第十九話 唐突過ぎるFlame Assault
魔法・挿絵を募集中です!
※kigiさんよりアイデアを頂いた魔法を登場させました。
※みょーめー様に雪姫さんの挿絵を頂きました。第一章 まとめに掲載したので、是非ご覧下さい。
「やぁ、おはよう、光輝」
「馴れ馴れしく俺の名を呼ぶなよ、劣等種……」
周囲の視線を気にせず、憎々しげにそう言い切る神白 光輝くんを見た私は、驚きの余り、口元を押さえ呆然としていた。
周りにいる生徒達も、私と同じような反応をしている。
それもその筈、普段は絶対に優しげな笑みを絶やさない光輝くんが、まるで親の仇のように人を睨むこと自体信じられなかったし、その視線の先にいる人物を見て、更に自らの目を疑った。
その人物は、服装から幻奏高校の生徒だということは分かる。
が、学生らしい服と言えば白いカッターシャツと黒いネクタイくらいなモノで、靴は革靴ではなくスニーカーだし、ベルトも剣帯のように太いベルトを二本、交差させるように巻いている所を見ると、ファッションの色合いが強そうだ。
カッターシャツの上に来たコートの左胸に、校則で決められたト音記号を模した校章が無ければ、すぐには幻奏高校の生徒とは分からなかっただろう。
しかし、私も周囲の生徒達も、あることに気付いていた。
その黒ずくめの服装が、正反対なことを。
光輝くんの着る制服の雰囲気と。
その感覚があったからこそ、よりその事実が際立つのだ。
──その男が、光輝くんと全く同じ顔をしているということだ。
『……え? ……えぇっ!?』
『え? か、片方は黒ずくめだけど……』
『光輝様が……二人ぃっ!?』
髪型も、髪の色も、瞳の色も全く違う。
地に着きそうな程長いコートやブカブカのズボンと言った体のラインを隠すような服装と、中性的な美貌のせいで性別は不明瞭だし、その無邪気な子供にも悪戯好きの悪魔にも見える笑みのせいで、纏う雰囲気も全く違う。
にも拘わらず、周囲にいる生徒達は、光輝くんがもう一人、そこにいるかのように錯覚していた。
けど、私は違う。
私だけは、心の中で小さく呟いていた。
(あの人は、昨日の……)
先輩に絡まれていた私を、助けてくれた人。
覚えているのは、楽しそうに先輩をからかう無邪気な声と、優しさと甘さ、そして刃のような冷たく研ぎ澄まされた響きの言葉。
あの時、私はその言葉の響きに恐怖して……それでも、立ち去ろうとする“その人”の背中に声を掛けてしまった。
その言葉の奥にある、何かが垣間見えた気がして。
(……っ!? もしかして、この人は……)
光輝くんと“その人”が並び立った今、私はようやく気付いた。
この二人は、正真正銘の鏡写し。
例え、何処までも似ていたとしても、それは同一ではなく……正反対。
対比するような、純白と漆黒。
天使の如き大人びた笑みと、悪魔のような幼き笑み。
自らの本質を隠すというスタンスは同じでも、その方法はまるで違う。
光輝くんは、太陽のように自らを輝かせ、その根底にある傲慢から目を背けさせる。
対して“その人”は、ゆらりゆらりと揺らめく光のように、その本質を決して覗かせない。
蜃気楼のように……ではない。
蜃気楼と呼ぶには、その存在に気付いた者の興味を惹き付け過ぎる。
正しく例えるなら、極光。
そう──────。
「──────極、光……」
私が、誰にも聞こえないような小声でそう呟いたその時。
今まで驚いてその人を見ていた紅城 焔呪ちゃんと橙真 我考くんが、いきなり“その人”に向かって走り出し、叫んだ。
『『──幻霊装機、展開っ!』』
その言葉と同時に二人の手に握られる、焔呪ちゃんの幻霊装機《焔天苛》と、我考くんの幻霊装機《橙金乱斧》。
それを見て生徒達は一瞬不審に思うが、次の二人の行動に思わず目を疑う。
何と、二人は手に持った幻霊装機を使って、“その人”に襲い掛かったのだ。
「あっ!?」
空を貫く音速の突きと、大地を砕く重厚な一撃。
それを見た私は、脳裏に“その人”が血塗れになるイメージを思い浮かべ、思わずそう声を上げてしまった。
が、しかし──、
「うわ、わ~」
──と、あまりにも呑気な声と共に、“その人”はひらりと体を半回転させる。
ただそれだけで、“その人”は二人の攻撃をあっさりと回避した。
『なっ!?』
それを見た周囲の生徒達が、驚愕の声を上げる。
それは、七名家のメンバーである二人が、何故いきなり人に襲い掛かるのかが理解出来なかったこともあるが、“その人”が二人の攻撃を容易く避けたことに目を疑っているのだ。
「くっ……」
「このっ!」
焔呪ちゃんと我考くんは、攻撃を回避されたことに歯噛みをしながらも、自らの幻霊装機を構え、次の行動に備える。
いや、備えようとした。
しかし、“その人”は左足で持ち上がりかけた《橙金乱斧》を踏み付け、引き戻されかけた《焔天苛》を掴みながら言う。
「二人共、踏み込み過ぎだよ」
「「なっ!?」」
その言葉に二人が驚くと同時、“その人”は手に握る《焔天苛》を軽く引っ張った。
ただそれだけで焔呪ちゃんは前方に倒れ、“その人”はその際に焔呪ちゃんが手放した《焔天苛》を振るって、我考くんの足を払う。
そして、流れるような動きで《焔天苛》を担ぐように構えて、背後から振り下ろされた《アイン・ヴァイス》を受け止めた。
『えっ!?』
「やるね、光輝。二人より不意打ちが上手だよ?」
「黙れよ、劣等種っ!」
七名家のメンバー二人があっさりと倒されたことや、清廉潔白なイメージのある光輝くんが不意打ちという行動を取ったことに、私や周囲の生徒達が再び驚愕の声を上げる。
しかし光輝くんは、それを気にせず──まるで、周囲の様子が目に入っていないように、“その人”を罵りながら剣を振り下ろした。
「消えろよ、劣等種!」
「おっと、危ない」
しかし、“その人”は口で言う程の危なさなど一切感じさせず、口元に笑みさえ浮かべながらまたも、あっさりと攻撃を避ける。
が、しかし光輝くんは、すぐさま“アイン・ヴァイス”の柄にある発現珠から純白の魔法陣を展開し、早口で詠唱を開始した。
『純白の光よ、我が元に集いて、その力を解放せよ!』
「──これは……《聖光烈閃》っっっ!!?」
周囲の生徒より近くでの詠唱を聞いていた私は、光輝くんが使おうとしている魔法が光の上級魔法、その中でも特に威力が高い魔法であることに気付き、上擦った悲鳴を上げてしまう。
それを聞いていた周囲の生徒達も、信じられないような目付きで光輝くんを見た。
しかし、やはり“その人”は余裕の表情を崩さず、笑みを浮かべたまま光輝くんに聞いた。
「──忘れたの、光輝?」
言葉と同時、風を斬る音ともに霞む“その人”の左手。
そして、楽しげに響く“その人”の声。
「──────半径1m以内は、僕の絶対領域だってことを」
「──────っっっ!?」
直後、光輝くんは手元──自らが展開した魔法陣を見て小さく呻き声を上げる。
それに気付いた私や周囲の生徒達が光輝くんの視線を追うと、今まさに《聖光烈閃》を発現しようとしていた魔法陣が、漆黒の魔導線に掻き毟られて霧散していることが分かった。
(今のは……魔陣破損?)
背中に流れる冷や汗を確かに感じながら、私は内心でそう呟く。
多分、周囲の生徒達は今の現象が何なのか、誰一人として理解していないだろう。
それ程珍しく、かつ使い手が少ない高度な技術なのだ。
それを、“その人”は当然と言いたげな顔をして、易々と扱ってしまう。
やはり、この人は劣等種などでは決してない。
例え、幻霊がいなくても、召喚士じゃなかったとしても、この人は優秀な魔導師なのだから。
「くそっ!?」
《聖光烈閃》が無効化されたことで自身の不利を悟ったのか、光輝くんは一度大きく距離を取り、体勢を立て直そうとする。
それと同時、今度は焔呪ちゃんの詠唱の声が、この場に響いた。
『赤く! 朱く! どこまでも紅くっ!! 世界に爆ぜて、全てを燃やせ!』
──否。
それは詠唱ではなく、“召霊聖句”。
『──召喚っ! 《炎竜》ホムラっ!』
その呼び声と共に、焔呪ちゃんの足元に展開された紅い魔法陣から、強靭な二本の脚と爪を持つ一対の翼、真紅の鱗と深緑の瞳を供えた竜──焔呪ちゃんの幻霊、ホムラが現れる。
それを見た周囲の生徒達が、自らの身の危険を察してその場から離れると同時に、焔呪ちゃんはホムラに触れて魔力を注ぎ込んでから、大声で命じた。
「──ホムラっ! 《紅焔爆撃》よっ!」
「ガァウッ!」
ホムラが焔呪ちゃんの言葉に応えるように呻ると同時、その口元に真紅の魔法陣を展開させる。
自らの魔力を譲渡し、幻霊自身に魔法陣を展開させる……本来は幻霊装機が使えない未熟な召喚士が使う技術だが、《焔天苛》が“その人”に握られている為、焔呪ちゃんはその方法を選らんだのだろう。
この方法では幻霊自身が魔法陣を展開する為、詠唱の過程を必要としないが、幻霊に魔力を譲渡し、使う魔法を教えるのに時間が掛かる為、幻霊装機に大きく劣る……筈なのだが。
流石は七名家と言うべきか、魔力の譲渡から魔法陣の展開までを僅か二秒で終える焔呪ちゃんとホムラ。
そしてホムラはそのまま、“その人”に向かって巨大な火炎球を吐き出した。
「これ、は……回避だけじゃ、無理かな……」
自らに迫り来る火炎球を見た“その人”が、ポツリとそう呟く。
確かに、“その人”の言う通り、この魔法は火炎球を避けただけで終わりとは言えない。
この魔法はその名の通り、爆発の魔法なのだ。
ただ避けただけでは、地面に着いた瞬間に火炎球は破裂し、その爆風をその身に受けることは必至だろう。
……が、“その人”はそれでも余裕の態度を崩さず、ただ少しもったいなさそうな表情をしながら言った。
「……まだホームルームも始まってないのに、使うのはどうかと思うけど……」
その言葉と共に、“その人”はコートの下──ベルトに挿されていた蒼色の巻物を、まるでホルスターから銃を取るように抜き出す。
そして、その巻物を一瞬で開き、そこに写されている蒼い魔法陣に手を叩きつけながら、詠唱した。
『──蒼茫の水よ、荒れ狂う波となりて、憎し敵を吹き飛ばせ。──水の上級魔法、《蒼海衝波》』
「なっ!?」
流れるような詠唱の直後、巨大化した魔法陣から大量の水が溢れ出す。
それは、大きなうねりを伴い、津波となって《紅焔爆撃》を呑み込んだ。
「きゃぁっ!?」「くっ!」「うぁっ!?」『うわっ!?』
津波と火炎球の衝突によって発生した水蒸気に飲み込まれ、私や光輝くん、我考くんや周囲の生徒達が悲鳴を上げる。
が、そんな中、焔呪ちゃんはただ一人だけ水蒸気に怯まず、私と同様に水蒸気の霧の中にいる“その人”を指差し、ホムラに命じた。
「──────征け、ホムラっ!」
「──うわっ!?」
焔呪ちゃんの命令を聞き、その巨体で突進を繰り出そうとするホムラを見て、流石の“その人”も顔を引き攣らせる。
が、それでも“その人”はただやられるワケもなく、片手に《焔天苛》を持ちながらバク転をして距離を取り、体勢を崩しながらも何とかホムラの突進を回避した。
しかし……、
「──貰ったっ!」
……それこそが、焔呪ちゃんの狙い。
ホムラが突進すると同時に、自分も走り出していた焔呪ちゃんは、体勢を崩した“その人”に勢いよく殴りかかる。
勿論、体格は平均を大きく下回り、“その人”に《焔天苛》を奪われているせいで魔法が使えない焔呪ちゃんの拳では、“その人”に決定的なダメージを与えるのは難しいだろう。
しかし、焔呪ちゃんには、もう一つだけ“その人”にダメージを与える手段が残されていた。
自らの幻霊の力を借り、身に纏うという方法が。
焔呪ちゃんは、自らの身長を超える程大きく跳躍し、空中に身を躍らせながら叫んだ。
『──────《着装響奏》っ!』
その言葉と同時、焔呪ちゃんの両肩と胸、腰に真紅の魔法陣が展開され、高速で回転しながら彼女の体を走る。
『着装完了! ──《焦炎武装》!』
焔呪ちゃんの声と同時、真紅の魔法陣から光が溢れ出し、両肩に焔を模した盾、胴体に排焔管を背に付けた真紅の鎧、腰部に白銀の紋章を持つスカート状のベルトが現れた。
各所から真紅の燐光を散らすそれこそ、焔呪ちゃんの着装響奏──《焦炎武装》だ。
焔呪ちゃんは、それを顕現させると同時に、その両肩とベルトの横についた焔を模した武装を後方に向け、そこと背にある排焔管から焔を吹き出し、もう一段階上へと飛び上がる。
「──おおっ!」
それを見て、“その人”は目を丸くし──、
「これでも……喰らえっ!」
焔呪ちゃんは落下の勢いを、更に焔でブーストして“その人”を殴りつけた。
……が、しかし。
「………………………………なんちゃって♪」
焔呪ちゃんの拳が当たるその直前、“その人”は引き攣らせていた表情を一変させてそう呟くと、霧散した。
「──────えぇっっっ!!?」
それを見て驚愕の悲鳴を上げた焔呪ちゃんは、拳が空振りしたせいで大きくバランスを崩し──、
「──ほら、危ないよ?」
「──────っっっ!?」
何とか踏み止まった焔呪ちゃんの眼前に、《焔天苛》が突き付けられた。
それを見た焔呪ちゃんは、今度は自分が顔を引き攣らせながら、ゆっくりと視線を上げる。
そこには、先程焔呪ちゃんに殴り飛ばされる筈だった“その人”が、無邪気な笑みを浮かべながら立っていた。
焔呪ちゃんは、上擦った声で“その人”に聞く。
「何、で……? アンタが、そこに……?」
「ん? ……あぁ、気付かなかった? あの霧の中で、僕が水の中級魔法、《霧雨幻影》を使ったの」
「嘘っ!? 今のが、幻惑魔法だって言うの……っ!?」
“その人”の言葉を聞いた焔呪ちゃんが、ヒステリックな悲鳴を上げた。
それもその筈、ここにいる全員が、誰一人として“その人”の幻惑魔法を見抜けず、それどころか違和感を感じることすらなかったのだから。
誰もが、その魔法の技巧の高さに言葉を失っている。
そんな中、“その人”は呆然としている焔呪ちゃんに、《焔天苛》を突き付けたまま言った。
「僕の婚約者だった焔呪ちゃんなら知ってるでしょ? 水属性……特に“霧”系列は光属性に次いで僕が得意とする属性だし、幻惑魔法で僕に敵う人間は、七名家の中にもいないってことを」
『――――――っっっ!?』
“その人”の言葉を聞き、周囲の生徒達はまたも驚愕の表情を浮かべ、私はこれ以上ない程に“その人”の正体を確信した。
(……間違いない。やっぱり、この人は――)
焔呪ちゃんの元婚約者で、光輝くんと全く同じ容姿を持つ人。
光と水属性を得意とし、幻惑魔法では七名家のどんな人間であっても勝てない程の魔法使い。
その条件に該当する人の名を、私はポツリと呟く。
「……“極光の魔導師”、神白 銀架、様」
『……え?』
私のその言葉を聞いた周囲の生徒達が私の方を一斉に見て、光輝くん達が憎々しげに顔を歪める中、“その人”――銀架くんも私の方を見て、呑気な声で言った。
「……へぇー。七名家の中にも、まだ僕のことを様付けで呼んでくれる人がいたんだ」
「……じゃあ、本当に」
「うん。そうだよ」
銀架くんは、私の小さな囁きにも相槌を打つと、昨日は行わなかった自己紹介をしてくれた。
「改めまして……おはよう、那月ちゃん。僕は、君の元婚約者の双子の兄――神白 銀架だよ」
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《魔法のアイデア紹介》
《蒼海衝波》:kigi(元ネタ:津波)
蒼茫の水よ、荒れ狂う波となりて、憎し敵を吹き飛ばせ
・水属性“水”系列の上級攻撃魔法。大波で敵を押し流す。
□□□
「あ、あの……髪とか目の色まで変えているのに、そんなにあっさりと名乗って良いんですか?」
「別に気にしなくていいよ、那月ちゃん。特に正体を隠したいと思っていたワケじゃないし」
「──────ちょっと」
「──乗っているのは、どっちかな?」
「──見えるも何も、お前の存在は“悪”だろうが!」
「ほらほら、らしくないよ、光輝。もっと冷静になりなよ?」
「煩いっ! 貴様の言葉なんて、聞きたくも──」
「──僕は何かした? “悪い”って言われることを?」
次回、“第二十話 黄金色のA bult from The blue(前編)”
「もう気付いたよね? 小学生でも分かることだもん」




