さんが自身の安全を確保するためにこう言う行動を取るコトは、予想出来たハズなのに。

完全に、僕のミスだった。

それでも、諦め切れずに必死に手を伸ばす。

けど──、


「さぁ! 私の“信仰”が、幻皇様の力の糧とならんコトをっ!!」


──天上院くんが狂気じみた声でそう叫んだのと同時に、漆黒の立方体から闇色の“虚無”が広がって。

ソレは、那月ちゃんの体を呑み込み、そして“拒絶”の極光を纏った僕達を弾き飛ばす。


「っぐぅ!?」「きゃぁっ!?」「ぅんっ!?」


吹き飛ばされ地面に転がった僕ら三人は、呻き声を上げながら体を起こして──絶句した。

目の前に、演習で使った結界と同じサイズの半球状の“虚無”があったから。

その禍々しさに、グラウンドに残っていた生徒達が悲鳴を上げる中。

僕は、握り締めた拳を思い切り地面に叩き付けて、叫んだ。




「……ちっ、くっしょぉぉぉっっっ!!!」




──その日、僕は生まれて初めて、人前で悔し涙を流した。

《魔法のアイデア紹介》

獄闇虚鏡ダークネス・ヴォイドミラー》:イン・ジュン@自己の喪失者(元ネタ:獄闇黒鏡)

漆黒の闇よ、我が心を具現化し、光を呑み込む鏡となれ

・闇属性“ダーク系列シリーズの上級にあたる幻惑・特殊効果魔法。《獄闇幻惑ダークネス・ミラージュ》より劣るものの、幻惑を作りることが出来る。また、一定量の光属性の攻撃魔法を吸収し、弾き返すことが出来る。


□□□


「……分かりました、当主様・・・


「思う、じゃ困るんです! ちゃんと思い出して下さい!」


「さ、先に喧嘩を売って来たのは翠裂の方だし、そこら辺くらいハッキリさせたって……」


「私もそうだねー♪」


「──ちょっと、いいですか?」


「ヤメて、我考っ!」




次回、“第三十五話 立ち込めるSense Of Urgency”




「答えてよ、姉さんっ! アイツは一体どんな魔法を使ったの?」


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