第二十八話 始まる前のConclution
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(何て言うか……現実チョロい)
『お主はまた……予想通りのセリフを言ったな』
(あ、予想通りなんだ?)
『わざわざ多くの人間が集まっている所で、惨めな敗北を晒して大恥をかかせようと、教師が画策する……。そんな御誂え向きの状況を前にしてお主が言いそうなコトなど、少し付き合いの長い者なら誰でも分かる』
(……自分では、そんな分かりやすい性格をしているつもりは無いんだけどね)
当然だといわんばかりのシロガネの口調に、僕は思わず苦笑を浮かべる。
シロガネは基本的にはこういうコトでは嘘を吐かないから、本当に僕が「現実チョロい」と言うと予想していたのだろう。
それは、何か見透かされているようで少し悔しいけど、実際にそう思ってしまっている以上、反論の余地は余りない。
それでも、言い訳をするなら──、
(──だってホラ、シロガネ。あの黄道先輩の事件から今日までの一週間、特に人前で絡んでくるような子とかいなかったでしょ? 一応、気象の荒そうな子を挑発した上で反撃を躱し続けて溜め込ませた“悪意”は食べれたかもしれないけど、それじゃあ足りないだろうと思って。それで、そろそろ何か新しい手を打とうかなぁ……って思ってた時に、先生達がわざわざ自分達から願ってもない環境を整えてくれたもんだから、ついポロッと)
『普通の人間は、ついポロッとで現実が扱いやすいなどと思わんだろうに……』
僕の言葉を聞いたシロガネが、呆れたようにそう呟く。
その言葉は、特に間違ったモノではない。
僕自身も、それは正しい主張だと思っている。
けれど、と。
僕は、いつもよりややわざとらしい笑みを浮かべながら、シロガネに言った。
(僕は、普通じゃないからね)
『………………そう、だな』
一瞬、シロガネの動揺が“テレパシー”を通じて、ダイレクトに僕の感情に伝わってくる。
シロガネは、ソレを必死に隠そうとしながら、しかし僕の言葉を肯定した。
上辺の言葉で否定しても無駄だと思ったから、シロガネはそうしたのだろう。
それでも、シロガネがこの空気を気不味いと思っていることがよく分かる。
けれど、僕は口を固く結んで開こうとしない。
そして、そのまま数秒間時が過ぎ──、
『──って、小僧! お主、よく見ると笑いを堪えているな!?』
(あ、バレた?)
ようやく、僕に申し訳なさげな姿を面白がられているコトに気付いたシロガネが、やや上擦った声でそう指摘する。
そのことに笑みを深めた──いつもと同じ無邪気な笑みを浮かべた僕は、周囲の人達に気付かれないように小さく舌を出した。
確かに、シロガネが考えているように、僕は普通とは違うという事実を忌み嫌っている。
七名家なのに幻獣の召喚に失敗したことも、シロガネと契約したことで三大欲を失い、代わりに“悪意”に独占欲を抱くようになったことも。
──それ以前に、強過ぎることも。
“力”は僕が元から持っていて、更にシロガネから求め、それでもどうしても好きになれない苦手なモノだ。
何故なら、それは僕を孤独にした存在だったから。
……けれど、今は違う。
シロガネがいる今なら、例えどれだけ強くなったとしても、必ず僕にはハッピーエンドが待っている。
それが、僕とシロガネの契約なのだから。
(──だから、僕がシロガネに普通と違うって言われた位で、気を悪くするワケがないでしょう?)
『待て、小僧!? だからとは何だ、だからとは!?』
イロイロと大事な部分を省いた僕の言葉に、先程と同じトーンでシロガネが噛み付く。
けれど、その大事な部分を話すつもりは、サラサラない。
こうしてシロガネが狼狽える姿を見るのは楽しいし……何か少し気恥ずかしいし。
(……さて、そろそろ準備も出来る頃かな?)
『だから無視をするな、小僧っ! まだ、何故笑っていたか聞いていない──────』
僕の呟きを聞いたシロガネがまだ何かを言っていたけど、僕はそれを意識的にシャットアウトして、これから始まる多対一の対人演習について考える。
と言っても、別にどうやってこの演習を勝とうか、何てコトを考えているワケではない。
勝つことよりも怪我をしないコトに重点を置いている、というコトでもない。
実際、別にここで勝った所で特にメリットがあるワケでもないし、多少の怪我を負った所で治癒魔法ですぐに回復出来る以上、それらを深く考える必要性はない。
大体、この演習は鈴木教頭辺りが僕を幻奏高校から追い出そうと画策したモノなんだろうけど、“悪意”を集めるのが目的の僕にしたら、むしろ願ったり叶ったりの状況なのだ。
この演習に勝とうが負けようが、勝負自体にはとっくに勝っているのも同然。
演習開始直後に棄権したって別に良い。
じゃあ、僕が何を考えているのかと言うと──、
(──やっぱり、演習が終わるまで一人だけ執拗に攻撃するべきかな?)
『……お主、基本ドSだな』
──どれだけ効率良く“悪意”を集めようか、その一点に尽きた。
□□□
(………………大丈夫かな、銀架さん)
演習用の結界を張るために特殊な杭がグラウンドに設置されていく様子を眺めながら、私──黒鏡 那月は内心でそう呟く。
今から始まる対人演習は今朝津全発表されたもので、S・Aクラスの生徒十人とDクラスの生徒一人が戦うというモノ。
人数比が逆ならまだしも、本来なら絶対に有り得ない組み合わせだ。
何故なら、演習をする前から勝負が着いているようなモノなのだから。
基本的に、戦闘の経験の無い人間は、武術を修めた人間には手も足も出ない。
しかし、武術を修めた人間でも、リーチや攻撃力で負けるために魔術師に劣る。
そしてその魔術師も、魔法陣の展開速度の違いから、幻霊装機が使える召喚士には敵わない。
──幻奏高校が召喚実技の成績でクラス分けを行っている以上、Dクラスの生徒がSクラスやAクラスの生徒に勝てるワケがない。
況して、十対一という人数差なんて……下手をすると命に関わるような怪我を負ってしまうかもしれない。
(……なのに、何で)
だから、私は──、
『頑張れよ、天上院! そんなヤツ、ブッ飛ばせ!』
『行っちゃって、剛田くん! 得意の土属性魔法で潰しちゃって!』
『手加減なんてすんなよ、麻倉! 手足の一、二本でも打った切ってやれ!』
──恐怖を覚え、内心で呟く。
(──────何で皆、そんな風に楽しそうな表情が出来るの!?)
誰もが皆、笑顔でSクラスの人達を応援していた。
今回は演習に不参加だった光輝くんや焔呪ちゃんも、満足そうにソレを見ていた。
同じDクラスの生徒達も、一部の生徒は自分じゃなくて良かったと安堵していて、残りの大半は他クラスの生徒と同様に──ううん、他のクラス以上に物騒な野次を飛ばしている。
嬉々とした表情で、明るく声を弾ませて。
(──いや)
銀架さんは、お世辞にも真面目とは言い難い人だ。
座学の時間に教科書を広げることはなく、基本的に授業を聞き流して本を読み、偶に鼻歌交じりにノートに何かを綴っていた。
実技の時間も、一人だけ体育着に着替えることなく、明らかに手抜きと分かる態度で受けていた。
当然、教師にも生徒にも疎まれていた。
成績が良いから、尚更に。
(──────いや)
中には、銀架さんのことが気に入らず、しかし真正面から立ち向かう勇気もないので、陰湿なイジメを画策している人もいた。
けど、銀架さんは授業が終わればいつの間にか教室からいなくなっていたし、机や椅子などにも幻惑魔法を掛けていたおかげで、直接暴力を振るわれることも無ければ、物に当たられたことすらなかったけれど。
(────────────いや)
──けれど、たった一週間で、銀架さんはクラスから孤立してしまった。
それが、私にはどうしても理解出来ない。
確かに、銀架さんの授業態度は決して褒められたモノではないし、周りを見下している態度と言われても仕方がないのかもしれない。
だけど、だからと言って、別に授業を妨げる程の行為というワケではないし、誰かに迷惑を掛けていたワケでもない。
それなのに、クラスメイト達から『死ね!』とか『潰れろ!』などと罵られている銀架さんを見て、私は心の中で叫ぶ。
(──────もう、止めてっ!)
S・Aクラスの生徒達が、演習用に防御魔法の組み込まれたローブを着ているのに対して、銀架さんは普段着である漆黒のコート姿のままなのたが、いつもと違ってそのコートについたフードを目深に被っていた。
だから、その表情を窺うことは出来ない。
けれど、大半の生徒は、心の中でこう考えていた。
あの劣等種は今、惨めさで層を噛み締めているか、恐怖で顔が引き攣らせている筈だ、と。
それが分かっていて尚──いや、だからこそ、彼らは狂ったような笑みを浮かべている。
それが、怖くて仕方ない。
止めないといけないと頭で理解していても、目はそんな光景を見ることを拒絶し、視線を勝手に逸らして見なかったフリをしようとする。
ソレを必死に我慢しても、恐怖で咽喉が萎縮し、制止の声を上げるコトも出来ない。
いっそ、自分も周囲の生徒達と同様に、銀架さんを笑ってしまえば楽になるかもしれないと錯覚してしまう。
勿論、そんなコトはありえないのに。
……ただ、心の中で他人任せな言葉を叫ぶことしか出来ない自分が、どうしようもなく情けない。
そうやって、私が自分の無力さを噛み締めていると、
「──────初めまして、ムッシュー神白」
演習の準備が整うまでの待ち時間を退屈に感じたのか、S・Aクラスの十人の中でもリーダー格のような人物が、ニヤニヤとした笑みを張り付けながら銀架さんに声を掛けた。
少し面長だがそれなりに整った顔立ちと、ポマードでガチガチに固めている焦げ茶色の髪が特徴の少年だ。
その少年は、見た目だけは慇懃に一礼をすると、言葉を続けた。
「私は天上院 彦麻呂と申します。以後、お見知りおきを」
「………………」
「貴方のご高名はかねがね伺っていますよ、ムッシュー。お目に掛かれてとても光栄です」
「……まるで、僕のことを前から知っていたような言い方だね?」
「えぇ。私の実家はかねてより翠裂家に懇意にして頂いていまして……次期当主候補である真美様から、貴方の名前を何度か聞かされました。何でも、かつては“極光”と呼ばれ、七名家最強になるかもしれないと噂されていたとか」
「……意外だな。あの人がそんなコト言うなんて」
「えぇ。ですが、貴方がもし真美様の言っている通りの人なら、私一人ではとても歯が立ちそうにないので、こうして十人掛かりで挑ませていただくコトになりました」
「──────ッッッ!?」
ニターっと、生理的な嫌悪感を誘う笑みを浮かべながらそう言う天上院くんを見た私は、思わず小さく息を呑んだ。
今の言葉は、ただの皮肉なんかじゃない。
この“対人演習”と銘打った理不尽な暴虐に、薄っぺらい正当性を持たせる為の建前だ。
勿論、普通の人なら、こんな無茶苦茶な言い訳なんて受け入れないだろう。
けど、幻奏高校にいる生徒の大半は、“七名家”の人達に強過ぎる憧れを持っている人達だ。
彼らによって構成されたこの環境の中では、先週の事件で“七名家の敵”と認識された銀架さんを痛め付けるためなら、どんな暴論も大義名分になってしまう。
そのコトは、天上院くんだって理解しているだろう。
だから、彼は嫌らしい笑みのまま、銀架さんに聞いた。
「分かって頂けましたか、ムッシュー?」
まるで、この状況を理解しろと命じるかのように。
まるで、銀架さんが嫌われているという事実を突き付けるかのように」
──────だけど。
その言葉を聞いた銀架さんは、ゆっくりと顔を上げて──
「……一つ、聞かせて貰うけど」
──フードの奥から、いつもと同じ無邪気な笑みを覗かせながら、天上院くんに聞いた。
「──────本当に、十人でいいの?」
「……どういう意味ですか、ムッシュー?」
「たった十人ぽっちで、僕に勝てると思うの? って、意味だよ」
『──────ッッッ!?』
いつもと全く同じ口調で、平然と放たれたその挑発に、周囲の生徒達は思わず一斉に口を噤む。
誰もが皆、得体の知れない恐怖を感じて。
天上院くんが、顳顬に軽く青筋を立てながら、しかし笑みを何とか保って、再び口を開く。
「……失礼ですが、ムッシュー。現在、七名家で最強は、“紅蓮”紅城 灼魔様か“夢幻”黒鏡 星羅様、そして“偏狂”橙真 椿様の三人の内の誰かし言われています」
ゆっくりとした足取りで、天上院くんは銀架さんに近付き、馴れ馴れしく方に手を乗せながら、一トーン低い声で告げた。
「──────もう、貴方は七名家最強と呼ばれていないんですよ、ムッシュー」
瞬間、その場を沈黙が支配する。
銀架さんは、視線を斜め上に動かし、数秒間だけ天上院くんと目を合わせ──、
『……の…よ、…が………いて、……を…き…………せ……』
──再びコートで目元を隠し、ボソボソと小声で何かを言った。
近くにいた天上院くんでもその声は聞き取れなかったのか、少し眉を顰めて銀架さんに聞く。
「……何か仰いましたか、ムッシュー?」
「君達に勝つためのお呪いだよ」
銀架さんは、肩に置かれた手を軽く払い除けながら、気負いなくサラリとそう答えた。
ヒクリと、天上院くんの頬が一瞬引き攣る。
しかし、意地なのかそれでも笑顔を保ちながら、天上院くんは仲間の下に戻って行った。
「──手加減は、しませんからね」
との、一言を残して。
それを聞いた銀架さんは、しかし口元にいつもと同じ笑みを浮かべたままで、天上院くんには何も言わず……代わりに彼が元の位置まで着いた所で、この演習の監督役の実技教師に声を掛ける。
「──それで、準備は出来たんですか?」
「あ、あぁ……」
「なら、とっとと始めちゃいましょう♪」
明るい声で、ニッコリと笑いながらそう言う銀架さんを、教師は不気味なモノを見る目付きで見ていたが、それでもその言葉に首を縦に振る。
そして、銀架さんとS・Aクラスの生徒達に所定の位置に着くように促してから、物々しく口を開いた。
「これより、多対一という状況を想定した対人演習を行う。先に言っておくが、この演習は内容を限りなく実戦に近付けるため、基本的に何でもアリとなっている。刃物を使おうが、銃器を使おうが、魔導具を使おうが、相手を殺さない限りOKだ。また、実戦を想定しているため、相手が許可をしない限り、棄権は認められない。分かったか?」
『はいっ!』「僕も大丈夫だよ」
S・Aクラスの生徒達も、銀架さんも、その無法とほぼ変わらないルールを躊躇い無く受け入れる。
それを見た周囲の生徒は興奮し……しかし、すぐに声を潜める。
と言っても、一瞬でテンションが下がったというワケではない。
皆が一様に、ワクワクとした表情で待っているのだ。
これから始まる、一方的な戦いを。
数秒の沈黙。
その直後、緊張感が漂う静かなグラウンドの中心で、実技教師は告げた。
「──────それでは、始めっ!!」
そして──、
「──爆ぜろ」
「え?」
──天上院くんの呟きと共に。
パァァアンッ! と。
銀架さんの肩で、何かが弾けた。
「──え? な、何でこんなに早く魔法が……?」
「時限式の魔法発現……設置型かな?」
(元々、ソレに関する知識が皆無に近いから、自分で納得出来る答えが出せるとは思わないけど……)
『……荒原……干渉……上書き』
「それは、一体どういう意味ですか、マドモアゼル?」
「──けどっ! 設置型は、ソレとは違いますっ……!」
「だから、何ですぅ? 教官だって殺さない限り何でもアリって仰ったんですから、この程度のコトで卑怯と言われる筋合いはありまんせんよぉ?」
「──────もういいよ、那月ちゃん」
「本番は、ココからですよっ!」
次回、“第二十九話 演習の中のClown(前編)”
「──天上院くんこそ恥ずかしくないの? って。そう聞いたの」




