第十六話 始まりの日のMorning
“第一章まとめ”に銀架と那月ちゃんの挿絵を載せました。是非ご覧下さい。
引き続き、挿絵の募集をしていきます。
「何故だ!? 何故裏切ったっ!?」
夜の闇を切り裂くように、その世界に声が響いた。
月も、そして星明かりも一切ない夜だ。
その闇は「深淵」という言葉が相応しい程深く、そして悍ましい。
その闇の中に、喜悦を宿した白銀の瞳が浮かんでいるのが見えた。
闇の中の声が再び、白銀の瞳に向かって叫ぶ。
「答えろ、○○○○っ! 何故、我を裏切った!? 同じ《××××》だろっ!?」
その声はどこまでも悲痛で、聞いている私の心も切り裂くようで。
その次に白銀の瞳が発した言葉に、私は心の底から恐怖する。
「だって……私はアナタを愛しているからよ?」
「なっ……!?」
その言葉を聞いた闇の中の声は、思わず絶句したようだ。
それもその筈、愛しているのに裏切るなんて……。
「全く理解出来ないって言いたげね?」
私の心の中の声と被せるように発された白銀の瞳の言葉に、私はまた恐怖でその身を震わせた。
まるで、全てを知り尽くしていると言いたげな白銀の瞳の声を前に、私はただ声も無く震えるしかない。
闇の中の声も、白銀の瞳の言葉を聞いてからは一言も喋ろうとしない。
驚愕のあまり、言葉を失ったのであろう。
しかし、白銀の瞳は、そんなコトなどお構いなしとばかりに言葉を続けていく。
「アナタが悪いのよ? アナタが星に祈るばっかりで、全然私の想いに気付かないから」
「なっ……ぁ……」
「だから、私は星に祈るコトを──《××××》であることを止めたの。だって、私にとって星は、アナタを奪った憎しみの対象でしかないから。どこまでも、永遠に、私は星を呪うことにしたわ」
「そん、な……っ!?」
「それに……ア・ナ・タも♪」
スウと、白銀の瞳が楽しげに細められる。
それを見た瞬間、私は恐怖で体を硬直させた。
白銀の瞳は、闇の中の声に向けて言う。
「アナタが星ばかり見るなら……星が見れない場所にアナタを閉じ込めればいいのよ」
「待て、○○○○っ! お、お主、一体何を……?」
「フフッ。私はね、アナタを捕まえるために、色んな人間に力と知恵を与えたの。だから、逃げれるなんて思わないでね? もしかしたら、死んじゃうかも知れないけど」
「なぁっ!? ま、待て、○○○○っ! お主、《××××》は世界にお主と我しかいないと言うのに、同種の我を殺すと言うのか!?」
闇の中の声かせ、恐怖に引き攣った。
が、白銀の瞳は更に目を細め、そして言う。
「さっきも言ったでしょう? 私はもう《××××》じゃないって。私はもう、星を呪うモノだって」
「──────っっっ!?」
「それに……私の契約者はこう言ったわ。好きな人の最期を看取れるなんて……この上ない幸せじゃない? って」
永遠にも思える、一瞬の静寂。
私も闇の中の声も、もう何も思考することが出来ない。
ついに白銀の瞳はその目を閉じ、高らかに哄笑しながら言った。
「安心して! アナタが死んだら、私がアナタに名前をあげるから!!」
どこまでも狂気に満ちたその声が闇の中に響き……その時になって私の周りを漆黒の壁が覆い始める。
そして……私は悠久の時を閉じ込める檻に囚われて──────、
□□□
「────────────っっっ!?」
気付いたら、私──黒鏡 那月はベッドから跳ね起きて、両腕を自分の体を強く抱き締めていた。
引っ越したばかりで生活感の無い寮の一室に、乱れた呼吸音が響く。
ネグリジェが冷や汗で素肌に張り付き不快だったが、それすらも気にならない。
──ただ、恐怖が体を支配していた。
「何、今の……?」
あの闇の中に浮かぶ白銀の瞳が怖かった。
あの檻に閉じ込められるのが怖かった。
何よりも、あの狂気に満ちた愛を語る声が怖かった。
「……………………………………夢?」
自分の問いにそう答え出してみたが、それでもすぐにはその恐怖からは解放されない。
しばらくそのままの状態で時が過ぎるのを待ち、ようやく動悸が収まってから、ベッドの近くに置いてある目覚まし時計を見る。
暗闇の中、ボンヤリと浮かび上がる蛍光塗料の塗られた二本の針は、四時十七分という時間を指し示していた。
それを見た私は、小さく呟く。
「まだ、こんな時間………………」
正直に言うと、まだ眠い。
昨日は十時に寝た筈なのに、寝る前よりも疲労感を感じる。
しかし、二度寝をしたら八時までに起きられるか分からないし、何よりもさっきのような夢を見るのは嫌だ。
私は、しばらく焦点の合わない目でその時計盤を眺めていたけど、ゆっくりと溜め息を吐きながら布団を出る。
そしてそのまま、シャワーを浴びる為に部屋に備え付けられた脱衣所に向かう。
……やっぱり、再び眠る気は起きなかった。
□□□
「《闇弾》に《闇切》、《水治》に《氷治癒》、《光子描精》もあれば十分かな……」
『……朝から精が出るのぉ、小僧?』
「幻霊装機が使えたらもっと楽なんだけどね?」
『……神白 銀架が幻霊装機を人前で使うのは、契約違反だぞ、小僧』
「分かってるよ、シロガネ。別に、今言った魔法を展開出来ればいいだけで、人前で使う気なんかさらさらないよ」
『なら、良いのだが……』
喫茶“ヴィオレ”の二階にある僕の部屋で、僕は質素なベッドに腰を掛けながらシロガネと会話していた。
まだ朝の五時と早い時間だが、学校に行く準備をしているのだ。
既に、寝巻きを脱ぎ、制服代わりの漆黒のコートを纏っている。
……因みに、幻奏高校では、制服は改造OKどころか、ト音記号を模した校章さえ付けていれば何を着て行っても大丈夫である。
閑話休題。
僕は、両手の指先から蒼と黒の魔導線を出して魔法陣を描きながら、シロガネに愚痴を零す。
「……けどまぁ、本当にこうして一々魔法陣を書くのは面倒臭いんだよねぇ。……使って良い?」
『……人前じゃないなら、別に構わぬが。けど、幻霊装機は一つにつき一つの属性しか使えないのは、分かっておるであろう? どの道、《光子描精》しか展開出来んだろう?』
「まぁ、《光子描精》さえあれば、大概のコトは何とかなるだろうけど……それでも、いざと言う時は幻霊装機が欲しいんだよ」
『……納得は出来んが、否定も出来んのが辛い所だの』
「まぁまぁ。そのいざって時にはアレを使えば良いワケでしょう? その為にわざわざ髪と目の色考えているんだし」
『……分かっているとは思うが、お主の左腕にあるアレだけは、我の魔法でもどうしようもないからな。絶対に隠しているのだぞ?』
「分かってるって、シロガネ。その為に、このコートに色々と仕掛けたワケだし」
シロガネは心配性だなぁ……と呟きながら、結局《光子描精》の魔法陣も自分の手で書き上げた。
家具が少なく、生活感のあまり感じない部屋に、白・黒・蒼の魔法陣が三十枚程浮かんでいる。
僕はそれを一瞥しながら立ち上がると、バサリと、一回転して漆黒のコートをはためかせた。
それだけで、部屋中に浮かんでいた魔法陣が全て、忽然と消える。
僕は、シーツを軽く叩いて整えながら言った。
「さて、と……これで準備万端。今日も一日、何事も無く……なんてことは絶対にありえないけど、怪我一つなく過ごせそうだね」
『我も、今日の食事が楽しみで仕方がない』
僕の言葉を聞いたシロガネが、つられてそう口にする。
僕は、内心で食いしん坊め……と呟きながら、勉強机に置いてあった学生鞄を掴み、木製の扉を押し開けた。
そしてそのまま、朝食を取る為に父さんが仕事をしている調理場の方へ向かう。
食欲なんて僕には存在しないが、睡眠と同様に食べ物なしで生きていける程化け物をやめていない。
『それに、腹が減っては戦は出来ぬと言うしな』
「勝手に人の心を読まないでよ、シロガネ」
僕は、シロガネの少々浮ついた雰囲気に辟易してそう言う。
が、自分でも少々その言葉に締まりがないように感じる。
……やっぱり、僕も少々浮かれているかもしれない。
「……僕もまだまだ子供ってコトかな?」
『……? 何当たり前のコトを言っておる、小僧? 小僧は、まだまだ力のない小僧であろう?』
「うわ、きっぱり言われちゃった。否定は出来ないけど」
……けど、まぁいいや。
今は力がない小僧だとしても、これから力を付けて行けば良い。
まだ、物語は始まったばかり。
序章が終わった程度何だから。
僕は、少しだけ歩調を早めながら、シロガネに話し掛ける。
「――それで、覚悟は出来た、シロガネ?」
『……それが必要なのはお主の方だろう、小僧?』
「僕は君と契約した時に覚悟を決めてるよ」
『……それもそうじゃの』
「だから……さっきも言ったでしょう? 準備万端だって」
これから数時間後に始める僕の高校生活のコトを考え、口元に笑みを浮かべながら言った。
「――さぁ行こうか、シロガネ。ここからが、本番だよ!」
「それはまた、単刀直入に言いますね、妃海さん」
「他人事みたいに言わないで下さい! 誰のせいだと思っているんですか!?」
「あー、それは素直にゴメンナサイ。妃海さんには、色々迷惑掛けちゃってる」
「……その件なのですが、実は少々困ったコトがありまして」
(“悪意”の気配?)
『どうするのだ、小僧?』
(なら、良かった。……それじゃあ、那月ちゃんを助けに行こうか、シロガネ?)
次回、“第十七話 万全過ぎるPreparation”
『お主は王子と言うより、道化の方がしっくり来るけどな』




