第二十二話 黄金色のA bult from The blue(後編)
魔法・挿絵を募集中です!
※kigiさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。
※ast-liarさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。
「──だから、人の良い教師が来るまでの間、精々悪足掻きをさせて貰いますよ」
銀架様が黄道先輩にそう言った直後、二人は同時に動いた。
『──雷の中級魔法、《雷霆導波》っ!』
『──土の最下級魔法、《鉱》っ!』
叫ぶような詠唱の後、再び迸る雷光と銀の柱が衝突する。
やはり、銀の柱は《雷霆導波》を地面に逃がし、今度は銀の柱が砕ける前に、雷光の方が先に途切れた。
それを見た銀架様が、黄道先輩に笑顔で言う。
「どうしたんです、黄道先輩? その程度の攻撃じゃあ、僕を鎮圧出来ませんよ?」
「ルセぇよ、劣等種っ! 調子に乗ンなっ!」
短い応酬の後、両者互いに再度の詠唱。
『──雷の中級魔法、《雷霆導波》っ!』
『──土の最下級魔法、《鉱》っ!』
三度目となる雷光と銀の柱の衝突。
その軍配は、やはり銀の柱の方に上がりそうだ。
──けど、しかし。
「──────アホめ! 脇がガラ空きだっ!」
《雷霆導波》を撃った直後、黄道先輩は走って銀の柱を回り込み、橙色の魔法陣を通じて《鉱》に魔力を注ぎ続けている、隙だらけの銀架様に、《ボルト・インパルス》の銃口を向ける。
そして、黄道先輩は口の端を大きく吊り上げながら、詠唱した。
『──雷の初級魔法、《雷弾》っ!』
直後、《ボルト・インパルス》から放たれる雷の弾丸。
「──────っ!?」
それを見た私は、思わず息を呑み込み──、
「────────────フフッ」
──しかし、銀架様は小さく笑った。
「………………え?」
その声を聞いた私が目を丸くするその前で、銀架様は《雷弾》に向けて、右手を上げる。
目に付くのは、立てられた人差し指と小指。
銀架様は、人差し指から翠の魔導線を、小指から紅の魔導線を出しながら、手首のスナップで二つの円を描いた。
そして、巨大化した翠の魔法陣を見ながら詠唱する。
『──風の最下級魔法、《風》っ!』
発動された《風》は、本来なら机に立てた消しゴムを倒すのがやっとと言う微風を起こすだけの魔法。
しかし、《鉱》と同様に莫大な魔力が注ぎ込まれたソレは、風の初級魔法《風弾》と同等の威力を持っていた。
「なっ──ッ!?」
思わぬ反撃に驚愕する黄道先輩の眼前で、雷と風の弾丸が衝突する。
それでもやはり、《雷弾》が《風》に打ち勝つが、威力の大半が削ぎ落とされたソレに、“マジン隠し”は撃ち抜けない。
銀架様は、《雷弾》の残滓を肩で受けるが、平然とした様子で小指に展開した紅の魔法陣を巨大化させた。
『──火の最下級魔法、《火》っ!』
本来なら、蝋燭の灯火程度しか出せない筈の魔法だが、先程と同様、火の初級魔法《火球》と同等の大きさになって黄道先輩に襲い掛かる。
「っぅ──っ!?」
それを見た黄道先輩は、慌てて《ボルト・インパルス》から新たな魔法陣を展開した。
『い、雷の中級魔法、《雷霆盾》っ!』
銃口から展開された雷の盾が、間一髪でメロン程の大きさの火球を防ぐ。
その一連の攻防を見ていた私は、あまりにも圧倒的な銀架様の技量に呆然としていた。
驚くべきは、その桁外れな魔力量だけではない。
最下級とは言え、土・風・火の三属性の多重展開を使いこなしていたのだ。
そんなことを出来る人間は、七名家にもそうそういない。
「ぅ、ぁ………………」
その事を意識した私は、自分の頬が徐々に赤くなっていくコトを自覚する。
小さな頃に、その御伽噺のような武勇伝を聞き、夢に見るまでに憧れた人の力の一端に触れられたのだ。
今の応酬を見て、幼い頃の憧れが再燃しても仕方がないと思う。
が、銀架様は、そんなコトなどを露も知らぬまま(当然のコトだけど)、黄道先輩に声を掛けた。
「大丈夫ですか、先輩? 怪我とかありません?」
「──ッ! ザッケンな、劣等種っ! 何、お前が俺を心配してンじゃねェよっ!!」
「いや、別に黄道先輩を心配していませんよ? ただ、過剰防衛になると鈴木教頭がネチネチ煩そうだから、ちょっと確認しただけです」
「ッお前ッ! 俺をバカにしてンのかっ!?」
「バカにはしてませんよ? 話を聞かない人だとは思っていますけど」
『──ッ!? ──雷の中級魔法、《雷霆導波》っ!』
『──土の最下級魔法、《鉱》』
銀架様の言葉を聞いた黄道先輩が、激高して再び雷光を放つが、やはりソレは銀の柱に防がれる。
銀架様は、それでも《ボルト・インパルス》を構え続ける黄道先輩を見て溜め息を吐くと、小さな声で言った。
「──《雷霆導波》では、僕には届かない。魔力の無駄遣いと、そう変わらないよ」
「煩いっ! 黙れよ、劣等種っ!」
「煩いのはどっちなの。正直、もう見っとも無いを通り越して、惨めに思えるんだけど」
「──────ッッッ!? お前ッ、そんな口利いて無事で済むと思ってンのか!?」
「今の所は無事だけど?」
「っお前はっ! ブッ殺すっ!」
「どうやって? 中級魔法は、僕に通じないのに」
「ならっ! 上級魔法を使うまでだっ!!」
黄道先輩は、そう叫ぶと新たな魔法陣を展開し、大声で詠唱する。
『──黄玉の雷よ、我が元に集いて、その力を顕現せよ! ──雷の上級魔法、《天雷衝閃》っ!』
その声と共に、《雷霆導波》よりも二回りも巨大な雷の奔流が、銀架様に向かって飛び出す。
けど、それと同時。
激しい雷光と轟音で、周囲の生徒が目を逸らし耳を塞ぐ中、私だけが偶然それを見て聞いていた。
銀架様が、腰から引き抜いた翠色の巻物を広げ、右手を叩きつけながら詠唱するところを。
『──翡翠の風よ、今吹き荒び、この領域を支配せよ……』
たった一瞬。
本当に、僅かに瞬き一回分だけの時間で巻物から現れた魔法陣が地面に展開されて。
そして、次の瞬間。
目を開き耳から手を離した生徒達が見たのは、銀架様に向かっていた雷光が、大きくカーブした所だった。
『────────────は?』
銀架様の遥か後方に雷が落ちたのを見た黄道先輩と周囲の生徒達は、そんな魔の抜けた声を出す。
一体何が起こったのか分からなかったのかも知れないが、もしかしたら偶然外しただけと考えたのか、黄道先輩は再び《ボルト・インパルス》を構えて詠唱をした。
『こ、黄玉の雷よ、我が元に集いて、その力を顕現せよ! ──雷の上級魔法、《天雷衝閃》っ!』
再び、雷の奔流が轟音と共に放たれる。
……けど、やはりソレは、銀架様に当たる直前で大きくカーブした。
それを見た周囲の生徒達は、目を丸く見開く。
『黄玉の雷よ、我が元に集いて、その力を顕現せよ!! ──雷の上級魔法、《天雷衝閃》っ!』
三度目に放たれたその雷光は、カーブどころか直角に折れ曲がり、あらぬ方向へと飛んで行った。
「なっ、ぁ……っ!?」
それを見た黄道先輩は、思わず呻き声を漏らす。
それは、周囲の生徒も同じ。
全員、何が起こったのか分からずに、絶句しながら無邪気な笑みを浮かべ続ける銀架様を呆然と見ている。
「ア、アンタ……一体何をしたのよ……?」
銀架様に蹴飛ばされた後、光輝くん達と一緒にいた焔呪ちゃんが、掠れた声でそう呟いた。
それを聞き取った銀架様が、笑顔のまま私に聞いて来た。
「ねぇねぇ、那月ちゃん」
「は、はいっ!」
「那月ちゃんは、雷ってどういう場所に落ちるか知ってる?」
「え? あ、その……高い突起とか、金属みたいに電気伝導の高いモノ、とかに落ちやすい、んですよね……?」
私は、戸惑いながらも、銀架様の問いにそう答える。
戸惑っている理由は、突然銀架様に声を掛けられたから、だけではない。
銀架様が何故、そんなことを聞いたのか分からなかったからだ。
しかし、銀架様の言葉を聞いた焔呪ちゃんは、何かに気付いたかのように言った。
「──もしかして! アンタ、避雷針か何かを使って、黄道先輩の雷を曲げたって言うのっ!? ねぇ、そうなんでしょっ!?」
詰問のつもりなのだろうが、途中からは決めに掛かっているその言葉。
それを聞く限り、どうやら焔呪ちゃんは、自分の言っていることに確信を持っているらしい。
けれど……。
「ノン、ノン! 全然違うよ、焔呪ちゃん」
「なっ!?」
銀架様は、笑顔のまま首を振って、あっさりと焔呪ちゃんの言葉を否定した。
それを見た焔呪ちゃんは一瞬唖然とした後、すぐに銀架様に噛み付くように叫ぶ。
「なっ、ならっ! 何で落ち零れにあんな質問をしたのよっ!?」
「ん? 焔呪ちゃんの反応が面白そうだったからだよ?」
「なぁっ!?」
──が、銀架様のその言葉を聞き、焔呪ちゃんは再び絶句してしまう。
それを見た黄道先輩が、《雷弾》を放ちながら、銀架様を詰問する。
「──だったら! お前は一体何してるっつうンだっ!?」
「それを僕が教えると思うの? 先輩なんだから、少しは自分でちゃんと考えたらどう?」
「ンだとぉっ!?」
「怒鳴らないでよ。この中には、僕が何をしているのか分かっている人もいるみたいだし」
「──ッ!?」
その言葉を聞いた黄道先輩は、バッと後ろを振り返り、周囲にいる生徒達をグルリと見渡した。
どうやら、銀架様の言っていた「何をしているのか分かっている人」を探しているようだけど、黄道先輩と目があった生徒は、皆一様に視線を逸らしてしまう。
その反応を見るに、光輝くん達も含めて、誰もが銀架様が何をしているか……そもそも、何の魔法を使っているか(・・・・・・)さえ分からないようだ。
黄道先輩もそのことに気付いたのか、より苛立ちを募らせていく。
けど、怒りを込めたその視線は、銀架様が何をしているか見抜けない光輝くん達ではなく、何故か銀架様に向けられていた。
「……何で、僕を睨むのかな?」
「ルセェよっ! 分かってんだろうが、嘘吐きがっ!!」
「僕は嘘なんて吐いてないけど?」
まるで、年下の子を悟すような銀架様の口調。
その言葉と応酬をしていた黄道先輩は、怒りのままに大声で叫ぶ。
「嘘吐きだろうがっ! お前のしていることが分かっているヤツなんか、いねェじゃねェかっ!!」
「それを僕に怒鳴らないで下さいよ。分かってないのは、先輩を含めた皆さんのせいですし」
「ッ!? ンだとっ!?」
「──それに」
再び激高する黄道先輩の言葉を遮るように、銀架様が口を開いた。
「雷の性質を理解出来ている人なら、僕のしていることは、何となくでも分かるハズだよ」
その言葉の後、銀架様は笑みを浮かべたまま、まるで同意を求めるように、一瞬だけ私の方を横目で見る。
「~~ッ!」
それに気付いた私は、嬉しさのあまり、思わず息を呑む。
どうやら銀架様は、私が銀架様のしていることを理解していることに、気付いてくれているようだ。
落ち零れであるこの私が、理解をしていることに。
正直、その夜闇のような漆黒の瞳と目が合った今でも、そのことを信じられない。
何故なら──、
「──こン中に、俺以上に雷のことを理解してるヤツがいるっつーのかっ!? 黄道家の子息である俺以上にっ!!」
「少なくとも、一人はいますけど?」
──黄道先輩は、未だに私が理解していることに気付いていないのだから。
銀架様が私の方を見ていたにも拘わらず、私が銀架様のしていることを理解しているとは思わず……それどころか、私の方に視線すら向けることがなかった。
ずっと銀架様を睨んでいる黄道先輩が、あの視線に気付かないワケがない。
なら、私の方を見ようとしないのは、意図的に無視しようとしているからか。
その答えは分からないけど、とにかく黄道先輩は私を見ようとせずに、銀架様に怒鳴りつける。
「それがっ! 誰だって聞いてンだよっ!!」
「聞いたからって、全て答えて貰えると思っているんですか、先輩? 子供じゃあるまいし」
「──ッ!? ンだとっ!?」
沸点が低いのか、黄道先輩は銀架様の言葉に一々反応し、今度は《ボルト・インパルス》の銃口を上空に向けて詠唱した。
『黄玉の雷よ、降り注ぐ雨粒となりて、憎し敵の身を穿て! ──雷の上級魔法、《天雷滅電雨》っ!』
その言葉と共に、銃口から幾重にも分かれた雷が放たれ、豪雨のように銀架様に降り注ぐ。
が、しかし──、
「──雷は、もう効かないよ」
──降り注ぐ雷の雨は、まるで目に見えない傘が差されているかのように、銀架様の頭上で逸れて掠ることもなく地面に落ちた。
「ンなっ!? 広範囲攻撃魔法も効かないだとっ!?」
「生憎だけど、数とか関係なく雷は効かないから♪」
愕然とする黄道先輩に、銀架様は楽しそうにそう言う。
周囲の生徒達は、黄道先輩の雷を悉く無効化する銀架様を、まるで怪物を見るような目で見ている。
何をしているのか分からない、その未知への恐怖が場を支配して、重たい沈黙を生み出す。
だけどその時、光輝くん達と一緒にいた我考くんが、ポツリと呟いた。
「………………雷、は?」
本当に、それは小さい声だったけど、周囲があまりに静かだったために、その声が黄道先輩の耳に届く。
そして、それを聞いた黄道先輩は、一瞬だけそちらの方を見た後、口元に徐々に嫌らしい笑みを浮かべた。
それを見た私は、ハッとする。
多分、黄道先輩はまだ、銀架様のしていることが何かは、分かっていないだろう。
だけど、どうやら気付いてしまったようだ。
今の銀架様でも、雷以外なら効果的な攻撃が出来るかもしれないことに。
黄道先輩は、《ボルト・インパルス》の銃口を再び銀架様に向け──、
「雷がダメなら……コレなら、どうだっ!!」
──魔法陣の展開と同時に、詠唱んだ。
『黄玉の雷よ、力をばら撒き、敵の刃の重石となれ! ──雷の上級魔法、《天雷磁散弾》っ!』
その声と共に、黄色い魔法陣から弾け出たのは、数十発の磁力を纏った砂鉄の弾丸。
──物理的な威力を持った攻撃魔法。
それを見た私は、思わず悲鳴を上げそうになる。
だけど……。
「──────確かに、着眼点は間違ってないよ。だけど……」
銀架様は、笑いながら右足を少し後ろに引き──、
「……だけど、ソレは軽過ぎだよ」
──その言葉と共に、蹴り足の霞む勢いで、虚空にキックを放った。
それは、あまりにも早過ぎた為に、砂鉄の弾丸には掠りもしない。
しかし、それでも──、
──キックによって巻き起こった竜巻によって、砂鉄の弾丸が全て弾き返された。
『──なぁっ!!?』
目の前で起こった衝撃の光景を見て、その場にいた誰もが目を見開く。
周囲の生徒達が言葉を失う中、焔呪ちゃんが呆然と呟いた。
「上級の風属性魔法……? 何時の間に……?」
何時の間に、魔法を発現したの?
焔呪ちゃんは、多分そう聞きたかったのだろう。
何故なら、さっき銀架様が暴風を伴った蹴りで砂鉄の弾丸を弾き返した時、魔法陣も魔法を発現する際に見られる魔法陣の発光も一切見受けられなかったからだ。
発現した後の持続時間が短い攻撃魔法や防御魔法では、こういうことはありえない。
例え、魔法陣の状態で保持していたとしても発現する時は魔法陣が必ず発光するので分かるし、先程も言った通り攻撃魔法等の持続時間は短いので、事前に魔法を発現してそれを維持し続けることも出来ない。
なら、どうして誰もが先程の魔法の発現タイミングが分からなかったのか?
その答えは、とても簡単なことで、ただ銀架様が攻撃魔法や防御魔法以外の魔法を事前に発現していただけだ。
「──────っそうかっ!」
突然、光輝くんが大きな声を上げる。
どうやら、光輝くんも気付いたようだ。
銀架様が使っている魔法が何なのか。
「アイツが……劣等種が使っているのは、攻撃魔法でも防御魔法でもない」
「えっ!? じゃ、じゃあアイツが使っているのは何なの、光輝……?」
その言葉を聞いた焔呪ちゃんが、戸惑いの声を上げる。
光輝くんは、銀架様を憎々しげに睨み付けながら──、
「──さっきのキックと、黄道先輩の雷を逸らしたことから考えられる、アイツの使っている魔法は……」
──その魔法の名を言った。
「……風の領域干渉魔法、《旋風勢力圏》だ」
領域干渉魔法。
それは、一定範囲に効果を及ぼす魔法のことで、結界等がこれに分類される。
上級魔法の中でも特に難易度の高い魔法で、魔力の消費量が多く、魔法陣を描くのにも時間が掛かることも多いので、通常なら味方の多い大規模戦闘において使われる筈の魔法。
光輝くんは、それを銀架様が使っていると、そう言ったのだ。
その言葉を聞いた我考くんが、呆然と呟く。
「……そん、な。たった一人で、領域干渉なんて……」
「……ヤツならやりかねない。七年前まで、“極光”と呼ばれていた劣等種なら……っ!」
「「……っ!?」」
光輝くんが漏らしたその言葉を聞き、焔呪ちゃんと我考くんが小さく息を呑む。
──光輝くんが、銀架様を“極光”と呼んだことと、その言葉の裏に深い憎しみが渦巻いていることに気付き。
一瞬、唖然として言葉を失う二人だったが、そんな時、黄道先輩が光輝くんに声を掛けた。
「オイ、神白の! さっき、あの劣等種が領域干渉を使っていると言ったが、一体どういうことだっ!?」
その問いを聞いた光輝くんは、はっきりと黄道先輩の目を見返しながら言った。
「……ヤツの使っている魔法は多分、先程も言った通り《旋風勢力圏》……一定範囲の大気と、その流動を支配する風属性魔法だと思います」
「大気と流動の支配だと?」
「ハイ。先程の《天雷磁散弾》は大気の流動で暴風を生み出し、それを蹴り出した障壁で弾き返されたものだと思われますし、《旋風勢力圏》が使われているなら、雷が逸らされている理由が説明出来ます」
「ッ!? 何だとっ!?」
「……本当なら、あんなに不自然に曲がった雷を見てすぐに、そして、劣等種が雷がどこに落ちるかって聞いた時に気付くべきだったんです」
「何にだっ!?」
「……多分、俺達は劣等種の言葉を聞いて、無意識の内にどうやって雷の落下地点を変えているのか考えていたんです。けど、本当に考えるべきは、そうじゃなかった。あのトリックは雷の性質を利用したモノだったけど、それは雷がドコに落ちるかじゃなくて、どうやって落ちるかを考えるべきだったんです」
「雷が、どうやって落ちるか……?」
「──正確には、何故雷がジグザグに曲がるか、です」
「──────っ!? そうかっ!」
光輝くんがそこまで言うと、黄道先輩も流石に気付いたようだ。
「空気の、電気抵抗……っ!」
「……多分、ソレです」
──何故、雷がジグザグに曲がるか?
光輝くんが黄道先輩に聞いたその問いの答えは、雷は上空から地面に落ちる時、空気抵抗が少ない場所を通って落ちるという性質があるからだ。
このため、雷はジグザグになって落ちるように見えるのだが、銀架様はこの性質を最大限に利用した。
銀架様が、《旋風勢力圏》を使って行ったことは、とても簡単なことだ。
大気の流動を支配して、空気抵抗の高い障壁と、空気抵抗の低い──ほぼ真空の道を作り出す。
ただ、それだけ。
ただそれだけで、銀架様は黄道先輩の雷を悉く逸らし、捻じ曲げたのだ。
それに気付き、呆然とする光輝くんと黄道先輩を見て、銀架様が楽しげに言った。
「──ざっつ らいと♪ 全く持ってその通りだよ、光輝」
最初から全く変わらない、銀架様の無邪気な笑顔。
それを見た黄道先輩が、銀架様に向けて怒鳴った。
「いつまで余裕こいてやがンだ、この劣等種がっ!?」
「いつまでって言われても……取り敢えず、今は大丈夫そうだけど?」
「ンだとっ!? お前のやっていた小細工は、もう見破ってンだぞっ!?」
「うん、確かにそうだね。……で、それがどうかしたの?」
「どうかしたの、って、お前──────」
「──────別にトリックが分かったからって、解決はしていないでしょ、探偵さん?」
銀架様が、黄道先輩の言葉を遮るように言ったソレは、しかし光輝くんに向けて言ったモノ。
そんな銀架様の態度を、黄道先輩は再び怒鳴りつけようとしたけど、その言葉の意味に気付いて思わず口を噤む。
なので、銀架様はそのまま言葉を続ける。
「──例え、僕が使っているのが《旋風勢力圏》だと分かったとしても、だからと言って、雷が通用するようになるワケじゃないんだから。攻略法を出さないといけないよ?」
「……攻略法なら、ちゃんとある」
「それって、黄道先輩の代わりに光輝達が戦ったりすること? もしそうなら、やめておくべきだね。黄道先輩みたいに、風紀委員だから僕を鎮圧するっていう大義名分がないんだから。……まぁ、その大義名分も凄く意味不明だけど」
「……っ!? 別に、俺達が参加しなくたって、黄道先輩は劣等種を叩き潰せる!」
「へぇ? どうやって?」
「……攻略法は、三つ思い付いている。一つ目は、《旋風勢力圏》の干渉力を超える威力を持った雷で攻撃すること──」
「ダメだね。《旋風勢力圏》は上級の領域干渉魔法なんだから、最上級魔法でも使わないと破れない」
「……なら、二つ目。《天雷磁散弾》以上の威力を持った物理攻撃で、大気の障壁を突き破る」
「それもダメだよ。確かに、一見ソレは正攻法に見えるけど、それは大気の障壁の攻略法。大気の流動を本気で操れば、真正面から突っ込んで来た大型トラックでも受け流す自身が、僕にはあるよ?」
「……っ!? 化け物か、お前はっ!」
「違うよ、僕は劣等種だよ。光輝達がそう言っていたじゃない?」
「……ならっ、最後! 本命中の、本命っ!」
「本命中の本命?」
「──幻霊と《着装響奏》で接近戦をしかけて、お前を勢力圏から引き摺り出す」
「………………………………え?」
光輝くんのその言葉を聞いて、初めて銀架様の笑みが凍て付いた。
「……それはちょっと、洒落にならないと思うんだけど、光輝?」
「だろうな。幾ら大気の流動を操れるからと言って、殆ど直線運動しか出来ないトラックは受け流せても、流石に俊敏な動きが出来る《電竜》や、《着装響奏》を纏った人間を制することは出来ないだろうからな」
「………………っ!?」
光輝くんが言葉を重ねるに連れて、銀架様の笑みに僅かだが焦りの色が浮かび始める。
それを目敏く読み取った黄道先輩が、再び嫌らしい笑みを浮かべて呟いた。
「成る程、なぁ……」
「──まさかっ!?」
その声を聞いた銀架様の表情に、今度こそ明らかな焦りの色が浮かぶ。
それを見た黄道先輩は、銀架様に《ボルト・インパルス》の銃口を向けながら、大きな声で言った。
「第三案、採用だっ!」
「──────っっっ!!?」
──銀架様は、目を大きく見開いて、鋭く息を呑み。
──黄道先輩が、笑みより一層深めながら、その名を呼んだ。
『──轟け雷鳴! 閃け雷光! 嘶け、黄金の鱗を纏いし強者っ!! ──召喚! 《電竜》ゼベリオンっ!!』
その言葉共に、黄道先輩の背後に浮かんだ黄色い魔法陣から現れたのは、全身が黒と黄の二色で彩られた、一本角と翼を持つ蛇に似た幻獣。
黄道家と契約した《七王》の一柱──雷の属性を司る《竜》、《電竜》。
全長八メートル以上の巨躯で蜷局を巻いて、黄道先輩の背後から翡翠色の瞳で銀架様を睨み付けているゼベリオンは、それだけで圧倒的な威圧感を放っている。
しかし──、
「──これだけで、終わりじゃねェぞっ!」
──黄道先輩はそう叫ぶと、《ボルト・インパルス》を持った右手を上空に向け、再度叫んだ。
『──《着装響奏》っ!』
黄道先輩の頭部と首、腰に黄色い魔法陣が浮かぶ。
それらは発光と共に回転しながら移動して行き、その跡には、黒と黄を基調としたテンガロンハットに貫頭衣、ホルスターが装備されていた。
『──着装完了! 《黒射閃装》っ!』
パンク風ファッションの上にウエスタンスタイルと言う、一見奇妙に見えて、しかし意外と様になっている姿をした黄道先輩が、その名を告げる。
と、同時に、光輝くんが黄道先輩に言った。
「黄道先輩! 《旋風勢力圏》の範囲は半径七メートル程度です!」
「そっから、引き摺り出せばいいンだな?」
短い応酬の、その直後。
『──雷の中級魔法、《電磁跳走》っ!』
「──────っ!?」
一瞬にして黄道先輩が十メートルほどあった距離を詰め、鋭く息を呑む銀架様に突然殴りかかった。
「行くぞ、劣等種っ!」
「くっ──────!?」
奇襲に等しいその一撃を見た銀架様は苦悶の声を上げ、しかしすぐに自らも拳を放つ。
「んなっ──!?」
まさか反撃してくるとは思わなかったのか、驚愕の声を上げる黄道先輩。
何せ、生身の人間と《着装響奏》をしている人間では、その膂力が圧倒的に違う。
相当のバカから大物でもない限り、真っ向勝負に出ようなんて考えもしないはずだ。
……しかし。
黄道先輩の拳と銀架様の拳が、真正面からぶつかり合うと思われたその直前、一陣の風が吹き、二人の拳の軌道が変わった。
互いの拳は、相手の拳のギリギリ横を通り過ぎていく。
そして──、
「──────ッ!」
「──────っ!?」
互いの拳が相手の頬を掠めた次の瞬間。
ピッタリと横に付けられた互いの踏み込んだ足、交差する互いの二の腕を軸にして、互いの立ち位置を入れ替えるように銀架様が体を捻り、黄道先輩の体を受け流した。
その回転は至高の舞踊のように美しく、そして同時に恐ろしく実戦的。
回転の際に背中を押されたのに加え、追い風と自身の勢いに耐えられなかった黄道先輩は、銀架様から距離を離され、体勢を崩され、そして無防備な背中を銀架様に晒してしまう。
勿論、銀架様がその好機を見逃すワケもない。
「──隙アリっ!」
銀架様はそう言うと、姿勢を低くし左手を地面に着いてから、変則的なクラウチングスタートのように走り出す。
が、しかし──、
「ゼ、ゼベリオンっ!」
「──っ!?」
焦燥の浮かぶ黄道先輩のその言葉を聞いた銀架様が後ろを振り向くと、今まで蜷局を巻いていた筈のゼベリオンが、その太い尾を凄まじいスピードで銀架様に接近させている所だった。
「くっ──────!」
それを見た銀架様は、咄嗟に足を止め──そのまま自ら後方に跳ぶ。
そして、尻尾と激突する寸前にもう一度地を蹴ると、後ろ手で尻尾に触れてそこを軸とし、大気の流動を操りながらバク転の要領でその尻尾を回避した。
それを見た黄道先輩が、体勢を立て直しながら言った。
「チッ……避けやがったか」
「まぁ、バカ正直に喰らう気なんてないし」
「クソッ! 接近戦も出来るのかよ」
「そりゃあ、銃使いの先輩よりかは得意だと思いますけど」
「……ンだと? 俺が接近戦が苦手だと思ってンのか、お前は?」
「うん、まぁ、そうだけど」
黄道先輩の言葉に、銀架様は躊躇なく頷く。
それを見た黄道先輩は、ヒクリと頬を引き攣らせながら言った。
「……なら、これでも喰らってみろよ!」
その言葉と同時に、黄道先輩は《ボルト・インパルス》から銃弾を放ちながら、銀架様に向かって走り出す。
勿論、銃弾程度では《旋風勢力圏》が創り出す風の障壁を突破は出来ない。
銀架様が腕を振るのと同時に、放たれた銃弾が全て弾き返される。
しかし──、
『──雷の中級魔法、《雷霆鋭刃》っ!』
「ウソっ! 銃剣っ!?」
「これでも喰らえよ、劣等種っ!」
──銀架様が銃剣と言った通り、黄道先輩が銃身の先に雷の刃を生やした《ボルト・インパルス》で襲い掛かった。
この雷の刃は、魔力で形成・固定されたものなので、《旋風勢力圏》を使っても捻じ曲げることが出来ない。
銀架様は慌てて身を屈めて、その刃を回避する。
しかし、勿論それでオワリではない。
銀架様が身を屈めた瞬間に、再びゼベリオンの尾が迫り、それを転がって回避しても再び雷の刃が迫る。
銀架様は、低く跳躍して刃の下を潜り抜けることで難を逃れたけど、《旋風勢力圏》が意味を成さない以上、それも長く続かない。
「ちょこまかまと逃げンな、劣等種っ! いつまで避けてンだよっ!?」
「っ!? 僕も剣を持っていれば……」
そう言いながらも、黄道先輩の振るう雷の刃を避け続けていた銀架様だったけど、ゼベリオンの攻撃を恐れるために黄道先輩から一定以上の距離を開けることが出来ない。
「……こうなったら」
この状況が続くのが不利だと考えたのか、銀架様はそう呟くと、黄道先輩の斬撃の隙を見つけて自ら黄道先輩と距離を詰めた。
「──クソっ!」
いきなり間合いを詰められた黄道先輩は、銀架様との距離が近過ぎるために、その雷の刃を満足に振るうことが出来ない。
それを見た銀架様は、《ボルト・インパルス》を持つ黄道先輩の右手首を両手で掴むと、一気にその動きを封じようとする。
けど、しかし。
その瞬間、黄道先輩は一層嫌らしい笑みを浮かべて、言った。
「──掛かったな、劣等種!」
「……え?」
思わずそう呟いた銀架様の視線の先にあったのは、黄道先輩の右手首に展開される黄色い魔法陣。
私も銀架様も、それを見た瞬間に目を大きく見開く。
銀架様は、咄嗟に両手を離そうとするが、それよりも早くに、黄道先輩が《雷霆鋭刃》を解除しながら詠唱した。
『──雷の初級魔法、《雷手》!』
「ぅう──────ぅっ!!?」
黄道先輩の声と同時に魔法陣から雷が現れ、それが黄道先輩の右手全体を覆う。
そして当然のことながら、黄道先輩の右手を素手で掴んでいた銀架様は感電し、鋭い悲鳴を上げる。
雷で灼かれた両手を組み、額に当てて必死に痛みに耐える銀架様。
その姿は、まるで神に懺悔する信者のようで……しかし、黄道先輩はそんな銀架様に慈悲を与えることは無い。
カチャリと、無防備になった銀架様のお腹に《ボルト・インパルス》を突き付けた黄道先輩は、笑いながら言った。
「流石にこの距離だと、逸らすことは出来ねェよなァ?」
「なっ!?」
その言葉を聞いた銀架様は、驚愕の声を上げ、咄嗟に身を捻る。
その、次の瞬間。
『──雷の初級魔法、《雷弾》!』
「──ぁ、ぅあっっっ!!」
ほぼ零距離で放たれた雷の弾丸が、銀架様を吹き飛ばした。
何とか“マジン隠し”で受けたおかげで大事には至っていないようだけど、そのダメージは決して軽いモノではない。
《旋風勢力圏》の効果範囲から弾き出された銀架様は、《雷弾》を受けた左脇腹を抑えながら、何とか立ち上がろうとする。
が、その額に、再度《ボルト・インパルス》の銃口が突き付けられた。
銀架様が、ゆっくりと視線を上げる。
その視線の先にいた黄道先輩が、嫌らしい笑みと共に告げた。
「──────チェックメイトだ、劣等種」
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《魔法のアイデア紹介》
《旋風勢力圏》:kigi(元ネタ:絶対領域)
翡翠の風よ、今吹き荒び、この領域を支配せよ
・風の上級魔法。一定範囲の大気の流れを支配する。
《天雷磁散弾》:ast-liar(元ネタ:磁砂散弾)
黄玉の雷よ、力をばら撒き、敵の刃の重石となれ。
・雷の上級魔法。磁力を纏った砂鉄の散弾で攻撃する。威力は低いが、金属製の武器を封じたり、その場の磁場を乱したり出来る。
□□□
「……恰好付けても、似合ってないよ」
「……う、嘘、だよね? こん、なの……」
「──さて、断罪の時間だぜ、劣等種」
「──フフ、慌て過ぎですよ、先輩?」
「────────────ザケンなよ、無能が」
「──っ!? ダメだ、先輩っ!」
「それは、こっちのセリフだと思うんだけど、先輩?」
「──やれっ、ゼベリオンっッッ!!!」
「……貴方は、それよりも先に言うことがあるでしょうに」
次回、“第二十三話 雷鳴呑み込むTidal Wave”
「──いっちゃえ♪」




