第二十一話 黄金色のA bult from The blue(中編)
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『──雷の中級魔法、《雷霆導波》!』
その声は、唐突に聞こえて来た。
それは、本当に突然のコトで、焔呪ちゃんを蹴飛ばした銀架様に襲い掛かろうとしていた皆も、驚いて動きを止める。
そして、そんな皆の背後から、一条の雷光が飛んできて──、
「──っ!? …の…下……法っ!」
──何かを叫ぶ銀架様を、大きく呑み込んだ。
「………………え?」
それを見た私──黒鏡 那月は、呆然とそう声を漏らす。
周囲にいた光輝くん達も、一瞬何が起こったのか分からずに呆然としていた。
しかし、数秒して、雷のせいで巻き起こっていた煙が晴れていくに連れ、徐々に地面に倒れ伏している人の影がハッキリとしてくる。
それを見た私は、咄嗟にその人影に駆け寄ろうとして──、
「──おぉっと! 動くなよ、そこの女子生徒!」
──背後から飛んで来た声に機先を制され、私は動きを止めてしまう。
その声は、先程の詠唱と同じ声。
私は、恐る恐る後ろを振り向く。
最初に目に入って来たのは、四角いシルエットをしたショットガン型の幻霊装機──《ボルト・インパルス》。
その持ち主は、振り返った私の顔を見て、私が誰か分かったのか、つまらなそうに言った。
「──何だ。誰かと思えば、黒鏡の落ち零れか」
その鮮やかな黄色い髪は、七名家の一角の証。
《電竜》と契約した黄道家の子息──黄道 雷牙先輩だ。
私は、黄道先輩の冷たい眼差しに怯えながらも、震える声で先輩に聞く。
「……い、いきなり何をするんですか、黄道先輩!?」
「あ? 落ち零れ風情が、何を言ってンの? 俺様は風紀委員だから、暴動を鎮圧しただけだぞ」
「鎮圧って……それでも生身の人間に中級魔法を使うなんて!」
「煩いな、落ち零れが! 心配しなくても、死ンでねェって。まぁ、新学期早々に二週間入院とかは有り得るかもしンねェけどな」
「──そんなっ!? 今回の件は、銀架様の正当防衛なのに──」
「──あン? 銀架様、だと?」
黄道先輩は、私の抗議を面倒臭そうに聞き流して行くが、最後の一言が気に障ったのか、殺気を込めた声でそう聞き返して来た。
私は、その殺気を感じ取り、思わず小さく悲鳴を上げて、口を噤んでしまう。
黄道先輩し、そんな私の胸元を掴むと、顔をグッと引き寄せ、聞いてきた。
「──おい、落ち零れェ……。何で、あの劣等種のことを様付けで呼んでンだよ?」
「そ、それは……あの人が、“極光”の、魔導師様だから……」
「“極光”……? あぁ、そう言えば、アイツは昔、そんな大層なお名前で呼ばれてたなァ……。ハッ、だからお前は、アイツを様付けで呼んでると?」
「……そ、そうです、だから……」
「──ザケンなよ、無能がっ!」
黄道先輩の手を掴んで、何とか気道を確保しながら、私はそう答える。
が、黄道先輩は何が気に食わなかったのか、力一杯に私を突き飛ばした。
胸元を掴まれていた私は、碌に抵抗も出来ずに地面に倒れ、ケホケホと咳き込む。
黄道先輩は、そんな私をその場で見下ろすと、憎々しげな声で告げてきた。
「オイ、勘違いするなよ、落ち零れェ……」
「……勘、違い?」
「あぁ。確かに、アイツは昔“極光”なんて呼ばれていたかもしれねェが、今は召喚士になれなくて神白を追い出されたタダの劣等種に過ぎねェンだよっ!」
「だ、だけど……」
「ハッ! あんな無能を様付けなんて論外だし、何よりアイツは“悪”だ! 鎮圧されても文句は言えねェだろ」
「そんなっ!? あの人は、全然悪いことはしていませんっ! さつきも言った通り、正当防衛で──」
「──黙れよ、無能」
ガチャリ、と。
重厚な音が、再びの私の抗議を遮る。
《ボルト・インパルス》の銃口が、私の方に向けられていた。
「──────ぃっ!?」
「イイ加減、煩いンだよ、落ち零れがっ! お前も鎮圧するぞっ!」
「そんなっ!? わ、私は抗議をしただけなのに──っ!?」
思わず、掠れた声で悲鳴を上げる私を見た黄道先輩は、暗く嫌らしい笑みを浮かべて言う。
「さっきも言っただろうが、落ち零れ。勘違いをするなって……」
「勘違いって、一体何が──」
「お前らの立場についてだよ、落ち零れ」
「な、何を……」
「いいか、落ち零れ? この世界は、弱肉強食。この学園では、正当防衛なんて関係ない」
「………………え?」
「だって、何があろうと強者である七名家が絶対的な“正義”で、無能であるお前らは存在そのものが“悪”なんだからなぁッ!」
「──────ッッッ!?」
あまりにも理不尽過ぎる言葉。
それを聞いて呆然とする私に、黄道先輩は黄色い魔法陣を展開した《ボルト・インパルス》を向け、詠唱した。
『──雷の初級魔法、《雷弾》!』
僅か三メートル程の距離から、放たれる雷の弾丸。
それは、音速に近い速度で私に迫り──、
『──光の初級魔法、《光弾》』
──私の胸を穿つ、その直前で、横合いから飛来した弾丸に打ち抜かれて、綺麗さっぱりと消滅した。
『なっ……!?』
それを眼前で見ていた私も、私の鎮圧を確信していたらしい黄道先輩も、端から見ていた光輝くん達も。
一体何が起こったのか分からず、皆一斉に驚愕の声を上げる。
その直後だった。
あの人の声が聞こえてきたのは。
「存在そのものが“悪”って……流石、七名家。とことん腐ってますね」
「──────っっっ!?」
その声に驚いて振り向いた黄道先輩の視線の先にいたのは、左手の人差し指を伸ばして銃の形を作り、ソレを先輩に向けている銀架様の姿だった。
「んなっ!? な、何で、お前っ!? お前はさっき鎮圧した筈──」
「ん? あぁ、さっきのですか? いや、流石に痛かったですよ? 咄嗟だったから、受け身を取り損ねましたから」
「受け身、だと……!?」
何事も無かったかのうにそう告げる銀架様を見て、黄道先輩が絶句する。
それもその筈、黄道先輩が先程言っていた通り、生身で《雷霆導波》を喰らったら、二週間以上入院、何てことも当たり前なのだ。
とても、受け身云々で済ませられる話ではない。
……しかし、目の前にいる銀架様には、目に見える怪我は一切ないし、骨折や感電による麻痺で動きがぎこちなくなっている様子もない。
黄道先輩は、そんな銀架の様子を見て不安に駆られたのか、《ボルト・インパルス》の銃口を乱暴に銀架様に向けて怒鳴った。
「フ、フザケんなよ、劣等種がっ! どうせ幻惑魔法を使ってたから、運良く避けれたとか、そんなのだろうがっ!!」
「いやいや、違いますよ、黄道先輩? 僕にはちゃんと、あなたの《雷霆導波》を真正面から防ぐ手段がありますから♪」
「──ンだとっ!? お前、劣等種っ! 調子コくのもイイ加減に──────っっ!!」
「──────もう一度撃てば、分かるでしょう?」
激高する黄道先輩に銀架様が告げた言葉は、あまりにも明白な挑発。
それは、火に油という言葉では足りない、大火事の家にわざわざ消防車でガソリンを撒くような、そんな行為。
その場の時が一瞬止まり……直後、周囲の生徒が思わず腰を抜かす程の殺気を撒き散らしながら、黄道先輩が叫んだ。
「──そこまで言うなら、望み通り手加減抜きで殺してやるっっっっっ!!!」
その声と共に、《ボルト・インパルス》の銃口付近に嵌められた長細い黄玉のような発現珠から魔法陣を展開し、引き金を引く。
『──────雷の中級魔法、《雷霆導波》っ!!』
《ボルト・インパルス》の銃口から、昂ぶった感情に比例するように、先程よりも一回り太くなった雷の奔流が迸った。
……が、しかし。
「────────────さて、と」
銀架様は、先程と全く同じ笑顔のま、呑気な声でそう呟くと、スッと右手の人差し指から出した橙色の魔導線で、野球ボール大の円を描き、その魔法陣を地面に叩きつけて言った。
『──────土の最下級魔法、《鉱》っ!』
「えっ──!?」
その魔法の名を聞いた私は、またも驚愕の声を上げる。
《鉱》は、最下級と言った通り、土属性“鉱”系統の中で最も弱い魔法で、精々拳大の鉱石を作り出す程度の魔法だ。
何をどうやっても、とても雷の中級魔法を防げるような魔法ではない。
その筈なのだが──、
『なっ──────!?』
今度は、光輝くん達も驚愕の声を上げる。
何故なら、地面に叩き付けられた橙色の魔法陣は、突如半径1m程にまで巨大化し、そこから白色の美麗な金属──“銀”と柱を発現させたのだから。
その効果は、土の初級魔法である《鉱柱》と同等か……若しくは、それ以上。
この魔法を見るだけで、銀架様の常人離れした魔法の技術と、桁外れの魔力量が窺える。
煉瓦を敷き詰めた地面から生えるその銀の柱が、一直線に迫って来ていた《雷霆導波》を受け止めた。
それを見た黄道先輩が、苛立たしげに叫ぶ。
「──そんなモン、すぐにブッ飛ばしてやるっ!」
その声と共に、迸る雷の奔流が更に一回り太くなり、その場を轟音が支配した。
けど、しかし──、
「──それは、魔力の無駄遣いですよ、先輩?」
銀架様の言う通り、銀の柱に徐々に罅が入って行くものの、銀架様には一切のダメージが通っていない。
銀は、白銀鋼並の優魔導鉱であり、熱や電気の最良の導体なので、《雷霆導波》の魔力や電力のほぼ全てが、地面に逃がされているのだ。
「──────この、クソがっ!」
されを見て苛立ちを募らせた黄道先輩は、そう叫びながら、《雷霆導波》に残った力を一気に振り絞り、《ボルト・インパルス》から放出する。
流石に、銀の柱もその衝撃に耐えられずに砕けるが、銀架様に向かっていくのは僅かに残った初級魔法程度の小さな雷で、それも銀架様に左腕で振り払われただけで、綺麗に消滅してしまった。
「──絶縁っ!? それと、緩衝も……」
「あのコート、魔導具かっ!?」
「いえーす! ざっつ、らいと♪」
その様子を見て驚いた声を出す我考くんと光輝くんに、銀架様は笑顔で告げる。
「“マジン隠し”って言う、これも僕お手製の魔導具で、それも最高傑作、絶縁や緩衝以外にも、耐火に耐水、耐熱・耐寒・防塵・防刃・防弾・防腐・耐酸・消音、何でもありだよ。まぁ、流石に程度はあるけど」
「んなっ!? そんな馬鹿なっ……!?」
「別にバカでも何でもないよ? 素材自体も高価なモノだし、見えないだろうけど、コートの外側100%に魔法陣を刻んであるから、それ位は簡単に出来るよ」
「──────っ!?」
銀架様の言葉に、光輝くんが絶句した。
何せ、魔導具と言うのは基本的に、魔法陣を刻み込む“付加”と言う技術が殆ど普及しておらず、刻まれた刻印を持続し続けるのはとても困難なのだ。
魔導具の殆どが、先程銀架様が使っていた巻物のように使い捨てで、何度も使えたり永続的に効果を発動するモノは珍しい。
しかも、“黒塗珠”のように髪や瞳を変えるだけのモノならともかく、“マジン隠し”のように様々な効果を永続的に発動し続ける魔導具を、未成年の魔導師が自作するなどとても信じられる話ではない。
だけど、銀架様はそれを特に誇るワケでもなく、何事も無かったかのように振り向くと、《雷霆導波》が防がれて呆然としている黄道先輩に聞いた。
「──それで、黄道先輩? 落ち着いて貰えたようなら、僕の話を聞いて欲しいんですけど」
「……何、だと?」
「いや、さっきも那月ちゃんが弁護してくれていたんですけど、今回の件で僕は“正当防衛”しただけと言うことを理解して欲しいので──」
「──────フザケるなっ!」
黄道先輩が、再び《ボルト・インパルス》の銃口を銀架様に向けることで、その言葉を遮る。
それを見た銀架様は、それでも笑顔で言葉を続けた。
「──────別に、僕はフザケてませんよ、黄道先輩?」
「黙れよ、劣等種! 撃ち殺すぞッ!!」
「支離滅裂ですね。一体何を考えているんです?」
「お前を鎮圧する方法だよ、劣等種」
「知ってます? それって、“職権濫用”って言うんですよ?」
「ハッ! これは権利じゃなくて義務なンだよ!」
「法に則り、弱者を救うのが風紀委員の義務じゃないの?」
「力を用いて、弱者を統べるのが七名家の義務なンだよ!」
「それなら、“正義”という理は僕にあるよね?」
「それでも、“正義”という名は俺にあるンだよ!」
その言葉を機に、互いに対峙し、黙り込む。
その場を支配する一瞬の静寂。
それを破ったのは、銀架様のクスクスという笑い声だった。
それを聞いた黄道先輩が、《ボルト・インパルス》の引き金に指を掛けて叫ぶ。
「何笑ってンだよ、劣等種っ!」
「いえ、別に……ちょっと面白いコトが分かっただけで」
「ハァっ!? 何のコトを言ってンだよっ!?」
「何のコトって……それは勿論、七名家が想像以上に根っから腐っていたコトですよ」
「────────────ッッッ!?」
此の期に及んでの挑発に、驚いて息を呑む黄道先輩。
そんな先輩を見た銀架様は、だから、と続けて言った。
「──だから、人の良い教師が来るまでの間、精々悪足掻きをさせて貰いますよ」
無邪気な笑顔で告げられたソレは、確かに宣戦布告だった。
「どうしたんです、黄道先輩? その程度の攻撃じゃあ、僕を鎮圧出来ませんよ?」
「──ッ! ザッケンな、劣等種っ! 何、お前が俺を心配してンじゃねェよっ!!」
「ア、アンタ……一体何をしたのよ……?」
「那月ちゃんは、雷ってどういう場所に落ちるか知って?」
「──だったら! お前は一体何してるっつうンだっ!?」
「………………雷、は?」
「──────確かに、着眼点は間違ってないよ。だけど……」
「……ヤツならやりかねない。七年前まで、“極光”と呼ばれていた劣等種なら……っ!」
「いつまで余裕こいてやがンだ、この劣等種がっ!?」
「へぇ? どうやって?」
『──《着装響奏》っ!』
次回“第二十二話 黄金色のA bult from The blue(後編)”
『──翡翠の風よ、今吹き荒び、この領域を支配せよ……』




