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奴隷墜ちの少年、転移を思い出す  作者: レモンティー


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第一話:奴隷、価値を証明する

鉄の首輪が、やけに重かった。

錆びた匂い。汗。乾いた血。

薄暗い小屋の中で、少年はぼんやりと天井を見上げていた。

「……水、だ……」

喉が焼けるように痛い。

だが桶には、濁った水がわずかに残るだけ。。

――ここはどこだ。

その疑問すら、これまで浮かばなかった。

ただ殴られ、働かされ、眠るだけの毎日。

名前も、過去も、何もない。

……はずだった。

不意に、耳鳴りが走る。

キィン――と、高く鋭い音。

次の瞬間。

「――思い出した」

断片だった記憶が、一気に繋がる。

酒。笑い。ふざけて再現したドラマのワンシーン。

「僕は死にません」――そんな台詞。

そして。

突っ込んでくるトラック。

避けきれない速度。

(……車は急に止まれない、か)

自嘲が浮かぶ。

「……馬鹿な死に方だな」

だが、その先があった。

「……そうだ。俺は――転移者だ」

ここは元の世界ではない。

自分は、別の世界から来た人間だ。

思い出した瞬間、全てが繋がる。

――だから違和感があった。

この世界の常識。道具。やり方。

どこかが、明確に“遅れている”。

少年はゆっくりと体を起こす。

痩せ細った体。傷だらけの腕。

だが――その目だけが変わっていた。

もはや、飼い慣らされた奴隷の目ではない。

「……使えるな」

小さく呟く。

武力はない。

魔法も使えない。

だが。

「――知識がある」

ギィ、と音を立てて入ってきたのは、主人だった。

太った男。金の指輪。

嫌な笑い方をする商人。

「おいガキ、まだ生きていたか――」

「取引しませんか?」

一瞬、空気が止まる。

「……は?」

主人が眉をひそめる。

「お前、立場わかってるのか?」

「分かってます。だから言ってるんです。」

少年はまっすぐ見上げた。

恐怖は、もうない。

「俺は“金になる”」

その一言で、男の目の色が変わった。

「……続けろ」

「まず一つ。石鹸」

「……石鹼って貴族が使ってる泡が出るという高い値段のあれか」

「そうです。」

少年は淡々と続ける。

「汚れが落ちる。匂いが消える。――それだけで価値がある」

一拍。

「もし、それが“安く大量に手に入る”としたら?」

男の顔が固まる。

「作り方を教えます。大量生産もでき貴族にも売れます。軍にも売れますよ」

貴族。商人。軍。

確かに売れる。

男の喉が、わずかに鳴る。

その一言で、さらに男の目の色が変わった。

「……続けろ」

「もう一つ。橋です」

「橋?」

「木材だけで組め、素早く何度でも使える構造を教えます。」

少年は言い切る。

「今のやり方なら何か月もかかる橋が、数日で終わります」

男は黙る。

橋は“流れ”を握る。

橋は“利権”だ。

人も物も、全ての流れを握る。

流れは――金になる。

「……値段は?」

来た。

少年は、ほんの少しだけ笑う。

「俺の自由だ」

即答だった。

男の目が細くなる。

「ふざけるな。お前は奴隷だぞ」

「じゃあ他に売れってください」

少年は肩をすくめた。

「でも、その前に俺は“何も教えない”」

「……」

「俺が死んだら、終わりだ」

完全な沈黙。

外から、風の音だけが聞こえる。

やがて、男が口を開いた。

男が、低く言った。

「嘘だったらただでは済まさん。……証明しろ」

低く、押し殺した声。

試す気だ。

だが同時に――“乗ってきた”。

少年は頷く。

「材料をください」

「何がいる」

「灰。油。水。それと――鍋」

「……それだけか?」

「それで十分です」

男はしばらく睨みつけ――やがて舌打ちした。

「おい、用意しろ」

外にいた奴隷に命じる。

やがて、粗末な鍋と、灰、獣脂が運ばれてきた。

「逃げようとしたら分かってるな?」

「逃げませんよ」

少年は淡々と答え、鍋の前に座る。

その動きに迷いはない。

「見ててください」

火が入る。

油が溶ける。

そこに灰を混ぜ、水を加える。

かき混ぜる。

ただ、それだけ。

だが――

「……なんだ、その匂い」

男が顔をしかめる。

最初は臭い。

だが、次第に変わる。

油の腐臭が消え、代わりに“違う匂い”が立ち上る。

少年は手を止めない。

「まだです」

さらに混ぜる。

時間をかける。

やがて――

「……固まります」

鍋を下ろす。

冷やす。

しばらくして、少年はそれを手に取った。

「使ってください」

差し出す。

男は警戒しながら受け取る。

「……どうやる」

「水をつけて擦るだけです」

男は半信半疑で、手に水をかけ――擦る。

その瞬間。

「……は?」

泡が立つ。

白く、きめ細かい泡。

男の目が見開かれる。

「……なんだ、これ……」

汚れが落ちていく。

油が、匂いが、すっと消える。

「……」

沈黙。

数秒。

やがて、男はゆっくりと顔を上げた。

その目は――完全に変わっていた。

「……こりゃすげぇ 本当に作りやがった」

低い声。

先ほどまでの“主人”の声ではない。

商人の声だ。

少年は即答する。

「大量に売れば、金貨が積み上がります」

「……橋は?」

「もっと儲かります」

間髪入れずに返す。

男は笑った。

今までの嫌な笑いではない。

“獲物を見つけた”笑いだ。

「……いいだろう」

一歩、近づく。

「条件を言え」

来た。

少年は、まっすぐに見上げる。

「……まず、時間をください」

「時間?」

「はい。試作品を作ります」

男の眉がわずかに動く。

「ほう……口だけじゃないってことか」

「証明します」

一拍。

静寂。

周囲の奴隷たちも、息を呑んで見ていた。

やがて男は、口の端を吊り上げる。

「いいだろう。何が必要だ?」

少年は即答した。

「長さの揃った小板を、十六本」

「……十六?」

「はい。幅は均一。割れていないものを」

「釘は?」

「いりません」

その一言で、空気が変わった。

「……は?」

男の目が細くなる。

「釘も縄も使わずに橋を作るって言ったか?」

「はい」

「崩れたらどうなる?」

「価値がない、というだけです」

即答。

迷いがない。

男は数秒、少年を見つめ――

笑った。

「面白ぇ」

振り返る。

「おい、木材庫から板を持ってこい。こいつの言う通りにしろ」

「へ、へい……」

ざわつき。

数分後。

地面の上に、粗削りだが条件通りの小板が並べられた。

十六本。

少年はそれを確認し、ゆっくりとしゃがむ。

(……記憶は、ある)

頭の奥。

かつて見た構造。

単純だが、理屈は美しい。

「始めます」

誰も口を挟まない。

少年は、まず二本を手に取った。

交差させる。

次に、三本目。

差し込む。

四本目。

噛ませる。

――カチリ。

木と木が、わずかに食い合う音。

「……おい」

誰かが呟く。

「なんだ、あれ……」

少年の手は止まらない。

一定のリズム。

交差、差し込み、固定。

まるで“編む”ように。

板が、互いを押さえ合う形に組み上がっていく。

釘はない。

縄もない。

だが――

「……形になってきてる」

半ばを過ぎた頃には、すでに“橋”の輪郭が見えていた。

湾曲したアーチ。

下から支えがなくても、自立している。

「バカな……」

男が一歩、近づく。

最後の一本。

少年は慎重に差し込んだ。

――ギシッ。

一瞬、軋む。

全員の視線が集まる。

だが。

「……完成です」

少年は手を離した。

沈黙。

橋は――崩れなかった。

地面に置かれた即席の台の上で、アーチ状に美しく立っている。

レオナルド・ダ・ヴィンチが考案した木造の組積構造橋が出来上がっていた。

「……乗せろ」

商人の男が低く言う。

「重りだ」

すぐに石が運ばれる。

ひとつ。

ふたつ。

みっつ。

橋は――耐える。

「まだだ」

さらに乗せる。

ギシ、ギシ……。

だが、崩れない。

むしろ、締まる。

構造が、より強固になる。

「……はは」

男が笑う。

今度は完全に“商人の笑い”だった。

「面白ぇじゃねぇか……!」

少年を見る。

その目はもう、“奴隷”を見る目ではない。

「で?」

口角を上げる。

「これで、いくら儲かる?」

少年は、静かに答えた。

「輸送コストが激減します」

「ほう」

「釘も金属も不要。現地の木材だけで即席の橋が作れます」

「……続けろ」

「壊して運べば、何度でも再利用できます」

一歩、踏み込む。

「軍でも、商隊でも使えます」

沈黙。

そして。

男は、はっきりと笑った。

「……いいだろう」

その声は、決定だった。

「交渉に入る価値がある」

少年の首輪が、わずかに軋んだ。

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