第三十三話 演習の後のLove Comedy?
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「……コレは、想定外でしたね」
漆黒の双剣を振るう神白 銀架に、天上院 彦麻呂が呆気なく敗北した姿を見たワタシは、周囲にいる人間に気付かれないように、口の中で小さくそう呟く。
別に、天上院 彦麻呂が弱い、というワケではないだろう。
設置型発現法という特殊技術を使いこなし、多重展開を行うコトも出来るのだ。
Sクラスの出席番号五番──学年で五位の実力というのは、妥当ではある。
だ、相手が悪かった。
神白 銀架が、規格外過ぎるのだ。
確かに、神白 銀架は幻霊と契約出来なかったために、幻霊装機も着装共奏も使えないが……ただ、それだけなのだ。
その欠点にさえ目を瞑ってしまえば、神白 銀架は七名家の人間が赤子に思える程の魔法の才があり、剣技を中心とした武術にも秀で、全てを計算し尽す頭脳と、それ程の力にも溺れるコトのない精神を持った人間である。
チートじみた、ではなく、まさにチート。
“劣等種”と言う呼び名は、間違いだ。
正しく例えるなら……“異端”。
「……せめて、幻惑魔法を得意としているコト位は教えてあげるべきでしたかな?」
最初から、天上院 彦麻呂が勝てる勝負だとは思っていなかった。
勝率は、良くて五割程度だろうと、見当を付けていた。
しかし、あまりにも一方的で、一目で遊ばれていると分かるような負け方をした天上院 彦麻呂を見ていると、彼に神白 銀架と一戦交えるように命令したワタシとしては、少しばかり悪いコトをしたと思ってしまう。
必要以上に、恥を掻かせてしまったなぁ、と。
しかし、まぁ。
そんなコトは、どうでもいい。
元々、勝敗など気にしていなかった。
ワザワザ神白 銀架と戦わせたのは、七年間消息が不明だった彼の現在の力量を測るためであるし、実はソレすらもついで程度で行っていたに過ぎない。
本来の目的は、“彩色の乙女”が本物であるかどうか試してみるコト。
下手に襤褸を出されないよう、天上院 彦麻呂にはそれとなくにしか伝えていなかったせいか、彼は少々暴走気味ではあったが。
それでも、偶然、かつ一瞬だけであったけど、天上院 彦麻呂のおかげで、アレの使用を確認するコトが出来たから。
「……コレは、ご褒美をあげないといけないね」
ワタシは再び、誰にも聞かれないように小さく呟き、懐からあるモノを取り出す。
ソレは、一辺が4cm程の、漆黒の立方体。
ソレを、誰にも気付かれないように、ポトリ、と地面に落としながら呟く。
「……さぁ、君に力を貸してあげるよ、天上院 飛麻呂♪ 好きなだけ、その力を振り翳していいからね♪」
ズブリ、と。
突如として、立方体が沈み始め──、
「──────だから、よく聞いてね、皆様方?」
──完全にソレが地面に埋まったのを確認してから、神白 光輝や紅城 焔呪、そして神白 銀架を睨み付けながら、ワタシは言った。
「──これが、ワタシ達“滅星教”の、鬨の声なんだからっ♪」
□□□
「……さて、と」
異様に空気が重く、沈黙が支配するグラウンドの中央で、僕──神白 銀架は、得体の知れないモノへの“恐怖”が多分に含まれた視線を全身に浴びながら、心の中でシロガネに問い掛ける。
(……で? どうだったの、シロガネ?)
『うむ! やはり、お主は幻奏高校に入学して正解だったようだぞ、小僧? ココまで大量、かつ純粋な“悪意”を喰ったのは久々だな!』
(そう? なら、良かったけど……)
いつもより明らかに上機嫌だと分かるシロガネの声を聞きながら、ふと、いつもの笑みを浮かべたまま、軽く周りを見渡してみる。
すると、僕の視線の先にいた生徒達が、その顔に怯えをありありと浮かべ、反射的に一歩後退った。
そんな反応を見た僕は、彼らからソッと視線を外しながら小さく溜め息を吐き、内心でボソリと呟く。
(………………馬鹿らしいや)
『そんな反応をする位なら、最初からあんな野次を飛ばすな、とでも言いたげだな、小僧?』
(……そうだね、シロガネ。僕は確かに、今の子達をバカだと思ってるかも。それこそ、あの子達にも、滑稽で醜悪な道化みたいって、そう言ってあげたい位に)
『……まぁ、言いたいコトは分からなくもないが』
(──もし、このグラウンドの中で僕を怖がっている人がいるとするなら、それはたった一人だけだよ)
『……ほぅ? 誰のコトだ?』
(そんなの、決まってるでしょ? ……那月ちゃんだけだよ)
シロガネにそう告げながら、足首を捻っているからか、或いはそれ以外の理由かは分からないけど、未だに結界内でペタリと座り込んでいる那月ちゃんに目を向ける。
その瞬間、僕と那月ちゃんの視線がぶつかった。
「「──────っ!?」」
予想外のコトに、刹那の間だけ互いに硬直してしまう。
……が、直後にピクッ! と肩を震わせて、顔を俯かせてしまう。
「あっ……」
そのコトに僕は少しショックを受け……そして、そんな風に思ってしまった自分に気付き、驚いて小さく息を呑む。
勿論、シロガネがそんな僕を放って置いてくれるワケがなく。
『──────中々面白い反応をしてるな、小僧』
(……煩いよ、シロガネ)
『煩いとは酷いではないか、小僧。少し位会話に付き合ってくれていいだろう?』
(……まぁ、確かにそうではあるけど)
『では、教えてくれ、小僧。やはり、先程の女子の態度にショックを受けたのか? そうなんだろ? んん?』
(………………)
……どうやら、今のシロガネさんは、テンションの高さに比例するように、ウザさも上昇しているらしい。
僕は、先程よりも深い溜め息を吐き、内心で辟易しながらもシロガネの問いに答える。
(──────あー、そうだよ! そうですよ! それが何か悪いのー!?)
『……何て言うか、紋切り型通りの開き直り方をするな、小僧』
(テンプレじょーとー! エッチぃオジサンみたいな口調で質問して来たシロガネにだけは、言われたくはないけどねっ!)
『なっ!? エッチぃ、だと……っ!?』
僕の反論を聞いたシロガネが、珍しく絶句した。
直後、僕とシロガネの間に、バチバチと火花が飛び始める。
……まぁ、僕とシロガネに、物理的な“間”なんてモノは存在しないんだけど。
そうして数秒の間、僕とシロガネは睨み合い(らしきコト)を続けていたけど、すぐに何だか虚しくなって、二人揃って溜め息を吐く。
そして、また数秒の時間を空けてから、ポツリと呟いた。
(……仕方ないでしょ、シロガネ。あんな風に僕を庇おうとしてくれた人なんて、今まで二人しかいなかったんだから)
『二人? 一人は薫として、もう一人は……あぁ、あの“お姫様”か』
(……まぁ、そうなんだけどね)
シロガネが“あの人”に付けた渾名が、あまりにもそのまんまだったので、僕は思わず苦笑をする。
そして、言葉を続けようとして……何を言っているのか分からずに閉口してしまう。
どうやら、僕は自分が思っている以上にダメージを喰らってしまっているらしい。
そんな僕の様子を見たシロガネが、ゆっくりと僕に言う。
『──────何と言うか、裏切られた者の姿というのは憐れだな』
(……違うよ、シロガネ。悪いのは、僕の方だよ)
しかし僕は、シロガネの言葉を否定する。
──そうだ。
あんなに必死に僕を庇っていたのに、演習が終わった後に怖がるのは裏切りだ! ……なんて、恥知らずな言葉を言うつもりはサラサラない。
那月ちゃんは、懸命に天上院くん達の行為に異議を唱えていた。
けど僕は、天上院くんと似たような手段を使って勝ってしまった。
──裏切ったのは、僕の方なのだ。
自業自得という言葉が、まさに相応しい。
『確かに……そう、かもしれないな』
僕の考えを読み取ったのか、シロガネが静かに肯定の言葉を紡ぐ。
しかし──、
『──しかし、あの女子はお主に裏切られたとは思っていないかもしれないぞ?』
(………………え?)
──直後にシロガネの続けた言葉を聞いて、一瞬だけ呆然としてしまった。
が、すぐに小さく首を振って、その言葉を否定する。
(──いやいやいや。僕だって、結構最低なコト自覚があるんだよ? そんなコト、あるワケが……)
『本当にそうか、小僧? 確かに、お主の話を聞いていれば、嫌われても仕方ないと思えるが……我にはそんな風に見えなかったな』
(……何でなの、シロガネ?)
『だって、さっき顔を赤らめていたからなぁ。あの女子も……ついでに言うと、お主も』
(──────)
シロガネのその言葉を聞いた僕は、気恥ずかしさを感じて、思わず顔を俯かせて──、
(………………行くべきかな?)
『あぁ、行くべきだな』
──シロガネの言葉を聞いて覚悟を決めて、那月ちゃんの前まで歩いて行く。
そして、地面に座り込んでいる彼女と目線を合わせるために、しゃがんでから声を掛けた。
「──────大丈夫、那月ちゃん?」
「え? あ、は、はいっ!」
すると、那月ちゃんは再び肩を震わせながら、やや上擦った声でそう答える。
が、直後に少し後悔した表情を浮かべ、慌てた様子で口を開いた。
「そ、そのっ! ご、ごめんなさいっ!」
「──あー、うん。気にしないで」
その言葉を聞いた僕は、何とかいつもの笑みを保ったまま、そう答えた。
「気にしてないよ」とは、言わない。
そう口にしたら、《真聖紋》が消えちゃうだろうから。
再び震えられたコトもそうだけど、そのコトについて謝られたコトも、少し悲しかった。
その謝罪が、下手に僕の機嫌を損なわせないようにかるための、“保身”目的のモノだと思えてしまったから。
しかし──、
「で、でも、私のせいで幻惑魔法を解くコトになってしまったので……」
「………………え?」
──落ち込み気味の声で紡がれたその言葉を聞いた僕は、思わず間の抜けた声を出してしまう。
その言葉が予想外過ぎたので、軽く混乱していた。
けど、那月ちゃんはそんな僕の様子に気付かずに、言葉を続ける。
「本当に、私が余計なコトさえしなければ……銀架さんは、全員無傷のままでこの演習を終わらせるつもりだったんじゃないんですか?」
「──っっっ!?」
瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
何せ僕は、まさに那月ちゃんが言った通り、誰にも攻撃させず、そして誰にも攻撃せずにこの演習を乗り切るつもりだったから。
ただ負けるつもりも、下手に勝つつもりもなかった。
引き分けに持ち込んで、僕に勝てなかったコトへの“苛立ち”と、僕が勝てなかったコトへの“嘲り”の両方を、シロガネに食べてさせるつもりだった。
けど、ソレを那月ちゃんが知っているワケがない。
「……何で、そう思ったの?」
僕は思わず、声のトーンを低くしてそう聞いてしまう。
けど、那月ちゃんはそんなコトを気にせずに、“儚い”という形容詞が似合う微笑を浮かべて、僕に言った。
「──だって、銀架さんは優しい人だから」
「──────」
その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず言葉を失いかける。
「……違うよ、那月ちゃん。確かに、僕は何もせずに演習を終わらせるつもりだったけど、それは優しいからなんて理由じゃない。もっと、打算的な理由だったよ」
それでも、手の平に爪を立てながら、僕は何とかそう口にする。
しかし──、
「──そうだったとしても、結局銀架さんは私のコトを助けてくれたんですから、優しい人であるのは間違いないですよ」
「──────ぁ」
──続く那月ちゃんの言葉のせいで、涙が溢れそうになった。
勿論、そんなコトは噯にも出さずに、拳をコッソリと握り締めるコトで、泣きたい気持ちを必死に堪える。
こんなコトで泣きたくなる程喜んでいるコトがバレて、子供っぽいとか思われたくなかったから。
小さく、那月ちゃんに気付かれないように、一度深呼吸する。
そして──、
「……だから、そんな銀架さんの足を引っ張ってしまったのが、本当に申し訳なくて──」
「──別に、もう謝らなくていいよ、那月ちゃん。ソレはもう気にしてないし、むしろ謝らなきゃいけなのは僕の方だよ」
──那月ちゃんの言葉を遮るように、そう口にした。
「……え?」
「──那月ちゃんは、全然悪くなんかない。ただ、間違っているコトを間違っているって、言っていただけなんだから。……でも僕は、結果的に那月ちゃんに庇われていたのに、ギリギリまで那月ちゃんを助けてあげられなかったし、僕自身が那月ちゃんが卑怯って言っていたコトをやって──裏切るような真似をしたんだ。だから……ごめんなさい」
僕の言葉を聞いてキョトンとしている那月ちゃんに、ちゃんと立ち上ってから頭を下げる。
それを見た那月ちゃんは、一瞬硬直した後、手をブンブンと振りながら慌てて言った。
「あ、頭を上げて下さい、銀架さん! ソレこそ、気にしていませんからっ!」
「……でも」
「私は、その……天上院くんが卑怯なコトをするのが赦せなかったって言うより、銀架さんが理不尽な目に会うのがイヤだったんです。一週間前も、銀架さんに助けて貰いましたし」
「……あー、そうだっけ?」
「そうですよ! あの時も、私は何も出来なくて……だから、今日は自分が何かしなくちゃ、って思って……」
「……そう、なんだ」
少し落ち込み気味な那月ちゃんの姿を見た僕は、いつもの作り笑いとは違う、自然に出て来た笑みを浮かべながら、努めて明るい口調で言った。
「──だったら、僕が言うべきなのは、“ごめんなさい”じゃないね」
「え?」
「──“ありがとう”、那月ちゃん」
「──っっっ!?」
その言葉を聞いた那月ちゃんは、照れてしまったのか、顔を赤くして息を呑む。
けど、話はまだ終わりじゃない。
「──ねぇ、那月ちゃん?」
「ふぁ、ふぁいっ!?」
「良かったら、僕と友達になってくれる?」
「──っ!? わわ、私にゃんかが、銀架さんと!?」
「そう、僕なんかが、那月ちゃんと♪」
慌て過ぎて、ちょっと呂律の回っていない那月ちゃんの姿に苦笑しながらも、僕ははっきりとそう告げる。
突然のコトだったせいか、那月ちゃんはまだ少し混乱した様子だったけど──、
「わ、私は“落ち零れ”っ呼ばれるような人間なんですよ?」
「僕だって、“劣等種”なんて呼ばれてる人間だよ?」
「けど、私は銀架さんと違って、魔法もまともに使えないですし……」
「それを言うなら、僕だって幻霊をまともに使えないよ」
「で、でも、私と銀架さんじゃ、絶対に釣り合わないです……」
「そうかなー? 僕達、結構似た者同士だから、仲良くなれると思うんだけどな」
「それ、は……っ」
──けど、その言葉を聞いた那月ちゃんは小さく息を呑み、しばらく黙り込んだ後に……オズオズと口を開いた。
「……ほ、本当にいいんですか?」
「良くないんだったら、僕から声を掛けないよ」
「な、なら……そ、その、よろしくお願いします、銀架さん……」
「あ、それじゃあダメだよ、銀架さん」
「──え?」
「僕らはクラスメイトなんだし、これから友達になるんだし、さん付けとか敬語はいらないよ」
「あ……えーと、その……よ、よろしくです、銀架くん……」
「うん、コチラこそよろしく、那月ちゃん♪」
掠れて消えそうな位に小さな那月ちゃんの声を、しかしちゃんと聞き取った僕は、満面の笑みでそう答える。
那月ちゃんも、最初は申し訳なさそうに目を伏せていたけど、僕がずっとニコニコと見続けていると、やがて小さく口元を綻ばせる。
気付けば、二人でクスクスと笑い合っていた。
『……何て言うか、青春してるな』
(これでも、僕は高校生だからね)
『……何て言うか、青春してるな』
(とんでもないルビを振ってくれたなオイ)
『口調が変わっているぞ、小僧』
(おっと)
『しかしまぁ……リア充爆ぜろ』
(……その“嫉妬”、自分で喰べれないの?)
……なんて、会話を内心でしていたけど。
ニヤニヤとしたシロガネの雰囲気が鬱陶しくなって来たから、適当に返事をした後は無視するコトに決めた。
『あ、待て! 無視はエッチぃオジさん扱いよりキツいんだ……っ!』とか言ってても、全く気にしない。
「……さて、と」
僕は、一旦クスクス笑うのを止めると、再び那月ちゅんに質問をする。
「トコロで、足首はまだ痛い?」
「え? あっ……はい」
その言葉を聞いた那月ちゃんは、何気なく自分の足首に触れて……思わず顔を顰めながら頷いた。
どうやら、思っていた以上に怪我が酷いのかもしれない。
「んー……、ちょっと見せて貰うよ?」
「え? ……あ! はい」
その言葉を聞いた那月ちゃんは、一瞬キョトンとしたものの、すぐに僕が治癒魔法の使い手であるコトを思い出したのか、素直に漆黒のローファーと純白の靴下を脱いで、捻った足首を見せてくれる。
そこは、見事に真っ赤に腫れていた。
それを見た僕は、ちょっと我慢してね、と那月ちゃんに声を掛けてから、患部に魔力を浸透させたり、足首を回したりして、捻挫がどれ位酷いのか確認していく。
『女子高生の素足を合法的に触るとは……やるなぁ、小僧』とかほざいているシロガネは、黙殺するとして。
幸い、魔力での検査結果や那月ちゃんの反応を見る限り、骨折や靭帯の断裂とかはなさそうだ。
これなら、《光子治癒》を使えば、すぐに治るだろう。
しかし──、
「……ココでは、ちょっとやりづらいなぁ」
演習が終わり、すぐに目を覚ました天上院くん以外の気絶した生徒は、教官の手によって保健室に連れて行かれたけど、多くの生徒はまだグラウンドに残っていて。
しかも何故か、さっきは僕の視線の先にいただけで怯えていたのに、多くの──特に男子の生徒達が、また僕を睨み付けていて。
天上院くんに至っては、演習で負けたにも拘わらず、未だに僕に向かって音の弾丸や風の刃を放とうとしていて。
ソレは、さっきコッソリと《旋風勢力圏》を発現して、今は解除されているけど結界の範囲内の空気の流れを支配しているから、発現された直後に全て霧散させているんだけど。
……しかしまぁ、要するにアウェー感がハンパないワケで。
「流石に、この状況で治療するのは何だかなぁ……」
かと言って、今保健室には、さっき僕が雷を流し込んじゃった人達が運び込まれているハズだから、ソコに行くのも何だし、教室に戻ったってアウェーなのは変わらないだろうし……。
(──うん。理事長室を借りちゃおう♪)
『また、お主は勝手なコトを……妃海の溜め息が増えるぞ』
(それは……まぁ、後でゴメンなさいをするとして)
罪悪感が無いワケじゃないけど、取り敢えず今は、那月ちゅんの治療を優先するというコトで。
取り敢えず立ち上がって、那月ちゃんに手を差し出しながら声を掛ける。
「ちょっと場所を変えたいんだけど……那月ちゃん、歩けそう?」
「た、多分……っ、キャッ!?」
「おっ、と」
那月ちゃんは小さく頷くと、僕の手を取って立ち上がろうとして……しかし、やっぱり足首が痛んだのか、中腰になったトコロで前のめりに倒れそうになった。
それを見た僕は、咄嗟にしゃがんで肩を支えて上げる。
「あっ!? ゴ、ゴメンなさい……」
「あっ、気にしなくていいよ? それより、無理しちゃダメだよ、那月ちゃん」
「は、はい……」
その言葉を聞いた那月ちゃんは、痛みで顔を顰めつつ、申し訳無さそうにシュン……と、項垂れる。
別に、本当に気にしていないから、そこまで落ち込む必要はないと思うんだけど……けどまぁ実際に、無理に那月ちゃんに歩かせて、怪我を悪化させるワケにもいかないし。
……まぁ、しょうがないか。
「那月ちゃん、ちょっとゴメンねー」
「はい? って──ひゃあっ!?」
僕は那月ちゃんにそう声を掛けると、那月ちゃんの背中と膝裏に手を回して、ゆっくりと抱き上げる。
……所謂、お姫様抱っこというヤツだ。
「ぁ、ぁぅぁぅ……」
恥ずかしかったせいか、那月ちゃんは顔を真っ赤にして、謎の言語しか話さなくなってしまった。
けど、これはしょうがないだろう。
僕だって、結構恥ずかしいし。
『……のワリに、中々に余裕がありそうだな、お主は』
(そうでもないと思うけど)
『そうか? どうせお主のコトだから、「顔が真っ赤になって可愛いね、って言ったらどれだけ面白いコトになるかな?」とか考えておるんだろう?』
(むっ! 何故バレたし)
『……冗談で言ったつもりだったんだがな』
……何て会話を、シロガネとしていたけど。
実際に、そんなコトをするつもりはない。
って言うか、どうやらそんなコトをしている暇は無さそうだ。
『──────小僧』
(分かってるよ)
シロガネの問いに短く答えてから、那月ちゃんを抱えたまま詠唱を始める。
『──漆黒の闇よ、我が心を具現化し、光を呑み込む鏡となれ……』
「えっ!?」
それを聞いた那月ちゃんは、顔の赤さをやや薄めて、驚愕の表情を浮かべる。
その、直後。
風属性魔法が使えないコトをようやく理解した天上院くんが、演習中に放り投げた“写陣ノ巻物”を使って魔法陣を展開して──、
『──光の中級魔法、《光子導波》っ!』
──光の奔流を、躊躇いなく僕らに向けて発現した。
それを見た那月ちゃんは、ヒッ! と小さく悲鳴を上げて、僕の胸元をギュっ! と掴んで来る。
けど、僕は笑顔を浮かべたまま、先程詠唱した魔法を発現しようとして──、
『──蒼茫の水よ、憎し敵の闘志すら奪う、荘厳なる防壁を築け! 水の上級魔法、《蒼氷絶壁》っ!』
──それよりも早く、僕と那月ちゃんを囲うように、巨大な氷の壁が現れた。
《光子導波》は、その氷壁にぶつかって霧散する。
「「「──────え?」」」
それを見た天上院くんと僕、そして那月ちゃんは、少し間の抜けた声を漏らした。
予想外の事態に、思考が一瞬停止する。
そんな僕に、シロガネが言った。
『──“お姫様”だぞ、小僧?』
(……あぁ、そっか)
その言葉を聞いた僕は、校舎の時計を見て気付いた。
もうとっくに、授業の終了時刻を過ぎていたコトに。
時間の拘束さえ無くなれば、“あの人”ならこの理不尽な状況を止めるために、すぐにでも飛び出して来るコトが。
……“あの人”は、凛々しくて、慈悲深くて、そしてとても正義感の強い人だから。
シャン! と、澄んだ音がグラウンドに響く。
その音を聞いた全員が、音のした方に目を向けて……殆どの生徒が息を呑む中。
僕は、驚く那月ちゃんを抱えたまま、苦笑じみた笑みを浮かべる。
それを見た“あの人”は、ホッと安堵した表情を見せると、握っていた錫杖型の幻霊装機──《アイス・ドミニオン》の頭を少し下げながら言った。
「銀架くんも、那月ちゃんも……無事で本当に良かった」
その言葉を聞いた那月ちゃんが、僕の腕の中で自然に笑みを浮かべる。
そして僕も、その言葉を聞いて嬉しくなりながらも、何とかいつも通りに振る舞いながら、“その人”に言った。
「──────この程度でどうにかなる程、僕は弱くないつもりですよ、雪姫さん」
『──物凄いカリスマ性を持っているんだな、この“お姫様”は』
「──もういいわ。お願いだから、その口を閉じて」
「……“元”が抜けているよ、“元”が」
「私にとっては、とっても大事な話だから♪」
「せ、宣教師……? 幻皇……?」
「那月ちゃんっ! 早くっ!!!」
次回、“第三十四話 発露するInsanity”
『………………お主、相当あの女子のコトを嫌っているな』




