第三十話 演習の中のClown(中編)
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「本番は、ココからですよっ!」
天上院くんがそう宣言すると同時。
彼の後ろにいたS・Aクラスの生徒達の内、刀型の幻霊装機を持った生徒と弓型の幻霊装機を持った生徒の二人が、蒼い魔法陣を展開して叫ぶ。
『──水の初級魔法、《水切》!』
『──水の中級魔法、《蒼水弓》!』
その言葉と共に魔法陣から飛び出したのは、水で形成された刃と矢。
それらが、咄嗟に地面を転がった銀架さんの髪を数本斬り落とし、頬に小さな裂傷を作った所で、私は正気に戻って叫んだ。
「な、何をしてるんですっ!?」
「何って……演習ですよぉ、マドモアゼル?」
「演習って……今のがそうだとでも言うんですかっ!?」
「おやぁ? 何か間違った所でもありましたぁ?」
「立ち上がったばかりで、しかもフラフラの人に魔法を撃ち込むなんて……人として間違ってますっ!」
「はぁ? 実戦の時に、ワザワザ敵が体勢を整えるまで待つ方が間違っているでしょう?」
「確かに、実戦ではそうかもしれないけど、これは演習だよっ!?」
「だからぁ、教官だって限りなく実戦に近付けると──」
「だとしてもっ! 吹き飛んで地面に転がっている人に魔法を撃ち込むなんて、どう考えてもやり過ぎだよっ!」
へらへらと笑って言葉を躱し続ける天上院くんに、それでも私は大声でそう喚く。
今度は、後悔するコトなんて気にしなかった。
気にする程の、余裕はなかった。
今はただ、胸の奥から湧き出てくるこの怒りを、目の前にいる天上院くんにぶつけたい。
そう思える位に、今の行為は赦せなかった。
あんなに優しい人に、理不尽な暴力を振るい続ける、この状況が赦せなかった。
皮が破れて血が出る程に、唇を強く噛む。
激情から頬は紅潮し、先程零れ掛けた涙が、また目尻に浮かび始める。
そんな自分の姿が惨めだというコトは、心の片隅の何処か冷静な部分で理解していた。
それでも、あらん限りの“敵意”を込めて、天上院くんを睨み付ける。
そして、それを受け止めた天上院くんは──、
「──────ふひっ!」
──と、気味の悪い笑い声を口から漏らし。
右手に持つ指揮棒型の幻霊装機──“スケジューラー”の握り手にある、朱色の発現珠から魔法陣を展開して──、
『──風の中級魔法、《律動導波》!』
──私に向けて、発現した。
「──────っっっ!?」
突然のコトに何も出来ずただ行きを呑むだけの私に、まさに音速で轟音の奔流が迫って来て──、
バァァァアンッ!
──と、教師陣の張った演習用の結界にぶつかって、爆音と共に散り散りに消えた。
……けど、私は。
眼前に迫っていた“害意”に思わず腰を抜かして、その場にへたり込む。
先程までの怒りが一気に恐怖に塗り替わり、全身を悍ましい悪寒が支配する。
そんな私のコトを嘲笑うかのように見下しながら、天上院くんが言った。
「良かったですねぇ、マドモアゼル。この結界、外から中に人や攻撃を通すコトは出来ても、その逆き出来ないらしいのでぇ」
「なっ、あ……っ!?」
「しかし、先程の一件は貴女も悪いんですよぉ? 聞き分け悪く、子供みたいに喚き散らすんですからぁ」
「だ、だって、間違ってる、から……」
「──────黙って下さいよ、そろそろ」
それでも、掠れ切った声でまだ抗議しようとする私を、天上院くんは今までとは違う、全くの無表情で睨み付ける。
そして、ゾッと底冷えするような声で──、
「──やり過ぎ? 間違ってる? ハッ! 笑わせないで下さいよ」
「な、何を……?」
「現実を見て下さいよ、現実を。貴女が口にするような弱者の戯言は、幻奏高校では通じないってコトを分かって下さいよ」
──淡々と告げた。
「──貴女だって理解しているんでしょう? 無能であるコト自体が間違っているんだって」
その言葉を聞いた瞬間、私は反射的に耳を塞いだ。
「……違う。そんなコト、あるワケない。わ、私はっ! 何も、してないのにっ!」
「それは、何も出来ない、の間違いでしょう?」
「──────っっっ!」
「そしてそれは、幻奏高校では許されない。特に、七名家に生まれた貴女達は」
「な、何で──」
「──せめて、自らが弱者だというコトを理解し、己を恥じて、陰日向で惨めに過ごしていたのなら、まだ救いはあったのでしょうに」
「そ、そんな──」
「──なのに、貴女は、貴女達はっ! “劣等種”のくせに七名家を虚仮にし、“落ち零れ”のくせに“時限魔法使”であるこの僕に楯突いてきた! 無能の分際でっ!!」
「わ、私はともかく、銀架さんは無能なんかじゃ──」
「煩いっ! 黙れよ、雑魚がっ! お前等が無能のくせに生意気だから、こうして俺達が躾けてやってんだろうがっ!」
銀架さんに放たれる魔法の音以外は静かなグラウンドに、天上院くんのそんな叫び声が響く。
その言葉を聞き、そしてゆっくりと周りを見渡した私は……今度こそ、言葉を失う。
それは、ずっと自分の言葉を無視された怒り故でも、威圧的な言葉で怒鳴り散らされたコトへの恐怖故でもない。
──銀架さんへ放たれる魔法の音以外が静か、と言うコトは、演習を見ている筈の周囲の生徒達が皆黙っているというコトだ。
しかし、勿論のコトながら、演習に見入って黙り込んでいる、というワケではない。
あそこまで私と天上院くんは言い争いをしていたのだ。
周囲の生徒達の殆どは、演習以上にコチラの方に注目していた。
かと言って、当然、私達の言い合いに聞き入ってるワケがなかったし、先程の天上院くんの言葉に呆れたワケでも、恐怖を覚えたワケでもない。
むしろ、その逆。
周囲の生徒達のほぼ全員はニヤニヤと笑うか、不快げに私を睨み付けていた。
──そう。
私が言葉を失ったのは。
あんなに理不尽な暴論を平然と受け入れる、この環境への絶望故に、だ。
「────────────ぁ、ぁ……」
今度こそ堪え切れなくなった涙が、目尻から零れ落ちる。
それを見た天上院くんは、再度嫌悪感を覚える笑みを浮かべながら、“スケジューラー”を振り上げる。
そして、今度こそ私の心を折ろうと、魔法陣を展開しようとし──、
『──土の初級魔法、《種》っ!』
──その直後、突如飛来した植物の種子に手の甲を打たれ、“スケジューラー”を取り落した。
「なっ……!?」
天上院くんは、突然の事に一瞬だけ呆けた表情で固まるが、すぐに“スケジューラー”を拾い直して、種子の飛んで来た方向に勢い良く振り向く。
そこには、体中に擦り傷や切り傷を作り、泥塗れになりながらも、こちらに右手を突き出して笑みを浮かべる銀架さんがいた。
驚きの表情を浮かべる天上院くんの視線に気付いた銀架さんは、その笑みをやや深めながら言った。
「何、余裕ぶって余所見をしているの、“時限魔法使”さん? 君の相手は、僕でしょう?」
「……余裕ぶっているのは、一体どちらですか?」
銀架さんの言葉を聞いた天上院くんは、額に青筋を浮かべながらも何とか笑みを保ったまま、そう問い返す。
その間も、銀架さんは天上院くん以外の演習参加者九人から放たれる魔法を、大きく飛び退いたり、地面に転がったり、時にはバク転のようなダイナミックな動きも混ぜながら回避をし続けていた。
しかし、絶え間なく放たれ続ける魔法わ全て躱すなんて、至難の業だ。
身に纏っているコート型の魔導具──“マジン隠し”のおかげで目に見えるような大怪我はしていないが、時間が経つに連れて、その純白の肌に徐々に傷が刻まれていく。
傍目には、とても銀架さんに余裕があるようには見えない。
が、銀架さんの手には、回避しながらも左手だけで書き上げられた、蒼い魔法陣が展開されていて。
間断なく放たれていた魔法が途切れた一瞬の隙を突き、銀架さんが早口で詠唱する。
『──水の中級魔法、《氷治癒》!』
直後、肌に滲んでいた血が凍り付き、霜のようになったそれは、すぐに溶け消えて行く。
後に残るのは、傷一つない美しい純白の肌のみ。
それを見せ付けるかのように長めの前髪を掻き上げながら、銀架さんは不敵な笑みを浮かべて言った。
「《氷治癒》だけで治る程度の傷しか負わない内は、まだまだ余裕だよ?」
その言葉を聞いた天上院くんは、今まで笑みを浮かべていた口元を歪め、憎々しげに呟いた。
「……どうやら、貴方が治癒魔法を使えるというのは、ただの噂ではなかったようですね」
「あれー? もしかして、信じてなかったの?」
「“劣等種”なんて呼ばれている貴方風情が、治癒魔法みたいに希少な魔法を使えるなんて思わなかったモノで」
「そうなの? なら、イイコト教えて上げるよ♪」
「良い事……?」
「そっ♪ ……実は僕ね、“劣等種”って呼ばれてるけど、人より劣ってるのは召喚士としてであって、魔導師としては他の七名家の人間よりも遥かに優秀なんだよ」
「……貴方には、妄想癖でもあるんですか?」
笑みをいつもの無邪気なモノにしてそう言う銀架さんに、天上院くんは嘲笑を浮かべながらそう聞く。
けど、その笑みは何処かぎこちなく、よく見ると“スケジューラー”を握る右手は小刻みに震えている。
他の演習参加者達も、何かに気圧されたかのように魔法を放つ手を止めていて、周囲の生徒達も何故か静まり返っている。
そんな周囲の様子を見た銀架さんは、その無邪気な笑みを軽く歪め、嘲笑にも見える表情で天上院くんに聞いた。
「そう言えば、天上院くんはさっき、那月ちゃんに現実を見てー、みたいなコトを言ってたよね?」
「そ、それが何だと言うんですか、ムッシュー?」
「何、って……君と那月ちゃんの、一体どっちが現実見てないのかなー、って」
「んなっ!? そ。それはどういう意味だっ!?」
「どういう意味も何も、そのまんまの意味だよ。もしかして天上院くんは、自分がとても変なことを言った自覚がないの?」
「変なコト、だと……?」
「うん」
動揺のあまり、最初の慇懃な態度が欠片もなくなり素の口調が出始めた天上院くんの問いに、銀架さんは一度頷いてから言葉を続ける。
「だってそうでしょう? 天上院くんは、那月ちゃんの言葉を弱者の戯言って切り捨てて、自分達は正しいとか言ってたんだから」
「そ、それの何処が変だって言うんだ!?」
「何処も何も、十対一っていうハンデ戦を恥じることもなくやって、それを躾だなんて言って。しかも、それに抗議した那月ちゃんを馬鹿にして、魔法で威嚇して、終いには泣かせて……これの何処が正しいって言うの?」
「そ、れは……」
「天上院くんだけじゃないよ? 周りの皆だってそうだよ。何で誰も止めないの? 何で誰も何も言わないの? 何で皆平然としているの?」
薄く笑みを浮かべながら、銀架さんは周囲を見渡してそう問い掛ける。
その問いに、誰も答えない。
答え、られない。
周囲の生徒達も、演習参加者達も、皆その顔に戸惑いの色を、或いは怒りの表情を浮かべていて、何かを言おうと口を開けている人も多い。
けれど、そこから漏れて来るのは小さな呻き声か、意味のない呼気ばかり。
まるで、この場の空気そのものに咽喉を絞められているような圧迫感が、辺りを支配している。
その重たい沈黙の中でただ一人、銀架さんだけが笑みを浮かべているから、周囲の生徒達のストレスは溜まって行く。
更に、罵声としてその苛立ちを吐き出せないから、不満は風船のように膨らんで行って──、
「──────皆、頭がおかしいんじゃないの?」
──銀架さんのその一言で、破裂した。
一瞬の完全な沈黙の後に、周囲の生徒達から一斉に罵声が放たれた。
『──っ、ザケんなっ!』
『どの口で物を言ってるのよっ!?』
『“劣等種”の分際でッ!!』
『調子に乗るなよ、雑魚がっ!!』
『死ねっ! 殺されちまえっ!』
グラウンド中に、悪口雑言が響き渡って行き。
演習参加者達も、それぞれの幻霊装機を構えながら、全身から殺気を放ち。
その中でも、一際怒りで肩を震わせていた天上院くんが、ゆらりと“スケジューラー”を持ち上げて──、
「……頭オカしいだなんて」
──叫んだ。
「お前にだけは、言われたかねぇーんだよっっっっっ!!!」
瞬間、朱色の発現珠すら、翠色の魔法陣が展開され──、
『──翡翠の風よ、全てを斬り絶つ刃となり、憎し敵を斬り払えっ! 風の上級魔法、《旋風絶刃》っ!』
──詠唱の直後、“スケジューラー”を振り下ろす動作と同時に、魔法陣から烈風の刃が飛び出した。
「──────おっとっと」
突然発現されたソレを、しかし銀架さんは軽い口調と共に少し屈むだけで、ソレを容易く回避する。
それを見た天上院くんはチイッ! と大きく舌打ちをし、しかしすぐに本物の指揮棒を扱うかのように、“スケジューラー”を振った。
『──水の初級魔法、《水切》っ!』
『──土の初級魔法、《種弾》っ!』
『──火の初級魔法、《火吐息》っ!』
『──水の中級魔法、《蒼水弓》っ!』
『──風の中級魔法、《凍風》っ!』
同時に、彼の後ろに控えていた五人の生徒が、一斉に魔法を発現する。
水の刃が、種子の弾丸が、火炎の息吹が、銀架さんに飛んで行き、《蒼水弓》と《凍風》は合体魔法として発現され、速度を増した氷柱となって銀架さんに襲い掛かった。
……けど。
『──土の中級魔法、《橙玉強化》っ!』
その呟きと共に、いつの間にか銀架さんの右手に展開されていた橙色の魔法陣から、宝玉の煌めきのようなオレンジの光が溢れ出し、“マジン隠し”に染み込んで行く。
銀架さんが使ったのは、土属性“鉱”系列の中級にあたる、防御力を上げる強化魔法。
ただでさえ高い防御力を《橙玉強化》で更に強化された“マジン隠し”は、飛んで来た魔法全てを、いとも容易く防ぎきる。
それを見た天上院くんは、顔を大きく歪め、しかしすぐに表情を元に戻して叫んだ。
「中級で通らないなら、上級で押し潰せば良いんだよっ!!」
その言葉と共に、“スケジューラー”を大きく振って、天上院くんは一人の生徒を示す。
“スケジューラー”で指されたその生徒は、自身の両腕に装着されたグローブ型の幻霊装機を地面に打ち付け、手の甲に付いた黒い発現珠から橙色の魔法陣を展開し、詠唱した。
『──橙金の土よ、重厚なる一撃で、憎し敵を撃ち砕け! ──土の上級魔法、《岩石巨弾》っ!』
「っっっ!?」
その魔法陣から発現されたのは、直径が5メートル近くもある巨大な岩石の砲弾。
それを見た銀架さんが、初めてその顔に焦った表情を浮かべる。
それもその筈、幾ら“マジン隠し”を着込んでいたとしても、コレを喰らったら一溜りもない。
防御力云々の前に、圧倒的な質量差に吹き飛ばされるコトになるだろう。
軽く引き攣った表情の銀架さんを見た天上院くんは、再び嫌悪感を覚える笑みを浮かべながら両腕を上げて……、
「──────やれっ!」
“スケジューラー”を振り下ろすと同時に、砲弾が銀架さんに向かって放たれる。
それは、恐怖で表情を凍り付かせる銀架さんに迫って行き、ついには銀架さんを押し潰すかのように思われた。
その瞬間。
「────────────なんちゃって♪」
銀架さんは、いつもと同じ無邪気な笑みを浮かべると、ひょいっと軽い動作で砲弾に向かって前蹴りを放った。
「えっ!?」
「ハッ! バカか、アイツは!」
それを見た私は思わず驚きの声を漏らし、天上院くんは嘲りの言葉を放つ。
例えそんな攻撃をしたトコロで砲弾を止められるワケがなく、足の骨が粉々に砕けるだけだと言うコトは目に見えていた。
誰もが、そう思っていた。
けど、銀架さんの靴の裏と岩石の砲弾が接触した、その瞬間。
──────ッパァァァアアアアンッッッ!!!
と言う、巨大な破裂音がグラウンドに轟いたのと同時に、砲弾は突如その勢いを失い、垂直に落下して地面に減り込んだ。
「────────────あ?」
今し方目の前で起こった光景が信じられなかったのか、天上院くんはその表情を嘲笑のままで凍り付かせ、半ば開いている口から間の抜けた声を漏らす。
けど、誰もそれを笑うことはない。
他の参加者も、監督役の教官も、私や光輝くん達を含めた周囲の参加者達も。
全員が全員、唖然として硬直してしまっている。
そして……銀架さんは、そんな隙を見逃す人ではなかった。
「──あ!」
私が気付いた時にはもう、銀架さんは砲弾の上から跳躍しいて。
更に、その右腕には純白の……銀架さんが最も得意とする光属性の魔法陣を展開していて。
『──純白の光よ、我が拳を覆いて、触れしものを弾き飛ばせ!』
「なっ!?」
その詠唱でようやく天上院くんが銀架さんの攻撃に気付いた時にはもう、閃光を纏った拳が彼の眼前まで迫って来ていて。
光属性“光”系列の上級にあたる強化魔法、《聖光白拳》で強化された拳が、天上院くんの拳に減り込む。
その、直前に。
『──闇の中級魔法、《影導波》』
「──え?」
突如結界の外から放たれた漆黒の奔流が銀架さんにぶつかり、その体躯を吹き飛ばした。
流石にこれは銀架さんでも予想出来なかったらしく、防御はおろかまともに受け身を取るコトも出来ずにゴロゴロと地面を転がって行き、やがて結界にぶつかって止まる。
止められる筈のなかった巨岩を銀架さんが蹴り一つで防ぎ、呆然としている内に銀架さんが攻撃を仕掛けていて、しかしそれは結界の外にいる誰かが放った攻撃によって中断されて。
あまりにも予想外、かつ速過ぎる展開。
誰もがソレについていけず、混乱のあまり思考を停止されている。
その中で逸早く正気に戻ったのは、小さく呻き声を上げながらも銀架さんが立ち上がろうとしているコトに気付いた天上院くんだった。
天上院くんは、咄嗟に“スケジューラー”を銀架さんに向けて早口で命令を出す。
「な、何をしているっ! 剛田ぁ! 牧田ぁ! とっととソイツを押さえろっ!」
「お、おうっ!」「あぁっ!」
天上院くんに名前を呼ばれた二人は、それぞれグローブ型と錫杖型の幻霊装機を慌てて地面に叩き付けて、橙色の魔法陣を展開して──、
『──土の初級魔法、《砂手》!』
『──土の初級魔法、《種縛》!』
──発現した砂の手で銀架さんの足を掴み、自在に動く植物の根で銀架さんの上半身を縛り付けた。
「くっ、あ……っ!」
巻き付いた根が銀架さんをミシミシと締め上げ、苦悶の声を上げさせる。
と、そこでようやく私も正気に戻り、思わず大きな声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って! い、今のは、結界の外からの攻撃だったよ!?」
明らかに、演習を妨害する攻撃だった。
そのせいで、銀架さんはダメージを喰らい、一気に形勢が逆転してしまった。
こうなったら、演習を終了させるか、最悪続けるにしても、一旦中断するべきだ。
そう、言外に仄めかした。
それは、天上院くんにも分かった筈だ。
けど、私の言葉を聞いた天上院くんは、ニタリと笑いながら言った。
「……だからぁ? それが何だと言うんですかぁ、マドモアゼル?」
「なっ、何って……」
その言葉を聞き、その笑顔を見て、私は続く言葉を失う。
言いたいコトは、沢山あった。
けれど、何を言っても無駄だというコトを悟ってしまった。
そんな私に、わざわざ言い聞かせるかのように、天上院くんは言葉を紡ぐ。
「実戦だったら、戦っている最中に敵が増えるコトもあれば、突然奇襲されるコトだってあるんですよぉ? それを演習の時に経験出来ただけ、彼も幸せと言うモノでしょうねぇ」
「──────っっっ!?」
「取り敢えずまぁ、何も問題はなかったと言うコトで……演習はこのまま続行で良いですよねぇ、先生?」
「あぁ、構わん」
「そ、そんな──っ!?」
躊躇なく天上院くんの問いに頷いた教官を見て、私は思わず悲痛な声を上げる。
けど、それすらも周囲の生徒達の「やっちまえー!」や「とっととトドメを刺せー!」と言った歓声に掻き消される。
その歓声を気持ち良さそうに浴びていた天上院くんは、《砂手》と《種縛》で拘束された銀架さんの方を向き、勝ち誇った笑みで問い掛けた。
「──それでぇ、今は一体どんな気分ですかぁ、ムッシュー?」
「……中々良い気分だよ?」
「へぇー? どうやら貴方は被虐趣味をお持ちのようですねぇ、ムッシュー?」
「そうかな? 中学生の頃は、よくドSとか鬼畜とか言われてたんだけど」
「へ、へぇー……やはり、その頃から貴方は嫌われていたようですねぇ、ムッシュー? 周囲の人間より劣っているくせに、生意気にも強者に噛み付こうとするからですよぉ?」
「あっ、そー」
「もしかしたら、先程の魔法も、貴方を嫌っている誰かが放ったかもしれませんねぇ?」
「かもねー」
天上院くんは、銀架さんの心を折ろうと、皮肉をふんだんに込めた質問を投げ掛け続ける。
しかし──、
「──よろしければ、人に嫌われているコトについてどう思っているか、教えて貰えませんかぁ?」
「都合が良くて助かるねー」
「……先程の攻撃については、どう思っていますぅ?」
「清々しい位に卑怯で、むしろ好ましいねー。名乗り出て来てくれたなら、褒めて上げるよー?」
「私達の頭がオカしいとかほざいていましたけど、後悔をしていますかぁ?」
「全然ー。むしろ、今までの遣り取りで、もっと正しいと思い始めたよー」
「……一体、とちらの方が現実を見ていないのでしょうねー?」
「それは、断然君達の方だと思うけどー?」
「貴方は、“阿諛迎合”という言葉を知ってますぅ?」
「何ソレ、食べれるのー?」
──しかし、質問を重ねるごとにその笑みを引き攣らせて行くのは、天上院くんの方。
徐々に溜まって行くストレスが、次第に速くなって行く地面を叩く爪先の動きから見て取れる。
そのコトに自身でも気が付いたのか、天上院くんは一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせ……嗜虐的な笑みで、銀架さんに問い掛けた。
「ところで、ムッシュー?」
「何かな?」
「貴方は、炎で焼かれるのと氷漬けにされるのと、どちらの方がお好みですかぁ?」
「……その二つなら、どっちも同じ位に嫌いかなぁ」
「ではぁ、両方同時にと行きましょうかぁ!」
天上院くんが、そう言うと同時に。
彼の後ろに控えていた二人の生徒が、紅と蒼の魔法陣を展開し──、
『──火の中級魔法、《炎蛇》!』
『──水の中級魔法、《氷蛇》!』
──炎と氷の二匹の蛇を発現し、ソレらを銀架さんの太腿に噛み付かせた。
瞬間、牙の突き立った部分が炭と化し、或いは凍結する。
「っぐ──────っっっ!?」
その激痛を、銀架さんは必至に歯を喰いしばって、悲鳴を上げないように耐える。
しかし、流石にその傷で立っているコトなど不可能で、銀架さんは根で縛られているせいでまともに受け身も取れないまま、前のめりに地面に倒れる。
そんな銀架さんの姿を見た天上院くんは、“スケジューラー”を振って二匹の蛇を消すように命令してから問い掛ける。
「そう言えばぁ、《氷治癒》たけで治る程度の傷しか負わない内は余裕だと仰られていましたけど、今はどうなんですぅ?」
「……まだまだ余裕だねー」
しかし銀架さんは、額に脂汗を浮かべながらも、いつもの無邪気な笑みでそう返す。
その言葉を聞いた天上院くんは、ピシリと顳顬に青筋を浮かべながらも、何とか笑顔のままでそうですかぁ……と呟き、そして続けた。
「成る程ー、どうやら私達だけでは、貴方を追い詰めるのは難しそうですねぇ」
「……え?」
私は最初、不自然に大きな声で言われたその言葉の意図が理解出来ずに、そんな間の抜けた声を出した。
しかし──、
「──────また、さっきみたいな攻撃があってくれたら嬉しいんですけどねぇ?」
その言葉を聞き、私は凍り付く。
その言葉により、世界が変わる。
ただでさえ、理不尽な暴力が赦されていた無法地帯が、全員が無邪気に“悪意”を放ち、歓喜を持って人一人を壊していく地獄に。
(これは──こんなのは、絶対にダメだっ!)
そう心の中で叫んだ時には、もう遅かった。
下卑た笑みを満面に浮かべた天上院くんが、“スケジューラー”を持ち上げた、その瞬間。
結界の外から、数十もの魔法が一斉に放たれた。
「──うっ、ぐっ、あぁぁぁっ!!」
光の弾丸が、闇の刃が、水の矢が、火の槍が、銀架さんを痛め付けて行く。
幸い、それらは初級魔法ばかりなので、“マジン隠し”を身に纏っている銀架さんには掠り傷すら中々負わせることはない。
けれど。
それでも徐々にダメージは蓄積されて行ってるだろうし、それ以上に精神が悲鳴を上げているだろう。
実際に、私がそうだったのだから。
──────これ以上は、絶対にダメだ!
全身に走る恐怖に気付かない位に、感情がそう叫んでいたから。
「……お願い。力を貸して」
願いを小さく口にして、右手に展開した漆黒の魔法陣から呼び出す。
『──召喚! 《影竜》アパ!』
「──────キュッ!」
そんな鳴き声と共に現れたのは、四角い灰色の胴体から、尖った白い手・足・尾・頭・羽の生えた、子供の落書きのような謎の生物。
これが、私の幻霊。
《影竜》の幼体ではないかと推測されているが、正体不明の幻獣。
普段は、少し苦手意識を持っているので、召喚実技の授業でもない限り呼び出すことはあまりないのだけれど、今はそんなコトを言っていられない。
尾や羽を含めても体長15㎝程しかないアパを両手に乗せて、少ないけれど私の持つ全ての魔力を譲渡していく。
魔力を受け取ったアパが、私の望む一つの魔法陣を紡ぎ上げていく。
酷い虚脱感を感じながらも、それを受け取った私は、この子を私の身勝手に巻き込まないように送還してから──詠唱した。
『──闇の中級魔法、《影壁》っ!』
「………………………………は?」
私の言葉を聞いた天上院くんが間の抜けた声を出したのと同時に、銀架さんを囲むように円形で半透明な壁が形成され、放たれる初級魔法を防ぎ始める。
それを見た天上院くんは、私の方に振り向き、ゆっくりとした口調で聞いてきた。
「……一体何のつもりですかぁ、マドモアゼル? 何故、このような真似を?」
「……このままじゃダメだ、って。このままじゃ、銀架さんまで壊れちゃうって、そう思ったから──っ!」
「──だから、私達の攻撃を防いだ、と?」
再び、全くの無表情でそう聞いてくる天上院くんに──、
「──────そう、だよ」
少し声も小さく、勢いも無いけど、躊躇うコトなく私はそう答えた。
初めて、私と天上院くんの視線がぶつかる。
瞬間、今までで一番のプレッシャーを全身に感じる。
けれど、何とかソレを、拳を必死に握り締めることで耐え続ける。そしてそのまま、二秒、三秒と時が過ぎて行き……、
「………………素晴らしい」
パチパチ、と。
“スケジューラー”を持つ右手の甲を左手で叩き、薄い笑みを浮かべながら、天上院くんがそう言った。
「……え?」
「いや、本当に素晴らしい! 出会って僅か一週間ばかりのクラスメイトを助けるために、そこまで勇気を出すなんて……いや、本当に感動しましたよ!」
思わず間の抜けた声を出す私に、先程までの態度からは想像も出来なかった言葉を掛けてくる天上院くん。
その言葉を聞いた私は、しかし当然素直に喜ぶコトなどできるハズもなく。
むしろ、嫌な予感しかしなくって。
すぐに、気付く。
これはまるで、ついさっき天上院くんが結界の外の人に攻撃をさせる前に行っていた、口上の雰囲気にとても似てる、と。
けど、時既に遅く。
「──────そんなに素晴らしい方なら、是非とも身を挺して彼を守ってあげたらどうですぅ?」
「──っ!?」
天上院くんが、そう言った瞬間。
私の後ろにいた男子生徒の一人が、咄嗟に身を翻そうとした私の身体を、ドンッ! と突き飛ばした。
「あっ──」
思わず声を上げ、支えを求めて手を伸ばすけど、それは空を掴むばかり。
結局碌な抵抗も出来ずに、私は結界内に倒れてしまう。
うつ伏せ気味に倒れて、来ている黒のブレザーを砂埃で汚した私の前に天上院くんは立ち、嘲笑を浮かべて見下しながら言った。
「いやぁ、実に貴方は素晴らしい方ですねぇ、マドモアゼル? 本当に結界に入って来てまで、クラスメイトを守ろうとするなんてぇ」
「ち、違っ──」
「けど。それなら早くあっちに行ってあげたらどうですぅ? もう《影壁》は持ちそうにありませんよぉ?」
「えっ!?」
恐怖で天上院くんと目を合わせるコトも出来ずに下を向いていた私は、その言葉を聞き弾かれたように顔を上げ、慌てて天上院くんが指差す方に目を向ける。
そこには、初級魔法を受け続けて崩壊寸前の《影壁》と、その中で《種縛》に縛られたままピクリとも動かない銀架さんの姿があった。
それを見た瞬間、何が出来るワケでもないのに、私は思わず銀架さんに駆け寄ろうとしてしまう。
しかし……、
「──っ痛ぅ!」
立ち上がろうとしたその瞬間、足首に激痛が走り、その場で転んでしまう。
どうやら、先程突き飛ばされる前に、一瞬身を翻そうとしていたから、その時に足を捻ってしまっていたようなのだけど──、
「……! もしかして、足を怪我しているんですかぁ?」
──それを、天上院くんにも気付かれてしまったようだ。
天上院くんは、浮かべている笑みをより嗜虐的なモノに変えながら、今まで銀架さんへの攻撃を続けていた演習参加者を全員呼び寄せる。
そして、“スケジューラー”を振りながら全員を私の前に集めると……一斉に私に向けて魔法陣を展開させた。
「──────っっっ!!? な、何を──────っ!?」
「何って、ねぇ? 見れば分かると思うんですが?」
思わず引き攣った表情でそう聞く私を、ニヤニヤとした見ながら天上院くんが続ける。
「本当はぁ、助けに行こうとした所を背中から狙うつもりだったんですがぁ、まともに動きを取れない相手にトドメを刺すのも乙だと思いましてぇ」
「そ、そんなっ!? この……ヒトデナシっ!」
「ハッ! 幻奏高校では貴女達みたいな弱者の方が、人じゃないんですよっ!」
私の叫びを鼻で嗤い飛ばし、満面の笑みでそう言い切った天上院くん達は──同時に詠唱した。
『──風の中級魔法、《律動導波》っ!』
『──水の中級魔法、《蒼水鋭刃》っ!』
『──水の中級魔法、《蒼水弓》っ!』
『──水の中級魔法、《氷蛇》っ!』
『──火の中級魔法、《炎蛇》っ!』
『──土の中級魔法、《石騎槍》っ!』
『──土の中級魔法、《葉群導波》っ!』
『──火の初級魔法、《火吐息》っ!』
『──風の初級魔法、《風弾》っ!』
『──土の初級魔法、《鉱弾》っ!』
轟音の奔流や石の槍など、十の魔法が発現され、それらは私に向かって一斉に飛んで来る。
足を挫いている私は、その場から逃げ出すコトも出来ず、ただ茫然と向かって来る魔法を見つめるばかり。
心の中では、もう諦めていた。
しかし……、
『──“魔響共鳴”っ! ──水の等級外魔法、《水渦穿槍》っ!』
放たれた魔法が私を襲う直前に、そんな声が響き。
ズパァァァァァアアアンッッッ! と。
突如飛来した激流の剛槍が、天上院くん達の魔法を全て貫き、その衝撃で吹き飛ばした。
『………………………………』
私も、天上院くんの演習参加者も、光輝くん達を含む周囲の生徒達や監督役の教官も。
誰一人として、何が起こったか理解出来ていない。
全員が硬直し、銀架さんに放たれていた魔法すら止まったので、グラウンドを沈黙が支配する。
そんな中。
今起こったコトを理解しているたった一人。
《水渦穿槍》を放った張本人が。
銀架さんが、天上院くん達に言った。
「そろそろ見ていてムカついて来たんだよ、道化の皆さん?」
□□□
《魔法のアイデア紹介》
《水切》:田中誠司(元ネタ:水切)
・水属性“水”系列の初級にあたる攻撃魔法。魔法陣から水の刃を撃ち出す。
《蒼水弓》:田中誠司(元ネタ:水玉)
・水属性“水”系列の中級にあたる攻撃魔法。魔法陣から水の矢を放つ。
《旋風絶刃》:小猫宮 夜那(元ネタ:風絶刃)
翡翠の風よ、全てを斬り絶つ刃となり、憎し敵を斬り払え
・風属性“風”系列の上級にあたる攻撃・強化魔法。魔法陣から風の刃を撃ち出す。または、刃に風を纏わせて切断力を強化する。《大気鋭刃》の上位魔法。
《橙玉強化》:小猫宮 夜那(元ネタ:金剛)
・土属性“鉱”系列の中級にあたる強化魔法。防御力を強化し、物質自体の耐久力も上げる。皮膚の硬度を上げることも可能。
《岩石巨弾》:ブラックウィザード(元ネタ:岩石巨弾)
橙金の土よ、重厚なる一撃で、憎し敵を撃ち砕け。
・土属性“砂”系列の上級にあたる攻撃魔法。直径五メートル程の岩石を相手に向けて打ち出す魔法。着弾後も周囲に礫が飛び散り被害を広げる。
《砂手》:神主(元ネタ:アースハンド)
・土属性“砂”系列の初級にあたる攻撃魔法。魔法陣から砂の手を出す。または、手に砂を纏わせる。
《種縛》:拓人(元ネタ:ウッドバインド)
・土属性“種”系列の初級にあたる特殊効果魔法。魔法陣から草や木の根を放ち、相手を拘束する。
《炎蛇》:ブラックウィザード(元ネタ:炎蛇)
・火属性“火”系列の中級にあたる攻撃・特殊効果魔法。炎の蛇を創り出し、噛み付いた部分を炭化させる。
《氷蛇》:小猫宮 夜那(元ネタ:氷蛇結)
・水属性“雪”系列の中級にあたる攻撃・特殊効果魔法。氷の蛇を創り出し、噛み付いた部分を凍り付かせる。
《火吐息》:田中誠司(元ネタ:爆翔焔陣)
・火属性“火”系列の初級にあたる攻撃魔法。魔法陣から広範囲に火を吐き出す。
《水渦穿槍》:ast-liar(元ネタ:水渦穿槍)
《蒼海長槍》or《蒼霧長槍》or《蒼氷長槍》
+
《蒼水騎槍》or《霧雨騎槍》or《氷騎槍》
・水の等級外にあたる攻撃・形成魔法。系列的には“水”系列が一番近い。激流の投擲槍を形成する。
□□□
「な、ん、なんだよ……」
「うん♪ 強いて言うならば、さっきから僕が言っていた通り、君達が全く現実を見ていなかった、っいてだけの話かな」
『反則だろ、それはっ!』
「──うん? 僕、そんなコト言ってないよ?」
『『『──────アババババババッ!?』』』
「──クソッ!」
次回、“第三十一話 演習の中のClown(後編)”
「………………………………で、だれが卑怯者だって?」




