第九話 フードの奥のBewitching smile(前編)
入学式に乱入してきたそのコートの男の状況は、まさに絶対絶命の一言に尽きていた筈だった。
何故なら、六人もの七名家の囲まれ、魔法陣の一つすら発現出来ない状況にまで追い込まれていたのだから。
完璧な布陣、完璧な技の選択、完璧なコンビネーションにより、七名家の完璧な勝利が手に入る。
その筈だったのだ。
しかし、その驕りがその完璧を、いとも簡単に突き崩した。
目にも留まらぬ早さで、紅城 焔呪ちゃんを指差す。
ただ、それだけの行為で、コートの男は自分を囲っていた六人の七名家の子息全員を動揺させた。
端から見ていただけの自分には、何故彼らが動揺したのか分からない。
しかし、その動揺は他のメンバーの動揺も誘い、そしてそれが絶対的な隙とミスを生み出す。
コートの男は、本当にただ焔呪ちゃんを指差しただけに過ぎない。
しかし、それを攻撃と勘違いした焔呪ちゃんはその身を竦ませ、防御魔法を展開していた四人のメンバーは一斉に焔呪ちゃんを守ろうとする。
その判断自体を、私達は非難することは出来ない。
あの時に揃っていた情報で判断するなら、それが最善だったのであろうと後でも言える。
ただ、それでもそれが失敗であったことには変わりが無いのだ。
『──闇の初級魔法、《闇弾》』
コートの男が発現したその魔法は、焔呪ちゃんに襲い掛かるコトは無く──、
──コートの男を挟んで焔呪ちゃんのちょうど反対にいた黄道 雷牙くんを、打ち倒した。
『なぁっっっ!!!??』
それを見た舞台上にいる殆どの人間が、思わず驚愕の悲鳴を上げる。
そして、そんな分かりやすい隙を、コートの男が見逃すワケもなく。
上げていた腕を下げると同時に、防御魔法を使っていた四人のメンバーの一人──神白 光輝くんに向かって一直線に走り出し……大きく跳び上がる。
そして、左手に魔法陣を展開させ、大きく拳を振りかぶって言った。
『漆黒の闇よ、我が拳を覆いて、触れしものを弾き飛ばせ。──闇の上級魔法、《獄闇黒拳》っ!』
その言葉とともに、コートの男の左手に漆黒の闇が纏わり付く。
それは、闇の上級魔法──死神の拳。
あの魔法がもし光輝くんに当たったら、確実にこの戦闘において致命的となる怪我を負い、最悪の場合死ぬ可能性だってある。
しかし、防御魔法の展開を終えたばかりの光輝くんは、即座に防御魔法を展開するということは出来ない。
そしてそれは、先程光輝くんと一緒に魔法を展開していたほかの三人も同じで、端から見ていた私達も幻霊装機の展開どころか使い魔の召喚すらしていないため、今は誰も彼を守る防御魔法を展開出来るものはいない。
つまりは……絶体絶命。
私は、思わず目を瞑り、、その光景から目を背けようとする。
しかし……その時に一人の少女の声が響いた。
『──火の中級魔法、《炎騎槍》っ!』
その声に驚いて目を開けた私が見たのは、焔紅色のツインテールとゴスロリ風の制服を振り乱しながら、《焔天苛》を突き出す焔呪ちゃんの姿だった。
彼女の突き出した《焔天苛》の先から飛び出した炎の大槍は、魔法の級の差のせいで《獄闇黒拳》を打ち消すまでにはいかなかったが、その威力を削ぎ僅かな時間を稼ぐことに成功する。
そして、その僅かな時間で、光輝くんと翠裂 嵐華ちゃんが防御魔法を発現することに成功した。
『──光の中級魔法、《光子盾》!』
『──風の中級魔法、《大気盾》!』
光輝くんの前に光と大気の壁が現れ、威力の落ちたコートの男の拳撃を防ぐ。
「やった!」
それを見た焔呪ちゃんが、無邪気にそんな声を上げる。
しかし次の瞬間、どこからともなく小さな声が聞こえてきた。
『──風の初級魔法、《風弾》』
直後、コートの男に向けて攻撃魔法を放とうとしていた橙真 我考に、風の弾丸が襲い掛かり、一撃で昏倒させる。
「なぁっ!?」
「なんで、後ろから風属性の魔法が……」
「まさか、仲間がいるのかっ!?」
「くそっ……下がれ、神白のっ!」
七名家のメンバーが再び動揺する中、最年長の黒鏡 闘鬼くんが光輝くんに声を掛けた後、その右手につける《ダークファング》から魔法陣を展開し、発現する。
『漆黒の闇よ、この地に集まりて、世界を拒む檻となれ。──闇の上級魔法、《獄闇牢獄》っ!』
その言葉と共に、コートの男・光輝くん・焔呪ちゃん・嵐華ちゃん・闘鬼くんの五人を半球状の闇の壁が覆う。
これで、コートの男は中から逃げ出すことも出来ず、また、先程のように遠方からの奇襲を成功も出来なくなった。
……が、まだ全然安心出来る状況ではない。
まだ、コートの男の仲間が残っている可能性は高いし、何より戦闘が始まって二分もしない内に七名家のメンバーを二人も倒されているのだ。
私──蒼刃 雪姫は、右手に水色の巨大な錫杖──《氷竜》カルマの幻霊装機、《アイスドミニオン》を持ちながらも、心の底から湧き上がる不安を抑えることが出来なかった。
そして──、
□□□
私──紅城 焔呪は、戦闘が始まってから二分もしない内に七名家のメンバー二人もやられたことに、酷く苛立ちを覚えていた。
(何なのよ、この男はっ!?)
私は心の中で憎々しげにそう呟き、より強く手に持った《焔天苛》を握り締める。
そして、怒りのままに魔力を込め、魔法陣を展開させて攻撃をしようとしたその時、
「焔呪、下がって俺と並べ! 黒鏡先輩は前に出てヤツの闇属性魔法を対処して下さい! 後、翠裂先輩は、一番後ろで援護をお願いします!」
と、《アイン・ヴァイス》を正眼に構えた光輝が、そう大声で指示を出した。
そのせいで出鼻を挫かれる形になった私は、少なからずストレスが溜まるのを感じたが、それでも指示に従うことにする。
今までの動きで、このコートの男が只者じゃないことは分かっている。
というか、それが分からないならただのバカだ。
このコートの男の特徴は、人の意識の死角を的確に突いてくることだ。
先程六人でこの男を囲ったが、一瞬で意識を私に集中させ、そして、誰も見ていなかった黄道先輩を倒した。
しかも、その動揺を的確に突いて光輝を倒しかけたし、その後我考が倒されるまで、仲間がいたことすら悟らせなかった。
(本当に……ムカつくほど丁寧に不意を付いてくる)
……けど、対処法がないワケでもない。
それが、さっき光輝が指示をしたフォーメーション。
一見すると、翠裂先輩を私達三人で守るようなフォーメーションに近いが、実は守る人物が全く違う。
このフォーメーションは、コートの男と黒鏡先輩を一騎打ちさせて、他の三人はひたすら先輩の死角を打ち消す。
だだそれだけに特化したフォーメーションだ。
勿論、それだと私達自身は死角だらけになってしまうだろうが、そちらの方も大丈夫だろう。
黒鏡先輩は七名家の子息の中でも強い部類に入り、そんな人と闘いながらこちらの不意を付くような真似は流石に出来ないだろうし、仲間からの遠隔攻撃も“獄闇牢獄”が弾き返してくれるだろう。
この《獄闇牢獄》は、半透明な膜状の防壁という見た目からは想像出来ない程の防御力を誇っているのだ。
それが更に黒鏡先輩の魔法である以上、光の最上級魔法でも出してこない限り、打ち破ることなんて不可能だろう。
だからこそだろうか。
コートの男は、特に表情(と言っても、見えているのは口元だけだが)を変えることはしなかったが、戦い方を大きく変更してきた。
より、正確に言うと、遠距離攻撃から、接近戦にだ。
『──闇の中級魔法、《影刃》』
コートの男のその詠唱とともに、またも左手に展開された魔法陣から、装飾どころか鍔すらない、ただ斬ることに特化した影の剣が現れる。
そして、それを掴んだコートの男は、言うが早いか躊躇なく黒鏡先輩に襲い掛かった。
「「「なっ……!?」」」
そんなコートの男を見た私・翠裂先輩・黒鏡先輩は、驚愕の声を上げる。
ここにいる七名家のメンバーの中でも、特に強い黒鏡に突っ込むようなバカがいるだなんて思っていなかったのだ。
それこそが、彼ら七名家のメンバーの驕りであり、先程と同様に隙を生み出す……筈だった。
が、私達が動揺している隣で、光輝が急いで声を上げた。
『──光の中級魔法、《光子矢》!』
その言葉と共に、光輝の持つ《アイン・ヴァイス》の柄の発現珠から純白の魔法陣が展開され、そこから飛び出した矢が、コートの男に向かって飛ぶ。
「………………」
それを見たコートの男は、軽く口元を歪めながら後ろに飛び、《光子矢》を全て回避する。
しかし、そのせいで突撃は失敗し、再びコートの男と四人は距離を取って対峙することになった。
コートの男が、ゆっくりと口元に笑みを浮かべながら光輝に言う。
「………………やるね」
「はんッ! お前が突っ込んで来るのは、正直読めてたからな」
「……へぇ? 一応聞いておくけど、何でかな?」
「簡単なことさ。お前の動きは徹底して俺達の不意を付こうとしてたからな。考え得る可能性の選択肢の中で、俺達七名家が一番最初に捨てるようなモノを選んでみたら、まさにその通りに来るんだから」
「思考が柔軟だね。実に面倒くさい」
光輝の言葉を聞いたコートの男は、笑みを浮かべたままそう言い、そして光輝に質問をした。
「じゃあ、一つ聞くけど、次に僕は何をすると思う?」
「……今さっき突進を止められたばかりだから、また突っ込んでくるなんて思わない。だからこそ、君は突っ込んで来る」
「……そこまで読まれているとは。正直、脱帽モノだよ。……だから」
コートの男はそう言うと、左手に再び漆黒の魔法陣を展開させ、詠唱を開始する。
『……ディク・シュド・ディク・ヌス、……エヴ・オル・カルム・ストゥルツ……』
「え………………?」
コートの男の口から漏れる言葉を聞いた私は、困惑して思わず呟く。
「で、でぃくしゅど……? 一体何語よ?」
「さぁ……?」
私の呟きが聞こえたのか、翠裂先輩がコートの男を警戒しながらも首を傾げた。
詠唱という方法を取っている以上、使っている魔法は上級魔法であることは分かる。
初級や中級魔法だったら、魔法陣の展開と、使用する魔法の名前を発声するだけで発現出来るのだから。
しかし、だとすると解せないことが一つある。
詠唱による魔法の発現をする場合、幾つかの条件をクリアする必要があるのだが、その一つが詠唱の内容を理解する必要があることなのだ。
この条件をクリアしないと、上手く発現することはないし、最悪の場合、魔法陣内部での魔力の循環が上手く行われず暴走を起こす。
そのため、多くの魔法を使う者は、上級魔法を使う際には、必ずと言っていい程母国語を使用するのだが……。
(あの男……さっき《獄闇黒拳》を使った時は、ちゃんと日本語で詠唱をしてた……。なのに、今は何で……?)
コートの男の言語が理解できない私は、彼が何をしたいのか想像出来ずに、酷く混乱する。
しかし、そんな私以上に、コートの男の言葉を聞いていた光輝は驚愕をしていた。
「なっ……!? せ、精霊、言語だと……っ!?」
「何っ!? じゃあ、あの男は……」
光輝の言葉を聞いた黒鏡先輩も、連鎖するように驚愕をし、そしてコートの男を見遣る。
そんな二人の驚き方を見て不安を覚えた私は、思わず光輝に縋るように聞く。
「こ、光輝? 精霊言語って、何?」
そんな私を見た光輝は、コートの男に注意を向けたまま、怒鳴るように行った。
「精霊言語ってのは、幻獣や精霊……つまり幻霊が詠唱に使う言葉だ!」
「ふぁ、幻霊が使う言葉!? じゃ、じゃあ……何であの男は、それを詠唱に?」
「そうしないと使えないんだよ! 最上級魔法はっ!!」
「「えっ!?」」
最上級魔法。
光輝の言ったその単語を聞いた私と翠裂先輩は、思わず体を硬直させる。
だって、その魔法は、七名家の中でも数える程しか使えない魔法。
魔法使いの中の魔法使いである証。
この学校で使える人間は、理事長の蒼刃当主を除けば多分一人もいないであろうモノ。
そんなモノを、目の前にいるコートの男は使おうとしているのだ。
──恐怖で、思わず顔が引き攣る。
そんな私達の姿を見たコートの男は、口元に笑みを浮かべたまま、詠唱を続けた。
『……さぁ、聞いてくれ。我の綴りし、呪いの唄を。我を捨てた世界達に今、我が憎しみの言葉を贈ろう……』
「──っ!? この詠唱は、《真闇の滅呪夜想曲》っ!?」
「目覚めない、呪い……」
「黙ってろ、焔呪! “解呪”に集中するっ!」
『漆黒の闇よ、十字を描きて、這い寄る恐怖を打ち払え。──闇の上級魔法《獄闇聖架》!』
──コートの男は、嗤った。
『闇の中級魔法、《影騎槍》!』
次回、“第十話 フードの奥のBewitching smile(中編)”。
……また騙された。




