第一章 想い草
初めて彼に出逢ったのは中学校の入学式でした。
彼は、校門の前で友だちらしき方々とお話をしていて、身長は私より頭一個分ほど低く、髪型は女の子のように肩まであり、その都度見せるクシャッとした笑顔が、まだ幼さが抜け切れていない小学生のようで、なんだか可愛らしいというのが最初の印象でした。
私たち親子は、入学式と書かれた看板の前で記念写真を撮り終えて、校門の中で待っていた先生がご両親は体育館へ、私たち入学生は各教室へ向かうようにと仰っていましたので、私はその場でパパとママと別れ、待ち合わせしていた友だちと合流して、学校の玄関に一番近い正門へ向かいました。また違う先生が下駄箱の前で待っていて、近くの掲示板に貼ってあるクラス表を参考にして、自分の教室へ向かうようにと仰っていました。
掲示板を見ると、
“1-A 野田 綾子 のだ あやこ”
とありました。
私は高鳴る気持ちを抑えつつ、少しの不安と期待を覚えながら、友だちと自分の教室へ向かいました。
私の苗字が“の”から始まるので、なんとなく教室の真ん中あたりに自分の席があるものと思っていましたから、探しながら歩いて行くと、私の席は窓際から三番目の列最後尾にあり、幸いにも、左右の席には同じ小学校からの友だちだったので、喜びと安心感を抱きながら席に座ることができました。
少ししてから彼が教室に入って来て、なんとなく彼のことを目で追っていると、彼も自分の席を探しながら窓際の列最後尾にたどり着いて座りました。左の席は仲の良かったユメちゃんという子で、入学式のことやこれからの学校生活について話していました。ユメちゃんと話しているあいだ、彼女越しに見えていた彼の姿勢を正して静かに座っている姿は、私と同じで緊張しているのか、もしかすると育ちがいいのかなと思いました。
教室の席が生徒で埋まると、先生が教室のドアを閉めて、自己紹介と挨拶を始めました。生徒の名前を一人ひとり呼び終えたあと、すぐに入学式の説明を行い、廊下に整列するよう私たちに促しました。私は名前の順番通り廊下へ一列に並び、体育館へ向かいました。そのあとは形式ばった催し、中学校の入学式が始まり、晴れて、私は中学一年生になりました。
次の日、私はユメちゃんと少し早く教室に入りました。遅れて、彼は友だちと教室に入って来て、彼が自分の席に座るなり上半身をだらけて机に寝そべりました。彼に昨日の行儀良さはなく、見るからに別人のようでした。朝礼が始まり、先生から注意を受けるまで机に寝そべっていたので、おそらく、昨日の夜はあまり眠れなかったのかなと思いました。
その日は授業というより、学校のルールやマナー、今後の授業内容や各生徒の自己紹介、校内の案内まで終えて、お昼には帰宅ということになりました。そのあいだも彼は気怠そうにしていて、なんだか残念な気持ちになったことを覚えています。
私の家は他の家庭とは違い、教会の二階と三階にありました。両親は熱心なクリスチャンで、父は牧師でしたから、私も小さい頃から聖書に触れる機会があり、その甲斐もあって、真面目にすくすくと育ったのだと思います。決まった週や日曜には多くのクリスチャンが教会に訪れるのでいつも賑やかな環境でした。
圧迫感のない家庭環境というべきでしょうか、育ち過ぎた私の身長は中学一年生にしては背が高く、小学生のころはその身長のせいで男の子からよく揶揄われていたこともあり、とてもコンプレックスでしたが、中学生になってからは身長のことでとやかく言われることもなくなりました。また、視力が悪く、不便にも常に眼鏡がなければいけませんでした。勉学は得意な方でしたが、運動はからっきしダメで、体育の時間は彼の運動神経が羨ましく思えたものです。
彼は、ある日から体育の時間以外は机に寝そべって眠るようになりました。私たち女の子のあいだでは、彼は実は勉強ができるので、授業中は寝ているのかもしれないという噂がありましたが、そんなことはなく、案の定、テストの点数はゼロ点に近く、逆にどうしてそのような行動と結果をもたらすのか不思議でなりませんでした。
時折、授業中に先生から注意を受けると、彼はムスッとした表情で反抗的な態度を取り、またそのまま眠りに着くのでした。起きているときは、窓の向こうを眺めているか、筆記用具で手遊びするか、机の上やノートにお絵描きをしているようでした。私はそのころから彼の奇行が気になり、ことあるごとに目で追うようになっていました。
お昼の時間になって、彼とは別々のグループでお弁当を食べていました。彼にお弁当はなく、コンビニで買ってきたであろう菓子パンやおにぎりというさもしさで、彼のご両親はお弁当を作らず何をしているのか疑問に思っていました。
お昼休みというのがあって、私はその時間に三階の図書室で過ごすようになり、彼は外でドッチボールやサッカーをして遊ぶようになりました。ちょうど、図書室から彼の姿が見下ろせて、彼が楽しそうに遊んでいる姿を目にしては、その元気を勉学にも発揮すればいいのにと頭の隅で思うばかりでした。
気づけばひと月ふた月と過ぎ、中学校生活にも慣れ始めたころ、私は勉学と美術が得意な方だったので、先生や仲の良かった友だちから誘われたこともあり、私は科学部と美術部に入部することになりました。彼の方はというと運動だけは得意だったようでバスケ部に入部していました。
彼は、入学当初から女の子の受けが良かったようで、ユメちゃんでさえも少し好意を抱いていた様子でした。彼に惹かれる要素としては、その容姿や運動神経の良さから普段の授業態度の悪さを差し引いても、残るのは何を考えているのか見当もつかないミステリアスな部分とその奇行さで、誰といても一際浮いていたように思います。
友だちからの噂で聞く限りでは、掃除当番でもないのにひとり残って掃除をしていたり、仲間外れの子に率先して手を差し伸べていたりと、私の中では彼の普段の言動に対して矛盾を感じるところがありました。私は彼が格好いいとはさほど思いませんでしたが、なぜか気になって見てしまうという点では他の女の子と同様でした。
毎年、行われる催しとして、学年毎の合唱コンクールがありました。私はピアノが弾けたので、先生からピアノの奏者か指揮者をお願いされました。奏者か指揮者になれば、今後の内申点にも繋がるということで、できる人も少ないというのもあり、担任の先生と音楽の先生からは両方を勧められ、渋々、私はそれを受け入れました。
音楽の先生からはみんなの前で演奏や指揮者をやるのは、緊張や恥ずかしさが生じてしまうけど、それは最初だけと仰っていましたが、それよりも実のところ、彼と目が合い、しばらく見つめている状況に私は恥ずかしくて頬を赤くするのでした。
次第に奏者と指揮者としての自覚が芽生え始めたころ、彼が私を見て歌ってくれているということに、独り占めしているようでなんだか緊張や恥ずかしさが優越感に変わってゆくのを覚えました。
彼は自己表現があまり得意ではないのか、声は小さく、指揮者の私からすると、もう少し頑張ってほしいというのが切実に思うところでした。
彼の残念な点が数え切れなくなってきたころ、彼が美術の時間に居眠りをして、美術の先生から放課後居残りするように促されていました。私と友だちは美術部でしたので、彼と放課後の美術室をともに過ごしました。授業の内容は三色の絵の具を使い、掛け合わせた色合いで十二色作るという簡単なものでしたが、彼は悪戦苦闘していたようで、なんだか可哀想になり、私なりにいくつかアドバイスもしてみましたが、聞く耳を持たず、挙げ句の果てには、三色の絵の具で掛け合わせもせず、十二色の絵の具をそのまま使い、時間になってやって来た美術の先生に提出してしまいました。美術の先生はその素行にひと目で気付き、彼に対して、このまま提出すると評価を落とすしかないと言いましたが、彼は早く家に帰りたいのか提出してしまいました。美術の先生からは口も聞きたくないと言われ、信頼できない子というレッテルを貼られていました。美術の先生から帰りなさいと言われて、彼は謝ることもせず、そそくさと帰路に立ってしまいました。私も先生と同様、不愉快な気持ちになりましたが、そのときの彼の後ろ姿はどこか寂しそうで声をかけてあげればよかったのかずっと悩みました。
一学期が終わり、二学期に入ると席替えが行われました。自分で口にするのも烏滸がましいのですが、先生たちの意向が最大限に発揮されていたのか、優等生の私が彼の公正に役に立つと判断したのか定かではありませんでしたが、私の隣の席は彼になりました。各グループにひとり班長という役職が設けられており、その役割も私が引き受けることになりました。それからの授業でも彼は居眠りをやめず、起きている時間は筆記用具で手遊びをするか、机の上に落書きをするかで授業中は時間を潰しているようでした。
彼がムクっと起き上がると必ずといっていいほど、彼のおでこは机に押し当てたせいか赤みを帯びていました。そのようなところは、少し可愛いと思ってしまいました。
合唱コンクールが二ヶ月後にせまり、音楽の授業が増えてから間もなくして、一度だけ彼からお酒の臭いがしたことがあります。音楽の授業では、私の前の席が彼でしたので、お酒の臭いがずっとしていました。飲んだの?と聞いてみましたが、彼は飲んでいないという一点張りでした。私は、彼の学校生活の態度から鑑みて、飲んでいてもおかしくないと思っていましたので、励ましではありませんが、庇護するように昔の音楽家はみんなお酒に溺れていたと口にしました。彼はベートーヴェン? 誰それ? と素っ気なく言って、また眠ってしまいました。お酒を飲むのは彼の勝手、私の関われるところではないと思ってしまいました。
そんなことがありながらも合唱コンクールは大成功を収め、私にはこれまでになかった自信が付いたように感じました。肩の荷も軽くなり、勉学にも部活にも精を出しました。けれど、彼に対して考えてしまう時間も増えてしまったのです。
彼には疑問に思う点が多く、彼との少しの会話と友だちからの噂話しか情報がありませんでしたから、もしかすると、彼はご両親からネグレクトを受けているのではとも考えていました。
真夏日だというのに、彼はいつも長袖で素肌を隠していました。彼が眠っているあいだ、気になって袖を巡ってみると、そこには赤く引っ掻いた傷跡があり、それはのちにアトピー性皮膚炎と知りますが、その当時は本気で虐待を受けているものと思っていました。パパとママに相談したところ、保健室の先生伝いで聞いてみることになりました。日にちが経って、保健室の先生から彼の傷はアトピー性皮膚炎であると教えてくれました。私にもあるように、彼にもコンプレックスがあるのだと知りました。なんだか、居た堪れない気持ちになりました。
彼に対して、知りたい欲と言いますか、そこで収まればよかったのですが、彼の様子を観察している内に、私は過ちを犯してしまいました。それは、友だちから彼の家がどこにあるのか聞いて、彼の家が見えるところまで来てしまっていたということです。しかも、これはタイミングが悪く、ちょうど、彼と居合わせてしまったのです。彼は友だちと口喋りながら歩いていました。彼は私のことに気付いていたようでしたが、特に話しかけられもせず、なぜそんなところに君がいるのかといった眼差しでこちらを見ていました。私は恥ずかしくなり、家に駆けて帰ったことを覚えています。その日の夜、私は神さまに懺悔して、今後はそのようなことがないように、彼とは少し距離を置くことにしました。
中学二年の前期、彼への気持ちにモヤモヤとしていたとき、友だち伝いで思いがけないことを知りました。私が知らないうちに中学二年の前期になるまで、彼には恋人が二人できていて、別れていたということを知りました。
その日、未熟な私は、彼に対する嫉妬や怒りに身を任せていました。一日中、イライラとしていて、そんなことも気に留めない眠たげな彼と廊下ですれ違い、なんだかもうむしゃくしゃしてしまって、持っていた筆箱と教科書を地面に投げ付けました。彼がこちらに振り返って、筆箱と教科書を拾うとしたので、私は触れられる前に自分で拾い上げて、彼の視線を感じながら、その場を去りました。
あの日、私は自分が自分ではないような感覚がありました。これが失恋というものなのだと思い知ったのです。教会のベンチに座り、十字架を眺めながら、私は両手を合わせて深く悲しみに暮れました。これは不純さなのか、それとも純粋さから来るものなのか、自問自答を繰り返して、結局、答えが見つかることはありませんでした。
中学二年の後期にスキー教室という催しがありました。あたり一面が雪景色だったことを覚えています。
一日目の夜、外で彼が友だちと雪合戦をしていて、その場で先生方から怒鳴られていましたが、彼だけは何を思ったのかボールほどの雪だるまを先生方へ目掛けて投げ付け、そのあとこっ酷く叱られていました。
二日目の昼間、彼は運動神経だけは良かったのか難なくスキーをこなしていました。やはり、以前は好意までとは言いませんが、格好良いなと思っていましたから、そのときの彼はどうしても輝いて見えてしまいました。
問題はその日の夜のことです。
その夜、生徒が広間に集まり、自分のパパやママが秘密裏に書いた手紙を渡されるのですが、私を含め、みんなその場で読んでいるというのに、彼だけは読まず、ポケットにしまうところを目撃してしまいました。時間が過ぎ、生徒が各部屋に戻ることになりましたが、彼だけはトイレのある通路へ行きました。私もトイレへ行きたかったので、その角を曲がったとき、彼がトイレの前にあった自動販売機のゴミ箱に封の切られていない手紙を捨てていたのです。私は呆気に取られて立ち止まってしまいました。彼が私に気が付いて、そそくさとその場から部屋へ戻って行きました。私はすれ違う彼に何も声をかけてあげられませんでした。彼の表情は暗く、寂しげだったのです。
そのことは先生に報告もできず、───いえ、してはいけないような気がしました。今思い返せば、出会った当初よりいつも彼の表情には影があったように感じます。私はそれに気が付いていましたが、ずっと見て見ぬふりをしていました。家に帰って来て、まず、教会の十字架の下で牧師としてのパパにお話を聞いてもらいました。
牧師としてのパパは言いました。
「心に留めて置きなさい。彼がその苦しみを打ち明けるまで、優しく接してあげなさい。主は二人のことを見守っています」
牧師としてではなく、私の親として、パパは食卓の場でこう言いました。
「綾子、さっきは牧師としてあのように言ったが、彼とは距離を置いてほしいというのが、私の本音だ。これは私の身勝手だ。許してほしい」
パパは私と彼のこれまでの経緯を知っていたので、パパ自身も信仰と親との愛情のあいだで葛藤をしているようでした。なんだか申し訳なく思ってしまい、私はその日を境に、本当の意味で彼に対しての想いというものが消えてゆくのを感じました。おそらく、私は彼と接しているとダメになってしまうのです。彼のことは、そっとして置こうと思うようになりました。
月日が経ち、中学三年生になり、彼とは別々のクラスになりました。それからは彼と顔を合わせることも減り、私は自分の進路も決まって、平穏な日常生活を送ることができました。風の噂で、彼が学校をサボり始めたとか、テストの日に登校しなかったとか、色々と耳にしましたが、なるべく関わらないようにしました。私にできることはありません。たしかに、モヤモヤとした感情は少なからずありましたが、それはそれ、これはこれと踏ん切りを付けられるようにはなっていましたので、受験勉強に専念しました。その甲斐もあって、女子大学附属の神学校へ進学することが決まりました。
卒業式の日、学校の校門前には多くの桜の木が満開になっていました。桜の花びらがそよ風に乗って舞っていたのです。帰り際、友だちとお別れする日でしたので、パパとママを待たせ、校門前で友だちとお話をしていました。彼が一人で歩いて帰るのが見えたので、つい、目で追ってしまいました。彼の後ろ姿は入学当初と同様に小柄で、日和も良いというのに、どこか暗く儚げでした。
結局、私は彼に対して何もできませんでした。悩みを聞いてあげることも、手を差し伸べることも。けど、これで良かったのかもしれません。今後の人生において、彼と関わり合いはないのですから。もう二度と会うことはないのです。
「バイバイ」
と彼の背中にひと言だけ添えることにしました。




