第十七話 万全過ぎるPreparation
挿絵・魔法を募集中です!
「……と言うワケで、貴方は一年Dクラス所属ということになります」
「それはまた、単刀直入に言いますね、妃海さん」
朝の七時半。
授業開始より一時間も早く幻奏高校に登校した僕は、理事長室にあるソファに腰掛け、大量の書類と格闘している蒼刃 妃海さんと会話をしていた。
僕の言葉を聞いた妃海さんは、机の上の書類をせわしなく捲りながら言う。
「見ての通り、私は書類整理で忙しいんです。あまり無駄なことをしている暇はないんです」
「大変そうですね、妃海さん」
「他人事みたいに言わないで下さい! 誰のせいだと思っているんですか!?」
「鈴木教頭」
「貴方の入学試験合格のタイミングがおかしいからこんなコトに! ……と言おうと思いましたが、それだと確かに元凶は鈴木教頭ですね」
「フフ、僕は間違ってないでしょう?」
「………………そうですね」
「あれ? 妃海さん、疲れてる?」
「……えぇ、まぁ。貴方の入学は、関係各所にイロイロと波紋を呼んでいるようなので」
「あー、それは素直にゴメンナサイ。妃海さんには、色々迷惑掛けちゃってる」
「……いえ、構いませんよ。根本的に、貴方に罪はないんだから」
「そう言って貰えると嬉しいよ。──あ、その書類整理、僕も手伝おうか?」
「いえ、この書類は全て一度私が目を通す必要があるので」
「そう? ならゆっくりさせて貰うけど。……あ、そう言えば」
「まだ何かありましたか?」
「うん。ほら、この前アレを貸していたでしょ? “サペレーション・クロス”とか」
「あぁ、そうでしたね。今は手元にありませんが、もう“クロス”の鑑定は終わっているので、すぐに返却させて頂きますよ」
「なら良かった。……勿論、鑑定したのは信頼の置ける人ですよね?」
「当然です。貴方のことは一切その方には伝えていませんし、アレのこともしっかりと口止めをしています。……とても残念がっていましたが」
「あー……、アレは魔導具は魔導具でも、“神界”で見付けた“神造魔導具”だもんね。その手の学者や研究者の人なら、咽から手が出る程に欲しがるのも当たり前か」
“神造魔導具”……それは、幻霊の住む異世界──“神界”に存在する、通常より遥かに強力な魔導具である。
この魔導具は、偶に召喚した幻霊が持っていたり、“神界”に直接行った人間が持ち帰ることで見つかる物なのだが、その謎はとても多い。
そもそも、“神界”は原初の海や森が広がる未開の地で、“神界”に行く方法が確立されてから百年が経つが、未だに幻霊以外の生物──特に人が住んでいた形跡は一切発見されていない。
にも関わらず、“神造魔導具”の全ては現在の最先端魔導技術を用いたとしても造れないような物ばかり。
それ故に、“場違いな工芸品”などと呼ばれ、それら一つ一つがとてつもない価値を持っているのだ。
閑話休題。
先程会話に出てきた“サペレーション・クロス”とは、数ヶ月前に僕が発見した白銀の十字架を模したイヤリング型の“神造魔導具”で、自分で解析したから効果も使い方も理解していたのだが、妃海さんに頼まれたので“鑑定”という名目で貸し出していたのだ。
“神造魔導具”なんて、例え七名家の人間でも滅多にお目に掛かれないモノだから、妃海さんも興味はあったのだろう。
……僕は、今のところ“クロス”を含めて、“神造魔導具”を四つ持っているけど。
「……そう言えば、“サペレーション・クロス”以外の貸していたヤツは?」
「……その件なのですが、実は少々困ったコトがありまして」
「困ったコト?」
「はい……。預かっている三つの“神造魔導具”の内二つ……“サペレーション・クロス”と“ザ・ヒルト・オブ・オーロラソード”の鑑定は終わったのですが、鑑定した者が、これなら自分でも同じ魔導具を造れるかも知れないと“ザ・ヒルト”の方の返却を渋りまして」
「……いや、あれ結構必要なモノなんですけど。それも、“クロス”以上に」
「分かってます。……が、中々説得に手間取っていまして。“クロス”の方は後一時間もすればココに届けられる筈ですが、“ザ・ヒルト”の方は早くても一週間後じゃないとコチラに来ないようで……」
「……はぁ。しょうがないなぁ」
会話をしていくに連れ徐々に顔を暗くしていく妃海さんを見た僕は、着ていたコートのポケットを弄り、拳二つ分程度の長さの棒状の物体を取り出すと、それを妃海さんに投げ渡してから言った。
「じゃあ、それも貸し出しますから、その鑑定した人を頑張って説得してくれませんか?」
「えーと……これは?」
「僕が心血を込めて造った“ザ・ヒルト”の模造品だよ」
「模造品!? とっくに貴方が造っていたんですか?」
「うん。……けど、原物の足元にも及ばなくってね。刀身も短いし、燃費も悪いし、連続で使用したら二十秒も持たないし……。多分、最新技術を使ったとしても、せいぜい使用時間が二、三十秒伸びる程度だと思うよ」
「……分かりました。それを伝えたらアチラも諦めて、“ロジカルリバース・ポケットウォッチ”の鑑定に専念するでしょう」
「あ、そっちの鑑定疎かにしてたんだ」
「申し訳ありません。鑑定をしている者が、複雑過ぎて面倒でと駄々を捏ねまして……」
「あー……、あれの解析は僕も四日徹夜したからなぁ……。その分強力な効果だったけど」
「すみません。わざわざ鑑定という名目で貸し出していただいて」
「そこは気にしなくていいよ、妃海さん。それが妃海さんの仕事だし、蒼刃には恩を感じているしね」
僕はそれだけ言うと、よっと軽く声を出しながら、勢い良く立ち上がる。
そして、未だに書類と格闘し続けている妃海さんを見て、苦笑しながら聞いた。
「さて、と……。妃海さんが聞きたそうなコトは最低限言ったつもりだけど……妃海さんの方はまだ確認しときたいコトはある?」
「そうですね……。後は、使用申請がされていた魔導具の確認くらいでしょうか」
「確認?」
「はい、一応のモノですけど。……今回、貴方が校内に持ち込む魔道具は、“サペレーション・クロス”……は後で返却しますが……に、“マジン隠し”、“解析用片眼鏡”、“黒塗珠”、“写陣ノ巻物”が光二つ、風一つ、水が一つの計四つ、“散衝靴”が1セット、それに“魔光剣”が二つの計十一個でよろしかったでしょうか?」
「うん、今回申請してたのはそれだけかな?」
「これでも多い方なのですが……貴方の場合は“幻霊装機”が使えないですから仕方ないコトですか。……まぁ、取り敢えず、これ以外の魔導具を持ち込む際は、また申請して下さい。申請されていない場合、魔導具によっては停学処分もありえますので」
「それはそれで面白そうだけど……まぁ、妃海さんに迷惑が掛かりそうだからやめておくよ」
「それは……ありがとうございます」
「どういたしまして。……っと、それじゃあ、そろそろ理事長室を出るよ。いつまでもココにいたら妃海さんの邪魔になりそうだし」
「えー……っと、その心遣いはありがたいのですが、もうすぐで届く筈の“クロス”はどうしましょう?」
「うーん……。僕、どうせそこら辺をブラブラしてるだろうし、誰かに持ってこさせて貰えば助かるんだけど」
「分かりました。それでは一時間目の授業が始まるまでには、こちらから届けさせて頂きますので」
「うん、ありがとう。じゃあ、少し散歩をしてくるねー」
「散歩……ですか。是非とも、ごゆっくり」
やや笑顔を引き攣らせながらも、そう言ってくれた妃海さんに手を振りながら、僕は理事長室の窓を開ける。
そしてそのまま、躊躇無く窓の外に身を投げ出した。
「あっ!?」
それを見た妃海さんは、一瞬だけ驚愕の声を上げる。
それもその筈、この理事長室があるのは校舎の五階。
そこからいきなり生徒が飛び降りたら、いくら妃海さんだって驚いて当然だろう。
しかし、パンッという小さな破裂音と共に悠々と両足着地を決めた僕は、妃海さんの呆れたような視線を背中に感じながら、歩き始めた。
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……。
………………。
………………………………。
(………………それで? 君のワガママに付き合って、理事長室から飛び降りたワケなんだけどさ、シロガネ。一体何があったのさ?)
『ウム。実は、校門の方から美味しそうな“悪意”の気配を感じてな』
(“悪意”の気配?)
『そうだ。あの白坊主のをな』
(光輝の“悪意”? 何かの間違いじゃない?)
『ム? 何故じゃ、小僧? あの高慢ちきな白坊主のことだから、大量の“悪意”を持っていようがおかしくなかろう?』
(……確かに、光輝が大量の“悪意”を持っていてもおかしいとは思わないけど……この距離でシロガネが気付く程“悪意”を出しているのはおかしいと思うんだよ。光輝、見栄っ張りだし)
『それはそうだが……相手はあの黒髪の女子みたいだぞ?』
(那月ちゃん……かぁ。なら、納得)
『どうするのだ、小僧?』
(どうするのだ? って……。決まってるから僕に声を掛けたんでしょう、シロガネ?)
『まぁ、その通りなのだが。一応聞いておこうと思ってな』
(なら答えは簡単だね、シロガネ。これから君の食事だよ)
『よし! その答えを待っていたぞ、小僧! 早速、真正面から噛り付きに行くぞ!!』
(あ、それは却下で)
『なっ!? 何故だ、小僧!?』
(何故って……分かってないなぁ、シロガネは)
『な、何がだ?』
(光輝に真正面からぶつかるには、僕はちょっと実績があり過ぎるんだよ。)
『……どういう意味だ?』
(例え“神造魔導具”を使っても、僕が七名家の中で最も優秀な鬼才と呼ばれていた過去は変えられない。そしてその過去がある以上、例え今の僕が劣等種であったとしても、真正面から光輝にぶつかるような真似をしたら、何かあると思われるかも知れないんだよ)
『………………成る程』
(──だから、僕たちが光輝と接するなら、嫌味を言うように“悪意”を掠め取ればいいんだよ)
『……了解だ、小僧』
(なら、良かった。……それじゃあ、那月ちゃんを助けに行こうか、シロガネ?)
『お主は王子と言うより、道化の方がしっくり来るけどな』
理事長室から飛び降りた後、僕とシロガネは心の中で軽口を叩きあいながら、校門に向かって歩き始めた……。
「──────やっぱり。Dクラス、かぁ……」
「──あれー? アンタ、黒鏡の落ち零れじゃない?」
「……やぁ、久し振りだね。落ち零れの黒鏡さん?」
「そうだよー、光輝くん」
『本当、なんで生まれてきたんだろ? 黒鏡にも七名家にも迷惑しか掛けてないよね、そんな子』
『あーあ、女の子囲んで苛めるなんて、かわいそー』
「──どこにいる、劣等種!? 聞こえているんだろうっ!?」
「やぁ、おはよう、光輝」
次回、“第十八話 落ち零れのStarting Line”
「……劣等、種?」




