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第二十六話 本鈴前のConversation

持病により、一月度の更新が出来ず申し訳ありませんでした。

代わりといっては何ですが、明日、二章の中間まとめを更新します。


魔法・挿絵を募集中です!


『──────どうだ、小僧? 自ら入り込んだ災禍・・から逃げ出した気分は?』

(………………最悪に、決まってるでしょ)


新しく始まる生活に緊張と憧れを滲ませる生徒達で溢れる、幻奏高校本棟の二階の廊下。

僕は、光属性の上級幻惑魔法《聖光幻覚シャイニング・イリュージョン》を使って身を隠しながら、そこを歩いていた。

心の中で、何度もシロガネに話し掛けられながら。


『──別に、我は小僧が無駄なコトをしたとは言わん。お主があの災禍に入ったおかげで、あの女子おなごから“悪意”を掠め取ることが出来たしな』

(……)

『しかし、一つ言わせて貰うならば、やはり最後が良くなかったな。お主は、蒼刃 妃海の指摘に動揺し過ぎた』

(………………)

『上手くぜ返して、話しを有耶無耶に出来たから良かったものの、下手に同情を集めたりしていたら、これからの黄道の障害に成りかねなかった』

(………………………………)

『──前にも忠告した筈だ、小僧。お主は、“強制感応フォースド・シンパシー”を恐れ過ぎだと』

「──────ッ!?」


その言葉を聞いた瞬間、僕は思わず無言で進めていた歩みを止めてしまう。

しかし、シロガネはそんなことは気にせずに、言葉を続けた。


『確かに、我とてお主の気持ちが分からん訳でもない。何せ、“強制感応アレ”は、かつてお主を滅びに・・・導いた・・・かもしれないモノだからな』

(……シロガネ)

『何故誰も気付かない? 少し考えれば、“極光”の二つ名を持ち、かつて七名家最強と呼ばれたお主が、たかだか・・・・召喚士にれなかった程度で追放するなんて、おかしいことがすぐ分かるだろうに』

(………………もう、いいよ)

『では、何故小僧が神白家を追い出されたのか? その答えは、はっきりとは分からない。が、ある程度なら、推理は出来る』

(………………もういい、って)

『もし、誰かが異端・・過ぎる小僧への嫉妬から、幻獣の召喚に失敗したお主を“劣等種”と呼び始めたら? もし、お主の失敗を不安に感じていた両親の耳に、その“劣等種”と言う呼び名が入って来たら? そして、両親同様に不安を抱えていたお主が、無意識の内に“強制感応フォースド・シンパシー”を起こしていたら? それならば、周囲の人間が、お主を本当の・・・劣等種と思ってもおかしくは──』

(──もういいって言ってるでしょ、シロガネっ!)


シロガネの言葉を遮るように、僕は内心でそう叫ぶ。

流石のシロガネも、それを聞くと口を噤んだ。

僕は軽く乱れた息を整えながら、しかし激情をそのままに言葉を続ける。


(分かっているよ、それ位! そんなこと、僕が誰よりも知っているっ!!)

『………………』

(……僕だって、自分がワガママ・・・・を言っていること位、分かっているよ。“強制感応フォースド・シンパシー”を上手く使えば、今より遥かに多い悪意を手に入れられるコトも理解わかっている)

『小僧……』

(それでも……怖いんだよ。“強制感応フォースド・シンパシー”のせいで、コトが僕の手に負えなくなるのが──取り返しのつかないコトになってしまうのが……)


僕は、その怖さを知っている。

既に、僕は取り返しのつかないコトを起こしてしまったことがあるから。

今回、妃海さんの指摘のおかげで、《旋律心鎮歌メロディウス・メンタルララバイ》を使えたのは、全くの幸運だった。

もし、あのタイミングでアレが使えなかったなら、過剰な認識が、そのまま本質と摩り替わっていたかも知りなかった。

もし、次に“強制感応フォースド・シンパシー”を起こしても、その時にも《旋律心鎮歌メロディウス・メンタルララバイ》が間に合うとは、限らない……。

そう思った、その時。


『……我は、それが杞憂だとは言わん。むしろ、抱えて当然の不安だと思う』


僕の心情を読み取ったのか、シロガネがそう呟き、そして続けた。


『しかし、何度も言うがお主は“強制感応フォースド・シンパシー”を恐れ過ぎだ、小僧。いつまでも見たくないモノから目を逸らしていられないコトは、お主だって分かっているだろう?』

(それ、は……)

『別に、我はそれを使いこなし利用しろとは言わん。しかし、それでも制御位は出来て貰わんと困る』

(でも──)

『──それが出来ないようなら、お主は我に相応しくないというだけだ』

(──────っ!?)


その言葉を聞いた僕は思わず息を呑み……そして、笑みを零してしまった。


(……ズルいなぁ、シロガネは)


本当に、僕の扱い方をよく心得ている。

僕が何を恐れ、どんな挑発に乗るのかを知り尽くしている。

決して、根拠のない期待を含んだ声を掛けない。

……「お前の力を信じている」と言われないコトが、こんなに楽だなんて知らなかった。


『……やっとヤル気になったか、小僧』

(正直、まだ微妙な所なんだけどね)


シロガネの問いに、いつもの無邪気な笑顔ポーカー・フェイスを浮かべながら、わざとらしく肩を竦めて僕はそう言う。


『お主は口に・・出さなければ・・・・・・嘘を吐き放題だから、今一つ信用に欠けるが……まぁ、そう言うコトにしておこう』

(何ソレ酷い)

『自業自得だ、小僧』


シロガネのあかまりな言葉に僕は苦笑し、そして言った。


(まぁ、今はやれるコトをやっておこうか)

『そうしておけ、小僧』


その言葉に、シロガネはぞんざいに頷く。

しかし、その端々に喜びの色が見て取れるのは、僕の気のせいか。

それが少し気になったものの、まぁ、今回は目を瞑っておくことにする。

僕は、クスクスと小さく笑いながら、再びゆっくりと歩き始めた。


 □□□


「母様っ! 少しよろしいですかっ!?」


そんな声と共に、いきなり理事長室に入ってきた娘を見た私──蒼刃あおば 妃海ひみは、少し驚きながらも紙の上に走らせていたペンを止めて言う。


「どうしたんですか、雪姫ゆきひめ? ノックもせずに入って来るなんて貴女らしくもない。それに、学校では理事長と呼ぶように言っているでしょう」

「っ!? 申し訳ございません、理事長。しかし、どうしても伺いたいことがありまして……」

「……銀架くんと雷牙くんの件ですね?」

「はい……」


私の問いに雪姫は小さく頷き、そして続けた。


「話は椿つばきちゃんから聞きました。銀架くんと光輝くん達の諍いに、雷牙くんが介入して大騒ぎになったと。そして、処分はまだ決まってないんですよね?」

「えぇ、まぁ、合っています」

「……では、単刀直入に伺いますが、彼らの処分はどうするか、教えて頂けませんか?」

「彼らの、ですか……」


雪姫の言葉を聞いた私は、副音声で「本命は一人でしょうに……」と付けながら、そう呟く。

この子が完璧・・であるが故に、他の誰も気付いてはいないようだけど。

私は、雪姫が銀架くんに恋愛感情を抱いていることに気付いていた。

根拠は、ない。

何故気付いたのかと聞かれたら、“親だから”とか“女の勘”としか答えようがない。

しかし、私はそれを確信していた。

……自分に都合の良い・・・・・コトを、信じようとしているだけかもしれないが。


「……正式な処分は、今の所確定はしていません」


私は、そんな考えをおくびにも出さず、淡々と雪姫の問いに答え続ける。


「……しかしまぁ、雷牙くん達の処分は、厳重注意と反省文の提出だけで済まそうと言うのが、鈴木教頭を始めとする多くの教師の意見です」

「な、何故ですっ!?」

「七名家に下手に目を付けられるのを恐れたのでしょう。彼らは何よりも自分の身が可愛い人達ですからね」

「………………」

「──それに、銀架くんが一部は自分に非があると発言したのを聞いて、全ての責任を銀架くんに押し付けようとする過激派もいましたし」

「──そんなっ!? 七名家を敵に回したくないからと言って、一人の生徒に責任を押し付けようなんてっ!?」


私の言葉を聞いた雪姫が、胸元を押さえながらそう言う。

その言葉は、自分勝手な教師を非難する、当然の主張にしか聞こえない。

その態度からも、過度な心配の色は読み取れない。

それでもその瞳からは、本当にごく僅かだが銀架くんへの想いが窺える。

そんな娘の様子を見た私は、小さく息を吐いてから言った。


「──安心しなさい、雪姫。銀架くんは蜥蜴の尻尾切りをされる程、可愛い人間ではありませんよ」

「……え?」

「──実は、銀架くんは雷牙くんに対面した直後から、私に電話を掛けて来てくれたので、二人の会話を私はほぼ全て聞いているんです」

「………………えっ!?」


私の言葉を聞いた雪姫が、少々間の抜けた声を出す。

しかし、それも当然の反応だろう。

まさか銀架くんが、私との繋がりという切札をいきなり切るとは誰も思ってなかっただろうから──、


「な、何で銀架くんが母様の電……じゃ、じゃなくて!」

「………………」


……何か今、雪姫が思い切り襤褸を出したような──いえ、気のせいでしょう。

あの雪姫が、銀架くんが自らの潔白の証拠を残していたコトよりも、銀架くんが私の電話番号を知っているコトの方を気にするなんて有り得ません。

……。

………………。

………………………………。

……多分。


「──と、取り敢えず、今の話の通りなら母さ……理事長が銀架くんの身の潔白を証言する、というコトですか?」

「えぇ、そういうコトです。……まぁ、銀架くんには《真聖紋》がありますから、彼自身の言葉でも十分証言になっていたでしょうが」

「そうですか……」

私の言葉を聞いた雪姫は、今度は隠すことなく安堵の表情を浮かべる。

……雪姫はそれを隠す必要がないと思ったのだろうし、むしろそれを隠した方が不自然に思ったのだろうが、しかし先程のアレの後ではどうしても普通以上の感情が含まれているように思えてしまう。

私は、小さく頭を振っていったんその考えを中断すると、いつも以上に美しい笑みを浮かべる娘に聞いた。


「──それで、用件はそれだけですか?」

「──え、あ、はい。知りたいことは十分分かったので」

「では、すぐに教室に行った方が良いですよ。後五分もすればHRが始まりますから」

「はい。お仕事を邪魔て申し訳ありませんでした」

「それ位は構いません。しかし、時間はよく考えてくださいね。生徒会長が新学期早々から遅刻となどとは、許されませんからね」

「はい、分かりました。では、失礼しました」


私の言葉を聞いた雪姫は、なめらかな動作で一礼した後、心持早足で理事長室を出て行こうとする。

私は、その姿を椅子に座ったまま見送ろうとし──しかし突如ある事を思い付き、その背に声を掛けた。


「あ、教室に行く前に、一つよろしいですか?」

「? 何か大事なお話でしょうか、理事長?」

「いえ、これは個人的な話しなのですが──────私は銀架くんの携帯電話の番号を知っていますが、他人に教えるつもりはないので、知りたいなら自分で聞いて下さいね」

「なっ──!?」


その言葉を聞いた瞬間、雪姫が顔を赤くする。


「な、何のコトですか、理事長?」

「あら? さっき銀架くんが私の電話番号知ってるって聞いて、嫉妬しているようだったので」

「べ、別に嫉妬なんてしてませんっ!  た、ただ少し驚いただけで──」

「雪姫、私にツンデレを見せられても困るだけです。やるなら、銀架くんにやってあげて下さい」

「ツ、ツツツンデレって!?」

「良いですか、雪姫? 出せる手を出し切らないと、銀架くんはオとせませんよ?」

「──────ッッッ!?」


いつもの雪姫なら、この程度の軽口なせ受け流せるかもしれないけど、今回は不意を突かれた為か。まともな返答が出来ていない。

雪姫は、珍しく耳まで真っ赤にして絶句していたが、やがて震える声で、


「……か」

「か?」

「──母様の、意地悪──っ!」


と叫び、理事長室を飛び出して行った。


「……あらら」


それを見た私は一瞬呆けてしまったけど、すぐにクスクスと笑い出して言った。


銀架くんヒトのコトを言えないけど……ヒトをからかうのって、結構楽しい……♪」


 □□□


「ここが、私の教室か……」


幻奏高校本棟二階の片隅にある、『1‐D』とかかれた札が吊られた教室の前に立ちながら、私──黒鏡くろかがみ 那月なつきは小さく呟く。

あの朝の騒動の後、銀架さんのおかげか本当に取り調べも何もなくあの場から解放された私は、なるべく人目の少ない道を選びながら、ゆっくりとここまで来たのだ。

しかし──、


「入りづらい、なぁ……」


一度扉に向かって伸ばした手をゆっくり引っ込めながら、自嘲気味にそう口にする。

現在時刻は、8時46分。

予鈴もすでに鳴り終わっており、後三分少しで本鈴もなりHRが始まる筈なので、本来ならすぐにでも教室に入らないといけないのだろう。

……けど、怖いのだ。

黒鏡の落ち零れである私を見る、周囲の視線が。

蔑まれ、罵られ、存在すらも否定されるのが。


「……はぁ……」


私は小さく溜め息を吐くと、悪足掻きだと自覚しながらもブレザーの胸ポケットからスマートフォンを取り出して、必要以上に丁寧な動作でマナーモードに設定する。

しかし、それも二十秒程で終わってしまったので、リボンを結び直したり、ブレザーの襟やスカートの裾を正したりし、ついにはカバンから櫛を取り出し髪を梳ろうとまでした。

けど、その時。


「おい! そこの女子生徒!」

「は、はいっ!」


後ろから突然声を掛けられたので、私は思わず櫛を手から落としそうになりながら慌てて振り返る。

そこには、やや色の褪せたスーツを着て、分厚いレンズのメガネを掛けた中年の男性教師がいた。

その後ろには、真新しいレディススーツを着た、綺麗というよりは可愛いといった感じの女性教師も立っている。

男性教師は厳しい表情をしたまま、早口で言った。

「おい、君! そこで一体何をしているっ!?」

「あ、あの……身嗜みを整えてました」

「身嗜みぃ……?」


その言葉を聞いた男性教師が、舐めるように視線を上下に動かす。

瞬間、背筋に這い上がってくる恐怖に、私は思わず後退ってしまった。

男性教師は、そんな私の行動が気に入らなかったらしく、途端に眉を顰めて大声で言う。


「っ!? 何だ、その態度はっ!!」

「っあ、ごめんなさ──」

「ごめんなさいじゃないだろうっ! その態度は何だと聞いているんだっ!!」

「ひぅ、あ……っ」

「まともに言葉も喋れないのか、君はっ! これだから、Dクラスの落ち零れはっ!」

「──っっっ!?」


落ち零れ、という言葉を聞いた瞬間、私は体を硬直させた。

それは、その言葉は、ずっと私に張られていたレッテル──解けることのない呪いだったから、幼い頃から刻み込まれた恐怖が、先程以上に私の体を震えさせる。

しかし、男性教師はそんな私をさらに怒鳴りつけようとして──それより先に、ずっと後ろで慌てていた女性教師が声を上げた。


「た、田中先生。も、もうそろそろやめて上げて下さい」

「しかしですね、歌園うたぞの先生」

「彼女だって、少し緊張していただけだと思いますから、これ以上続けなくてもいいと思います」

「ですが……」

「彼女も謝っているコトですから、今回はこれで終わりにしましょう、田中先生。ほら、そろそろHRも始まることですし」

「……はぁ、分かりました」


女性教師が庇ってくれたおかげで、男性教師はもう怒鳴る気をなくしたようだ。


「では、私はCクラスに行きますが……Dクラスの落ち零れ共をあまり甘やかさないで下さい、歌園先生。ただでさえ、あなたのクラスには規格外の・・・・問題児・・・がいるんですから」

「……はい、分かりました。それでは失礼します、田中先生。──ほら、あなたも教室に入って」

「え、あ……はい」


田中と呼ばれた教師が言った、規格外の問題児という言葉が妙に気になったものの、それを質問するより先に女性教師に促された私は、ゆっくりと教室の後ろの扉を開ける。

瞬間、教室の中にいた生徒たちから一斉に目を向けられ、私は思わずそこで立ち竦んでしまった。

……が、すぐに教室前方の扉から、先程のうたぞのと呼ばれていた教師が入ってきて言う。


「はーい、それじゃあ皆さん。もうそろそろHRなので、それぞれの席に座ってください。……あ、席は右の一番前の席から、出席番号順ですよー」


教室内にいた生徒達は、まだ何人かが私の方をジロジロと見ていたが、女性教師の言葉を聞いて自らの席に着き始める。

私も、いつまでも扉の前に立っている訳にはいかないので、自らの席を探すことにした。

教室内にある机は七列で並んでおり、両端が五個ずつ、残りの列が六個ずつの計四十個ある。

私の出席番号は三十七番なので一番左の列の、前から三つ目の席に座る。

と、同時に、HRの開始を告げる本鈴が鳴ったので、教壇に立った女性教師が口を開いた。


「えと……それでは皆さん、ご入学おめでとうございます。今日から皆さんの担任と基礎科目の教師を務める歌園 美羽みはねです。教師一年生で、まだまだ未熟者ですが、これからよろしくお願いします」

『よろしくお願いします』


女性教師──歌園先生の挨拶に、教室中から返事の声が上がる。

それを、何故か感動の表情で聞いていた歌園先生は、しかしすぐに正気に戻って言葉を続ける。


「そ、それでは、早速出席を取って行きたいと思いますが……今日は皆さんの中にも初対面という方は多いと思うので、名前を呼ばれた方は、得意属性と自らの幻霊ファントム、所属したい部活などを自己紹介して下さい。……それでは、出席番号一番、鈴木すずき 拓斗たくとくん」

「──はい! 鈴木 拓斗です。得意属性は火、幻霊ファントムは《赤猿レッドエイプ》のムクウ、部活は魔剣術部に入りたいと思っています。これから一年間、よろしくお願いします!」


突然の振りだったにも拘わらず、ちゃんとしていた鈴木くんの自己紹介に教室内に拍手の音が響く。

何人かの話し声も、多少聞こえている。

それが徐々に鳴り止んで言った後、歌園先生はまた口を開く。


「じゃあ、次は出席番号二番、田中たなか 花子はなこさん」

「──はい。田中です。得意属性は闇で、幻霊ファントムは《騒霊ウィスパー》のガララです。料理研究会に入りたいと思っています」

「それでは、出席番号三番──」


──と、時間を掛けながらも、一人一人が丁寧に自己紹介をしていき、徐々に自分の番が近付いてくる。

そして──、


「出席番号三十六番、佐藤さとう あいさん」

「はい! えっと、佐藤です。得意属性は土で、使い魔は《猫妖精ケット・シー》のリオン、料理研究会に入ってみたいなぁ、って思っています。これからよろしくお願いします」

「はい、では次──出席番号三十七番、黒鏡 那月さん」


──と、私の名前が呼ばれた瞬間。

先程まで小声で話し合っていたクラスメイト達が一斉に静かになって、私に訝しげな視線を向ける。

それを一身に受けた私は、思わず逃げ出したい衝動に駆られるが、何とかそれを押さえ込めて掠れる声で言葉を紡ぐ。


「え、と……く、黒鏡 那月です。その……得意属性は闇属性で、幻霊ファントムは《影竜ドレイク》のアパです。部活には、その、入る気はありません。こ、これからよろしくお願いします……」


もう最後の方は聞こえないんじゃないかと思うくらい小さな声になったものの、気合でそこまで言い切って、クラスメイトの視線から逃れるように椅子に座る。

それでもまだ、多くの生徒が私の方をじっと見詰めていたけど──、


「はい、じゃあ次は出席番号三十八番の西田にしだ 俊輔しゅんすけくん」


──と、すぐに歌園先生が次の生徒の名前を呼んでくれた。


「え゛、あ、はいっ! に、西田ですっ!」


と、不意を突かれた感じで名前を呼ばれた西田くんは、慌てた様子でそう言った為、クラス中から笑いを誘っていたけれど。

そんな中で、歌園先生は私に向けて、小さくウィンクをしてくれていた。

私は思わず、小さな会釈だけでそれを返してしまう。


(あぁ、もうちょっと頭を深くさげてれば良かったかな……?)


私は、心の中でそう軽く後悔をしてしまう。

けど、歌園先生はそんなコトは気にせずに、次の人の名前を呼んでいた。


「はい、じゃあ出席番号三十九番、虚木うつろぎ このはさん」

「は、はい! う、虚木です。得意な属性は土で、つ、使い魔は《木精ドルイド》のオーカです。ぶ

部活は薬学部に入りたいと思っています……」


このは、という名前の小柄な女の子が少しオドオドしながらも言った自己紹介を聞き終えた私は、心の中で小さく安堵の溜め息を吐く。

歌園先生の機転のおかげで、嫌な思いをせずに終わったなぁ、とそう思っていた。

けど……。


「え、えーとそれで……あれ?」

「? どうかしたんですか、歌園先生? 今日の予定表でも無くされたんですか?」

「い、いえ……それはちゃんとファイルに挟んであるんですが……」

「? なら、早く次のコトをすればいいんじゃないんですか?」

「あ、いえ……まだ出席を取り終わっていないんです」

『はい?』


歌園先生のその言葉に、教室中から疑問の声が上がる。

何故なら、朝張り出されていたクラス分けの紙には、出席番号三十九番の人の名前までしか張り出されていなくて──、


「──って、あっ」


そう言えば。

あの紙には、1‐Dには、他のクラスとはただ一点違う、「その他一名」という謎の表記があった。

そして、それを思い出した瞬間。


「僕ならココにいますよー、歌園先生?」


と、虚木さんの後ろ──つまり私のいる列の一番後ろの席から、のんびりとしたそんな声が聞こえてきた。

瞬間、教室中の生徒が驚いたように──そこに人がいることなど誰一人気付いていなかったかのように、慌ててそちらを見る。

そこには、漆黒のコートを身にまとったまま椅子に座り、机に肘を付いて朝と同様の笑みを浮かべる銀架さんがいた。

教室中の誰もが──歌園先生までも銀架さんの存在に一瞬呆気を取られていたが、先生はすぐに正気に戻って、慌てて出席簿を読み上げる。


「え、えっとそれじゃあ──出席番号……番外・・神白かみしろ 銀架くん」

「はいはーい♪」


神白、という名にさらにギョッと目を剥く生徒達を前に、しかし銀架さんは自分のペースを崩さずに無邪気な声で返事をすると、言葉を続けた。


「おはよう、皆。僕の名前は神白 銀架。得意属性は……まぁ、光とか水とかそこらへんで、使い魔は──ヒ・ミ・ツ♪ 部活に入る気はないよー」

「ひ、秘密って……」


あまりにも適当に聞こえるその自己紹介に、クラスメイトの誰かがそんな呻き声を上げる。

けど、銀架さんはそんなことは気にも留めないとばかりに、満面の笑みで言った。


「先に言っておくけど、僕は神白って名前が大っ嫌いだから、僕を呼ぶ時は気軽に銀架くんとでも呼んでね♪ これから一年、よろしくお願いするよー」


と。

その言葉を聞いた私は、先程田中と呼ばれた教師が言っていた「規格外の問題児」が誰を指すのか、何となく理解出来た気がした……。


 □□□


──時間は少し遡って、予鈴がなる前の時間。

視聴覚室や音楽室、家庭科教室などの移動教室が集中した、校舎の第二棟の裏側で、三人の男女が人目を避けるように集まっていた。

その中の一人──一番大柄な、筋肉質な茶髪の少年がゆっくりと口を開いた。


「……聞いたか、さっきの話?」

「……あぁ。雷牙様とあの“劣等種”が、一悶着を起こしたという話だろ?」

「聞いたからここにいるんじゃない」


少年の問いに、残りの二人──先の少年とよく似た、しかし彼よりまだ幼さを残した少年と、やや鳶色がかった髪をした、いかにもギャル風と言った少女が答える。

二人の答えを聞いた少年が、またもゆっくりと口を開く。


「……つまり、あの人・・・が危惧していたコトが、いきなり起こってしまったワケだ」

「あぁ……」

「由々しき事態、ってヤツよね、コレ?」

「……そうだな」


少女の問いに、大柄の方の少年が頷く。

今度は、それを見たもう一人の少年が口を開いた。


「問題は、これからどうするか、というコトだな」

「どうするか、って……どうするのよ?」

「それが分かったら苦労はせん。……が、何かしないといけない、というコトは確かだな」

「だな。こういうコトが起きないように、あの人は俺達にあの“劣等種”が幻奏高校ココに入学するというコトを教えてくれたのだろうしな」

「アレっ? それじゃあ私達ヤバくない? もう問題起こされちゃったし」

「分かってる。だから、何かしないといけないと言っているのだ」

「俺達はどうにかして、この失態をリカバーしないといけない」

「どうにかして、って……どうしよう? やっぱり、裏に呼び出してシめちゃう?」

「……ふむ。えらく古典的だが……それはいいかも知れんな」

「そうだな。所詮ヤツは“劣等種”なのだし、痛みを持って躾ければ──」

「──あら? それはやめておいた方がいいと、私は思うわ」


──と、突然彼らの会話に、何故か楽しげな、少女のモノと思える美しい声が響いてきた。

それに驚いた彼らは、慌ててその声の主を探し……そして、大柄な少年の背後に立つその人物を見つけて、更に目を見開いた。

フリルの多用されたお嬢様が着るようなドレスに身を包み、大人びた、しかし無邪気とも表現できる独特の魅力を持つ笑みを浮かべる、ふわふわの橙色の髪を持つその人物を見つけて。

逸早く正気に戻った、ギャル風の少女が呻くように呟く。


「つ、椿様……」

「あらあらー? どうしたました、剛人ごうとさん、とおるくん、樹乃じゅのちゃん? 三人とも面白い顔をしていますよ?」


コロコロと、口元を押さえて椿と呼ばれた人物が笑う。

それを見た大柄な少年──剛人と呼ばれた少年が、やや呆然とした様子で言う。


「い、いえ、その……いきなり椿様に声を掛けられたから驚いたもので……その、どうしてこちらに?」

「いえ、三人が面白い話をしているから、私も参加させて貰おうと思っただけですよ?」

「そ、そうですか……」


その柔らかな口調に、三人はそっと胸を撫で下ろし……そして、すぐに透と呼ばれた少年が聞いた。


「その、それで……先程の言葉は一体どういう意味なのでしょうか?」

「先程の、って?」

「そ、その……“劣等種”をシめ、もとい、躾けるのをやめておいた方がいい、と言うのは……?」

「あぁ、そのこと? まぁ、それに特に深い意味はないわ。ただ、ちょっと気に入らないと思っただけで」

「き、きき気に入らなかったですかっ!?」

「あ、そんなに怯えなくていいわよ、透くん。別に方向自体は間違ってないと思っているから、私」

「え? あ……と、言いますと?」

「そうね……、裏でコソコソやるのが気に入らないのよ、私」

「え、あっ……」

「いいかしら? 色名しきな持ちである茶原さはら家と鳶沢とびさわ家のアナタ達がもし何かをしでかしたら、それを傘下に持つ橙真とうま家にも少し迷惑が掛かると思いません?」

「「「そ、それは……っ!」」」

「確かに、七名家や色名持ちの家は強い力を持っていますが、この国の力には勝てません。下手に他の家を出し抜こうとして力の均衡を崩そうとしようものなら、その家は国に潰されることになるでしょう。実際、十年程前に色名持ちの家が一つ潰されていますしね」

「「「そ、それは重々承知していますっ!!」」」

「そうですか……。なら、いいんですよ。その上で、アナタ達は何かをするのかしら?」

「ぁぅ、その……」

「そ、それをどうしようか、ま、迷っているトコロでして……」

「そ、その……方向性は間違っていないんですよね?」

「えぇ、裏でやられると私に取ってちょっと都合が悪いだけで、皆さんがやろうとしていること自体には私は賛成ですよ。例えば……来月行われる三学年合同の戦闘学の授業で、模擬試合をするのだったら全く問題はありません」

「な、成る程! その手がありましたかっ! ……あ、いえ、ちょっと待って下さい」

「? どうかしましたか?」

「いえ、その……合同授業でそう都合良く、“劣等種”の模擬試合の相手になれるものかと……」

「あら? その程度なら、簡単な話でしょう? もし、模擬試合の相手に自分が選ばれなくっても、目的の人物の模擬試合の相手となった方に、彼の噂でも話して差し上げて代わってもらえばいいんですよ」

「“劣等種”の、噂……?」

「それは、その、つまり……“劣等種”の悪評を流せ、と?」

「あら? 私はそこまでのことは言ってません。……けど、それは面白そうですね」

「そ、そう、ですか……」

「──ねぇ、皆さん? 私は、皆さんのことを橙真 椿のとても優秀なだと思っているんですけど……それは間違っていますか?」

「「「い、いいえっ! 椿様の言う通りですっ!!」」」

「そうですかぁ……。では、そんな皆さんに一つ、いいことを教えてあげましょう」

「な、何でしょう?」

「──私は、情報戦はとても大切なことだと思っています」

「そ、それは、つまり……」

「この言葉をどう取るかは、アナタ達の自由です」


にっこりと、今まで一番満面の笑みをその人物は浮かべる。

三人は、その笑みに思わず見惚れ……しかし、直後に鳴ったHR五分前を告げる予鈴のおかげで、すぐに正気に戻った。

それを聞いた樹乃と呼ばれた少女が、慌ててその人物に言う。


「あ、あの、そろそろ時間みたいです、椿様」

「えぇ、そのようね。では、私達も教室に……っと、その前に一ついいですか、皆さん?」

「「「何でしょう、椿様?」」」

「分かっているとは思いますが……何かをする時は、あまり人前で話さないように、そして、私にも気付かれないようなレベルで完璧にやって下さいね。もし何か、私に相談があるなら、校舎裏ココでなら聞いてあげます」

「「「はいッ! 承知しましたっ!!」」」

「皆さん、いいお返事ですね。……で、もう行って貰って構いませんよ。私にもイロイロと事情があるので」

「そ、そうですか……では、お先に失礼します、椿様」

「「失礼します、椿様」」


その人物の言葉を聞いた三人は、そそくさとその場を立ち去っていく。

その後ろ姿を見送ったその人物は、小さく呟いた。


「──本当に、情報戦はとても大切なことだね」


と。

そして、その人物もまたゆっくりとその場を立ち去っていく。

内心で、思い通りに事が進んだコトに笑みを浮かべながら……。

「はい、正解です。が、ちょっとボンヤリしていたようですので、気を付けて下さいね」


「確か……“固有形質”の方が反映される筈だったと記憶していますが」


「……? 神白さん? 神白さーん?」


「そ、その、レ、“魔響共鳴レイド・レゾナンス”ってのはその、ア、アレっすよ。“連係魔法コンビネーション・マジック”の進化形っつーか、何つーか──」


「私が衝撃を受けたのは、ソコじゃなんです、先生」


「な、何と言いますか……凄いお姿をされていますね……」


「……“お気に入り”とは、また少し違うのだがな」


「ちょ、チョロ……」




次回、“第二十七話 視線集まるAthletic Field”




「──私の愛しの元婚約者こと、神白 銀架ぎんかくんです♪」



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