第二十九話 演習の中のClown(前編)
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※テンランさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。
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「──爆ぜろ」
「え?」
──天上院くんの呟きと共に。
パァァアンッ! と。
銀架さんの肩で、何かが弾けた。
それは多分、空気の塊。
風属性“風”系列の中級魔法、《大気爆弾》だろう。
元々、それ程威力の高くない魔法なのだが、距離が距離だ。
その爆風でフードが捲くれ、突如頭を揺さぶられたため、銀架さんはグラリと体を傾かせ、地面に片膝をつく。
そして、それを見ていた私は、一瞬呆気に取られ、思わず声を上げてしまう。
「──え? な、何でこんなに早く魔法が……?」
まだ演習が始まった直後で、幻霊がいない銀架さんは勿論のことながら、S・Aクラスの生徒も誰一人として幻霊装機を展開していない。
だから、あれほど早く魔法を発現出来るとは思えないし、それともう一つ。
私の気のせいじゃなかったら、今の魔法の魔法陣は、銀架さんの肩にあったような……。
と、私が心の中で考えていた時、爆風を喰らった右耳を手で押さえながら、銀架さんがポツリと呟いた。
「時限式の魔法発現……設置型かな?」
「おや? 設置型発現法をご存知とは……流石ですね、ムッシュー」
「前に本で読んだことがあったからね。……けどまさか、そんなマイナーかつ使いづらいモノを使ってくるなんてね」
全く思わなかったよと言いたげに苦笑を浮かべながら、銀架さんはそう口にする。
その言葉を聞いていた私は、しかし先程以上に頭上に疑問符を浮かべていた。
発現法、という言葉は知っている。
その名の通り、魔法を発現する方法のコトだ。
例えば、光輝くん達みたいに幻霊装機を――発現珠を用いて魔法を発現する珠玉型発現法や、私みたいに幻霊装機が使えない召喚士が、自らの幻霊に魔力を譲渡し、代わりに魔法陣を展開してもらう代理型発現法なんかは、魔法理論の教科書にも載っているだろう。
他にも、私は自筆型発現法や供物型発現法、神楽型発現法というモノがあることを学んでいる。
けれど、設置型発現法という単語は初耳だった。
名前と銀架さんの言葉から、ソレが予め魔法陣を設置して置くことで、一定時間が経った後に魔法を発現する方法だろうという事は想像が付く。
(……でも、そんなに便利な発現法なら、教科書にも載ってるよね……?)
と、私は心の中でそう呟くけど、実際に教科書に載っている所なんて見たことない。
載っていない、という事実は分かっても、何故載っていないか、という理由までは分からない。
(元々、ソレに関する知識が皆無に近いから、自分で納得出来る答えが出せるとは思わないけど……)
心の中でそう、何故か言い訳じみた言葉を呟く。
その瞬間だった。
『……荒原……干渉……上書き』
「──え?」
ほんの一瞬だけ、その三つの単語が脳裏に浮かんだ。
──ううん。
それだと、少し違和感がある。
正しく例えるなら……そう、何かに教えられたような気がした。
まるで、それが私の抱いた質問の答えであるかのように。
けれど、それだけでは、何故設置型発現法がマイナーなのか、全く分からない。
結局、その疑問の答えを言ったのは、術者本人である天上院君だった。
「──確かに、設置型発現法は、色々と制限が掛かっている方法です。例えば、設置するには一度実際に手を触れないといけませんし、設置する際には、発現するまで魔法陣を維持するための魔力を流し込まないといけません。それに、たとえ設置した後でも、術者が距離を開け過ぎると、勝手に消滅してしまうかもしれませんしね」
「……それが分かっている上で、設置型を使うんだ?」
「おや、ご存知ないんですか、ムッシュー? これでも私は、真実様に“時限魔法使”という渾名を付けて貰っていまして。設置型魔法の使い手だと自負しています」
未だ地面に膝と手をついたままの銀架さんに、口調こそ慇懃に、けれどやや傲慢さが窺える態度で、天上院くんがそう告げる。
その姿に嫌悪感を覚えた私は、思わず眉を顰めたものの、それで一応疑問を解消することは出来た。
燃費が悪くて、節食の必要もあり、尚且つ相手との距離も取れない……そんなデメリットが目立つなら、設置型発現法がマイナーなのにも納得が行く。
多分、こう言った演習のように、結界によって戦闘範囲が指定され、授業内という制限時間があり、十対一という有利な状況下でもない限り、その性能を引き出すのはとても困難だろう。
──しかし、それは逆に言ってしまえば、今この演習内においては、設置型発現法は最大限にその能力を発揮できる、というコトだ。
……まるで、わざわざ天上院くんのために、この状況が用意されていたかのように。
本来ならそんなコトは有り得ない、と言うコトは分かっている。
けれど、それを言うならそもそもこの演習自体が有り得ないモノなのであるし……それにもう一つ。
今の天上院くんの話を聞いた私は、思わず脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。
「……っ!? そんな、卑怯な……っ!」
『──────!?』
思った以上に通った声は、そのまま天上院くんや銀架さんの耳元にまで行き、周囲の生徒をシンと静まり返らせた。
「………………ハイ?」
先程銀架さんに見せていた嫌悪感を感じる笑みのまま、天上院くんが私の方に目を向ける。
途端に、演習に参加している他のS・Aクラスの生徒も、監督役の実技教師も、光輝くん達を含む周囲の生徒達も、その場にいる全員が一斉に私の方を見た。
瞬間、全身に“悪意”の籠もった視線の槍が刺さるのを感じ、私は自らの発言に後悔をする。
私は思わず、ビクリと身体を痙攣させる。
それを見た天上院くんが、その瞳に嗜虐の色を浮かばせながら口を開いた。
「──これは、これはぁ。誰かと思えば、黒鏡 那月さんではありませんかぁ!」
「わ、私のことを、知ってる、ん、です、か……?」
粘り付くようなその声に、私は背筋を震わせながら途切れ途切れに聞き返す。
すると、天上院くんはニタリと、粘着質な笑みを浮かべて言った。
「えぇ、えぇ! 貴女のコトも、真実様からよく伺っていますよぉ。黒鏡本家の長女でありながら、上級魔法も使えない落ち零れだ、ってぇ」
「──────っ!?」
「何でも、分家筋である星羅様の方が優秀だから、本家と分家で子供を交換する、なんて噂を耳にしたことがあるんですが、実際の所はどうなんですかぁ?」
「そ、そんな、ことっ! な、い……っ!」
「へぇ? それはそれは、残念ですぅ」
「……っぅ」
不快感を催すトーンで紡がれるその言葉の一つ一つが、鋭いナイフのように私の心を抉り取っていく。
その場にいるほぼ全員の浮かべる嘲りの笑みが、私から気力を奪い取っていく。
………………でも。
「もしよろしければ、私にお聞かせ願えますか? 実の家族に本気で落ち零れって言われるのって、一体どんな気分ですぅ? 七名家を名乗るのが恥ずかしくないんですかぁ?」
「ぅぅっ………………」
ただただ私を貶めるためだけに行われたその問いかけに、私は心を折られそうになる。
それでも──────。
「………………こそ、………………ないの?」
「はい? 今、なんと仰いましたぁ? 聞こえなかったので、出来ればもっとはっきりと──」
「──天上院くんこそ恥ずかしくないの? って。そう聞いたの」
「──っっっ!?」
──それでも、手の平に爪を突き立て、血が滲む程に唇を噛み締めながらも、天上院くんから目を逸らさずに、私はそう口にする。
瞬間、周囲の生徒の目付きが、嘲りのモノから厳しいモノに変わる。
天上院くんが、ヒクリと頬を引き攣らせながら、私に聞いてくる。
「それは、一体どういう意味ですか、マドモアゼル?」
「……ど、どういうも何も、ひ……│卑怯な手段を使って恥ずかしくないの、って聞いたのっ!」
その瞳にありありと浮かぶ苛立ちの色に怯えながらも、何とか震える体を押さえ込み、掠れる声で私はそう返す。
すると、天上院くんは未だにうっすらと青筋を浮かべながらも、しかし再び嘲りの笑みを浮かべながら私に聞いてきた。
「卑怯? 僕が? 一体何の話をしてるんです、マドモアゼル?」
「だ、だから、設置型発現法の話だよ……っ!」
「設置型発現法のコト? あれが、卑怯だと言いたいのですか、マドモアゼル?」
「そ、そうだよ……っ! あんな、卑怯な……っ」
「ちょっと待ってくださいよ、那月さん。一体、設置型発現法のどこが卑怯だと言うんですー? そんなに不意打ちが悪いんですかぁ?」
「……別に、私だって、演習の最中の戦闘でそういうコトが起こるのなら、仕方ないとは思います……」
「なら──」
「──けどっ! 設置型は、│ソレ(・・)とは違いますっ……!」
「──っ!? ……貴女は一体、何が言いた──」
「──だって! 設置型は、演習の前に用意しないと、使えないモノだからっ!」
「……っぅ!?」
──そう。
さっきの天上院くんの言葉を聞いてから、ずっと思っていた。
設置型が接触を必要とする発現法というのなら──
「──銀架さんの肩に触れたあの時に、魔法陣を設置したんですよねっ!?」
「──っ!? だ、だとしたら何だと言うんですぅ?」
「な、何だも何も、それは卑怯じゃないですかっ! 演習が始まる前に仕掛けをするなんてっ!」
少し声を震えさせる天上院くんに、私は勢いに任せてそこまでそこまで口にする。
後悔していない、と言ったら嘘になる。
こんな風に集団を敵にしていたら、今まで以上に周囲との関係が悪くなることだって、頭の片隅では理解していた。
………………けれど。
それでも、こんな風に人が卑怯で理不尽な暴力を受けているのを、放置なんて出来なかった。
自分だけ安全な場所でただ見ようとするなんて、絶対に赦せなかった。
──例え後悔をしたとしても、やらなかった後悔をやった後悔をした方が良い。
そう思ったから私は、懸命に抗議した。
そして──────、
「────────────フンッ!」
──────天上院くんは、それを鼻で嗤った。
「何をバカなことを仰ってるんですかぁ、マドモアゼル?」
「………………え?」
必死の言葉を一蹴され、再び嘲るような目で天上院くんに見られた私は、思わず呆然としてしまう。
そんな私の表情を見て、嫌らしく笑みを深めた天上院くんは、更に言葉を続ける。
「演習前に仕掛けをするのが卑怯? 一体何がですぅ? かの有名な孫子の兵法だって、事前に的確な見通しを立てて敵の無備を攻め、その不意を衝くというモノがあるんですよぉ?」
「……で、でも! それは、実戦での話で、これは演習だから……っ」
「だから、何ですぅ? 教官だって殺さない限り何でもアリって仰ったんですから、この程度のコトで卑怯と言われる筋合いはありまんせんよぉ?」
「それ、は……っ!」
この演習自体が、そもそも間違っている!
頭の名では、そう叫んでいた。
けれど、私は。
今の天上院くんの言葉に少し納得してしまったせいで、勢いが殺がれてしまったから。
突き立つような周囲の視線を思い出して、再び恐怖で咽喉が縛り付けられる。
無理矢理口をこじ開けても、意味のない呼気が漏れるばかり。
そんな私の様子を、天上院くんが滑稽だと言わんばかりにニヤニヤと笑いながら眺めている。
それがとても悔しくて、思わず眼尻にうっすらと涙を浮かべながらも、何か一言でも言い返そうとして……、
「──────もういいよ、那月ちゃん」
……その前に、耳を押さえたまま、何とか立ち上がろうとしながら、銀架さんがそう言った。
「──もういいよ、那月ちゃん。僕は別に気にしてないよ」
「……だ、そうですよ、マドモアゼル?」
「………………で、でもっ──!」
「──那月ちゃん」
それでも、まだその言葉に納得出来なかった私は、何かを言おうと何とか声を振り絞る。
けど、銀架さんはそれを遮って、いつもと同じ無邪気な笑みを浮かべ──
「──この位、全然へっちゃらなんだから、気にしないで♪」
「──────っっ!?」
──そう言って、フラつきながらも何とか立ち上がる。
そんな銀架さんの姿を見た私は、先程とは違う理由で涙を零しそうになった。
──けど、次の瞬間。
『──水の初級魔法、《泡雨弾》!』
『──風の中級魔法、《凍風》!』
「………………え?」
そんな声が聞こえたかと思ったのと同時に、幾つもの泡の弾丸と凍えるような烈風に、立ち上がったばかりの銀架さんが吹き飛ばされた。
「………………え?」
眼前の状況が全く呑み込めなかった私は、呆然としながら再び間の抜けた声を漏らす。
しかし、それでも何とか反射的に今の魔法が飛んで来た方向を見ると、幻霊装機を構えたS・Aクラスの生徒達がいて、その中心にいる天上院くんが、先程とは打って変わった不機嫌な表情で──、
「……何、余裕ぶって恰好をつけてるんですか、ムッシュー?」
──宣言した。
「本番は、ココからですよっ!!」
□□□
《魔法のアイデア紹介》
《泡雨弾》:テンラン(元ネタ:泡雨)
・水属性“水”系列の初級にあたる攻撃魔法。泡で相手を攻撃し、相手の動きを阻害する。
《凍風》:ast-liar(元ネタ:冷降風)
・風属性“風”系列の中級にあたる攻撃魔法。上空から冷気を叩きつけ、周囲の人間を吹き飛ばす。
□□□
「演習って……今のがそうだとでも言うんですかっ!?」
「──────黙って下さいよ、そろそろ」
「わ、私はともかく、銀架さんは無能なんかじゃ──」
「あれー? もしかして、信じてなかったの?」
「変なコト、だと……?」
『調子に乗るなよ、雑魚がっ!!』
「……だからぁ? それが何だと言うんですかぁ、マドモアゼル?」
(これは──こんなのは、絶対にダメだっ!)
「………………素晴らしい」
「──────っっっ!!? な、何を──────っ!?」
次回、“第三十話 演習の中のClown(中編)”
「──────皆、頭がおかしいんじゃないの?」




