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第三十一話 演習の中のClown(後編)

魔法・挿絵を募集中です!


※岸潟雲裂さんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。


「そろそろ見ていてムカついて来たんだよ、道化ピエロの皆さん?」




無邪気な笑みで放たれたその言葉が、グラウンドに沁み渡って行くにつれ、徐々に硬直していた生徒達が正気に戻り始める。

……けど、その顔に怒りを表す者はおらず、皆一様に驚きの表情を浮かべている。

それもその筈。

先程まで幾つもの初級魔法を受けていたハズなのに、銀架ぎんかさんには傷一つないドコロか、纏っている漆黒のコート──“マジン隠し”に塵一つ付いていない上に。

放たれたのは、この場にいる生徒が誰一人として見たコトがないような魔法で。

さらに言えば、私が発現した《影壁シェイド・ウォール》の中にも・・銀架さんの姿があって。


「な、ん、なんだよ……」


まるで、得体の知れないモノを見たかのような怯えの色を浮かべながら、天上院てんじょういんくんが掠れた声でそう呟く。

それを聞き取った銀架さんは、笑顔で言った。


「その問いの意味が『今の魔法が何なのか?』って意味なら、答えは《蒼霧長槍ミストラル・ランス》と《霧雨騎槍ドリズル・スピア》の“魔響共鳴レイド・レゾナンス”である水の等級外魔法──《水渦穿槍シュトロム・ジャベリン》だよ?」

「──違うっ! 俺が聞きたいのは、お前が何だってコトだっ! 何故、二人・・いる!? 一体何が起こったって言うんだっ!!?」


未だに混乱しているのか、天上院くんは矢継ぎ早にそう叫ぶ。

そんな彼の姿を見た銀架さんは、しかしその笑みを小揺るぎもさせずに、一つ一つ丁寧に答えを返し始める。


「僕は何か? 僕は神白かみしろ 銀架、神白の“劣等種”であり、“極光”の魔導師だよ。何故二人いるのか? ううん、僕は一人しかいないよ。一体何が起きたのか? 実は、殆ど何も・・・・起きていないよ・・・・・・・

「なっ、何も起きていないだとっ!?」

「うん♪ 強いて言うならば、さっきから僕が言っていた通り、君達が全く現実を見ていなかった、っいてだけの話かな」

「っ!? それは一体どういう意味だっ!?」


楽しげに放たれた銀架さんのその言葉に、天上院くんは声を荒げてそう聞き返す。

しかし今度は、銀架さんはその問いには答えずに、ニコニコと無邪気な笑みを浮かべたまま……パチンっ! と指を鳴らした。

瞬間。

ぐにゃりと視界が歪んだかと思うと、《影壁シェイド・ウォール》の中にいた銀架さんの姿が霞のような消えて行き、魔法の影響で所々荒れていた地面も、何事も・・・無かったか・・・・・のように・・・・綺麗なモノになる。


「あっ!」


それを見た瞬間、私は思い出した。

……銀架さんが、幻惑魔法・・・・を最も得意とする魔導師だと言うコトを。


「闇属性“ダーク系列シリーズの上級にあたる幻惑魔法──《獄闇幻覚ダークネス・イリュージョン》。それが、君達に見せていた幻想ユメの正体だよ」

「何、だと……っ!?」


思わず驚愕の表情を浮かべてそう呟く天上院くんを見た銀架さんは、ニヤリと、その笑みを深めながら続ける。


「いやいや、見ていて楽しかったよ? 誰もいない所に恰好付けて言葉を放って、魔法を使ったと思い込みながら・・・・・・・幻霊装機アーティファクトを振るって、何も出来ていないのニヤニヤと笑って。何処までも滑稽で、何処までも醜悪……まさに道化ピエロって感じだったから♪」

「っっっ!? ──あ、ありえないっ! 今までの全てが幻惑魔法だったなんて、嘘に決まっている! そもそも、演習中に幻惑魔法を発現したトコロなんて見ていないっ!」

「そりゃそうだよ。だって、演習が始まる前に発現したんだから」

「なっ!?」


当然と言わんばかりの表情で放たれた銀架さんの言葉に、天上院くんは絶句し……代わりに、他の演習参加者や周囲の生徒達が叫んだ。


『──この、卑怯者っ!』

『反則だろ、それはっ!』

『演習前に仕込みをするなんて……恥ずかしくないのかっ!?』


喧々囂々(けんけんごうごう)たる非難が、四方八方から銀架さんに浴びせ掛けられる。

……が、銀架さんはソレら全てを涼しい顔で受け流して、天上院くんに問い掛けた。


「ねぇ、天上院くん?」

「な、何だよっ!?」

「天上院くんはさ、君達に勝つためのおまじない、って憶えてる?」

「お呪い……? お、お前が演習前にブツブツ呟いてたアレかっ!?」

「そう、ソレ♪ 実は、アレが《獄闇幻覚ダークネス・イリュージョン》の詠唱だったんだけど……僕がアレをいつ唱えていたか、分かる?」

「はぁっ!? だから今、演習前って──」

「ううん、それは僕り求めてる答えじゃない」


天上院くんの答えを途中で遮り、銀架さんは言った。


「正解は──『君が僕の肩に設置した《大気爆弾エアー・ボム》を魔陣破損ファンブルした直後』だよ♪」

「そ、んな……っ!?」

「………………………………で、だれが卑怯者だって?」


たっぷりと考える時間を設けてから放たれたその問いに、しかし今度は誰も答えられない。

それもその筈、演習前に仕込みをしたのは天上院くんも同じ、むしろ銀架さんの言い方だと、天上院くんが先にしていたコトになるし、天上院くん自身が、『殺さない限り何でもあり、卑怯でも何でもない』と主張していたのだ。

周囲の生徒達もソレを容認していた以上、今更銀架さんを責められるワケがない。

しかし──、


「う、嘘だっ! どうせ、最初から《獄闇幻覚ダークネス・イリュージョン》を用意していたに決まっているっ! そもそも、設置型発現法の使用を全く予想していなかったとか言ってたくせに、適当なコトを抜かすなっ!!」


──ただ一人、怒りの表情を浮かべている天上院くんが、そう叫んだ。

それは、感情任せに放たれた。殆ど因縁に近いモノ。

……けれど。

言ってるコト自体は、あながち間違ったモノではない、と。

私でも、そう思ってしまうようなモノだったから。

先程の問いにたじろいでしまった生徒達が、徐々にその言葉に乗っかろうとし始めて──、


「──うん? 僕、そんなコト言ってないよ?」


──そう言った銀架さんの、先程の言葉を気にしていないドコロか、むしろ待っていたと言いたげな満面の笑みを見て、再び周囲の生徒達き凍り付く。

──そう。

確かに、天上院くんが設置型発現法を使った時、銀架さんは為す術も無く喰らっていたし、全くの想定外だと言わんばかりの表情を浮かべていた。

しかし、為す術無く喰らっていたのは、汚れ一つない──戦闘行為の後が一切ない“マジン隠し”を見る限り幻惑マボロシであった可能性が高いし、何よりよくよくよ考えてみると、確かに銀架さんは一度として「全く思っていなかった」などとは口にしていなかった。

そのコトに気付いた生徒達は口を噤み、自分の反論・・を一瞬で否定された天上院くんは、再び何かを叫ぼうと口を開き──、


「──────天上院 彦摩呂ひこまろ。幻奏高校一年Sクラスに所属、出席番号は五番」


──しかし、それよりも先に、銀架さんがそう口にした。

発言を遮られる形となった天上院くんは、一瞬だけ怒気を放ち、しかしその言葉の内容が自分のプロフィールだったコトに訝しげな表情を浮かべ……銀架さんが満面の笑みで続けた内容に、ソレを硬直させる。


「──二月十八日生まれの水瓶座で、血液型はB。魔力許容量、魔導の技術が共にA、魔力の質はDランク。幻霊ファントムは《巨鳥シムルグ》のミハイルで、幻霊装機アーティファクトは“スケジューラー”という指揮棒タクト型のモノ。風属性や光属性の魔法を得意とするのに対して、火属性はからっきし。設置型発現法を使えるコトから“時限魔法使タイムマジシャン”という渾名を持ち、細剣を用いた剣技の腕も立つけど、普通に魔法を発現する時の技術には特筆すべき点はなくて、一対一での戦闘は苦手──」

「──な、何でソレを知っているっ!?」


銀架さんが朗々と述べた言葉を聞いた天上院くんは、ひどく狼狽した様子でそう叫ぶ。

今日初めて会ったばかりの人間に、自分の個人情報を詳しく話されたのだから、当然の反応ではある。

けど、銀架さんは天上院くんの様子など全く気にせずに、笑顔のままで答えた。


「天上院くんも言っていた、孫子の兵法にある『事前に的確な見通しを立てて敵の無備を攻め、その不意を衝く』ってヤツを実践しただけだよ♪」

「っっっ!?」

「──まぁ、僕と天上院くんが同程度のコトをしてた、何て思われるのは、とてつもなく心外ではあるんだけど」

「──────な、何だとっ!?」


続く言葉に、再び天上院くんが激高しかけるが──、


「だって、そうでしょう? 僕は、倉瀬くらせくんと松風まつかぜくんが幼馴染だから、合体魔法コンビーネーション・マジックを使えるコトも、麻倉あさくらくんが抜刀術は一流だけど、魔法はそれ程だと言うコトも、剛田ごうだくんが体格ガタイの良さの割りに武術試験の点数が低かったコトも知っている。けど、君達は僕のコトについて、何も分かっていないんだから」

「フ、フザケンなっ! 俺達だって、お前が“極光”の二つ名を持っていて、かつては七名家最強なんて呼ばれていて、けど今は幻霊ファントムと契約出来なかったから“劣等種”なんて呼ばれる人間だ、って!」

「だから何? それだけで、僕の得意な魔法や武器が分かるの? 僕の苦手な戦術が分かるの?」

「そ、れは……っ」

「少なくとも、君がさっき名前を上げていた現在の七名家最強の一人──“夢幻”の契約者である星羅せいらちゃんに、彼女の代名詞である幻惑魔法を教えたのが僕だって知っていたなら、ここまで惨めな姿を晒すことは無かった筈だけど?」

「………………………………ぁ……え?」


──銀架さんの言葉を聞き、一瞬でその思考を停止させた。

天上院くんは、のろのろと銀架さんから視線を逸らし、おそらく偶然なのだろうけど、私の方を見て首の動きを止める。

思わず、ビクリと体を震わせてしまうが、何となく天上院くんの聞きたいコトが何となく分かったので、ぎこちない動きで小さく頷いた。

銀架さんが、星羅ちゃんに幻惑魔法を教えたという話は、七名家の人間の間でとても有名な話しだ。

何せ、星羅ちゃん自身が、その話を好んで広めているのだから。

私の反応を見た天上院くんは、一瞬泣きそうな表情を浮かべた後に、顔を俯かせる。

その肩は、怒り故か、或いは悔しさ故か、徐々に肩を震わせて行き──、


「………………ても」

「んー?」


──ニコニコと首を傾げる銀架さんに向かって、吠えるように叫んだ。


「──だとしてもっ! そこの“落ち零れ”を庇うために幻惑魔法を解いた以上、今のお前はただの雑魚に過ぎねぇんだろうがっ!?」

「──っ、それ、は……!?」


天上院くんのその言葉を聞いた私は、思わず息を呑む。

……そうだ。

私が余計なコトさえしていなければ、銀架さんはこの演習の最後まで幻惑魔法を掛け続けて、無傷のままで終えるコトも出来ただろうし、それこそ勝つコトだって可能だったハズだ。

なのに、それをわざわざ私なんかのために、台無しにしてしまったのだ。

そのコトが、悔しくて、申し訳なくて。

そして、そのコトをとても嬉しく思って・・・・・・・・・しまっている自分に腹が立つ。

けど──、


「──二つ、言わせて貰おうかな」


スッと、Vサインをするように立てた二本の指を天上院くんに見せながら、銀架さんが言った。


「まず一つ目だけど……別に、僕は那月ちゃんのために幻惑魔法を解いたコトを、後悔はしていないよ? むしろ、もっと前に助けてあげられなかったコトを、謝ってあげたい位」

「……え?」


その言葉を聞いた私は、思わず小さく声を漏らす。

本気で、何を言っているのかが分からなかった。

今まで、そんなコトを言ってくれる人なんて、一人もいなかったから。

私の声が聞こえたからか、銀架さんがコチラを向いてニッコリと笑ってくれた。

瞬間。

何故か羞恥を感じてしまい、私はつい顔を俯けてしまう。

直後に、失礼なコトをしてしまったと後悔し、ゆっくりと顔を上げるけど、その時にはもう銀架さんは天上院くんの方に向き直っていて。

そのコトを、ちょっと残念に思い──、


「そして二つ目に……別に幻惑魔法が無くたって、君に負けるつもりはないよ?」


──聞こえてきた言葉に、驚いてしまった。

天上院くんが、額に青筋を浮かべながら、銀架さんに問い掛ける。


「……つまり、貴方は今から授業が終わるまでの約三分間を、耐え切れると言いたいのですか?」

「え? 違うよ?」


けど、銀架さんはキョトンとした表情で、その問いにすぐに否定を返し、あっさりと言った。




「──────だって、三分無くたって、僕の勝ちで終わるんだから」




瞬間、ピキリとその場の空気が凍り付き。

数秒間の沈黙の後、“スケジューラー”を大きく振り上げて叫んだ。


「──ザケンなよ、“劣等種”がっ! 十対一の数の差を、ナメるなぁっ!!」


その言葉と同時に、再び十人が一斉に幻霊装機アーティファクトから魔法陣を展開する。

けど、それらの魔法が発現する、その直前に──、


「──────痺れろ♪」

「あ?」


──銀架さんの呟きと共に。

バチィィィンッ! と。

演習参加者の内九人の全身から、雷光が弾けた。


『『『──────アババババババッ!?』』』


突如電撃を喰らった者が全員、身体を激しく痙攣させながら、次々と気を失って倒れて行く。

唯一無事だった天上院くんも、展開していた魔法陣を霧散させながら慌てて振り返り、悲鳴じみた声を上げた。


「さ、《雷踊子サンダー・ダンサー》だとっ!?」


そう。今の魔法は確かに、喰らった相手が踊るように痙攣するコトからその名が付けられた、雷属性“サンダー系列シリーズの攻撃魔法──《雷踊子サンダー・ダンサー》だろう。

その本質は相手の身体に直接雷を流し込むというモノであるが、元々初級レベルの魔法であるし、それなりに加減もされていたようだから、死者も重体の人もいないハズだ。

……しかし、問題はソコではない。

幻霊装機アーティファクトが使えない銀架さんが、他の演習参加者より早く魔法陣を展開するのは無理だろうし、何より今の魔法陣は参加者自身の身体に展開されていた。

まるで、この演習の最初に見た、《大気爆弾エアー・ボム》のように。

それが指し示すコトは、つまり。


「──設置型発現法を、使ったのか……っ!?」


呻くように、答え・・を絞り出す天上院くん。

その言葉を聞いた銀架さんは、悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべながら言った。


「別に、設置型発現法は、君にしか使えないモノってワケじゃないしねー」

「──クソッ!」


その言葉を聞いた天上院くんが、口汚くそう吐き捨てて、銀架さんをキッ! と睨み付ける。

……けど、その声も、“スケジューラー”を握る右手も震えているから、一目でそれが強がりだと言うコトが分かる。

今まであったアドバンテージが一瞬にして消え去ったのだから、それも無理からぬコトだろう。

……けど。

今さら強がったトコロで、状況が元に戻るワケではない。

銀架さんが、そのコトを告げるかのように、満面の笑みで言った。




「さぁ! ココからは、一対一の勝負だよっ♪」




《魔法のアイデア紹介》

雷踊子サンダー・ダンサー》:岸潟雲裂(元ネタ:サンダー・ダンサー)

・雷属性“サンダー系列シリーズの初級にあたる攻撃魔法。相手の体に直接雷を流し込む魔法。名前の由来は、喰らった相手が痙攣して、踊りのように跳ね回るトコロから。


 □□□


「んー? 何か言ったー?」


「何だとっ!? お前、調子に乗るのもいい加減に──っ!?」


「おっしー……今ので決めるつもりだったのにー」


「──バカめっ! 本命はコッチだっ!」


「……そうだねー。具体的なメリットを上げるとしたら、まず一つ目は――」


『『『なぁっ!?』』』




次回、“第三十二話 誇りを捨てしDual Sword”




『──我が魔力により、その刃を成せ! “魔光剣まこうけん”っ!』



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