第十八話 落ち零れのStarting Line
挿絵、魔法を募集しています。
《クラス分け表》
一年Sクラス
一番 神白 光輝
二番 紅城 焔呪
三番 橙真 我考
四番 氷室 鞠花
五番 天上院 彦麻呂
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一年Dクラス
一番 鈴木 拓斗
二番 田中 花子
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三十六番 佐藤 愛
三十七番 黒鏡 那月
三十八番 西田 俊輔
三十九番 虚木 このは
その他一名
※このクラス分けは、召喚実技の試験の点を元に決定しました。
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「──────やっぱり。Dクラス、かぁ……」
校門前にある、掲示板に張り出された紙を見た私──黒鏡 那月は、気落ち気味にそう呟いた。
試験は頑張ったつもりだった。
事実、実技試験はともかく、筆記試験ではそれなりの点数が取れていた。
けれど、それでもダメだった。
その他一名と言う謎の項目はあるけれど、結局はクラスで下から三番目。
「私って……本当に落ち零れだな……」
誰にも聞こえないよう、小さくそう呟く。
今にも消えそうな程掠れたその声は、しかし自分でも分かる程震えていた。
哀しみ故……ではない。
父と兄に何と言われるか……それが怖い。
七名家は強者にとっては住み心地の良い楽園だが、弱者には何処までも理不尽な地獄だ。
そこでは、弱さは赦されざる罪であり、絶対的な悪となる。
例え親子や兄弟だとしても、絶対的な格差が生まれるように。
最悪の場合、勘当だって有り得る。
事実、七年前はそうだった。
どんなに膨大な量の魔力を持ち、あらゆる魔法を使いこなし、空前絶後の天才……“極光の魔導師”と呼ばれたあの人でさえ、召喚士になれない弱者と判断された途端に、周囲が一斉に手の平を返し、終には神白を追放されたのだ。
私だって、今のまま……落ち零れのままだったら、確実に未来はない。
「それでも……だから、こそ……これから、頑張らなきゃ……」
もう一度、小さな声でそれだけ呟く。
今は、落ち込んでいる時じゃない。
空元気でも前を向いて、少しでも今の地位を変えるよう、努力をするべき時だ。
心の中で自分にそう言い聞かせ、私はその場から離れようとした。
しかし、その時──、
「──あれー? アンタ、黒鏡の落ち零れじゃない?」
──そんな声が、背後から聞こえてきた。
それを聞いた瞬間、私は弾かれたように振り返る。
「ほら、やっぱり落ち零れだ!」
そこにいたのは、小柄な矮躯をゴスロリチックな制服で包んだ、紅のツインテールと黄金の瞳が特徴の美少女──紅城 焔呪ちゃん。
それに、橙真家の長男である我考くんともう一人。
私の元婚約者で、私が最も嫌いな人──神白 光輝くんがそこにいた。
彼は、焔呪ちゃんに指差された私を見ると、ゆっくりと口の端を持ち上げる。
それは、端から見たなら、まるで聖者のよな優しげな微笑みに見えるのだろう。
事実、周囲にいた女の子は皆、光輝くんの笑みに見惚れている。
だけど、真正面にいる私には、その笑みがどうしても、傲慢を押し隠した嘲笑にしか見えなかった。
その笑みに恐怖を覚える私を見て、光輝くんは言う。
「……やぁ、久し振りだね。落ち零れの黒鏡さん?」
誰にも咎められず、どこまでも楽しそうにそう言った光輝くんを見た瞬間、私は思考を凍て付かせた。
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「ぁ、ぅあ………………」
「どうしたのかな、黒鏡さん? 何を言ってるか分からないよ?」
声を掛けた瞬間、見っとも無く震え始めた黒鏡 那月を見た俺は、心の中でそんな彼女を嘲笑いながらそう言葉を続ける。
すると、ちょうどいい苛立ちの捌け口を見付けたので、俺の隣ではしゃいでいた焔呪が、楽しげに俺の方を見て言った。
「しょうがないじゃん、光輝。コイツは、落ち零れなんだから」
「そうだよー、光輝くん」
「落ち零れは関係ないだろう?」
焔呪の言葉に同意する我考を見て、俺は苦笑している風に装いながらそう言う。
その声に混じった感情は、呆れ……などでは、勿論無い。
そこにある感情は、同意。
俺も、焔呪も、我考も、黒鏡 那月を使って昨日溜まった鬱憤を晴らしたいのだ。
だから、俺は那月の方を見ながら、先程の言葉を続ける。
「──────だって、コイツがどもっているのは、俺達に顔見せ出来るような立場じゃないからだろう?」
「っっっ──────!?」
その言葉を聞いた瞬間、黒鏡が何かを堪える小さく息を呑む気配が伝わってきた。
ただそれだけで、少し爽快な気分になれる。
勿論、俺達はそれだけで終わらせるつもりはない。
「だってそうだろう? どうやら黒鏡さんは、俺達と違ってDクラスらしいから、七名家の一員としては恥ずかしいことじゃないか」
「そりゃそうよね、光輝」
「でも、それだとやっぱり落ち零れってことじゃない?」
「まぁ、そうなんだけどさ」
我考の言葉を聞いた俺があっさりそう答えると、焔呪が笑いながら「何よそれ」と突っ込んで来る。
端から見たら、仲のいい友人同士の会話にしか見えないだろう。
事実、周囲の人間は七名家である俺達に憧れの視線を向けるだけで、誰も俺達に何も言ってこようとしない。
別に、誰も俺達の会話が聞こえていないワケではないし、俺達を恐れて咎めていないワケでもない。
だって、俺達は別に何も間違ったことをしていないのだから。
……いや、俺達の行動は、全て正当化されると言った方が正しいか。
「──────それで? いつまで震えているんです、落ち零れさん?」
唐突に俺が黒鏡に放ったのは、普段は思い切り猫を被り、人格者として名の通っている俺が発したとは思えない程、侮蔑と嘲りの感情が混ざった言葉。
本来なら、聖人君子だと思っていた憧れの人間が、こんな台詞を吐いたら、ショックを受け幻滅するモノなのだろう。
しかし、七名家という肩書きが最大限に利用出来るココなら、その限りではない。
俺の言葉を聞いた周囲の人間たちは、流石に一瞬だけ戸惑いの様子を見せるが、すぐに近くの生徒同士で顔を見合わせて、小声で会話を始める。
『光輝様があんなコトを言うなんて……あの子、どれだけ無能なのかしら?』
『黒鏡って呼ばれていたけど……まさかあの子が?』
『うっそ!? それありえないでしょう?』
『黒鏡って……ここの風紀委員長の闘鬼様とか、光輝様の婚約者の星羅様とかがいる家でしょ? なのに、落ち零れって……』
『本当、なんで生まれてきたんだろ? 黒鏡にも七名家にも迷惑しか掛けてないよね、そんな子』
「──────っっっ!?」
周囲の生徒達の声を聞いた黒鏡が、両手で自分の体を抱き、フルフルと首を振りながらじりじりと後退る。
そして、その仔猫を思わせる目を強く閉じられ、その淵から一筋の涙が零れ落ちた。
それを見た瞬間、背筋がざわつくほどの優越感が体の奥から湧き上がり、俺の体を支配する。
そう。
ココでは、俺は何があっても神に等しい存在であり、そんな俺が罵倒したヤツは、例え真の聖人君子であろうと神に背きし悪となる。
それが、七名家の一員であるにも関わらず、落ち零れと呼ばれる存在なのだとしたら、最早絶対的な悪だ。
「何? アンタ泣いてんの? 落ち零れのくせに」
「本当……見っとも無いからやめて欲しいよね」
今にも泣き崩れ落ちそうな黒鏡を見た焔呪と我考が、そう口にする。
『本当に……あの子惨め……』
『って言うより、鬱陶しいよね』
『何で幻奏高校に来たんだろう?』
『確かに、あんな子いらなーい』
『お前の場所なんかないっつーの』
そんな焔呪と我考に追随するように、周りの生徒達も遠巻きに黒鏡を罵倒し始める。
まだ入学式の翌日だと言うのに、もうこの場に黒鏡から居場所は無くなった。
誰も彼も、情け容赦など一切なく、無慈悲な言葉の刃で黒鏡の心を切り裂いていく。
その喧騒の中、俺と焔呪と我考は、零れそうになる涙を必死に堪える黒鏡を見て、自らの心を圧倒的な万能間で満たしていた。
だからこそ──、
『あーあ、女の子囲んで苛めるなんて、かわいそー』
──周囲が騒がしかったのにも関わらず、その場にいた全員の耳に届いたその声を聞いた瞬間、俺達三人は一斉に体を硬直させた。
「こ、光輝……っ!」
「い、今の声って……っ!?」
「落ち着け、焔呪、我考っ!」
声が響いたことによりキョトンとしていた生徒達が、その声を聞き狼狽する焔呪と我考を見て驚愕の表情をしている。
それを見た俺は、咄嗟に二人を叱咤し……ゆっくりと辺りを見渡しながら、敵意を全く隠さない声を発した。
「──どこにいる、劣等種!? 聞こえているんだろうっ!?」
「……劣等、種?」
俺の言葉を聞いた黒鏡や生徒達が首を傾げる中、再びその場に声が響く。
『あれー? もしかして、僕の居場所が分からないの、光輝?』
男性としては高い、中性的な。
金玉という比喩が相応しい、硝子の竪琴を爪弾いたような美しい声。
心の奥底までするりと入り込んで来るそんな声だからこそ、余計に俺を苛立たせた。
「ふざけるな、劣等種っ!! 今すぐ出て来いっ!!」
周囲の視線を気にせず、俺は再び叫ぶ。
そんな、普段は絶対に見せることのない俺の姿に、黒鏡も周囲の生徒も唖然とする中、三度、アイツの声が聞こえてきた。
「出て来いって言われても、ねぇ……」
──────俺の、真後ろから。
「最初っから、ここにいるんだけど?」
「────────────っっっ!!?」
勢い良く振り返った俺の目に映ったのは、何が面白いのか、口元に手を当ておかしげに肩を震わせている、漆黒のコートの後ろ姿。
それを見た瞬間、俺は驚愕の表情を浮かべながら大きく跳び退る。
焔呪も、我考も、黒鏡を含める周囲の生徒も、皆一様に同じ表情だ。
誰も、誰一人として、そいつがいつからそこにいたから気付けなかったから。
その漆黒のコートの男──鏡写しのように正反対の男は、そんな俺達の姿を見て微笑みを浮かべながら、振り返って言った。
「やぁ、おはよう、光輝」
「馴れ馴れしく俺の名を呼ぶなよ、劣等種……」
周囲の生徒が、振り返った漆黒のコートの男の顔を見て絶句する。
そのコートは紛れも無く、俺と同じ顔を持つ男──神白 銀架だった。
『え? か、片方は黒ずくめだけど……』
「──────極、光……」
『『──幻霊装機、展開っ!』』
「二人共、踏み込み過ぎだよ」
「──これは……《聖光烈閃》っっっ!!?」
『赤く! 朱く! どこまでも紅くっ!! 世界に爆ぜて、全てを燃やせ!』
「……まだホームルームも始まってないのに、使うのはどうかと思うけど……」
(……間違いない。やっぱり、この人は――)
次回、“第十九話 唐突過ぎるFlame Assault”
『──召喚っ! “炎竜”ホムラっ!』




