第一話 憂鬱なOpening
「……オイ、聞いたか? 今年の新入生のこと」
「あぁ。何でも、紅城・橙真・黒鏡・神白の家のヤツが入るんだろ?」
「え? 神白ってことは……光輝様が入学されるの!?」
「あぁ、俺もそう聞いた」
「へぇ〜……。まぁ、紅城が入ったから、これで七名家が揃うワケだ」
「三年と二年に三人ずつで、一年に四人入ってくるから、全部で十人になるのね」
「いや、そうじゃないらしいぞ?」
「え? それってどういうこと?」
「ほら、光輝様には、双子の兄貴がいたのは知ってるだろ?」
「あぁ、確か……昔は天才って呼ばれてたけど、幻獣どころかただの動物さえ召喚出来なかったから、家を追い出されたってヤツだろ?」
「あぁ、そいつだ」
「んで、そんな落ちこぼれがどうかしたのか?」
「何でも、その双子の兄貴も、今年入学してくるらしいぜ?」
「………………は? バカだろ、そいつ」
「確かに。弟と比べられることなんて、分かりきっているのにね」
「本当にそうだな。……まぁ、そういうワケで、そのバカを入れて、七名家は十一人いるってこと」
「はぁん……? 何つーか、そいつの面ァ拝んでみたくなった」
「あ、私も私も〜! ねぇ、その子って何て名前?」
「え〜と、確か……神白 銀架とか言ったっけな?」
□□□
雲一つない蒼空から燦々と降り注ぐ柔らかな陽射し。
そよ風に吹かれて、空中に舞う桜の花びら。
新たな旅立ちに心踊らせる学生たち……。
そんな、“春”の光景を視界の端に追いやった僕――神白 銀架は、目を細めて欠伸をする。
別に、“春”に興味が無いワケではない。
桜の花を美しいと思える感性は持ってるし、晴天を嫌うような暗い性格をしているつもりもない。
ただ、これから始まるであろう地獄の日々について考えると、どうも気分が乗らないのだ。
と言っても、このことに関しては、誰にも文句が言えないが。
だって、この国立幻奏高校に入学したのは、自分の意思なのだから。
そう。
僕は、ある契約の条件を満たす為だけに、義父の反対を押し切って、姉や双子の弟、そして、その他の七名家のいるこの学校に入学したのだ。
そうすれは、効率よく“人の悪意”を集められると考えて。
「本っ当に……。どんなドMなんだよ、僕は」
思わず、口元から苦笑と共に、自嘲の言葉を漏らしてしまう。
本当に……あまりにも馬鹿馬鹿しくて――、
『――泣けてくるのか、小僧?』
不意に、そんな声が僕の頭に響いた。
それを聞いた僕は、思わず顔を歪める。
が、すぐに表情を元に戻すと、一度溜め息を吐いてから言った。
(笑えてくるって言いたかったんだよ、シロガネ)
そう。
“テレパシー”などと言う非常識な方法を使って、僕の頭の中に直接語りかけて来たのは、幻獣《××××》であるシロガネ。
七年前に契約した、僕の使い魔である。
閑話休題。
僕の、聞きようによっては強がりとも取れる言葉を聞いたシロガネは、少々笑いを零しながら、僕に言ってきた。
『フム。お主はそう言う小僧だったの』
(……なんか、上から目線じゃない、シロガネ? 使い魔のくせに)
『そう言うな、小僧。我がお主に絶対服従するのは、代価(コストを払い終わってもらってからだ。それまでは、力をお主に力を与えている分、我が上位でも良いだろう?』
(……僕だって、代価をちゃんと支払ってるから、立場は対等でしょう?)
『ム。確かにそうであるな!』
……。
………………。
………………………………。
……何て言うか、適当過ぎるでしょうに。
やけに明るくなったシロガネの声を聞いた僕は、目を瞑ってにぎやかな景色をシャットダウンすると、溜め息を終わって吐きながらシロガネに言った。
(……本当に契約は守ってくれるんだよね、シロガネ?)
『無論。我は嘘を付かない』
(……そうだといいんだけど。契約して七年経っても、中々お腹を満たしてくれないでしょ? 本当に、僕が生きている間に契約は成立するの?)
『さぁ? それはお主次第だな』
(……言うと思った)
三度目の溜め息。
僕の憂鬱の原因の七割はこれからの学園生活だが、残り三割はシロガネのせいだ。
……いや、この学園に通うのも、契約を果たす為なんだから、結局の所、十割シロガネが原因か。
『小僧……。流石に扱いが酷過ぎないか?』
(別にいいでしょ、“大飯喰らい”。とっととお腹を満たしてくれたるんだったら、もう少し待遇を改善するけど?)
『ムゥ……。なら、我に早く“糧”をくれ。例えば、そう……』
と、シロガネは一旦そこで言葉を切ると、“感覚”で僕に目を開けるように伝えながら言った。
『アレの中に入ったらどうだ?』
(アレって……アレのこと?)
僕達が言うアレとは、僕の視界に飛び込んできた、校門前にいる人の群れを指していた。
その集団を見た僕は一瞬、まるでアイドルに群がるファンの集団みたいだと思ったが、すぐにその考えを改める。
“まるで~”でも“~みたい”でも何でも無く、彼らは本当に、アイドルのファンなのである。
“七名家の人々”という“偶像”の。
ここ、国立幻奏学園は、元より召喚士の育成機関である。
そこには、強い召喚士に憧れ、自らもそんな召喚士になることを夢見る者が集まるのだ。
だからこそ、自らと同年代でありながら、他者を圧倒する実力を持った“七名家”の血統を、“神”や“英雄”扱いするのも仕方がないのかもしれない。
しかし――、
「……下らないね」
校門前に集まる“彼ら”を見た僕は、ただ小さくそう呟いた。
心の中から、シロガネが聞いてくる。
『僻みか、小僧?』
(……まさか。そんなワケないでしょ)
『羨ましくないのか?』
(……昔の僕なら、羨んでいたかも)
『……今は?』
(中にいる人が可哀相に思えてくるよ。紅城の焔姫も、橙真の鉄壁も……そして、光輝も)
『フム。あの白坊主がお主の弟か?』
(白坊主って……)
僕は、軽く苦笑しながら、シロガネが“感覚”で示した方向を見遣る。
そこには、少しの男子生徒や、大勢の女子生徒に囲まれた僕の弟――神白 光輝がいた。
着物のように改造された制服も、若武者のように結い上げられた腰まで届く髪も、気品の奥底に傲慢さを隠した鋭い瞳も、全てが純白。
確かに、シロガネが“白坊主”と称するのが分かる気がする。
『しかし、あの白坊主は、女子にモテるようだな?』
(恰好良いからじゃない?)
『……確かに、餓鬼っぽく、かつ女っぽいが、白坊主の顔がとてもいいのはよく分かる』
(せめて、幼さが残るとか、中性的とか言ってあげたら?)
『そんなのはどうでもいい。しかし、解せんことが一つある』
(……何が?)
『白坊主が“恰好良い”のは分かったが、何故あやつだけ(・・)がモテるのだ? お主も同じ顔をしておるのに』
(……顔が同じなら、より優秀な方を選ぶのは当たり前でしょう? 劣等種の僕じゃなくて、神白の次期当主である光輝を選ぶのは)
『……フム』
シロガネが、感情の読みづらい声で、そう相槌を打つ。
そして、『まぁ、どうでもよい』と呟くと、一旦黙り込み……そして聞いてきた。
『それで……お主は結局どうするつもりだ?』
(……何の話?)
『あの集団に、入るかどうかを聞いているんだ。“あやつら”の中に入り白坊主達に会えば、少なくない“人の悪意”が手に入るのは、お主にも分かっているだろう?』
(………………)
シロガネの言葉を聞いた僕は、一瞬だけ口を閉ざし……すぐに返事をした。
(……いや、今はやめておくよ)
『……何故だ? まさか、怖気ついたのか?』
(まさか。違うよ、シロガネ)
『では、何故すぐにあの場所に行こうとしないのだ? 我は腹が減って少々気が立っているから、半端な言い訳だったら容赦しないぞ?』
(いつもお腹を減らしているシロガネに言われても、あまり説得力ないよ、その言葉)
『ムッ……』
(それに、別にあの中に入っていくのが怖いとかじゃなくて、もっと質のいい“人の悪意”を集める方法があるから、今は静かに待っているだけ)
『ムゥ……それなら良いのだが』
僕の心の奥で、シロガネが不満げにそう呟いたのを聞いた僕は、一度苦笑してから踵を返して校舎の裏側に向かい始める。
心の中にするシロガネに、少しばかり言い訳をしながら。
(安心してよ、シロガネ。僕だって、早く力が欲しい気持ちは同じなんだから)
「………………何て言うか」
『……だから、小僧はあの女子を見捨てるつもりなのか?』
「本当に……自分が惨めに思えてくるんだよ、シロガネ」
『………………』
(………………は?)
『そういう意味で聞いたのではないのだが……まぁ、いい』
(………………それは、もう決まってるよ)
次回“第二話 変化したCharacter”
だから僕は、黒髪の少女を助けたのだ。