第十四話 重なり響くHells season
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(──ご機嫌だね、シロガネ?)
『ウム。とても質の良い“悪意”が大量に喰えたからの』
あの七名家を散々コケにした入学試験の後、僕──神白 銀架は、今にも鼻唄を歌い出しそうな程上機嫌なシロガネと会話しながら、悠々と帰路を歩いていた。
『やはり、格下と思っていた者に出し抜かれた時の人間の“悔しさ”は、とてもいい味をしておる』
(そうなの? それなら良かった。……けど、お腹は膨れそう?)
『まさか。あの程度の量じゃ、我の強大な力の全てが取り戻せるワケがなかろう』
(まぁ……それもそうだよね)
『それに、我の腹具合は、お主だって知ることが出来るだろう?』
(……そう、だったね)
シロガネの言葉を聞いた僕は、心の中で小さく頷き、漆黒のコートの上から左の二の腕をギュッと掴む。
それを“見た”シロガネは、確認するような口調で僕に聞いた。
『分かっておるな、小僧? ソレが八つになった時が、我の腹が満たされた時──つまり契約が完全になる時じゃ、それまでは仮の契約である故に、お主が払った対価に見合う分しか、我の力は貸せん』
(……分かってるよ、シロガネ)
『ならいいのだが……』
僕はシロガネの言葉にはっきりと返事をするが、シロガネの方はどことなく歯切れが悪い。
そんなシロガネの様子を見た僕は、小さく溜め息を吐きながら、唐突に口を開いた。
(──“俺はがつがつして『神』を待っている。いつまで経っても劣等人種だ”)
『それは……小僧のことか?』
(違うよ。Une Saison en Enferだよ)
『な、何?』
(Une Saison en Enfer。日本語訳は“地獄の季節”……僕の好きな詩人の散文詩でね。さっきのは、その一節だよ)
僕はそこまで言うと、シロガネに質問をしてみる。
(ねぇ? シロガネは、この詩をどう思う?)
『どうと言われてもな……我には酷く現実的な詩に聞こえるが……』
(なかなか鋭いね、シロガネ。この詩は後の超現実主義にも多大な影響を与えた一作でね。僕もこの一節は好きなんだ)
『ほぅ?』
(だって……待っているだけじゃあ、ずっと劣等種のままだって教えてくれるから)
『……そういうコトか』
僕がそこまで言った時、ようやくシロガネは僕の言いたいコトを理解したようだ。
けれど、ここで終わらせる気はない。
シロガネと違い、最後まで言葉を紡ぐ。
(僕は違うよ。待つだけじゃ済まさない。劣等種のまま──誰にも認められないまま終わる気なんて、さらさらない。絶対に、君の力を手に入れる)
『……お主はそういう奴だったの』
僕の言葉を聞いたシロガネは、溜め息を吐きながらそう言った。
そして、すぐに言葉を続ける。
『お主は、目的の為なら手段を選ばないと、素で言いそうだの』
(まさか。僕は死んでもそんな言葉は口にしないよ)
しかし、僕はその言葉を即座に否定した。
思わず口を噤んでいるシロガネに、僕は言う。
(目的の為に手段を選ばないのは、バカのすることだよ、シロガネ? 出発地点とゴール地点が同じでも、道が違えばゴール後の状況は大きく変わるんだから)
『………………』
(分かるでしょ、シロガネ? 同じ素寒貧から金持ちになるにも、藁稭長者と銀行強盗は違うし、同じ母親から生まれた双子でも、僕と光輝は大きく違う。正しい道を進まないと、人は落魄れるんだよ)
『それは、傲慢な白坊主の性格のことを言っているのか? それとも劣等種というお主の地位のことか?』
(……さぁ、それはどっちだろう?)
その問いに、僕は答えを返さない。
その問いに、僕は答えを返せない。
もし無理矢理答えを出すとしたら……両方正しい道を進めなかった、だろう。
(多分、僕らは正しい道を選べなかったんだよ。七名家という環境のせいで)
あの場所には倫理や道理よりも強い、力という法が存在していたから。
僕も光輝も、進みたい道を、若しくは進むべき道を進めなかったんだ。
……けど、今の僕は違う。
七年前、神白の家から追い出されて、漸くあの呪縛から抜け出すことが出来たのだ。
もう、あの家に誤った道を進まされる筋合はない。
だから──、
(僕は、目的の為なら、手段を選ぶ。自分が正しいと思う道を進む。その為なら、後退することも厭わない)
『………………』
(それが、僕の心構えだよ)
『……今回は、我の負けみたいだな、小僧』
僕の言葉を聞いたシロガネは、短く息を吐き、そう言った。
が、すぐに言葉を続ける。
『小僧……最後に、一つだけ聞きたいことがある』
(何かな? もしかして、いつ那月ちゃんからサインペンをくすねて、ついでに“殺せる証明”をしたかってコト?)
『それは、お主があの女子に脅しを掛けていた時であろう? 我が気付かぬとでも思ったか』
(いやー、計画が最初に話した時とは違うから、もしかしたらって思って)
『確かに、最初にお主が立てた計画だったら、あの女子ではなく筋肉ダルマの方を騙まし討ちする予定だったからの』
(うわ、筋肉ダルマって……闘鬼さん酷い言われようだ)
『本人に言ってみたらどうだ? きっと質の良い“怒り”が喰えるぞ?』
(やだよ。リスクが高すぎるし、悪口なんてナンセンスでしょ?)
『──フン。まぁ、それは良いが、本題だ』
(そうだった。……で、聞きたいコトって?)
『……蒼刃 雪姫についてだ』
(──────っ!?)
シロガネの口からその名が出た瞬間、僕は思わず足を止めてしまう。
それを見たシロガネは、探るような声で僕に聞いてきた。
『……お主、あの女子からは、積極的に“悪意”を取ろうとしていなかった。いや、むしろお主は、幻術であの女子と一緒にいる時は、なるべく“恐怖”を与えないようにしていたな』
(………………)
『………………何のつもりだ、小僧?』
詰問するような、シロガネの声。
それを聞いた僕は、一度大きく溜め息を吐き、再び歩き始めながら、言った。
(……さっきも言ったでしょう、シロガネ? 僕は、自分の正しいと思う道を進むって。……僕は、無差別に“悪意”を取るような真似をする気はないよ。特に、僕を蔑まないような心優しい人からは)
『……つまり、あの女子がお主を蔑まなかったから、お主はあの女子に手を出さないと言うのか?』
(違うよ、シロガネ。……あの人は、ただ僕を蔑まなかっただけじゃない)
『何?』
僕の言葉を聞いて疑問の声を上げるシロガネに、僕は言った。
(雪姫さんは……僕の心を救ってくれた、大事な恩人なんだよ)
『!? それは一体どういう──』
(──悪いけど、この話はここで終わり)
『なっ!? ここでその引きはないだろう!?』
(けど、家に着いちゃったし)
僕の突然の終了宣言に抗議の声を上げるシロガネだったが、僕はそれに取り合うつもりはない。
何故なら、先程も言った通り、目の前に僕の住む家があったから。
僕の養父が経営する喫茶店“ヴィオレ”。
僕は何やら喚くシロガネを無視しながら、その扉を押して店内に入る。
店内には、近所の女子高生や、新聞を読むサラリーマンや、カウンターの中にいる和風美人の店員をナンパしているようなチャラ男まで、様々な客が揃っていた。
……何故か、先程まで姦しく喋っていた女子高生達が、僕が店内に入った瞬間に一斉に静かになったのが気になったが。
まぁ、それは置いておくとして。
僕は、諦めて黙りこくったシロガネを放置したまま、カウンターの側まで行く。
すると、今まで必死に和風美人を口説いていたチャラ男が、相手にされなくてムシャクシャしていたのか僕に絡んできた。
「あン? 何だよ、このガキが。今、ここは取り込み中なんだよ。見て分かんねェのか、アァ?」
「いや……取り込み中って言うより、一方的に口説きかかっていたようにしか見えなかったんですけど」
「アンだと、クソガキ!? それは、どういう意味だっ!?」
「どういう意味も何も……全く相手にされてないのが分かってないの?」
「んだとっ……!?」
正直、このチャラ男を相手にする必要はないのだが、絡んで来たのは相手方だし、シロガネの間食にもちょうど良いので、適当にあしらいつつ“苛立ち”と“怒り”を引き出させる。
それで、シロガネも少しは機嫌を直してくれたようだ。
……相手のチャラ男は、想像以上に怒り狂ったようだが。
「ザケんじゃねぇよ、このガキがっ! 大人をナメてんじゃねぇっ!!」
僕の態度が相当気に食わなかったのか、チャラ男はそう叫ぶなりいきなり殴りかかって来た。
……いや、殴りかかろうとした、が正しいか。
「──煩いよ?」
チャラ男が叫ぶのを見た瞬間、僕はそう言って、左手の指二本でチャラ男の額を押した。
素人丸出しのフォームで、無意味なまでに腕を後ろに振りかぶっていた男は、ただそれだけで体の軸が傾き、見事なまでに転倒した。
僕らの遣り取りを息を潜めてみていた、店内の客達が一斉に吹き出す。
それに気付いたチャラ男は、周りを睨み付けながら立ち上がると、再び殴りかかろうとして来た。
しょうがないので、次は軽く足払いをしてチャラ男を転倒させる。
今度は、先程よりも笑い声が大きくなった。
チャラ男は大きく舌打ちをし、倒れたまま足払いを僕に仕掛けてくるが、寝転がった体勢で威力が出る筈もないので、簡単に足の裏でそれを止める。
そして、そのまま相手の足首を軽く踏みつけた。
「んぎ──────っ!?」
チャラ男は、それだけで目を大きく見開き、悲鳴にならない声を上げる。
それを見た僕は、チャラをの足を踏みつけたまま、呆れたような表情で彼に言う。
「大げさな声出さないでよ。全然体重掛けてないのに」
「い、痛っ……あ、足、退けてっ……」
「そもそも、これは一応正当防衛ですし、これでも驚く程手加減してるんだよ?」
「お、俺が悪っ……だから……あ、足」
「……? もう少し大きな声で言ってくれないと。正直、何言ってるか分からないよ」
「お、お願いしまっ……も、もう赦し……」
最初は強気に出ようとしたチャラ男だが、口を開いた瞬間に強烈な痛みが襲ってきたせいか、“怒り”と“苛立ち”が一気に“恐怖”に変わり、今では顔面を蒼白にして目尻に涙まで浮かべていた。
それを見たシロガネが、予定外の食事に歓喜しているので、僕は調子に乗ってチャラ男から更に“恐怖”を搾り出そうとしたのだが……。
「銀ちゃん、もうそろそろやめてあげなさい。ちょっと営業の邪魔になってきてるし」
先程までチャラ男に口説かれていた和風美人が、そう僕を嗜めたので、僕はチャラ男から足を退けながら素直に返事をする。
「あ、ゴメン、父さん」
「えっ!? 子持ち!? ……っていうか父さんっ!!?」
僕の言葉を聞いたチャラ男が、床に転がり足を抑えたまま驚愕の声を上げた。
それもその筈、先程まで口説いていた妙齢の美女だと思っていた人物が、実はオカマ──男だったのだから。
僕に声を掛けたこの人こそ、僕の父さんであり命の恩人──紫堂 薫さんだ。
父さんは、僕の方を不満げに見ると、口を尖らせながら言う。
「もー、銀ちゃん? 店ではママって呼んでって、いつも言ってるでしょ?」
「あ、ごめんね、ママ」
「ん、よろしい」
父さんは、僕の言葉に満足げに頷くと、未だ放心してポカンと開いたチャラ男の口に、お勘定の書かれた紙を丸めて詰め込んだ。
そして、再び僕の方に向き直る。
「……それで、試験の方はどうだったの?」
紅が差された唇から漏れたその声には、先程とは違い真剣な感情が含まれていた。
その声を聞いた僕は、しかし表情一つ変えずにその問いに答える。
「勿論、合格したよ。見ての通り、傷一つ負ってないよ」
「そう……それは、良かった」
サッと、僕の姿を上から下まで確認して、安堵の溜め息を吐きながら父さんはそう言った。
……この人は、本当に僕のコトを心配してくれていたんだろう。
父さんが、色っぽくカウンターに肘を付きながら言葉を続ける。
「……合格しちゃったなら、仕方ないわ。約束通り、銀ちゃんが幻奏高校に通うコトに、そしてソコでするコトに一切口を挟まないわ」
「……ゴメンね、ママ。心配掛けちゃって」
「良いのよ、銀ちゃん。親なんて、子供に心配させられてナンボのモノだし。……それに、銀ちゃんには、シロガネちゃんの力が必要なんでしょ?」
「………………うん」
父さんの口から、シロガネの名が出たことには驚かない。
どうしても協力が必要なごく一部の大人には、僕の方からシロガネの存在を教え、その協力を得ている。
と言っても、今のところ僕以外にシロガネの存在を知っているのは、父さんと妃海さんの二人だけだが。
僕は、父さんの問いに小さく頷いてから、言葉を続ける。
「………………僕は、やっぱり皆に認められたいから」
「……別に良いのよ、銀ちゃん。それは、決して悪いことじゃないわ。ママも、銀ちゃんのことは応援する。だからね……」
「………………?」
「ここは、“ゴメン”じゃないでしょう、銀ちゃん?」
父さんはそう言うと、小さく僕にウィンクをしてきた。
それを見た僕は、一瞬小さく息を呑み……すぐに笑みを浮かべて答える。
「そうだよね。……ありがとう、父さん!」
「どういたしまして。これから頑張ってね、銀ちゃん」
「うん!」
僕は、父さんの言葉に頷き、カウンターに入って自分の部屋に向かう。
その動作の最中、小さく欠伸をしてしまった。
これは……ちょっとヤバイかも。
シロガネのせいで睡眠欲を持たない僕が欠伸をするってことは、体の方にガタが来ている証拠だ。
事実、ここ五日は連続で徹夜をしているし。
僕はまだ、寝なくても良い身体を持つ程、人間をやめてはいない。
僕は一度振り返り、父さんに「今日はもう寝るよ」とだけ言うと、今度こそ自分の部屋に向かう。
今日はまだ、始発点に立っただけで、本番は明日からなのだ。
(明日からのために、今日はゆっくり休もうか、シロガネ?)
『それも、そうだな、小僧』
……その日、僕は夢を見ることなく、次の日の朝まで泥のように眠り続けた。
「──“──あぁ、何と寄る辺もない俺の身か。完成への燃え上がる想いの数々を、俺はもうどんな聖像に献げても構わない”」
「……それで? 宣教師様はいきなりその詩を歌われていましたが、どうかしましたか?」
「ははぁ……ですから、その一節ですか」
「もしや、“幻皇様”の身に何か!?」
「実は……本日、“幻皇様”に捧げる巫女となる少女──“彩色の乙女”が見つかりました!」
「これは……我々の悲願達成への大きな一歩となる!」
「「「我ら、世界の平和を“幻皇様”に託す力無き者共!」」」
「宜しい! 今こそ我らが動き出す時だ!」
次回、“第十五話 真夜中のAssembly”
「今回皆さんに集まって貰ったのは、とてもいい知らせがあるからです」




