第十二話 常識外れのEntrance examination
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「──僕は、神白 銀架。召喚士になれなかったから捨てられた、神白の劣等種だ」
闇の縄に縛られたまま、しかしニコニコと笑みを浮かべてそう言う銀架くんを見た私──蒼刃 雪姫は、信じられないという思いでその姿を見ていた。
白亜も闘鬼くんも、椿ちゃんも光輝くんも焔呪ちゃんも、皆絶句している。
けど、私が驚いている理由と彼らが驚いている理由は、違う。
私は一瞬、何か言葉を発しようとして……すぐに口を閉じた。
私は、既にそうする資格を奪われている。
私に許されているのは、小さく俯きただ黙って事態を見届けることのみ。
「何故、お前がここにいる……っ!?」
光輝くんが、銀架くんにそう言った瞬間、私の背後から何かがいなくなったような、そんな感じがした……。
□□□
「何故、お前がここにいる……っ!?」
フードの下から現れた自分そっくりのその顔を見た瞬間、俺──神白 光輝は、再び襟首を掴み上げて神白 銀架にそう問うていた。
神白 銀架。
他の七名家の人間より優れた魔法の才を持っていたのに、召喚士になれなかったために神白家から追い出された劣等種。
今日の今日まで生きているかどうかさえ分からなかった……いや、存在すら忘れ去られていたかつての天才。
俺の、実の双子の兄。
そんな奴がいきなり現れたことに、俺は混乱していた。
しかし、奴は皮肉なくらい無邪気な笑みを浮かべながら言う。
「も~、光輝ったら、実の兄に向かってお前はないでしょう?」
「なっ……気安く俺の名を呼ぶなっ! 劣等種の分際でッ!」
「たとえ劣等種でも、僕達が兄弟だと言う事実は変わらないよ?」
「っザけんなっ!! 誰と誰が兄弟だと──」
「──────フザけているのは、どっちかな?」
たった一言、俺の言葉を遮るようにそう言っただけで、奴はこの場にいる全員を沈黙させる。
その笑みは、未だに純粋無垢という言葉が相応しい程無邪気なままだ。
だけど……その言葉を聞いた瞬間、首に刀を突き付けられたかのような、そんな恐怖を感じる。
奴は、言葉を続けた。
「勘違いしないでよ、光輝。……僕の神白としての記憶を奪わなかったのは、君の姉である神白 白亜で、僕から神白の姓を奪わなかったのは、君の母である神白 氷雨。そして、僕と君が兄弟であるという記録を消さなかったのは、君自身なんだよ?」
「──────っ!?」
一瞬だけ感じたのは、得体の知れない恐怖。
俺は、《アイン・ヴァイス》を握って、その恐怖を何とか無視しようとする。
だけど、一度感じた恐怖を拭うことは出来ない。
(……何故? 何故、こいつは平然としていられる? 平然と、自分の家族を他人のように言い切ることが出来る? 何故、こいつは無邪気な笑顔を浮かべられる?)
その恐怖に飲み込まれ、ついに一歩退こうとしたその瞬間。
今まで感じていた恐怖や圧迫感が、まるで嘘のように消え去った。
「……え?」
「──まぁ、今はそんなことどーでもいいや」
まだ襟首を掴まれたまま、奴がそう言う。
その瞬間、その場にいる全員がホッと胸を撫で下ろした。
(って、え……?)
その事実に気付いた瞬間、俺は愕然とする。
こいつは、黒鏡先輩や蒼刃理事長を含めた全員に、プレッシャーを与えていたというのか?
そんな、馬鹿な。
こいつは、俺達よりも劣った、劣等種の筈なのに。
俺は優れていて、奴は劣っている。
そうじゃないと俺は──俺は、俺は、俺は俺は俺は俺は俺は俺は──っ!!
「──ねぇ? 質問はもういいの?」
再び奴から、呑気な声が放たれる。
それは、やはり無邪気で、何処か楽しげで、だからこそ俺を見下しているように感じられて。
その言葉を聞いた瞬間、先程まで自分の中に渦巻いていた混乱は収まり、代わりに一つの言葉が脳裏に浮かんだ。
やはり、銀架は敵だ、と。
俺は、奴の襟首から手を離し壇上に尻餅を着かせ、再度奴の白く細い首に《アイン・ヴァイス》を突き付ける。
そして、口を開いた。
「もう一度だけ聞く。何故、お前がここにいるっ!?」
「やっぱり、お前って呼ぶんだ? まぁ、お兄様って言われるよりも、ずっとマシだけど」
奴の声には、やはり恐怖はない。
まるで、ベッドに寝そべっているのかと思うような、リラックスしきった声。
それにまた苛立ちを覚えたが、殺意を込めた視線をぶつけると、奴は楽しそうにだが一瞬口を噤む。
そして、再び口を開き──衝撃の真実を告げた。
「──────入学試験」
「は?」
「さっきの襲撃事件は、僕の入学試験だったんだ」
『なっ!?』
奴のその言葉を聞いた俺・焔呪・橙真先輩・黒鏡先輩・姉さんは、一斉に驚愕の声を上げる。
蒼刃理事長とバーコード眼鏡は無言だったが、理事長は冷静に状況を判断している故の無言だったのに対し、バーコード眼鏡はダラダラと冷や汗を流し、口をパクパクさせていた。
まるで、銀架の知っている何かを、必死で口止めしようとしているように。
しかし、銀架はそんなバーコード眼鏡には全く目も呉れずに、俺達を見ながら笑い続けている。
一番最初に口を開いたのは、黒鏡先輩だった。
「──貴様は今、入学試験と言ったな、神白 銀架?」
「えぇ、そうですよ、黒鏡さん」
「それは一体どういう意味だ?」
「どういう意味、とは?」
「恍けるな、神白 銀架! 襲撃事件がどうかしたら入学試験に繋がると言うんだ!」
「……いや、まぁ、結構ダイレクトに結び付いているんですけどね」
突如声を大きくした黒鏡先輩を見て、しかし銀架は表情の変化を苦笑を浮かべる程度に留める。
そこには、怯えどころか驚きもない。
銀架は苦笑を浮かべたまま、まるで黒鏡先輩を諭すように聞いた。
「──黒鏡さんは、幻奏高校の入試の教科は知ってますか?」
「……通常教科三つ(国語・数学・外国語)に、武術試験。魔法と召喚の筆記と実技試験で八教科」
「はい、その八つで当たってます。まぁ、知ってて当然だけど」
「………………」
「じゃあ、その試験の合格基準値と、今回その値を取った人の人数、合格者の平均点は知ってますか?」
「……全教科七十五点を取ることを目安とし、総合得点で六百点以上を合格基準値としている」
「では、定員数二百人の幻奏高校に受験した千百三十二人の内、誰がその合格基準値を突破しました?」
「……総合得点が七百点の神白 光輝、六百八十四点の橙真 我考、六百十二点の紅城 焔呪、六百点の黒鏡 那月の四人だ。合格者平均点は……四百二十九点」
「つまり、定員の五十分の四十九は、合格基準値に達してないワケですよね」
「……さっきから、貴様は何の話をしている!?」
「やだなぁ、入学試験の話に決まってるじゃないですか」
「俺が聞いたのは、襲撃事件と入学試験の関係性についてだ! 誰が世間話をしろと──」
「今、その話の途中ですから、黙っててくれます?」
「──────っっっ!?」
どこまでも慇懃無礼な銀架の態度に、黒鏡先輩が絶句する。
それは、驚愕ではなく怒り故に。
銀架が口を閉じると同時、黒鏡先輩が拳を振り上げ──、
「──僕は、その入学試験で合格基準点を取っている」
銀架の呟いたその言葉を聞き、黒鏡先輩は奴の眼前でその拳を止めた。
その顔には、今度は驚愕の表情が浮かんでいる。
再び黒鏡先輩や俺達が絶句する中、白亜姉さんが掠れた声で呟く。
「銀くん、それって……」
「「──────」」
思わず出たといった感じのその呼び方を聞いた俺と銀架は、一瞬だけ表情を動かす。
俺は憎々しげに、銀架は興味ありげに。
しかし、銀架はすぐに先程と同じような笑みを浮かべ、姉さんの問いに答えた。
「実は、そこにいる妃海さん……理事長に頼み込んで、僕も幻奏高校の入試を受けさせてもらっててね」
「………………」
「多分、ここにいる皆は分かっていると思うけど、僕の召喚実技の点数は、幻霊を使ってないから零点。……けど、それ以外で全て百点を取っているんだよ、僕は」
「なっ──!?」
「それって──」
その言葉を聞き驚く黒鏡先輩や姉さんを見ながら、奴は言う。
「──総合得点は七百点。つまり、一位タイだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺と焔呪は急いで蒼刃理事長の方を振り向く。
蒼刃理事長は、その視線に気付いて小さく頷いた。
「この劣等種が、一位タイだと……っ!?」
「そんな……嘘……」
「……嘘ではありません」
一瞬、蒼刃理事長のジェスチャーが何かの間違いかと思ったが、はっきりと口に出されたことにより、その可能性が霧散する。
銀架は影に縛られたまま、呆然としている姉さんに聞く。
「僕が嘘を吐いてないことは理解して貰えたかな、白亜さん?」
「………………っ」
銀架の他人行儀なその呼び方を聞き、一瞬だけ姉さんが顔を強張らせる。
しかし銀架は、それを気にすることなく、今度は焔呪の方に目を向けた。
「……久し振りだね、焔呪ちゃん」
「……っ! アンタのことなんか、殆ど覚えて無かったわよ、この劣等種!」
「酷いなぁ、焔呪ちゃん。昔は、僕と君と光輝の三人で何度か遊んでたのに」
「そんなの忘れたって言ってるのよ、劣等種!」
「ふーん……まぁ、いいや。それより、ここで焔呪ちゃんに問題です」
「はぁ!? 何よ、いきなり──」
「賢い焔呪ちゃんのことだから、僕と黒鏡さんの会話でこの学校の入試がどれだけ難しいか分かったと思います。それはもう、定員数の四十分の一しか合格基準値を超えられない位に。……では、この合格基準値を越した人はどういう扱いを受けるべきでしょう」
「そんなの、合格にするに決まってるじゃ──っ!?」
と、そこまで言った時に、やっと焔呪も気付いたようだ。
──銀架が、何を言いたいのか。
銀架はそこで笑みを深くして、それを口にする。
「そう、正解だよ、焔呪ちゃん。合格基準値を越しているんだから、その人は合格になるべきなんだよ。例え、召喚実技が零点だとしても」
「それ、は……」
銀架が口にしたそれは、召喚士の育成に重点を置く幻奏学園では、本来あってはならないこと。
しかし、焔呪は既に自身でそれを否定してしまっているから、反論出来ずに口を噤むしかない。
だから……焔呪の代わりに、俺が口を開いた。
「フザけるな! そんなワケがあるか!」
「……何でだい、光輝? 僕が言ったことは何処か間違っていたかい?」
「あぁ、間違っているさ! 合格基準値は、飽く迄基準に過ぎない! 召喚士の育成機関である幻奏高校に、お前みたいな劣等種が入れるワケがないだろう!」
「………………ふーん」
俺の言葉を聞いた銀架は、興味深げに俺を一瞥する。
その空色の瞳に映るのは、嘲りに似た感情。
それに気付いた俺が口を開く前に、銀架は口の端を吊り上げて言った。
「──光輝は、鈴木教頭と全く同じことを言うんだね?」
「なっ──────!?」
一瞬、バーコード眼鏡と同列に扱われたことに激昂しかけたが、しかしその怒りを飲み込んで、掠れる声で反論する。
「……鈴木教頭の言ってることは正しいからな」
「本当にそう思ってるのかい? だったら、君は酷い思い違いをしているよ」
しかし、銀架は即座にその言葉を返す。
浮かべている笑みは、やはり嘲りに似た色を宿しているが、その色ははやや薄まり代わりに別の感情が見え隠れし始めた。
それは──落胆の色。
「幻奏学園は、確かに召喚士の育成に重点を置いているけど、別に召喚士専門ってワケじゃない」
「お前っ!! そんな詭弁が通用すると思って──」
「妃海さんが、鈴木教頭に言ってた言葉だよ」
「──────っ!?」
その言葉を聞き、俺は思わず口を噤んでしまう。
蒼刃理事長のその言葉が指す意味はつまり、彼女自身──幻奏高校のトップは銀架の入学を認めているということ。
その事実に、俺は小さく歯軋りする。
が、ここで負けを認めるのは、俺のプライドが断じて許さない。
銀架を殺気に満ちた目で睨み付けながら、搾り出すようにして呟く。
「……例え、蒼刃理事長がそう仰ったとしても、鈴木教頭や他の教師達が黙ってる筈がない!」
「それはそうだね」
「え?」
蒼刃理事長の言葉がある以上、今の言葉は単なる感情論に過ぎない。
しかし、銀架はその反論を、あっさりと認めてしまう。
そのことに、思わず間の抜けた声を出してしまう俺。
そんな俺を見ながら、銀架は言った。
「………………だからこその、この襲撃事件さ」
「何っ!?」
口を開いたのは、黒鏡先輩だけだったが、俺も焔呪も姉さんも、皆一様に驚愕の表情を浮かべている。
そんな俺達を見ながら、銀架は言葉を続けた。
「さっき光輝が言ったとおり、鈴木教頭やその他の先生方は、妃海さんの言葉を聞いても僕の入学に反対してたよ。実力の無い劣等種は、幻奏高校に相応しくないって」
「その通り、だろ……」
「確かに、僕も光輝や鈴木教頭の言うことが間違ってるとは思ってないよ。曲り形にも、僕は元七名家の人間だからね。君達が体面を重視していることは、心から理解しているつもりだよ」
「………………っ」
皮肉たっぷりのその言葉を聞き、姉さんが小さく息を呑む。
が、銀架はそれを気にも留めない。
先程から尋問役に回っている俺と黒鏡先輩の方を見ながら、言った。
「だからこそ、僕の入学試験の結果が出て、しかし鈴木教頭に真正面から『お前みたいに実力が無い者は、この学校に相応しくない』と言われた三日前に、僕は聞いたんだ」
──実力があればいいんですか? って。
「「──────っ!?」」
銀架の口からその言葉が聞こえた瞬間、俺と黒鏡先輩は理解してしまった。
銀架の言っていた、『結構ダイレクトに結び付いている』という言葉の意味を。
この襲撃事件の事件の真相を。
銀架も俺達が気付いたことに気付いているようだが、まだ今の言葉の意味を理解出来ていない焔呪のために、最後の言葉を告げる。
「より正確に言うなら、僕はこう質問したんだ。『もし僕に七名家のメンバーを倒せるだけの実力があるなら、僕の入学を認めてくれますか?』って」
「「それって──────っ!?」」
「鈴木教頭は、先生方を代表して答えてくれたよ。『やれるもんなら、やってみろ!』って」
銀架の口が真相を語る度に、徐々にバーコード眼鏡の顔面が蒼白になって行き、ついには死人のようになる。
今、バーコード眼鏡は心の底から後悔しているのでろう。
自らが迂闊な発言をしたことを。
「今日の午前中に、七名家のメンバー……紅城・蒼刃・翠裂・黄道・橙真・黒鏡・神白家の人間を一人ずつ、殺さずに殺せるコトを証明する。──それが、鈴木教頭が僕に与えた、僕専用の入学試験だ」
「……本当なのですか、理事長?」
「えぇ、そうよ。鈴木が提案した試験を、私が認可したわ」
姉さんが、蒼刃理事長に事の真偽を問うと、理事長はあっさりとそう返す。
「鈴木は銀架くんじゃ、七名家の人間に指一本触れると思ってなかったようだから、試験を許可したの」
蒼刃理事長は、ただ淡々と言葉を続ける。
「──だから、責任逃れと言うワケではないけど、一応言わせてもらうわ。私自身、こんな結果になるなんて、本当に思ってなかったのよ」
『──────っ!?』
ニコニコと笑い続ける銀架を除く全員が、蒼刃理事長の言葉を聞いて唇を噛む。
今の理事長を責めることの出来る者は、ここにはいない。
絶対強者たる七名家の人間が、召喚士でもないたった一人の人間に負けることなんて、誰が想像出来ようか。
もし、この件で責められるとしたら、強者であるべきにも関わらず負けてしまった七名家の方だ。
残酷にも、蒼刃理事長の言葉からその事実を突き付けられたように感じた俺は、血が流れる程唇を噛み締めながらも、未だに無邪気な笑みを浮かべる銀架に言った。
「………………………………なら、俺達の勝ちだ」
「それは……どういう意味だい?」
俺の言葉を聞いた銀架が、その笑みを収めて俺の方を見てくる。
そんな銀架を見た俺は、逆に笑みを浮かべて銀架に言った。
「どういう意味も何もあるか! お前は殺せる証明なんて一切していないだろう!」
「……何を言ってるのさ、光輝? 僕は君の目の前で黄道さんに橙真くん、翠裂さんを倒しただろう?」
「あぁ、確かに。気絶はさせていたな。けど、それだじゃあ、殺せる証明にはならない。本当に人が殺せるレベルの魔法なら、発動するのにもっと魔力と時間が必要だからな」
「……もっと魔力があれば、その存在に気付くことも出来るし、もっと時間があれば、回避することも可能だって言いたいのかい?」
「分かってるじゃねぇか」
銀架が無表情になり、そう口にするのを見て、俺は笑いながらそう返す。
そう、気絶するだけじゃあ、殺せる証明にならない。
そして、ずっと俺達と戦い続けていた銀架には、気絶させること以上が出来ない。
──つまり、神白 銀架は、誰一人として殺せない。
だから、銀架が幻奏高校に入学出来る可能性は完全に途絶えた。
勝利を確信した俺は、《アイン・ヴァイス》を肩に担ぎながら、獰猛な笑みを浮かべる。
しかし──、
「……僕が持っているのが、サインペンじゃなくてナイフだったらどうなるかな?」
「──は? 一体、何の話を」
「君は勘違いしているよ、光輝」
しているんだ? と俺が口にするよりも早く、銀架が被せるようにしてそう言ってくる。
突如、奇妙なことを喋り出し、人の言葉を遮り、剰え挑発ともとれる言葉を投げ掛けられた俺は、再び銀架の首に《アイン・ヴァイス》を突き付け、怒りに震える声で聞く。
「……今、何て言った?」
「だから、君は勘違いをしていると言ったんだよ、光輝。試験はまだ終わっていないんだから」
「……何だと?」
「いやいや、さっきも言ったと思うけれど、この試験の時間は今日の午前中──つまり、試験終了時刻は今日の正午ってこと。今は十時半だから、後一時間半も時間がある」
「フザけるな! お前はもう捕まってるから試験終了なんだよ!」
「そんなルールは無かったよ? この試験のルールは、“今日の午前中に”“七名家の人間を一人ずつ七人”“殺さずに”“殺せることを証明”することのみ。ここから逃げ出して、また最初から殺せること
を証明すれば、入学試験は合格になるよ?」
「……お前は、この状況から逃げ出せると思ってるのか?」
「光輝はまた勘違いしているようだから言っておくけど、僕は逃げ出そうと思えばここから逃げ出すことも不可能じゃないし、そもそも逃げ出す必要なんか無い」
「どういう意味だっ!?」
「忘れたの、光輝? 橙真くんがどんな風に倒されたのか」
「我考が……? ──────っ!?」
銀架の言葉を聞いた俺達は、思い出した。
我考が、目の前にいる銀架じゃない誰かの《風弾》で倒されたことを。
それに気付いた焔呪が、思わず声を上げる。
「まさか、協力者が!?」
「いや、僕は一人でこの試験を受けてたよ」
──が、銀架はその言葉を即座に否定した。
「わざわざ幻奏高校の入学式の日に、入学試験でもないのに、七名家に喧嘩を売るバカなんていないでしょ」
唖然とする焔呪に銀架はそう言い、そして何故か意味深な笑みを浮かべる。
俺はその笑みが何を指すのか分からなかったが、姉さんは何かに気付いたように目を見開いた。
そして、掠れる声で呟く。
「………………幻霊装機、展開」
その言葉と共に姉さんの右手に純白の魔法陣が展開され、そこから銀の刃と刀身に入った漆黒のラインが特徴的な純白の長剣が現れる。
《聖竜》ステラの幻霊装機、《エターナル・ムーンナイト》だ。
姉さんは白魚のような指で《エターナル・ムーンナイト》の柄を握ると、震える声で詠唱を始めた。
『……純白の光よ、我を惑わす幻影を消し去り、正しき道を示し給え。──光の上級魔法、《幻影払拭》』
《エターナル・ムーンナイト》の柄にある発現珠から純白の魔法陣が展開されると同時、姉さんはいきなりそれで銀架の眼前の虚空を薙ぐ。
そして──、
「なっ──!?」「きゃぁっ!?」「これはっ!?」
影に縛られていた銀架の姿が陽炎のように掻き消え、その下から出てきた白銀のマネキンを見て、俺達は一斉に驚愕の声を上げる。
唯一、目の前にいる銀架が幻影だと気付いていた姉さんが、それの名を呟く。
「………………白銀鋼の、魔法人形?」
『正解だよ、白亜さん』
姉さんの呟きを何処かで聞いているのか、マネキン──白銀人形の口元に張り付いている翠の魔法陣から、そんな銀架の声が流れてきた。
よく見ると、白銀人形の胸の中央には純白と橙の魔法陣が一つずつ、右手には漆黒の魔法陣が三つ程張り付いている。
張り付いている魔法陣は、翠のヤツが風の初級魔法《ヴォイス・コントロール》、純白のヤツが光の中級魔法《光子幻影》、橙のヤツが土の上級魔法《大地人操》、漆黒のヤツが全て闇の初級魔法《闇盾》だ。
この魔法陣のラインナップが指すことは、つまり──、
『その白銀人形は、優魔導鉱(魔力を投通しやすい鉱石のこと)の中でも特に伝導率が高い白銀鋼を素材としているだけあってね。それ相応の技術を持った人間が魔法陣を刻み込めば、それこそ人間のように魔法が使えるようになるんだ。だから、《光子幻影》と《ヴォイス・コントロール》で僕の振りをさせながら、刻んだ魔法陣を使って代わりに闘って貰ってたんだよ』
「そんな……ありえない!」
──今まで闘っていた銀架が、実は魔導人形だった。
使われている魔法から考えたら普通その結果が出てくるし、《幻影払拭》で《光子幻影》を無効化したことにより、その推測が正しかったことは証明されているが……信じられない。
遠隔で、闇属性魔法の名門である黒鏡先輩と、正面から闘えるレベルの闇属性の“魔響共鳴”を使い。
風属性魔法の名門である翠裂先輩が、全く違和感を覚えないレベルで《ヴォイス・コントロール》を使い。
光属性魔法の名門である神白家の俺が、近距離で気付かないレベルの《光子幻影》を使い。
そこにいる七名家の人間の誰もが、それを人間と疑わないレベルで白銀人形を操る。
それも、幻霊もいない人間が、たった一人で。
それこそ、黒鏡先輩が言ったとおり、ありえないことである。
しかし、銀架は事も無げにサラリと告げる。
『光輝なら、僕が小さい頃から、多重展開が得意だったのは知ってるでしょ?』
「フザけるな……幾ら多重展開が得意と言っても、同属性の魔法を十枚展開するのが精々だっただろうが!?」
『いやいや、光輝、それは七年も前の話だよ? その間に僕も成長してるんだからさ。今なら、七属性全部同時に使ってても三十枚、一つの属性に絞るなら三百枚は同時に展開出来るよ?』
「──────っ!? 化け物か、貴様はっ!?」
『違うよ、劣等種さ』
白銀人形の顔にある魔法陣から、淡々とした銀架の声が流れ続ける。
それは硝子の竪琴を弾いたような美しい声で、けれど起伏が殆どの無い平坦な声で。
……それなのに、何故かその声は俺を見下しているように聞こえて。
『──ねぇ、質問はもういいの?』
銀架が再びその言葉を発した瞬間、俺の中で何かがブツリと音を立てた。
俺は《アイン・ヴァイス》で白銀人形の首を思い切り斬り落とすと、壇上を見渡して叫ぶ。
「どうせ、壇上の何処かで見ているんだろう、銀架っ! 何処にいやがるっ!?」
「ちょっ、光輝くん!?」
俺の突然の行動に姉さんが驚きの声を上げ、その一瞬後。
「──────コ・コ♪」
「ひゃっ──────!?」
俺の真後ろから、焔呪の悲鳴と共に銀架の呑気な声が聞こえてきた。
「「「──────っ!?」」」
俺と姉さん、黒鏡先輩は慌てて後ろを振り向く。
そこには首を押さえて床に蹲る焔呪と、左手に《幻闇の漆黒剣》と右手にサインペンを持った俺の兄──銀架がいた。
奴は、俺の顔を見て無邪気な笑みを浮かべると、楽しげに言った。
「改めまして……久し振りだね、光輝」
「……焔呪に、何をした」
「……理解したかい、光輝? “殺せる証明”は成り立っているんだよ」
「嘘……いつの間に……?」
「いやいや……死人は人質にならないよ?」
「ふぁ、魔陣破損……」
「その劣等種に今の所負けているのは、君達なんだよ、七名家の皆さん?」
「……わぁお。幾らなんでも物騒ですよ、黒鏡さん?」
「俺は! 絶対に認めない! 貴様の勝利なんてっ!!!」
「……ちっ、くっしょぉぉぉっっっ!!!」
次回、“第十三話 弱者という名のBlind spot”
「だから言ったでしょう? 足元が疎かだって」




