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第二十五話 嘘を吐けないJoker Wizard(後編)

魔法・挿絵を募集中です!


「──────《真聖紋しんせいもん》、だと……ッ!?」

「そうだよー、光輝」


呻くように言った光輝くんのその言葉を聞いた銀架様が、呑気な声でそう答える。

それでも……銀架様が嘘を言っていない・・・・・・コトが分かっても、私を含む七名家の人間には《真聖紋ソレ》が未だに・・・銀架様に刻まれていることが信じられなかった。

光輝くんも、焔呪ちゃん達も、黄道先輩も、ただ瞠目して絶句している。

そんな七名家の人間の姿を見た周囲の生徒達が何が起きたのかと困惑する中、彼らに説明をするかのように、唐突に話し出した。


「──闇属性“ダーク系列シリーズの上級の符呪魔法《真聖紋》。これは、刻印型と呼ばれる、魔法陣を直接人体や道具に刻み込むタイプの呪いだけど……まぁ、先輩は知っているよね? だって、七名家の人間なら誰だって、一度はコレを刻まれたコトがある筈なんだから」

『………………え?』

『そ、そんなの、見たことも聞いたこともないぞ!』

「まぁ、それはそうだろうね。《真聖紋》は一応秘術扱いされてるモノだし、何より維持するのがとても困難な呪いだからね」


銀架様の言葉を聞いた何人かの生徒達は、その話が信じられなかったのか、疑問の声を上げる。

けど、銀架様はその声をサラリと返しながら、そのまま話を続けた。


「──《真聖紋》は魔力許容量を・・・・・・増やす・・・呪いなんだけど、副作用みたいな感じで、“言霊封じ”に似た制限が掛かるんだよ」

『“言霊封じ”って──』

「この呪い……嘘を吐いたら簡単に解けちゃうんだよ。それが、どんなに些細で他愛ないモノであっても、ね」

『──────え?』

「あぁ、因みに。《真聖紋》って一度解呪されると二度と掛けることが出来なくなるのに、七名家の人間は最も魔力許容量が増えやすいって理由で、5歳の誕生日にソレを刻むからね。そんな幼い子が《真聖紋》を維持するなんて当然とても困難なコトだから、一週間も維持出来れば良い方で、一ヶ月も持たすのは稀。人によっては刻印した十分後に解呪されてるって話もある位だから、皆が知らないのは当然だよね」

『──────っ!?』


銀架様のその言葉を聞いた周囲の生徒は、そこでようやく銀架様の言いたいことに気付いたのか、一斉に息を呑む。

そう。

今しがた銀架様の言ったことが、私達がもう《真聖紋》を持っていない理由であり──そして、驚愕した理由。

……人間は、得てして嘘を吐く生き物だ。

私の場合、五日で《真聖紋》が維持出来なくなった。

人格者と呼ばれている光輝くんも、一ヶ月は保たなかった。

品行方正な雪姫さんも一年で消えていたらしく、裏ワザを知っていた星羅ちゃんも三年が限界だった。

それなのに。

未だに《真聖紋》を持っている銀架様を見て、光輝くんが呻くように言った。


「……お、お前は。十年間、一度として嘘を吐いたことがないって言うのかっっっ!!?」

「いえーす、ざっつらいと♪」

「「「──────っっっ!?」」」


無邪気な笑顔で、無邪気な声で、軽やかにそう返事をする銀架様に、私達は絶句する。

その言葉が嘘でないことは《真聖紋》自体が証明しているけど、未だにそれが信じられない。

そして、それは周囲の人達も同じだったようだ。


「──う、嘘だっ! どうせ、お得意の幻惑魔法を使ってるだけなンだろうが、劣等種っ!」


案の定と言うべきか、銀架様の言葉に納得しなかったらしい黄道先輩が、噛み付くようにそう声を上げる。

──けれど、流石にそれは違うということは、私でも分かった。

理事長も同じように思ったのか、呆れたような表情で黄道先輩に言う。


「流石にそれは有り得ませんよ、雷牙くん」

「ッ!? 何でそう言い切れるンすか、理事長っ!」

「……私がついさっき《幻影漂白ヴィジョン・ブリーチング》を使ったことを、もう忘れたんですか?」

「あッ……」


溜め息と共に理事長にそう指摘された黄道先輩は、些か間の抜けた声を上げながら顔を赤らめた。

……けど、それでも黄道先輩は、銀架様を睨み付けながら理事長に言う。


「け、けどっ! その《真聖紋》が本物だって証拠は何もないじゃないっすか!?」

「……そうね、雷牙くん。確かに、銀架くんなら《真聖紋》を偽装する位はワケないでしょうね」

「ならッ!」

「でもね、雷牙くん。もし銀架くんの《真聖紋》が偽者なら、九億六千万・・・・・と言う莫大な彼の魔力量の説明が付かないんですよ」

「「「きゅ、九億っっっ!!?」」」


理事長がサラリと告げたその言葉に、しかし私達はこれまで以上に大きな驚愕の声を上げた。

それも仕方がない。

九億六千万という数値は比喩でも何でもなく、まさに桁違い。

成人した七名家でも魔力許容量は三千万しかいかないのに、ソレは実に三十倍以上もある。

……そう言えば、と私は心の中で小さく呟く。

先程、銀架様は魔導の技術で最下級魔法を初級魔法レベルで使っていたけれど、あれは難易度もそうだが消費する魔力の量も相当な筈だ。

一見、魔法陣が単円だけで済む分、発現までの時間が短くなるため普通に初級魔法を使うよれもメリットが大きいように思える。

しかし、必要以上に簡略化すると、その簡略化した部分を技術力のみで再現する過程で、簡略化する前より多くの魔力を消費する。

多分、銀架様の方法だと、普通に初級魔法を使うよりも三倍近く魔力を消費するだろう。

しかし、銀架様は多重展開マルチキャストを用いて何度も発現し、更に四度も上級魔法を使っていたにも拘わらず、顔色一つ変えていないのだ。

それを見ていると、九億六千万という魔力許容量も納得出来る。

………………だけど。


「──────う、嘘だっ! そンなワケねェよっ!!」


黄道先輩が、再びそう叫ぶ。


「お、俺が劣等種なンかに劣るワケねェンだっ! 召喚士でもないヤツに俺が劣るワケがない! 俺は、黄道の人間だからッ!」


その言葉は、最早子供の駄々と大差ない。

そんな黄道先輩を銀架様はニコニコと、それ以外の人が困惑の表情で見ていた。

けど、理事長がふとその表情を怪訝なモノに変える。

それから、隣にいる銀架様にポツリと呟いた。

「……ねぇ、銀架くん」

「何ですか、妃海さん?」

「貴方は、今の雷牙くんを見てどう思いますか?」

「どうって……やっぱり七名家は腐ってるな、って」

「そう、ですか……」


無邪気な笑顔のまま辛辣な言葉を紡ぐ銀架様を見た理事長は、やや歯切れの悪い相槌を打った後、口元に手を当てて何か思案してから、黄道先輩から目を逸らさずに言った。


「──────落ち着きなさい、銀架くん・・・・

「……え?」

「よく考えて見て下さい。いくら気に入らない相手だからと言って、光輝くんが人前で不意打ちなんて真似をすると思いますか? いくら負けず嫌いだからと言って、自尊心の強い雷牙くんがここまで惨めな真似をすると思いますか? いくら憧れていたからと言って、男性恐怖症の那月ちゃんが初対面の貴方を様付けで呼ぶと思いますか?」

「それは……」

「いつもの貴方なら、絶対におかしいと思う筈です」


畳み掛けるような言葉に戸惑いの表情を浮かべる銀架様に、理事長は静かに告げる。


「……ねぇ、銀架くん。貴方、“強制感応フォースド・シンパシー”を起こしているわよ」

「──────っっっ!?」


その言葉を聞いた瞬間。

銀架様の無邪気な笑みポーカー・フェイスが崩れた。

崩した、ではない。


「そ、そんな……っ」

「嘘ではありませんよ。何が原因かは分かりませんが、少なくとも私以外の人は全員干渉・・されているようですし、雷牙くんに至っては人格障害サイコパスすら引き起こしかけています。──もう・・、分かっているのでしょう?」

「………………そう、だね」


理事長の問いに長い間を置いてからそう答え……俯きながらスッと右手を上げる。

その人差し指の先には、翠の魔力光。


「──────っ、劣等種が何をっ!」

「大丈夫よ、光輝くん」


それを見た光輝くんが一瞬アイン・ヴァイスを構えようとするけど、理事長が《クイーン・オブ・アクア》でソレを遮った。

そのことに光輝くんは何か口にしようとしたけど……すぐに口を噤む。

──銀架様が痛みを堪えるかのように、小さく唇を噛んでいることに気付いたから。

銀架様はなめらかに、決して早くはないけれど、迷いも一切の無駄もない洗練された動きで、虚空に指を走らせる。

そして、一分程で美しい真円の上級魔法陣を描き上げると、実体のない筈の魔導線ラインに指を掛けて──、


『……翡翠の風よ、昂ぶる感情ココロを音色に変えて、微睡みいざなう旋律紡げ』


──まるで竪琴ハープの弦を弾くように、掻き鳴らした。




『──風の上級魔法、《旋律心鎮歌メロディウス・メンタルララバイ》』




銀架様がその魔法の名を告げると同時に、翠の魔法陣から澄んだ音色が解き放たれる。

そして──、


「──って、え?」「あれ?」「んぁっ!?」

『──う、ん?』


その音色を聞いた瞬間、今まで知らず知らず・・・・・・の内に・・・昂ぶっていた感情が、まるで嘘だったかのように一気にクールダウンする。


「い、今のは……?」


その感覚に戸惑いを隠せていない光輝くんが、呆然とそう呟く。

その顔が蒼褪めているのは、今になってようやく自分が何をしていたのか理解したせいか。

光輝くんだけじゃない。

黄道先輩も、焔呪ちゃん達も、周囲の生徒達も、そして私も。

スッキリしてるのに、違和感があるというこの感覚を持て余している。

そんな私達の様子を見た理事長が、ゆっくりと口を開いた。


「──さっき銀架くんが使った《旋律心鎮歌メロディウス・メンタルララバイ》は、精神を沈静化させる特殊効果魔法でね。その魔法゛、無意識に昂ぶっていた感情を突然沈静化させたから、皆は違和感を感じているのよ」

「無意識に……って」

「何、で……私達あんな風に……?」


理事長のその言葉を聞いた光輝くんと焔呪ちゃんが、呆然とした表情のままそう口にする。。

その時、銀架さん・・が、ポツリと呟いた。


「………………“強制感応フォースド・シンパシー”のせいだ」

「……え?」

「……どういう、コトだ?」


その呟きを聞いた光輝くんが、低い声でそう聞く。

けど、銀架さんは長い前髪で表情を隠すように俯いたまま、その問いに答えようとはしない。

代わりに、理事長がゆっくりと口を開いた。


「──光輝くん。当然のコトだと思いますが、魔導師の力量を決める三つの要素は知ってますよね?」

「……魔力許容量、魔導の技術力、魔力の質の三つですよね」

「はい。私達は基本的に、ソレらをD~Sの五つのランクに分けて、魔導師の力量を表します。まぁ、椿つばきちゃんの魔力の質のように上限を超えたSSランクなんてモノも存在しますが」

「それは、知っていますが……」

「では、光輝くん。貴方は、その三つの中で銀架くんはどれが一番ランクが高いか知っていますか?」

「それは……魔力許容量、ですよね。九億六千万なんて魔力量なら、最上級のSSSランクでもおかしくない」

「──確かに、銀架くんの魔力許容量はSSSランクです。けど、一番高いランクを持つのはそれではありません」

「………………え?」

「銀架くんは、七属性全ての上級魔法が使えますから、魔導の技術力もSSSランクです」

「で、では、一番上のランクって……?」

「それは──上限突破での・・・・・・測定不能・・・・を表すEXランクを叩き出した、魔力の質です」

「E、X……」

「はい。それが銀架くんの最も異端・・な魔導師たらしめるモノであり、そして先程の現象の原因であります」

「先程の、って……まさか、今さっきの昂奮状態は劣等種コイツが引き起こしたって言うんですか!?」

「えぇ、そうよ」


自らの問いをあっさり肯定された光輝くんは、呆然と銀架さんの方を見る。

しかし、銀架さんは未だに俯いたまま。

やはり、理事長が話しを続ける。


「──光輝くん。魔力の質が、魔力と感情がどれ程比例するかによって決まるってコトは、当然知ってるわよね?」

「……えぇ、まぁ。上質な魔力の持ち主なら、感情を昂ぶらせることで、保持する魔力量も増加させるコトが出来るから、ですよね」

「えぇ、それは正しく──そして、逆もまた然り」

「え?」


理事長の言葉を聞いた光輝くんは、一瞬理解が出なかったのか、そんな声を出す。

けど、すぐに理事長が何を言いたいか理解したのか、ゆっくりと口を開く。


「──それは、感情が昂ぶると魔力が増えるように、魔力が増えると感情が昂ぶる、というコトですか?」

「えぇ、そうよ」

「では、九億六千万という莫大な魔力を持つ上に、魔力の質が規格外のEXランクという銀架は、人より感情を暴走させやすい、と」

「それは……間違ってはいないけど、半分正解と言った所ね」

「半分?」

「えぇ。確かに銀架くんは魔力が多くて質が良すぎるせいで、人より感情を昂ぶらせ易いですが……それだけじゃ・・・・・・済みません・・・・・

「それだけじゃ、って──」

「──銀架くんの感情が昂ぶった時、本人以上に銀架くんから漏れ出た魔力にてられた人の感情が暴走するの」

「「「──────っっっ!!?」」」


その言葉を聞いた瞬間、私達は一斉に息を呑んだ。

そこまで聞いてようやく、理事長の言いたいことが、そしてそれがどれ程信じられないことか理解できたから。


「──この現象は、過去にも例を見ないモノですから、便宜上“強制感応フォースド・シンパシー”と呼んでいます。銀架くん特有の体質だと思って下さい」

「体質、って……」

「銀架くんが、故意で“強制感応フォースド・シンパシー”を起こしたワケでないことを分かって頂きたいのです」


理事長はそこまで言うと、誠意を表すかのようにゆっくりと頭を下げた。

それを見た私達は、一様に驚きの表情を浮かべる。

何故、そこまでして銀架さんを庇おうとするのか。

それが分からなかったからか、光輝くんはまだ何かを言いたそうにしていたが口を噤む。

そのまま十秒、二十秒と静寂に包まれた時が過ぎ、そして三十秒が過ぎようとした時。

今まで俯いていた銀架さんが、ゆっくりと一歩足を進めた。


「「「──────っ」」」


それを見た光輝くん達は、一瞬警戒の色を浮かべる。

しかし、銀架さんはソレらを気にせず歩き続けて、黄道先輩の目の前で立ち止まった。


「な、何かあンのか!?」


先程とは全く違う雰囲気の銀架さんにやや怯みながらも、恫喝するような口調でそう言う。

それは、“強制感応フォースド・シンパシー”が治まったせいか、先程の虚勢とはまるで勢いが違うものだった。

けれども、その言葉を聞いた銀架さんは、固く閉ざしていた口を、ゆっくりと開いた。


「──────んなさい」

「……は?」

「──ごめんなさい、って言ったんです」

「は、はァッ!?」


銀架さんのその言葉を聞いた黄道先輩が、素っ頓狂な声を上げる。

先程までの振る舞いからは想像も付かなかったその言葉に、私や光輝くん達も自分の目を疑っていた。

──いや、光輝くんは自分の目ではなく、銀架さんのその態度を疑っていたけど。

銀架さんは、俯いたまま話を続ける。


「……今回の件がここまで大事になったのには、僕の方にも少なからず非があるようです。そのせいで、黄道先輩の社会的評価を損なうことになったとも思っています。だから、ごめんなさいと言ったんです」

「あ、あァ……」

悲痛な声で紡がれる、誠実な謝罪の言葉。

それを聞いた黄道先輩が、気圧されたように返事をする。

豹変と言っても過言でない銀架さんの態度の変化に、この場にいる誰もが混乱していた。

黄道先輩の返事を機に、再びその場を沈黙が支配する。

それは、気不味さを感じさせる居心地の悪い沈黙。

それに耐えられず、真っ先に何かを言おうとしたのは、黄道先輩だったようだ。


「──────ん、んっ」


謝罪をするためか、弁解をするためか。

黄道先輩は、わざとらしい咳払いをしてから、口を開こうとして──、


「──────なん、て」


──それより先に、銀架さんが言った。


「キャラにそぐわないコトしちゃったなぁ」

「──っ!?」


出端を挫かれた形となった黄道先輩は、睨み付けるように銀架さんの方を見て──鋭く息を呑んだ。

その視線の先には、俯いていた顔を上げて、先程と全く同じ無邪気な笑みを浮かべた銀架さんがいたから。


「お、お前ェ……ッ!?」


黄道先輩が再び殺気を滲ませながらそう口にするが、咄嗟のコトだったためか言葉が続かない。

代わりに、黄道先輩と同様に銀架さんを睨み付けている光輝くんが聞いた。


「今のは、演技だったのか、劣等種……?」

「いやいや、僕としては結構本気のつもりだったんだよ?」


飄々と、下手するとからかいと取られる口調で、銀架さんはそう言う。

それを聞いた光輝くんは、ギリッと音が聞こえる程、強く歯軋りをした。


「あれ? あれれ?」


それを見た銀架さんは、その笑みをより深め、光輝くんの顔を覗き込みながら言う。


「もしかして、軽く同情しかけたからイライラしてるの、光輝?」

「う、煩いっ!!」


その言葉は図星だったのか、光輝くんは大声で怒鳴り、そして続ける。


「やはり、それがお前の本性だったんだなっ!?」

「さぁ、それはどうだろうね?」

「どうもも何も──っ!?」


のらりくらりと質問を躱す銀架さんの姿に、光輝くんは再び声を荒げようとし、しかし寸前で言葉を呑み込む。

今の銀架さんを“悪”と断じる理由も無ければ、“強制感応フォースド・シンパシー”も治まった今、そのような真似にはデメリットしかないことを悟ったからだろう。

それは、ここにいる内の数人……少なくとも七名家の人間は理解していた筈だ。

それなのに……いや、だからこそ、か。

銀架さんは、光輝くんに言った。


「罵倒したいなら、すれば良かったのに」

「な、何だとっ!?」

「何だも何も、気に入らないなら罵れば良いって言ったんだよ」


そう口にする銀架さんは、相変わらずの笑顔のまま。

なのに……その言葉の響きが少し異質な、聞き覚えのあるものに変わる。


「──そう。気に入らなければ罵れば良いし、劣ると思うなら蔑めば良い。ムシャクシャするなら怒鳴れば良いし、何が無くとも憎めば良いよ。どうな理不尽な扱いだって、僕は笑顔で受け入れる」


それは、昨日私の耳元で囁かれたモノと同じ、刃のような冷たさを孕んだ声。


「言ったでしょう、光輝? 人の悪意は、僕の力の糧になる、って」


笑顔のままそう告げる銀架さんの姿に狂気を連想したためか、一般の生徒だけでなく七名家の人間まで気圧されたように後退りする。

そんな私達を見た銀架さんは、しばらくの間ニコニコとしていたけど……突如クルリと踵を返すと、校舎に向かって歩き出した。

それを見た黄道先輩が慌てて言った。


「ちょ、ちょっと待て! どこに行く気だ!?」

「やる事もやったし、教室に行こうかな、って」

「逃げる気か、劣等種!?」

「うん、そーだよ」

「なっ!?」


詰問の声をあっさりと返された先輩は、またも言葉を詰まらせる。

代わりに、今度は理事長が、振り返りもしなかった銀架さんに制止の声を掛ける。


「待って下さい、銀架くん」

「何ですか、妃海さん?」

「流石に生徒会もこの事態を聞き付けているでしょうから、もうすぐで雪姫ゆきひめが来る筈です。なので、その火傷を治して貰ったらどうですか?」


その言葉を聞いた銀架さんは、ゆっくりとその足を止めた。

それを見た理事長は、小さく安堵の溜め息を吐く。

けど、次の瞬間。

銀架さんは、コートの裾を払いながら左手を上げると、いつの間にか・・・・・・展開していた蒼い魔法陣を掲げて詠唱した。


『──水の中級魔法、《氷治癒アイス・ヒール》』

「嘘っ!?」

「──治癒、魔法っ!?」


溢れ出る冷気で両手の火傷を治す銀架さんを見た焔呪ちゃんと我考くんが、驚愕の声を上げる。

しかし、銀架さんはそんなコトは気にもせずに、サラリと言った。


「この程度の火傷で、雪姫さんの手を煩わせる気はありませんよ」

「そ、そう……」

「じゃあ、行きますね」


理事長の返事を聞いた銀架さんは、再び足を進め始める。


「ちょ、ちょっと!」「ま、待てっ!」


それでも、焔呪ちゃんと我考くんがその背にそう呼び掛けた。

けど、銀架さんは今度はその足を止めず、左手で素早く蒼い単円を描く。

そして──、


『──水の最下級魔法、“スノー”』


──その手に、コインサイズの雪の結晶を作り出して、指の上に乗せた。

自然と、その場にいる全員の視線が、その結晶に集まる。

次の瞬間。

キィンッ! という甲高い音と共に、その結晶が親指に大きく弾かれた。

咄嗟に、私達は真上に飛ばされたその結晶を目で追って──小さく息を呑む。

──蒼い魔力光を散らしながら宙を舞うその結晶が、とても綺麗だったから。

徐々にその形を崩して行き、地に着く直前で虚空に溶け消えていく儚さに、誰もが目を奪われ言葉を失っていた。

そして──、


「──────あぁっ!?」

突然、何かに気付いた我考くんが声を上げた。


「アイツが──劣等種がいないッ!!」

『『『えっ!?』』』


その言葉で私達は正気に戻り、慌てて辺りを見渡す。

そこに、ロングコートを纏った黒髪の少年の姿は見当たらなかった。


『ま、まさか……本当に逃げたのか?』

『う、嘘でしょ?』

『やっぱり、劣等種は劣等種ってことか……』


その事実に気付いた瞬間、周囲の生徒はそう愚痴を零し始める。けど、私は何を言う気にもなれなかった。

一度に色んなコトがあったせいで、未だに混乱していた。

頭では理解していたつもりでも、心が納得していなかった。


「……結局、劣等種アイツは何がしたかったのよ?」

ポツリと、焔呪ちゃんがそう呟く。

それを聞いた光輝くんは、しかし無表情で「……さぁな」と返すだけ。

理事長が、そんな二人や黄道先輩に処分は後で決めるという旨の言葉を告げ、教室に行くように促した。

どうやら、理事長はここで一応の終止符を打つらしい。

私がこの騒動の発端だった筈なのに、いつの間に銀架さんが中心にいたせいか、内心でもそう他人事のように思ってしまう。

ただ呆然と、すぐに自分の教室に行き始めた生徒達を診ていた私は、何気なく、誰にとも無く呟いた。




「本当に、無邪気な笑みの時の方が、銀架さんの本心なのかな……?」





(………………最悪に、決まってるでしょ)


『……我は、それが杞憂だとは言わん。むしろ、抱えて当然の不安だと思う』


「な、何で銀架くんが母様の電……じゃ、じゃなくて!」


「あ、教室に行く前に、一つよろしいですか?」


「まともに言葉も喋れないのか、君はっ! これだから、Dクラスの落ち零れはっ!」


(あぁ、もうちょっと頭を深くさげてれば良かったかな……?)


「それは、その、つまり……“劣等種”の悪評を流せ、と?」




次回、“第二十六話 本鈴前のConversation”




「──私は、情報戦はとても大切なことだと思っています」



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