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第二十四話 嘘を吐けないJoker Wizard(前編)

魔法・挿絵を募集中です!



魔導師の力量は、三つの要素によって測定される。

一つは、その魔力許容量。

一つは、その魔導の技術力。

そして最後の一つは、その魔力の質である。

この三つの内、魔力の質という要素について詳しく知っている一般人は少ない。

魔力許容量とは、その名の通りその人の持つことの出来る魔力の許容量のこと。

魔導の技術力とは、その人がどれ程高度な──等級の高い魔法が使えるかによって決まる。

──では、魔力の質とは一体何を示すのか?

それは、魔力と感情・・がどれだけ比例・・するか、だ。

歓喜、憤怒、悲哀、愉楽。

それらのように、純粋に感情を昂ぶらせると、比例するように保持している魔力の量も増加する。

魔力が上質であればある程、その比例定数が大きくなる。

極上の魔力を持つ人なら、殆どからの状態の魔力を一気に満タンにすることも可能だ。

だから、魔力の質は、魔導師の力量を測定する要素になっている。

けど、ここで一つ注意をしないといけない。

感情に比例して魔力が増加するということは、逆もまた然りということに。

僕がまだ七名家にいた頃、成人した七名家でも三千万しかいかない魔力量が、七歳にして五千万に到達していた僕を、周囲の皆は羨んだ。

七名家のメンバーでも生涯に一属性の上級魔法を極めるのが普通なのに、七歳で光と水の上級魔法を覚え、残りの五属性の中級魔法も習得していた僕を、周囲の皆は褒め称えた。

……だけど、そんなことよりも。

余りにも上質過ぎる僕の魔力を、僕は一番恐れている。


 □□□


「──中々、遅かったですね?」

「……貴方は、それよりも先に言うことがあるでしょうに」


コートのポケットに手を突っ込んだまま楽しげに声を掛けた銀架ぎんか様に、呆れたようにそう返したのは、グレーのスーツに身を包み、深海のような蒼い髪を一つに纏めて肩から流し、その右手に紺碧の錫杖──《クイーン・オブ・アクア》を握った、妙齢の美女。

ここ、幻奏高校の理事長──蒼刃あおば 妃海ひみさんだ。

突如この場に現れたその人に、私も含めた周囲の生徒や光輝こうきくん達、黄道こうどう先輩までもが呆然とする中、銀架様は先程と同じペースで理事長に言う。


「先に言うこと……今日も綺麗ですね、とか?」

「そうではなくてですね」

「妃海さん、さっき最上級魔法を使ったばかりだからかもだけど、汗も掻いてて肌も上気してて……色っぽいですよ♪」

「とことん無邪気な笑顔で言われても困るんですけどっ!?」


……。

………………。

………………………………。

……え?


「そうですよね、妃海さん。未亡人にこんなことを言うなんて、流石に不謹慎で……」

「そうですよね。貴方なら分かってくれると──」

「……楽しくて仕方ありません♪」

「──思ってませんでしたよ。……えぇ、本当に」

「トキメキました?」

「はい、と答えたらどうする心算ですか、貴方は」

「……素直に謝る」

「そこはかとなく腹が立つんですけどっ!?」


………………えーっと?

……もしかして、銀架様と理事長って、結構親密な関係なのかな?

目の前に広がる少し信じ難い光景に、私達は先程と違う理由で呆然とする。

しかし銀架様は、何事も無いように理事長と会話を続ける。


「……まぁ、冗談はここまでとして。確かに色々と言うべきことというか、言いたいことはありますけどぉ……」

「──ぅクッ!?」

「多分お互い様なんで、それは無しにしときましょうよ」

「え、えぇ、そうね……(この子は、抜け抜けと……っ!)」


銀架様の言葉を聞いた理事長は、とてもポーカーフェイスとは呼べない──心の声がよく分かる──笑顔で銀架様の声に応えると、懐から手の平に納まるサイズの白い箱を取り出しながら続けた。


「──では、まずはこれをお返しします」

「ん? ……あぁ、三割くらい冗談だったのに、本当に届いていたんですか」

「三割くらい冗談って……残りの七割は本気だったんですか?」

「まぁ、否定はしませんね」

「………………貴方は、一体ドコまで計算しているというのですか?」


銀架様が笑って返事をしているのを見て、理事長が何故か冷や汗を流す。

それを見た私は、小さく首を傾げる。

だけど次の瞬間、理事長が持っていた小箱の蓋を開けたのを見て、私や光輝くん達を含めた周囲の生徒達は一斉に息を呑んだ。

──正確には、そこに入っていた小さな白銀の十字架を見て。

五百円玉サイズのソレは、直交した二つの辺の一辺が長い所謂ラテン形のモノで、二辺の交点となる場所に鋼玉サファイアに似た空色の石が嵌められていて、目を凝らすと忍冬文にんどうもんに似た紋様が刻み込まれているのも分かる。

その美しさは、至高の域に達していると言っていいだろう。

けど、私達が息を呑んだのは、その十字架の芸術性に惹かれたから……ではない。


『もう少しで十字架が届きそう』


銀架様がさっき言っていたその言葉を、思い出してしまったからだ。


「本当に、あの言葉を言った直後にそれが届きましたからね……。久々に腰が抜けそうになりましたよ」

「またまたぁ。大袈裟ですよ、妃海さん?」

「いえ……どこかでいつわちゃんと繋がっているのかと、本気で疑いましたからね」

「僕と“カンナギ”ちゃんがですか? それはまさかってものでしょう? 彼女は滅多に翠裂みどりざき家を出ないから接点なんて持てないですし、聞く話だと彼女は僕のことをとても嫌ってるらしいじゃないですか」

「……えぇ。ですから、彼女に貴方から預かったコレの鑑定を頼むのには、少々苦労しましたしね」

「僕の名前を出したの?」

「いえ、そんなことはしていませんよ? 鑑定を拒否されても困りますしね。ただ、彼女がコレの入手経路に興味を持ったらしく、しつこく聞いてきたものですから、煙に巻くのに疲れました」

「それは大変でしたね、妃海さん」

「全くですよ、本当に……」


理事長は、すぐに気を取り直したように銀架様と世間話を始めるが、私達は未だに状況が理解しきれずに呆然としている。

ただ、それでも理事長が、あの十字架を届ける為にこの場に来た、ということだけは理解出来た。

理事長は、小さく溜め息を付いた後、気を取り直したようにに居住まいを正して言った。


「──まぁ、何はともあれ、無事にこの“サペレーション・クロス”の鑑定は終了しましたので、返却をさせて頂きます」

「んー、えっと、それなんだけどさ」

「? どうかしましたか?」

「いやぁ、さっき《雷手サンダー・ハンド》を素手で触って火傷しちゃったから、妃海さんが付けてくれません?」


と、銀架様はそう言いながら、コートのポケットから皮膚が破れて血の滲んだ両手を抜き出し、それをヒラヒラと振ってみせる。

それを見た理事長は、一瞬顔を顰めたものの、すぐに首を振って表情を元に戻して言った。


「……分かりましたから、少しこちらに顔を近付けてくれませんか?」

「うん、付けて付けてー♪」


銀架様のその無邪気な声を聞いた理事長は、小さく溜め息を吐きながら、丁寧に十字架を取り出す。

先程は箱の中に入っていたから見えなかったのか、取り出された十字架の一番長い辺から白銀の細く短い鎖が伸び、小さなクリップのようなモノに繋がっていた。

理事長は、銀架様の左耳に手を伸ばすと、その耳朶を十字架に繋がっていたクリップで挟み、逆十字になるようにぶら下げる。


「──出来ましたよ、銀架くん」

「ありがとう、妃海さん。これで、建前上の・・・・用事は終わりましたね♪」

「……あの、建前上の、とか言わないで貰えますか? 一応、結構重要なので」

「妃海さんも一応とか言ってるのに?」

「言葉の綾です……」


銀架様と会話をした理事長は、頭痛を抑えるように手の甲を額に当てながらそう呟き……ちらりと、黄道先輩を一瞥した。

瞬間。


「──────ひっ!?」

『──────っ!』


その絶対零度の視線に射抜かれた黄道先輩は小さく悲鳴を上げ、尻餅をついたままじりじりと後退する。

その威圧感は、周囲にいた私達さえも思わず息を呑んでしまう程。

この中で平然と涼しげに笑っていられるのは、銀架様くらいだろう。

理事長は、一度目を閉じて小さく息を吐いた後、再び黄道先輩を見据えて言った。


「──では、私の方がやるべき用事は済んだので、ついでに・・・・聞いておきたいのですが……雷牙らいがくん、貴方は一体何をしているのですか?」

「そ、それは、理事長、その……」

「その、何ですか、雷牙くん?」

「ぅ、あ……」


黄道先輩は、理事長のその剣幕に呑まれて、先程の私のように呻き声を上げることしか出来ない。

理事長は、そんな黄道先輩を追い詰めるかのように言葉を紡ぐ。


「私の目が間違っていなかったら、貴方は先程、幻霊ファントムと契約していない銀架くんに対して、ゼベリオンをけしかけていましたね? 私は、ソレについての説明を求めているのですが?」

「あ、あれはそのっ! ……お、オレは風紀委員として当然のことをしたまでですっ!」

「……当然のコト、とは?」

「ア、アイツが騒動を起こしていたから、ソレを鎮圧する為に──」

「──ソレは、本当のコトなのですか?」


──スゥッ、と。

理事長は目を細めながら、静かな声で黄道先輩の言葉を遮りながら、そう問い掛ける。

ただ、それだけで。

再び、銀架様を除く生徒達が、一斉にその雰囲気に呑み込まれる。

理事長のその鳶色の瞳に射抜かれた黄道先輩は、今にも腰を抜かしそうになりながらも、何とか震える声で言葉を紡ぐ。


「お、俺の言葉を、疑うンですか、理事長……?」

「疑うも何も、私はここで起きたことを確認しようとしているだけよ、雷牙くん」

「な、なら……七名家で風紀委員である、俺の言葉を信じれば……」

「残念ながら、そういうワケにはいかないのよ、雷牙くん。……銀架くん、ここで何が起こったのか、私に話してくれるかしら」

「えぇ、勿論いいですよ、妃海さん」


理事長にそう問われた銀架様は、ニコニコとした笑顔のまま言った。


「えっとー、僕はー、那月ちゃんが光輝や焔呪えんじゅちゃん達に絡まれていたからー、声を掛けたらー、いきなりソコの三人に襲われたんですよー」

「「「んなっ!?」」」


銀架様にソコと言われながら指差された三人──光輝くんと焔呪ちゃん、我考われたかくんが呻き声を上げる。

やけに間延びした、わざとそうしている確信させるその口調は、周囲の人間を煽るモノだったのか。

絶句した三人の代わりに、周囲の生徒から殺気が立ち上る。

それでも、銀架様はそれらを一切気にした風もなく、笑顔のまま続けた。


「それでー、その後ー、何とか光輝達の動きを封じたのでー、何とか説得しようと思ったんですけどー、そこにいきなり黄道先輩が現れてー、問答無用で攻撃されましたー」

「──ンだと、劣等種っ!?」

「──正当防衛だって主張したのにー、全然話しを聞いてくれなかったしー、むしろ僕が悪いとばかりにー、攻撃を強くされましたー」

「──────ッッッ!?」


途中で黄道先輩に口を挟まれたのに、銀架様はそれに気付いてもいないように話し続ける。

そんな様子を見た黄道先輩が、激高して声を荒げようとした。

が、再び理事長に射竦められて息を呑む。

理事長は、そんな黄道先輩を見て溜め息を吐くと、小さな声で呟いた。


「──────成る程。話は分かりました」

「──理事長っ!? 劣等種そんなヤツの話を信じるンすかっ!?」

「疑う必要がありませんからね」

「理事長っ! ソイツは、その劣等種は、幻惑魔法なんて言う卑怯なワザを使う嘘吐き・・・なンすよっ!?」


理事長の威圧プレッシャーが弱まったからか、その呟きを聞いた黄道先輩が、悪足掻きのようにそう叫ぶ。

しかし、それを聞いた理事長は、呆れたような表情で黄道先輩に言った。


「──それは、少し違いますよ、雷牙くん」

「違うって、どういうコトっすか!?」

「……確かに、銀架くんは息をするように容易く人を騙しますが──」

「──妃海さん、扱いが酷くない?」

「──事実ですから、口を挟まないで下さい。──それで、銀架くんは息をするよりも容易く人を騙しますが……絶対に嘘は吐けません・・・・・

「……なんで地味に悪化してるのー?」

「ちょっと待って下さい、理事長っ! それは一体どういうコトっすか!?」


理事長の言葉の些細な変化に気付いた銀架様が小さく呟くが、それを無視して黄道先輩が叫ぶ。

周囲の生徒も先輩と同じ疑問を持っているのか、理事長の次の言葉を声を殺して待っている。

しかし……そんな視線を受けた理事長は、もう一度溜め息を吐いた後、疑問に答える代わりに《クイーン・オブ・アクア》から蒼い魔法陣を展開し……詠唱した。


『──蒼茫の水よ、我を惑わす幻影カゲを消し去り、正しき道を示し給え』

「……え? これって──」

『──水の上級魔法、《幻影漂白ヴィジョン・ブリーチング》』


その言葉と共に、展開された魔法陣から蒼白の光が溢れ出す。

それは、先程黄道先輩が使った《幻影分解ヴィジョン・デコンポジション》と同じ、幻惑魔法を無効化する魔法。

その光は一瞬だけ銀架様の全身を包み……しかし、何の変化も起こさないまま虚空に溶けて消えて行った。

それを見た理事長は、周囲の生徒がその行動に困惑する中、独り言のように小さく呟く。


「……先程、《影幻影シェイド・ミラージュ》を使っていたので一応確認したのですが、やはり貴方は本物でしたか」

「妃海さんが来た以上、アレを使う必要はありませんからね」

「……しかし、幻惑魔法を使ったなら、貴方も嘘が吐けますからね」

「正確には、幻惑魔法を使ったら、じゃなくて、幻惑魔法で《ヴォイス・・・・コントロール・・・・・・を隠したら・・・・・、だけど」

「……《ヴォイス・コントロール》?」


その言葉を聞いた私は、小さく首を傾げる。

《ヴォイス・コントロール》は、風属性“サウンド系列シリーズに分類される初級の特殊効果魔法だ。

その効果は、その名の通り、自分の声を操作するというモノである。

それは分かるんだけど……私は、ソレを幻惑魔法で隠すと言った意味がよく分からなかった。

《ヴォイス・コントロール》は、声──つまり、音を出す魔法だ。

対して、《影幻影シェイド・ミラージュ》を始めとする大抵の幻惑魔法は、人の目を欺く──つまり、視覚に干渉する魔法なのである。

そもそも発現されるモノが全く違うのだ。

幻惑魔法で《ヴォイス・コントロール》を隠そうとしても、精々魔法陣を隠すだけのハ、ズ……。


「……あれ? そう言えば──」


と、そこまで考えた所で、私はあることを思い出した。

それは、私がまだ五歳位の頃、その時はまだ・・仲の良かった従姉の星羅せいらちゃんに教えて貰った裏ワザ。


「あれって、確か……」


闇属性の特殊効果魔法──“呪い”の一種に、“言霊封じ”と呼ばれるモノが存在する。

これは、その名の通り、特定の単語やそれに類する言葉に縛りを付け、それらの言葉を使えなくしたりするモノだ。

この“呪い”は、相手の詠唱を阻害に役立ち、また、解呪されにくいという特性を持っている。

そのため、この“呪い”を受けた魔導師・召喚士は一時的に、技術力が下がった扱いになるのだけれど……星羅ちゃんはソレの克服方法を知っていた。

それが、《ヴォイス・・・・コントロール・・・・・・》を利用した制限の・・・擦り抜け・・・・

《ヴォイス・コントロール》は先程言った通り声を操る魔法で、主に声を掛けたり声量を上げるのに使用されるのだけど、それ以外にも魔法陣から直接自分の声を発するコトが出来る。

ココが重要だ。

実は、この方法で声を発した場合、その言葉には呪いによる縛りが掛からないのである。

だから、“言霊封じ”を賭けられた人でも、《ヴォイス・コントロール》を使えば、詠唱を行えるようになる。

──言えないコトを、言えるようになる。


「……もし、かして」


先程、理事長は、銀架様は嘘を“吐かない”、ではなく、嘘を“吐けない”と言っていた。

つまり、それは。

銀架様が、“嘘”に関する“言霊封じ”に掛かっているというコト。

理事長の口調から、その考えは間違っていないとは思う。

けれど。

そこまで考えが及んだ瞬間、私は思わず呟いた。


「──────そんな、まさか」

「──オイ、落ち零れ! さっきから、何ブツブツ喋ってンだよ!?」


自分では小さな声のつもりだったのに、その呟きを聞き取った黄道先輩が恫喝するようにそう聞いてくる。

もしかしたらそれは、自分に不利な上気宇だと悟った先輩が、何とか雰囲気を変えようと我武者羅に叫んだだけだったのかもしれない。

しかし、周囲の生徒は黄道先輩のその言葉を聞き、何故か私に批難の目を向けてきた。

まるで、全部お前が悪いと言わんばかりの数十の視線に、私は思わず小さく悲鳴を上げて後ずさってしまう。

それを見た黄道先輩は、良いストレスの捌け口を見付けたとばかりに獰猛な笑みを浮かべ、そのまま八つ当たりを行おうと口を開け──、


「──那月ちゃんって、頭良いよね」


──その口から罵詈雑言が出るよりも先に、そんな言葉が私の耳に届いた。


「──え?」

「だから、那月ちゃんは頭良いよね、って」


思わず呆然とそう呟くと、理事長の隣でニコニコと笑いながら再び銀架様がそう言う。

けれど、まだ理解が追い付かない。


──銀架様が、褒めてくれた?

──落ち零れの、この私を?


その事実が時間の経過と共に体に沁み込むにつれ、徐々に体の奥底から歓喜が湧き上がってくる。

しかし、そんな様子が気に入らなかったのか、黄道先輩が再び銀架様に噛み付くように言った。


「何、フザけたコト言ってンだよ、劣等種っ! そこの劣等種風情が頭が良いなンて──」

「──少なくとも、先輩よりは頭が良いと思うけど」

「──────っっっ!?」

「だって、あの会話の内容を理解してるんだから。──でしょう、那月ちゃん?」

「え? あ、はい!」


いきなり話を振られた私は、上擦った声でそう答える。

黄道先輩は、そんな私をギロリと睨んで来たが、銀架様はそんなのを気にしないでと言うように涼やかに笑い掛けて来てくれた。

思わずその笑みに見惚れてしまった私だけど、すぐに銀架様の隣で似たような笑みを浮かべた理事長が、しかし目で続きを促していることに気付き、少し迷ってから怖ず怖ずと口を開いた。


「え、えと……あの。理事長はつまり、銀架様に“言霊封じ”が掛けられてるって、仰りたいんですよね……?」

「えぇ、そうですよ、那月ちゃん」


私の言葉を聞いた理事長が、大正解ですと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。

けれど、それでも黄道先輩は理事長に食って掛かった。


「ちっと待ってください、理事長っ! “言霊封じ”は確か、特定の単語に掛ける呪いだから、“嘘”という漠然としたモノを封じることは出来ないハズっすよね!?」

「……えぇ、確かにそうですね」


そう。

黄道先輩が言ったように、当然のコトながら一つの単語を使えなくしただけでは、嘘が吐けなくなるコトはない。

また、“言霊封じ”は一人の人間には一つしか掛けられないという特性もあるため、“言霊封じ”で嘘を封じるのは、実質的に不可能なコトだ。

ただし──、


「──普通の・・・“言霊封じ”なら、ね」


と、理事長がまるで私の声を聞いていたかのようなタイミングで、そう言葉にする。

それを聞いた黄道先輩が、その表情にいくらかの困惑を混ぜながら言う。


「普通のって、まるで例外があるみたいな──」

「あるのよ、例外が」

しかし、理事長は黄道先輩の言葉を遮るようにそう言い……そして、申し訳なさそうに続けた。


「──さっき、私は銀架くんが嘘を吐けないって言ったけど、アレはちょっとした言葉の綾。正確には、嘘を吐いてもスグに分かる……いえ、嘘を吐いていない・・・・・・コトが分かる、ですね」

「嘘を吐いていない、コトが?」

「えぇ、貴方達も知っている筈ですよ? 七名家の人間なら一度は刻印・・されたコトがある筈ですから」

「──────っ!? まさかっ!?」


その言葉を聞いた瞬間、光輝くんや焔呪ちゃん達、そして流石の黄道先輩も言いたいコトが分かったようだ。

それに気付いた銀架様は、一瞬だけその笑みを深めると、呆然とする黄道先輩の方を向いてベロリと舌を出す。

それは、挑発のために行ったコトではない。

その目的は、舌苔のない鮮やかな紅色のソレの中腹に浮かぶ、魔法陣と違って三角形に纏められた漆黒の紋章を見せるため。

それを見た光輝くんが、掠れた声を絞り出すように言った。




「──────《真聖紋しんせいもん》、だと……っ!?」





「――う、嘘だっ! どうせ、お得意の幻惑魔法を使ってるだけなんだろうが、劣等種っ!」


「流石に、それは有り得ませんよ、雷牙くん」


「「「きゅ、九億っっっ!!!??」」」


「――――――落ち着きなさい、銀架・・くん」


「E、X……」


「《ヴォイス・コントロール》……?」


「──ごめんなさい、って言ったんです」


「やはり、それがお前の本性だったんだなっ!?」


「やる事もやったし、教室に行こうかなって」


「アイツが――劣等種がいないッ!!」




次回、“第二十五話 嘘を吐けないJoker Wizard(後編)”




『……翡翠の風よ、昂ぶる感情ココロを音色に変えて、微睡みいざなう旋律紡げ』



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