第二十三話 雷鳴呑み込むTidal Wave
魔法・挿絵を募集中です!
※kigiさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。
※ast-liarさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。
「──────チェックメイトだ、劣等種」
銀架様の額に《ボルト・インパルス》を突き付けた黄道先輩が、嫌らしい笑みを浮かべながらそう告げる。
その言葉を聞いた銀架様は、痛む脇腹を擦りながらも、無邪気な笑みを浮かべながら言った。
「……恰好付けても、似合ってないよ」
「ハン! 吠えるな、負け犬!」
もう何度目かになる銀架様の挑発に、しかし黄道先輩は今度は煽られない。
それは、震える銀架様の口の端を見て、その言葉を負け惜しみと受け取ったからか。
その真偽は分からないが、この状況が銀架様の絶対絶命のピンチだというコトは変わらない。
「ぅ、あ………………」
それを目にした私は、周囲の生徒が黄道先輩を尊敬の眼差しを向ける中、一人だけ口元を押さえて声を堪えていた。
「そん、な……」
私に取って、銀架様は絵本に出てくる白馬の王子様のような人物だった。
その話を始めて聞いたのは、まだ私が三歳だった時。
幼い時の話なので朧にしか覚えていないけど、銀架様の話を聞いて凄いと思ったことは確かに覚えている。
圧倒的な魔力量と技術を持っており、その幻術は神白家当主の目さえ欺く程。
稀代の天才と称されるその力は、どの七名家も認めていて、六歳の時には既に八人もの婚約者がいた程。
落ち零れである私に親しくしてくれた蒼刃家の息女──雪姫さんから、“極光”の名前を聞くたびに、ずっと会いたいと思っていた。
会話したことも、顔を合わせたことも無いのに、彼が神白家を追い出されたと聞いた時は、一人で啜り泣いていた。
それ程、憧れていた人物だった。
その人が今、黄道先輩に追い込まれて、七名家の理不尽な権力の前に跪いている。
「……う、嘘、だよね? こん、なの……」
思わず漏れ出たその呟きに答えてくれる人は、どこにもいない。
けれども、自分の眼に映されるその光景が、自分の心にそれが真実だと告げてくる。
私達は弱者であり、七名家のような強者には勝てないという事実を。
ショックのあまり、体中から力が抜けて、その場にへたり込みそうになる。
そんな時、黄道先輩が再び銀架様に声を掛けた。
「──さて、断罪の時間だぜ、劣等種」
「……だから、似合わないって言ってるでしょ」
「イイ加減負け惜しみは止せよ、劣等種。いくら足掻いた所で、お前が負けたと言う事実は変わらねェ」
「……負けた? 僕が? ……前提条件を間違ってるんじゃないの?」
「……あン? どういう意味だよ、劣等種」
「どういう意味も何も、そもそも先輩にこんなコトをする権限なんて無いんでしょう? こんな明らかな越権行為なんてしたら、先輩もタダじゃおかないでしょうに」
「ハッ、それこそ前提条件が間違ってンだよ、劣等種。何せ俺は、越権行為なんてやってねェからな」
「……“幻霊装機”も使っていない、か弱い新入生を痛めつけておいて、よく言えるよね」
「オイオイ、それだと俺が悪者みたいに聞こえるじゃねェか。俺はタダ、騒動を起こしたバカな生徒を鎮圧してるだけだ。だろう?」
『ハイ』
黄道先輩が大声で行った問い掛けに、周囲の生徒達は躊躇無くそう返事をする。
彼らは、自分の目で見る光景よりも、七名家の人間の言葉を真実と取った。
そんな彼らの盲信に、私は恐怖を覚える。
(──この人達が七名家を盲信し続ける限り、私も銀架様も助かることなんて……)
私が、心の中でそう呟いた時、黄道先輩が銀架様に言った。
「……さてっと、何時までもくっちゃべるワケにもいかねェし、そろそろ諦めろよ、劣等種」
「──────っ!?」
「安心しろよ。入院は、長くても一ヶ月程度だろうからなァ!」
その言葉と同時、黄道先輩は《ボルト・インパルス》から黄色い魔法陣を展開する。
それを見た銀架様は、その中性的な顔立ちに恐怖の表情を浮かべ──、
「────────────なんちゃって♪」
──その次の瞬間、銀架様がその表情を一転させ、獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべると同時。
後方から突如飛来した石が、黄道先輩の右手を激しく打った。
「──────なっ!?」
あまりに突然のことだったので、黄道先輩は右手から《ボルト・インパクト》を落としてしまう。
“幻霊装機”を手放したことにより、魔法陣も霧散した。
それは、あまりにも致命的な隙。
それを自覚している黄道先輩は、形振り構わずに地面を転がり、急いで《ボルト・インパルス》を拾い上げる。
しかし──、
「──フフ、慌て過ぎですよ、先輩?」
──銀架様は、左脇を庇うように立ち上がっただけで特に何もせず、地面を転がる黄道先輩を見下ろしていた。
その顔に浮かぶのは、先程とはまるで違う、どこまでも無邪気で余裕のある笑み。
それは、黄道先輩に再び魔法陣を展開した《ボルト・インパルス》を突き付けられても、全く揺らぐことはない。
それを見た黄道先輩は、先程と表情を一転させ、焦燥を浮かべながら銀架様に向けて怒鳴った。
「お、お前っ! 何、笑ってやがるっ!?」
「何って、先輩が慌て過ぎなのがちょっとおかしくて」
「んなっ!? 何、調子に乗ってンだよ、劣等種っ! 距離が離れてない以上、俺が弾丸外すことはねェぞ!!」
そう。
黄道先輩が言った通り、銀架様と先輩の距離は、先程までと殆ど変わっていない。
未だに詰んでいることには変わりは無い。
それなのに、銀架様は余裕の態度を崩さずに言う。
「確かに。ここまで近距離だと《鉱》も間に合わないし、例え《旋風勢力圏》の中にいても、雷を逸らすことは出来ないかも」
「ならっ!!」
「──でも、先輩?」
自らの不利を認める言葉を聞いた黄道先輩は、再び怒鳴りつけようとするが、銀架様はそれを遮って聞いた。
「………………本当に、僕に当てられると思ってます?」
「……どういう……意味だよ?」
「どういう意味も何も……先輩も分かってるんじゃないの?」
「い、一体何を言ってンだよ、劣等種!」
「何って……僕がこうも余裕綽々な理由?」
「ッ!?」
「僕が余裕綽々な理由は二つあって、一つは“もう少しで十字架が届きそう”って、皆に言っても多分分かって貰えない理由だけど、もう一つは流石に気付いているでしょう? ……僕が、“極光”の魔導師だってことを」
その言葉を聞いた黄道先輩は、表情を引き攣らせながら言った。
「お、お前はっ! 今、俺の目の前にいるお前が、幻惑だとでも言うのかっ!?」
「さぁ、それはどうだろう? 今ココにいる僕は本物かも知れないし、だけどやっぱり偽者かも知れない」
「な、何だよ、その言い方は!? 一体どっちだって言うンだよっ!」
「一体どっちが正しいか? その先輩の問いに対する答えを、僕は勿論持っている。けど、ソレを素直に教えるワケないでしょ?」
「──くっ!」
「答えは、自分で出さないと、先輩? ……まぁ、出来たらの話だけど」
「ンだとっ!? 俺だとお前の幻惑ぐらい、簡単に見破って──」
「ううん、無理だね。僕の幻惑は、神白本家の長女である白亜さんだって、その存在には気付けない。ヒントを上げて、ようやくもしかしてと思う程度なんだから」
「何、だと……っ!?」
「嘘なんかじゃないよ? もう、先輩にも分かっているんでしょ?」
銀架様は、よりニッコリと、その笑みを深めて言った。
「──────先輩には、僕の幻惑を破る所か、見抜くことさえ出来ないことを」
その言葉が、引き金となった。
「────────────ザケンなよ、無能が」
その小さな呟きのその直後──、
「お前の幻惑ぐらい、何てことねェよっ!!!」
黄道先輩は、《ボルト・インパルス》から黄色い魔法陣を展開して、詠唱ぶ。
『──黄玉の雷よ、我を惑わす幻影を消し去り、正しき道を示し給え!』
黄道先輩が発現しようとしているソレは、幻惑を消し去る為の特殊効果魔法。
『──雷の上級魔法、《幻影分解》っ!』
その言葉と共に、黄色い魔法陣から《雷弾》によく似た、黄金色の弾丸が放たれる。
けど、それと同時。
「──っ!? ダメだ、先輩っ!」
何かに気付いた光輝くんが、黄道先輩に向かって叫んだ。
「ソイツは本物っ! ──コートの上に、魔法陣を描いているっ!!」
『なっ!?』
その言葉を聞いた私達は、一斉に銀架様のコートに目を向ける。
そこには、黒い地の上に漆黒の魔導線で描かれていたために気付かなかったが、“マジン隠し”の左脇に、漆黒の魔法陣が展開されていた。
「……もし、かして」
それを見た私は、気付く。
今までずっと脇腹を擦っていたのは、痛みを和らげるためではなく、あの魔法陣を描くため。
一見負け惜しみに聞こえていた言葉も全て、それを悟らせないための時間稼ぎ。
途中で飛んで来た石も、《旋風勢力圏》で流動を操って投げたモノで、《ボルト・インパルス》を取り落とすだけが目的ではなく、黄道先輩の注意を逸らす為のモノでもあるのだろう。
上手く行けば、攻撃してきた方が本物で、目の前にいるのが偽者だと思わせることが出来るだろう。
そして、一転した最後の挑発も、黄道先輩の恐怖心とコンプレックスを利用して、攻撃力皆無の特殊効果魔法を使わせる為の一手。
……銀架様は、この一瞬の隙を作る為に、自ら引き金を引いたのだ。
銀架様は、自ら《幻影分解》に突っ込みながら、魔法陣に手を当て詠唱する。
『──漆黒の闇よ、悪魔の姿を象りて、我が手足となり世界を描け……』
「──え?」
その詠唱を聞いた私は、思わず呆然とした声を出してしまう。
それは、その詠唱がとてつもなく強力な魔法の詠唱だったから、ではない。
事実は、その全くの逆。
私は、私がその闇属性魔法を全く知らないから驚いたのだ。
闇属性を司る黒鏡家の、本家の長女である私が、である。
それが意味するのは、今から銀架様が使うのは、公式では一切使われたことのない未知の魔法というコト。
銀架様が、その魔法の名を言う。
『──闇の上級魔法、《悪魔の謝肉祭》!』
その言葉と同時に、漆黒の魔法陣から同色の直径一メートル程の球体が現れ、そこから更に小さな野球ボール大の球体が二十個程生み出された。
その小さな球体は、誕生した直後は宙にフワフワと浮いていたが、すぐに蝙蝠のような羽と鋭い尻尾を生やして、勢い良く黄道先輩に襲い掛かった。
「ぅ、アァっ!?」
魔法を発動した直後で隙だらけだった黄道先輩は、成す術も無くその悪魔を象った球体を、胸に六個、腹に七個、両肩に二個、両手両足に三個喰らって、大きく体をよろめかせる。
が、しかし──、
「──全ッ然効いてねェンだよ、劣等種っ!!」
──黄道先輩は、倒れないように何とか踏み止まりながら、銀架様に向かってそう叫ぶ。
どうやら、あの《悪魔の謝肉祭》と言う魔法は、それ程攻撃力はないらしい。
《黒射閃装》を纏っていた黄道先輩は、一切傷付くことなく、次の攻撃を行う為に……《ボルト・インパルス》を《黒射閃装》のホルスターに収めた。
『──え?』
「──っ!?」
それを見た周囲の生徒は不思議そうな表情をするが、その行為が意味する所を知る私は、思わず顔を引き攣らせる。
──それは、黄道先輩の本気の前触れ。
黄道先輩は、右手をゆっくりと横に上げていくと、それを勢い良く振り下ろして、ホルスターに付いている黄金色の紋章を押し込んだ。
『──闇を切り裂け、閃く雷光! 我が敵を撃て、《ボルト・インパルス》!!』
その言葉と共に、ホルスターから展開された黄色い魔法陣に魔力が集まり、《ボルト・インパルス》が黄金色に輝き始める。
そして──、
『──雷の特異魔法、《紫電撃》っ!』
黄道先輩は、ガンマンの早撃ちのようにホルスターから引き抜いた《ボルト・インパルス》の引き金を引き、紫電の尾を引く銃弾を放つ。
それは、当たれば命すらも奪いかねない強力な一撃。
それを見た私は、恐怖のあまりその光景から目を逸らそうとして……気付いた。
絶体絶命のピンチだというのに、銀架様が余裕の笑みを微塵も揺らがしていないことに。
そして、その右手に新たな漆黒の魔法陣を展開させていることに。
「──────さて、と」
銀架様はそう呟くと、迫り来る弾丸に漆黒の魔法陣を向け、詠唱した。
『──漆黒の闇よ、罪科を背負いし愚者の荷より、贖罪の品を奪い取れ。──闇の上級魔法、《獄闇審判》』
直後、漆黒の魔法陣から紫電を孕んだ黒雲のような物体が発現され、それが紫電の弾丸を呑み込む。
黄道先輩の使った《紫電撃》は、必殺の威力を持った攻撃魔法。
対して、銀架様の使った《獄闇審判》は、一切の攻撃力持たない特殊効果魔法。
勿論、この二つが衝突した所で《獄闇審判》が《紫電撃》を止めることは出来ない。
すぐに、紫電の弾丸が黒雲を突き抜け、銀架様に更に迫る。
しかし──、
「………………残念。あと、少しだったね」
──紫電の弾丸が銀架様の胸を穿つ、その直前。
突如その弾丸が霞んで、フッと、消滅した。
『んなぁっっっ!!?』
それを見ていた周囲の生徒達は、今度こそ何が起こったのか理解出来ず、愕然とした表情で固まっている。
それは、光輝くんや焔呪ちゃん、黄道先輩だって同じ。
私以外の皆が、銀架様の使った魔法を知らなかった為に、その場で凍て付いていた。
しかし、そんな黄道先輩に、更なる追撃が掛かる。
《紫電撃》に撃ち抜かれはしていたが、黒雲はまだ消滅していないのだ。
「──いっちゃえ♪」
「──んなっ!?」
銀架様のそんな楽しげな掛け声と共に、黒雲が黄道先輩を呑み込む。
そして、その数秒後にようやくその黒雲が消えて行った。
光輝くん達が心配そうに黄道先輩を見るが、その身には傷一つ付いていない。
だから、周囲から所々安堵の溜め息が漏れている。
けど、しかし──、
「──ンなっ!? お、俺の魔力が、減っているだとっ!?」
『えっ!?』
自らの体を信じられないように見ながら黄道先輩がそう言ったのを聞いて、光輝くん達が驚きの声を上げる。
──そう。
《獄闇審判》は、闇属性の上級魔法の中でも特に高度な、触れたモノの魔力を奪う呪い。
先程の《紫電撃》も、魔法を維持するだけの魔力を奪い取られたために、銀架様に届く前に崩壊したのだ。
黄道先輩の方も、全部とまでは行かないにしても、戦闘を続行するのが困難になる程度には魔力を奪い取られたらい。
《ボルト・インパルス》に魔力を込めているようだが、中々魔法陣を展開出来ないようだ。
銀架様は、そんな黄道先輩の前までスタスタと歩いていくと、ようやく展開された黄色い魔法陣を漆黒の魔導線で即座に魔陣破損しながら、無邪気な笑顔で言った。
「……ねぇ、もうそろそろ止めようよ、先輩?」
「……何、だと? もう一度言ってみろよ、劣等種」
「だから、もう止めようって言ったんだよ」
「……ンだとっ!? フザけてンのか、劣等種っ!」
「別にフザけてなんかないよ、先輩。ただ、先輩がもう戦えないだろうから、僕から提案して上げただけだよ?」
「……提案して上げた、だと? 何、上から目線で話してだよ、劣等種がっ! お前、自分の立場が分かってんのかっ!?」
「それは、こっちのセリフだと思うんだけど、先輩?」
「ンだとぉっ!?」
「冷静になりなよ、先輩。これ以上騒ぎを大きくしたら、いくら七名家の先輩だって大変なコトになるでしょう?」
「──っ!? そ、それは……」
「──そろそろ認めなよ、先輩。自分が間違っているってコトを」
銀架様がそう告げた瞬間、周囲の時間が一斉に止まる。
黄道先輩が、掠れるほどに殺意を込めた声で、静かに銀架様に聞いた。
「……俺が、間違っている、だと?」
「うん。間違いも間違い。大間違いだよ、先輩」
「っ!? お前は! 俺の! 何が間違ってるって、言うンだよっ!!」
「先輩は、色んな意味で前提条件が間違っているんだよ」
「前提条件だとっ!?」
「最初から言ってるでしょ、今回の騒動で僕は正当防衛を行っただけだって。にも拘わらず、僕だけ目の仇にしてたでしょ、先輩? まず、そこから間違っている」
「だからそれは、鎮圧だと何度言えば──」
「だとしたら、光輝達も同じように扱わなきゃ。例え、後で喧嘩両成敗だとか言い訳するつもりだとしても、被害者ばかり攻撃してたら意味ないでしょ」
「そんなことねェよっ! 劣等種であるお前が何と言おうと、七名家である俺の言葉の方が──」
「そうやって、すぐ七名家の権威に頼ろうとする所も間違ってるよね。特に人として」
「ンだと、劣等種っ!?」
「──そうやって、さっきからずっと同じ言葉で怒ってるから、バカみたいに見えるよ? 何て言うか、人の器が知れてる感じ? そんなのだから、僕に勝てないんじゃないの?」
「……俺が。お前に。勝てない、だと?」
「だってそうでしょ? 先輩の雷は防がれて、逸らされて。必殺技に至っては、当たる前に消滅するんだよ? どうやって僕に勝つって言うの?」
「お、俺がっ! 劣等種でお前に負けるワケがないだろうっ!?」
「……そもそも、そこから間違ってるよね、先輩は」
「──っ!? どういう意味だ?」
「意味? 簡単だよ、そんなの。僕は確かに、自分が“召喚士として”劣等種……到底召喚士だなんて認められない人間だとは思っているけど、別に“僕自身”が先輩に劣っているなんて思っていないんだから」
「──────っっっ!!?」
「僕は、“劣等種”の自覚はあるけど、“敗者”になった心算なんてサラサラない。と言うより──」
「──────と、言うより……?」
「──今日は、僕が“勝者”だよね?」
……その言葉が、黄道先輩に最後の一線を越えさせた。
「──っザケンなよ、劣等種っっっ!!!」
黄道先輩は、激高して銀架様を怒鳴りながら、背後に控える《電竜》ゼベリオンに命じた。
「──やれっ、ゼベリオンっッッ!!!」
『キシャアッ!』
その声と共に、ゼベリオンが鎌首をもたげ、その巨体から想像も出来ないスピードで銀架様に突進を繰り出す。
それは、あまりにも近距離過ぎる為に、本来なら回避不可能な攻撃。
しかし、銀架様は再び展開していた漆黒の魔法陣を掲げて、不敵な笑みで詠唱した。
『──闇の中級魔法、《影幻影》!』
「んなっ!?」
その詠唱と共に、銀架様の姿が影に呑み込まれて消える。
直後に、銀架様がいた場所をゼベリオンの巨体が通り過ぎるが、何かに衝突した様子はない。
何が起こったのか理解出来ないのか、ゼベリオンが困惑した様子で辺りを見渡している。
「そこじゃないよ、ゼベリオン」
次にその声が聞こえてたのは、ゼベリオンの後方から。
その場にいる全員が一斉に声のした方見ると、ゼベリオンの遥か後方で、銀架様がコートのポケットに手を突っ込んだまま余裕の表情で立っていた。
それを確認した黄道先輩は、再びゼベリオンに命じる。
「ゼベリオンっ! 今度こそ、アイツを殺せっ!!」
『キシャァァァアアッッッ!!』
黄道先輩の命令を受けゼベリオンが、先程より強く咆哮しながら、再び銀架様に襲い掛かった。
それを見た銀架様は、やはり余裕の笑みを浮かべたまま……しかし、今度は何もしようとしない。
そんな銀架様を見た黄道先輩が、嫌らしい笑みを浮かべながら聞く。
「ハッ! ついに観念したのかよ、劣等種っ!」
「……まぁ、僕はもう何もする気はないけどね」
「──なら、大人しく死ねよ、元“極光”っ!」
その言葉の応酬の間に、ゼベリオンの巨体は徐々に銀架様に迫り、その体を吹き飛ばそうとして──、
『──────アク・リドゥ・オー・シュヌ……、エヴ・オルム・カルム・ストゥルツ……』
──その声が聞こえて来たのは、その時だった。
「……なっ!?」
「………………嘘、だろ?」
突如聞こえて来たその詠唱を聞いて、黄道先輩が驚きの声を上げる中、ソレの正体に最初に気付いたのは、光輝くんのようだった。
『──呼び覚ますは遥か太古の記憶、箱舟すら飲み込む水の化身よ、全てを母なる海へと返せ』
私も、続くその詠唱でソレの正体に気付く。
「……嘘。これは……っ!?」
ソレの正体が信じられなかった私は、光輝くんと似たような呟きを漏らしてしまう。
『──蒼茫の水よ、荒れ狂う波となりて、憎し敵を吹き飛ばせ』
それでも続く詠唱を聞き、焔呪ちゃんがソレに気付いて叫んだ。
「もしかして……さっきのは、精霊言語っ!?」
「精霊言語って、それじゃあっ!?」
焔呪ちゃんのその言葉を聞き、我考くんが驚きの声を上げる中、その声がソレの名を告げた。
『────────────水の最上級魔法、《真海の激流衝波》!!』
その言葉の直後、銀架様の背後から突如現れた巨大な大波が、体長十メートルを超えるであろうゼベリオンを、いとも簡単に吹き飛ばした。
「んなっ!? ゼベリオンっ!?」
『キュ、キュー………………』
それを見た黄道先輩は、慌てて吹き飛ばされたゼベリオンに駆け寄る。
見た所、ゼベリオンは目を回しているだけであって、特に大きな怪我を負った様子はない。
それを見た黄道先輩はホッと胸を撫で下ろしていたが、周囲の生徒はそうはいかない。
私や光輝くん達を含めた周囲の生徒達は、目の前で起きた光景が信じられず、言葉を失って呆然としていた。
そんな中、ただ一人だけ余裕の笑みを浮かべ続けていた銀架様が、コートのポケットに手を突っ込んだまま、後方に向かって声を掛ける。
「──中々、遅かったですね?」
「……貴方は、それよりも先に言うことがあるでしょうに」
その言葉を聞いた私達は、その声のした方に視線を向けて……固まった。
そこには、スーツ姿で右手に《氷竜》クライムの幻霊装機──《クイーン・オブ・アクア》を持った幻奏高校の理事長、蒼刃 妃海さんが、呆れたような表情で立っていた。
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《魔法のアイデア紹介》
《悪魔の謝肉祭》:kigi(元ネタ:悪魔の生誕)
漆黒の闇よ、悪魔の姿を象りて、我が手足となり世界を描け
・闇属性“闇”系列の上級魔法。《????》の上位魔法。魔法陣から悪魔を象った球体を創り出す。特殊効果魔法に分類されるが、物理攻撃も可能。その能力は未知数。
《獄闇審判》:kigi(元ネタ:最後の審判)
漆黒の闇よ、罪科を背負いし愚者の荷より、贖罪の品を奪い取れ
・闇属性“闇”系列の上級魔法。呪い。紫電を孕んだ黒雲を発生させ、触れた人・魔法の魔力を減少させる。
《真海の激流衝波》:ast-liar(元ネタ:太古の瀑布海津波)
アク・リドゥ・オー・シュヌ……、エヴ・オルム・カルム・ストゥルツ……
呼び覚ますは遥か太古の記憶、箱舟すら飲み込む水の化身よ、全てを母なる海へと返せ。蒼茫の水よ、荒れ狂う波となりて、憎し敵を吹き飛ばせ
・水属性“水”系列の最上級魔法。《蒼海衝波》の上位魔法。
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「とことん無邪気な笑顔で言われても困るんですけどっ!?」
「うん、付けて付けてー♪」
「ア、アイツが騒動を起こしていたから、ソレを鎮圧する為に──」
「「「んなっ!?」」」
「疑う必要がありませんからね」
「《ヴォイス・コントロール》……?」
「──那月ちゃんって、頭良いよね」
「えぇ、貴方達も知っている筈ですよ? 七名家の人間なら一度は刻印されたコトがある筈ですから」
次回、“第二十四話 嘘を吐けないJoker Wizard(前編)”
「……なんで地味に悪化してるのー?」




