プロローグ 秘密のContract
「アンタなんか、私の弟じゃないっ!」
大好きだった姉さんは、そう言って僕を嫌いになった。
「兄さんって、カスだったんだね」
仲が良かった弟は、そう言って僕を蔑んだ。
「あなたなんて、産まなきゃ良かった!」
優しかった母さんは、そう言って僕を否定した。
「お前みたいな劣等種は、この神白家には無用だっ!!」
厳格だった父さんは、そう言って僕を家から捨て去った。
僕──神白 銀架は、どうしようもなく劣等だった。
生まれつき、魔力の量は多かったし、魔力の質も上品だった。
技術に至っては、稀代の天才と謡われたことだってある。
だからこそ、僕は両親に、姉弟に、周りの大人たちに、多大な期待を寄せられていた。
……なのに。
僕は、幻霊の召喚に失敗した。
何回、何十回、何百回も召喚に挑戦して。
それでも、幻獣はおろか、魔獣や、魔法を持たないただの獣さえ召喚出来ず。
僕は、落ちこぼれの烙印を押され、神白の家を追い出された。
死にたかった。
期待され続けていた自分を恨みながら、僕は心の中でそう呟く。
どこまでも惨めで、どこまでも悔しくて、だからこそ死にたかった。
せめてもの慈悲と、こんな命を奪わなかった父が憎かった。
せめてもの慈悲と、神白の姓を奪わなかった母が憎かった。
せめてもの慈悲と、僕の記憶を消さなかった姉がとても憎かった。
せめてもの慈悲と、僕の記録を消さなかった弟がとても憎かった。
せめてもの慈悲と、そう言い続ける家族が死ぬほど憎かった。
憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて──!!!
『──おい、そこの小僧。お主、悪意に喰われ尽くされかけておるぞ?』
「――――――っ!?」
そう声を掛けられて、ゆっくりと顔を上げた瞬間、僕は思わず息を呑んでしまった。
僕の視界に入ったのは、白銀の鱗を全身に纏った、あらゆる幻獣よりも美しくて恐ろしい《××××》の姿。
……え? 何で?
何で伝説なんて呼ばれている《××××》が、僕の前にいるワケ?
どうして? 僕は何かした?
僕はただ、家を追い出されてから、ただ当てもなく歩き続けて。
水も飲まず、寝ることもせず。
ただひたすら、何も考えず、三日三晩ずっと歩き続けていて。
それ以外は、ただの呼吸すら面倒くさかった位なのに、それで僕は何かをしていた?
『……お主は、不必要に死に急いでいたぞ?』
まるで思考を読み取ったかの如く、《××××》が僕にそう言ってきた。
その言葉を聞いた瞬間、何故こんな場所に《××××》がいるんだ? という疑問が、綺麗さっぱりと消え去った。
それを聞いた僕は、何で《××××》がそんなことを言うんだ? とか、何で僕の心が分かるんだ? とは考えずに、不必要に死に急いでいた、という言葉にただ違和感を感じていた。
勿論、死に急いでいたのは事実だから、その言葉の後半は否定しない。
けど、不必要って、どういうこと?
僕は、《××××》がその言葉を言った理由が、全く理解出来ていなかった。
……だって、僕は本当に不必要な存在なのだから。
獣すら召喚できない僕に、“七王”と呼ばれる幻霊達の恩恵を受ける名家の一つ──神白の名を名乗る資格なんて存在しない。
むしろ、その名は僕にとって枷にしかなることがないだろう。
「……ねぇ、《××××》さん?」
気付いたら、僕の口は勝手に動いて、《××××》に声を掛けていた。
『……ふむ? 何か用でもあるのか、小僧?』
《××××》は、少し興味深げに僕を見ながら、そう聞いてくる。
まるで、僕を品定めするような視線だ。
僕は、その視線を少し不快に思いながらも、ただ呆然と見詰めながら《××××》に言った。
「僕を……殺してくれませんか?」
『………………………………』
その言葉を聞いた《××××》は、感情の読めない黄金色の瞳で僕を見た後、ゆっくりと口を開いた。
『……小僧よ。お主は何故に、そう死を望む?』
「……《××××》さん。生きていて、何かいいことあるんですか?」
僕は、《××××》から眼を反らさずに、そう聞き返す。
だって、これから先を無事に生きて行けたとしても、過去が変わることはない。
そう。
僕が召喚魔法の使えない落ち零れだから、神白の家を追い出されたという事実は、一生消えることが無いのだ。
このまま、生き恥を掻く位なら、死んだ方が……。
『……成る程のぅ。それが、お主の死にたい理由か』
再び僕の思考を読んだのか、《××××》がそう呟いた。
《××××》は、未だに感情の読めない瞳で僕を見詰め続けている。
「悪い、ですか……?」
僕は、《××××》の呟きにそう答える。
『どうだろうな?』
《××××》は、僕の言葉をそう流した。
その言葉自体は、とても素っ気無いものだ。
しかし、その言葉を口にした瞬間、感情の読めなかった《××××》の瞳の色が、明らかに変わった。
それは、そう……まるで、自分の探していた何かを見つけたかのような、歓喜の色に。
『のぅ、小僧? 少しばかり聞きたいことがあるんだが……いいか?』
「……何?」
突然《××××》がそう聞いてきたことに驚いた僕だが、取り敢えずそう返事をする。
その瞬間、《××××》は、再び口を大きく開いた。
『まず一つ目。お主は、本当に死にたいと思っておるのか?』
「………………」
数秒の沈黙を保つ僕。
それは《××××》の真意を探る為に取った行動だったが、結局の所、僕には《××××》の考えていることなど分かるワケがない。
だから僕は、諦めて口を開く。
「……本当に、死にたいよ?」
『………………二つ目』
《××××》は、少しの間を取った後、次の質問をする。
『お主は……何故そう死を望む?』
「………………」
先程と、全く同じ質問をされた僕は、一瞬だけ考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……自分が、惨めだから」
『……ふむ? 何故に、お主は自分を惨めと詰る? 力が無いからか? 認められないからか?』
「……両方に、決まっているじゃないかっ!」
《××××》の言葉を聞いた瞬間、僕はそう叫んでいた。
力があったら、僕は家族に嫌われることは無かった。
認められていたら、僕は家から追い出されることは無かった。
……そのどちらも無かったからこそ、僕は死ぬほど悔しい思いをしているのだ。
『小僧……。力が欲しいなら……認められたいなら、努力をすればいいじゃないか?』
「努力ぐらいしたさ! それも、人の十倍以上!」
『ならば……何故死のうとするんだ、小僧?』
「それでも……どれだけ練習しても、何も召喚出来なかったんだ! ……諦めるしか、無いじゃないか」
『……だから死ぬと?』
「………………」
《××××》のその質問に、僕は沈黙で答える。
その言葉の端々に感じられたのは、《××××》の蔑みや呆れたといった感情……ではなく、憐れみと少しの喜びであったから。
《××××》は、大きく口を開き、再び僕に問いかけた。
『……三つ目。つまりお主は、努力が全く報われなかったから、死のうとしているのだな?』
「……間違ってはいないけど……それが、どうしたの?」
僕は、《××××》のその言葉の真意が読み取ることが出来ず、そう聞き返す。
すると、《××××》はその巨大な口で笑みを形作ると、『四つ目の質問だ』と言いながら、僕に聞いた。
『なら、少しでも努力が報われたなら……小僧は死なないか?』
「それって……どういう、こと……?」
その言葉を聞いた僕は、呆然としながら《××××》にそう聞き返す。
《××××》は、僕に言った。
『少なくとも、今の小僧では、力を得て誰かに認て貰うことなど出来ない。……何故なら、お主が認められるような人間ではないからだ』
「──────っっっ!? な、なんでっ!?」
『……お前が、何が間違っているかも分からないような小僧だからだ』
「──なら、殺してよっ! 誰にも認めてもらえないような小僧なら、死んでも誰にも迷惑なんて掛からないでしょっ!?」
《××××》の言葉を聞いた僕は、激情に駆られて、思わずそう叫ぶ。
が、しかし、《××××》はゆっくりと首を振りながら言った。
『悪いが小僧、そういうのはお断りだ!』
『――なんでっ!? 《××××》って言ったら、災禍の中心にいる神なんでしょう!? だったら、こんな生意気な小僧の一人や二人、容赦無く殺してくれたって──っっっ!!」
『────────────小僧』
《××××》が、僕の言葉を中断した。
「………………」
《××××》の放ったその言葉から強烈な威圧感を感じ、僕は思わず口を噤んでしまう。
《××××》は、それでも何でもないと言いたげな表情で、僕を見ながら口を開いた。
『小僧。お主は、少し勘違いをしている』
「勘、違い……?」
『あぁ、そうだ』
《××××》は、その巨大な頭を縦に振る。
『確かに……我の正体は、お主が思っている通り、《××××》で間違いはない』
「──なら!」
『……が、我は人を殺したことなど、一度もない』
「………………え?」
その言葉を聞いた僕は、目を丸くして呆然としてしまう。
そんな僕を見た《××××》だったが、特に反応をすることもなく話を続ける。
『取り敢えず……我が《××××》と知っているんだから、お主は七名家と呼ばれておる召喚士の血統なんじゃろう?』
「……うん。神白の人間だった」
『神白か……まぁ、いい。問題は血統ではなく……そこに伝わる話だからな。お主も聞いているんだろう? ──というか、ちゃんと言っていたの。我が災禍の中心にいる神だ、と……』
「……うん」
二度、《××××》の問いを肯定する。
七名家の中では、《××××》は伝説に出てくる邪悪な存在として知られている。
その昔、人間たちに災いを齎した時に、僕達の先祖に当たる召喚士に追い払われた怪物として。
その話こそが、七名家が発祥した理由なのだが、今はそれを置いておく。
大事なのは、その時の怪物──《××××》についての情報だ。
僕は、その伝説がそこまで好きだったワケじゃないが……それでも《××××》のことは詳しく聞かされて来た。
曰く、《××××》は、聖と魔を併せ持つ、神の如き幻獣だと。
曰く、《××××》は、人を惑わす白銀の鱗を持った怪物だと。
曰く、《××××》は、常に災禍の中心に存在していたと。
曰く、《××××》は、その強大な力で、人々を蹂躙し尽くしたと──。
『──そこが違う』
「え?」
三度僕の思考を読み取ったのか、《××××》がいきなりそう言った。
『確かに、我は常に災禍の中心にいる存在だが、人を殺したことなどない』
「……そう、なの?」
『うむ。何せ、我はただ災禍の中心にいるというだけで、別に我自身が災禍を巻き起こしているワケではない』
「………………え?」
『……いや、むしろ逆じゃの。災禍があるから我はその中心に行き、そして、そこに集まる人の悪意を喰らっていただけなのだから』
「じゃあ、あの伝説って……」
『だから、勘違いと言っておろう?』
「………………………………」
《××××》のその言葉を聞いた僕は、ただただ呆然としていた。
特に気にしていたワケではないが、自分が正しいと思っていた常識が全く違うと知ると、人は凄いショックを受けるようである。
僕は今、それを見に沁みる程実感していた。
《××××》が、そんな僕を見て言う。
『じゃからな、小僧。我はお前を殺す気はないし、正直な所、殺したくない』
「………………そう……なんだ」
その言葉を聞き……僕は咄嗟に踵を返そうとした。
《××××》が僕を殺さない以上、この場所に留まる必要がないから、早く自らの死に場所を探そうと考えたのだ。
が──、
『──無駄だぞ、小僧?』
──《××××》がそう言うのと同時に、僕の目の前に巨大な漆黒の壁が現れた。
「──────えっ!?」
思わず足を止めて、僕はその天を衝くように聳え立つ壁を見上げる。
……今、何が起こったの?
『小僧、言い忘れていたが、ここは“聖域”と呼ばれる場所での。本来は、お主たち七名家の先祖が、我を閉じ込めるために創った結界の中なのじゃが、流石に五百年も閉じ込められておると、中の空間を弄るくらい簡単に出来るようになったわい』
「なっ──────!?」
幾ら五百年経って弱くなったと言っても、七名家の創り出した結界の中で空間に干渉する魔法など、普通はまず使えない。
だからこそ、その台詞から《××××》の力量が伺える。
本当に……《××××》は強い力を持っている。
『──羨ましいか、小僧?』
「え?」
思考を読み取ったのか……はたまた、顔にそのまま書いてあったのか。
《××××》が唐突に、僕にそう聞いてきた。
「………………………………羨ましいよ」
僕は、少し屈辱を感じながらも、《××××》の言葉を肯定する。
すると《××××》は、やけにおどけた口調で僕にこう言った。
『そうか? この力を持っていても、我は誰かに認められたことなどないぞ?』
「……それでも、無いよりはマシでしょ?」
『……なら、五つ目の質問だ』
「それ以上してるでしょう?」
『そう言うな、小僧。大事な質問という意味だ』
《××××》はそう言うと、一拍置いてから僕に聞いた。
『お主、我と契約せぬか?』
「………………なん、で? 僕みたいな、ヤツと?」
《××××》のその言葉を聞いた僕は、愕然としながらそう聞き返す。
それだけ聞き返すのが、精一杯だった。
心の底から、《××××》がそう言い出した理由が理解出来ず。
また、心の底から湧き上がる歓喜のせいで。
頭が真っ白になっていた。
《××××》は、そんな僕を見ながら言った。
『何故、か……。勿論、お主と契約するのには理由がある』
「それって……?」
『まぁ、理由は色々あるんだが……一番の理由はあれだな。五百年も“聖域”に封印されてたせいで、腹が減ったからかの?』
「………………は?」
《××××》の言葉を聞いた僕は、思わずそんな間の抜けた声を出してしまう。
……え?
たったそれだけの理由で、《××××》は僕と契約しようと言い出したの?
って言うか、お腹が空いたのと僕と契約するのと、一体何の関係が……?
……と、そんな考えが顔に出ていたのか、また思考を読んだのか(多分、両方だが)、《××××》が弁明するような口調で言った。
『……小僧よ。お主の考えておることは大体分かるから言わせて貰うが、我は今、結構“ぴんち”なのだ。だから、腹を満たす為に、我はお主との契約を申し出たのだ』
「………………はい?」
……中途半端に情報を渡されたせいか、余計に理解がしにくくなった。
流石に、《××××》もそれに気付いたのか、すぐさま情報を付け加える。
『……すまぬ。今のでは少々言葉が足りんかったな。だから、もう一度、最初から説明させて貰う』
「う、うん……」
『まず、契約する理由は幾つかあると言ったが、“お主に才がある”とか“気まぐれ”を除いた物以外は、殆ど一つの目的を達成するためのモノだ』
「目、的……?」
『うむ。一言では言いにくいが、我にはそういうモノがあっての。それを達成する為にまず、我は腹を満たしたなければいけないのだ』
「それは、五百年間も“聖域”に閉じ込められていたから……?」
『うむ。五百年の間に、我の力は殆ど失われたからの』
「嘘っ!? 七名家の創った結界で空間操作が出来る位なのに!?」
『逆だ、小僧』
「……逆?」
『そうだ、小僧。我は“聖域”内でも空間操作が出来るのではなく、世界と隔離され閉鎖的となった“聖域”内だからこそ空間操作が可能だった。……今の我では、“聖域”外での活動は殆ど出来ん。空間操作どころか、中級……もしかしたら初級魔法すら使えんかも知れないからな』
「そんなにっ!?」
『何を驚いておる? お主の言った通り、“聖域”とは七名家の創った結界だぞ? 今でこそ完全な支配下に置いてあるからそれなりの力が使えるが、当初は物凄い勢いで我の力を奪っていっておっての。結界を出ることは可能なのだが、そのせいでここ四百九十年程、“聖域”を出る決心が出来なかったのだ』
「……っっっ!?」
《××××》のその言葉を聞いた僕は、再び絶句してしまう。
“決心出来なかった”ということはつまり、やろうと思えば出来たということだ。
……結果的に《××××》を弱体化させて五百年間の封印に成功していたとは言え、下手したら最悪十年しか《××××》を“聖域”に留められなかったという事実に、僕は戦慄する。
「……って言うか。《××××》さんって、どれだけ優柔不断なんですか?」
『……お主、案外ばっさり切り捨てるのじゃの』
「まぁ、それはいいとして。……《××××》さんが目的の為に、僕と契約しようとしているのは、分かりました。けど……」
『……けど?』
「……何で、《××××》さんはお腹を満たすために、僕と契約するんですか? 理由ではなく、その二つの関連性が分かりません」
『……あぁ! つまりお主は、何故我がお主と契約すると、我の腹が膨れるのかを不思議に思っておるのじゃな?』
「そういうことです」
《××××》のその言葉を聞いた僕は、首を大きく縦に振る。
最初から、それが不思議でしかなかった。
……が、むしろ《××××》の方が不思議そうにしながら、僕に言った。
『ふむ……。しかし小僧、我は先程言った筈だぞ?』
「……何、を?」
『我が、“悪意”を喰う、ということをじゃ』
「………………え? それと、契約することとが……」
『まだ分からんのか、小僧? 我がお主と契約したいのは──』
“──お主が今、災禍|の(?)中心にいるからだぞ?”
「う、そ………………?」
《××××》のその言葉に、今度こそ僕の頭の中が真っ白になる。
《××××》は言った。
『ただ巻き込まれたのか、誰かに入れられたのか、それともお主が創ったのか。そのどれかは知らんが、お主が災禍の中心にいて、人々の悪意に晒されていることに変わりはない』
「っ……!? ………………だか、ら?」
『あぁ……。お主に集まる“人の悪意”を喰らう為に、我は契約を申し出たのだ』
「……でも、それじゃあ」
『……ウム。確かに、我はお主に“力”をやるが、誰かに“認められ”たら困るの』
《××××》は、僕の目をじっと見据えながら、きっぱりとそう告げる。
それは暗に、誰にも認められるなと言っているようなものだったが。
……いや。
暗に何も、《××××》のその黄金の瞳は、嘘偽りなく僕に言っていた。
“我の力を望むなら、その身を悪意に晒し続けて、我を満足させてみろ”と。
……。
………………。
………………………………。
……僕は、よく働かない頭で《××××》の言葉をよく吟味をして、ゆっくりと口を開いた。
「………………《××××》さん」
『……何だ、小僧?』
「……《××××》さんが僕に求める代価は、分かりました。けど、まだ《××××》さんが僕にどんなものをくれるのか、はっきりと聞いてません。だから、それを教えて下さい」
『………………』
僕の言葉を聞いた《××××》は一瞬だけ黙りこくり……そして口を開いた。
『……お主が力を隠蔽するという条件の下なら、全部で二つの力をくれてやる。一つ目は、幻霊装機等、他の幻獣でも使える召喚魔法。ただし、通常ではなく異常なモノだが。二つ目は、今のお前の属性を、より強いモノに変えてやる。白から、銀に』
「それだけ?」
『勿論、お主が代価を払い終えた時には、より良い待遇にしてやる』
「正確には?」
『……我がお主への絶対服従を近い、お主が望む“力”をどんなものでも一つ、必ずくれてやる』
「………………“誰からも認められるような力”とかでも?」
『お主が、それを本当に望むのならば』
……。
………………。
………………………………。
一秒にも、一分にも、一時間にも、一日にも、一週間にも、一ヶ月にも、一年にも、一生にも思える、一瞬の思索。
その後に、僕は口を開いて《××××》に言う。
「……いいよ、契約しても」
その言葉を聞いた《××××》は、まるで人間のように安堵の溜め息を吐いた後、僕に言った。
『なら、我の名を呼ぶと良い。お主の思うがままに。《××××》と言うのは、我の種族名に過ぎんからな』
「……分かった」
僕は、《××××》の瞳を真正面ら覗き込みながら、“聖域”中に響き渡る声でこう言った。
「僕に、その力を貸してくれ、“白銀”!」
直後、視界が暗転し、その名が気に入られたのを理解しながら、僕はゆっくりと胸に手を当てる。
そこに、巨大な何かが入り込んできた感じた僕は、『契約成立だな』と呟くシロガネの声を頭の片隅で聞き取りながら、闇の中に意識を放りなげた。
□□□
「うぅ~、寒いわね。ホント、冬は嫌になっちゃうわ!」
その日の早朝、喫茶“ヴィオレ”のマスターにして、和風美人と名高いオカマだある紫堂 薫は、いつも通り掃除をするために店の外に出た。
と言っても、時間はまだ五時前で、空にはまだ星が見えている程、辺りは暗い。
なので、まだ商店街にある殆どの店がシャッターを下ろしたままだし、ランニングをし出すような人も少ない。
「ホント、この時間は誰もいないのよね~……」
薫はまだ閑散とした通り見ると、そう言って路地裏にある箒を取りに行こうとする。
この時の薫はまだ、今日もいつも通りの平和な日常を過ごすのかと考えていた。
……が、次の瞬間、薫はいつもとは違う、非日常的なモノを見つけてしまう。
それは、路地裏に倒れた、人の姿。
薫は、一瞬それを酔い潰れたサラリーマンか何かかと勘違いする。
が、いつも通り叩き起こそうとして、それに近づいた瞬間、薫は気付いてしまった。
黒いコートを着込んで、フードで顔を隠したその人物の背丈が、どうみも小学生程度のサイズしかないことに。
そこでようやく、いつも通りとは違うことに気付いた薫は、慌ててその人物を抱え起こし……思わず息を呑んだ。
抱え起こした人物は、やはり少年と言うのも憚れるほど幼い男の子だったのだが、薫はそれで息を呑んだワケではない。
問題なのは、その男の子の容姿。
処女雪のような白い肌といい、少女と見紛う程のその中性的な容姿といい、この男の子は稀に見る美しい容姿をしていたのだ。
思わず(オカマだが)同性である薫が、数秒間見蕩れていた程である。
が、薫はすぐに正気に戻ると、その男の子の胸に耳を近付けてみた。
「……うん、死んではいないみたい」
薫はそれだけ確認すると、ゆっくりと胸を撫で下ろした。
そして、薫は驚く程軽い彼の体を抱き、取り敢えず店内まで連れて行こうとして──、
「………………う、ん?」
「あっ! 起きたの、君?」
抱かかえた瞬間に、男の子が目を覚ましたので、薫はゆっくりと彼を立たせてあげる。
そして、自らがしゃがみ込んで視線を男の子と合わせると、薫は男の子に聞いた。
「ねぇ、僕。僕は、何て名前? 何歳?」
「……え、えーとぉ」
少し早口で言ったせいか、男の子は少し戸惑った表情を見せる。
が、すぐに薫の顔を見返しながら、ゆっくりと言った。
「ぼ、僕は……銀架。神白 銀架。年は八歳」
「かみ、しろ……。それって、あの七名家の?」
「うん」
「………………」
男の子――銀架のその言葉を聞いた薫は、思わず黙り込んでしまう。
フードの隙間から零れる純白の髪を見た時から薄々分かっていたが、まさか本当に神白の子とは。
……薫は、もう一度銀架に質問をする。
「ねぇ、銀架くん? 何で銀架くんは、こんな所にいるの?」
「それは……」
薫のその質問を聞いた瞬間、銀架はその美貌に暗い影を落とす。
そして、先程より明らかに落ち込んだ声で、薫に言った。
「……家から、追い出されたから」
「え?」
「僕は、幻獣と契約出来なくて、召喚魔法が使えない劣等種だから。父さんにも母さんにも、姉さんにも光輝にも嫌われて。家から追い出されたから」
「……だから、ここにいたの?」
薫のその問いを聞いた銀架は、ゆっくりと首を縦に振る。
それを見た薫は、今度こそ絶句してしまう。
ただ力がない、それだけで八歳の子供を捨てる七名家の行動に、心の底から恐怖を覚えていた。
だから薫が気付いた時には、彼は銀架を強く抱きしめていた。
「お兄、さん……?」
「……ねぇ、銀架くん?」
薫は、銀架を抱きしめながら、囁きかけるように彼に聞いた。
「……つまり、銀架くんには、帰る場所がないのね?」
「……うん」
再び、首を縦に振る銀架。
それを見た薫は、ゆっくりと彼の背中を摩りながら言った。
「……なら、私の店に来なさい。私が君を、愛情を一杯注ぎ込んで、育てて上げるから」
その言葉を聞いた銀架は、驚きで目を見開き……ゆっくりと目を閉じた。
まだ出会って一時間も経っていない二人だったが、銀架は薫が信頼に値する人物だと気付いていたし、薫は何が何でも銀架を守ろうと心に決めていた。
つまり、運命の出会いだったのだ。
この日から、後に“白銀の契約者”と呼ばれるようになる少年の、第二の人生が始まった。
「……オイ、聞いたか? 今年の新入生のこと」
「………………は? バカでしょ、その方」
『──泣けてくるのか、小僧?』
(僕だって、代価をちゃんと支払っているから、立場は対等でしょう?)
『さぁ? それはお主次第だな』
(アレって……アレのこと?)
『羨ましくないのか?』
(白坊主って……)
『ムゥ……それなら良いのだが』
次回“第一話 憂鬱なOpening”
(安心してよ、シロガネ。僕だって、早く力が欲しい気持ちは同じなんだから)