第8話 一日の苦労をなくす風呂
マラから呼ばれて二階へ上がるとそこには3対1の構図が広げられていた。
先程部屋へと来ていた薄緑色の髪のやつは多数派、髪が紅蓮色のように赤黒いやつも多数派だ。
おおよそ女子と男子のわだかまりでも起こっているのだろう。
ここで俺が入れば男子の人数は二人になる。
男子の方は髪が口元まで伸びていて、ぼさぼさな髪の毛の間から瞳が見える。
濁った水たまりのように、何かがぐるぐるととぐろを巻くように瞳が死んでいた。
それにどこか土臭い。土というよりかは自然、山全体の匂いと言ったほうが正しいだろうか。
「どうしたんだ。なにで騒いでる」
「何って、お風呂をどちら側が先に入るかよ」
赤髪の奴がそう言うと後ろの二人もこくこくと頷く。
数秒固まった後に、錆びた歯車のようにギギギと首をマラへと向けるとマラは両手を肩の横へと上げてお手上げのポーズをとる。
ここで言うとマラのような迦微や神、妖怪、悪魔、妖精、etcは身を清めることはあるが基本風呂には入らないのだ。理由はマラいわく生物と違って汗もゴミも被らず、かかないのだそうだ。
「しょうもな」
「はぁ!貴方は女じゃないからそんなことを言えるのよ」
独り言のはずが耳に入ってしまったらしい面倒だ。
今度はちゃんと三人の耳に入らないよう小声を意識して呟く。
「なぁ、こんな奴らと一人で対峙したのか」
するると相手も小声で。
「そうだよ、正直言って面倒かな」
「へぇ、め・ん・ど・う、なんですね」
そうだった。相手側には自称全知の奴がいるだった。
もうこの際は隠し事はできないだろう。今後の生活の中でかなり面倒なことになりそうだ。
そう思った直後、彼女の眉がピックと動いた。
「なぁ、先から不思議なんだがお前たちは先に入りたいのか?後に入りたいのか?」
マラが口を開いて根本的な問題について聞くと女子三人は互いに顔を見つめ合う。
どうやらまだそこまで話していなかったらしい。
「私的にはお前たちには何の価値もないし、興味もないのだが」
「そ、それはそうでも恥ずかしいし気持ち悪いじゃないですか」
「気持ち悪い?何がだ?」
「私たちの入った後のお風呂で出汁を堪能したいり」
「いやそれは絶対にない」
「それに関しては僕も同意見です」
「というかお前たちが自分に価値があると思っている時点で面白いのだが、私を笑わせるための小芝か」
「マラ、そこら辺にしておけ。お前の株があいつらの間で大暴落して恐慌に突入しそうだから」
「別に気にせんからいいだろ」
「それでいいなら良いんじゃないか。俺は何も言わないけど」
そう言ってこの場にいる女子達から侮蔑の目線を向けられるマラだったが、本人はそんなことを気にもとめずにただ宙へと浮いている。
「お前たちより私のほうがいくぶんかは魅力的だぞ」
「マラ、それはない」
俺がバッサリ切り捨てるとマラが顔をこちらに向けてジト目を向ける。ただ悲しいかな紙が顔の前に垂れ下がっているのでジト目になっていない。
女子三人ともう一人が吹き出すのを堪えながら俺とマラのことを見る。いや、なんならちょっと吹き出している。
「何だと、私は魅力の塊だろうが」
「そう思う人もいるということで、ただ俺はお前に魅力は微塵も感じてないし、多分これかも感じることは無いと思う」
この言葉がよほど効いたのか、マラは色素を失って床へと紙のように落下する。
これで当分は大人しくなるだろう。
「それで、結局どっちが先に入るんだ」
先程から論点がズレていくので軌道修正をはかる。
すると女子組は三人で互いの顔を見つめながら話し合う。
ということは一応こちらも話をしておいたほうが良いだろう。別に独断でも良いのだが、後々揉め事になるのは避けたい。
「なぁ、どっちでも良いか」
「うん、僕もどっちでも良いよ。正直こういうことは女子中心になりやすいからあっちに任せておけば良いなじゃないかな」
「そうだな。口を挟んだところで勝手に変な解釈をしそうだしな」
「それに関してはノーコメントで」
話し合いが終わるとあちらも終えたのか顔をこちらに向けている。
「決まったわ」
「そんなのは見ればわかる。で、どっちだ」
「私たちが後でお願いします」
「一応、理由を聞いておきましょうか」
「出汁を使われるのはいやなので」
「そう想像できるお前たちの頭を俺は見てみたいけどな」
本当にどうやったらあんな発想になるのだろうか。よほど自分たちに自身があるらしい。
確かに女子という括りの平均値を見れば上かもしれないが、それだけだ。
元々、異性に対して興味があまりないのだ。
いや、これだと語弊を生むのでちゃんと説明すると、まず人間に関してあまり興味がわかないのだ。むしろ興味がわかないと言うよりかは他の事の方に興味があると言ったほうが正しいか。
こうして風呂の話は終わって皆自分の元いた場所へと戻っていく。
因みに、マラはまだ床で灰となっている。後で掃除でもしておこう。
自分もカップ麺の片付けを済ませるために台所へと戻るとそこにはさっきと変わらない洗いかけのカップ麺が置かれてあった。
洗い物を終えて、コップに半分ほど水を入れて二階の自室へと向かう。
途中の廊下にはマラの姿は無かったので復活を果たしたのだろう。
そう思いつつ自室の扉を開けるとマラが珍しく真面目な顔して部屋の中央に鎮座していた。
「なんだ、話でもあるのか」
気を抜きながら鎮座する理由を聞いてみる。
相手がどんな態度だろうとリラックスしていたほうが何かと気楽だ。
「話がある」
「どうした」
「まずは話を聞く体制になれ」
「え、やだ」
「正座しろ」
どうやら本気と書いてマジと呼ぶぐらいには真面目らしい。
ということなので大人しく正座をする。
「何だあの態度は。あれが迦微に対する態度か」
態度というのは先程の評価のことだろうか、それと今までの接し方だろうか。
どちらにせよ迦微に対する態度ではないだろう。それに評価も。
「普通なら違うな」
「普通ならか。お前は普通とは違うとでも思っているのか」
冬の水道ぐらいの冷たさで聞いてくる。そこには確かに静かな怒りがあった。
「いや、俺は普通だよ。普通、他の奴らと殆ど変わらない代替が効く歯車のような存在であることを自覚している学生だ」
「ならさっきの、いや、今までの私に対する態度は何だ」
「何だって、ただのやり取りだ」
「それが上位のものに対するふれあい方か?敬うことや畏怖をするはずなんだがな。普通は」
「なにを言いたいんだ?お前もただの迦微だろ」
「そうだが」
「お前自体に尊敬をするところがあるなら尊敬をするし、敬いたいと思ったら敬うが、生憎無償で相手をもてはやすのはできない性分でな」
「なら問おう。お前のそれは本当に普通か」
「多分、な」
誰かが言っていた。
『常識とは18歳までに集めた偏見のコレクションのことである』と。
つまりはこれが俺という人間の普通だ。
「で、その芝居はいつまで続けるつもりなんだ」
「...はぁ、これでも自信があったんだけどな」
「残念だったな。急にそんなことをしてもどさくさに紛れて信仰をせようとしてるようにしか見えないぞ」
マラとの返答を終えて視線を外す。
はてさて、マラがこんなことをするのには必ず意味がある。
口と態度では演技としても、実際のところ目的はちゃんと聞いてくる。
最初の問。普通に対しての問だったが、あれはマラ自身が知っていたかすかな記憶との比較で生まれた差異を正そうとでもしたのだろう。
過去のマラ自身との普通にへと俺を当てはめるために。
「良かったな」
「何だ突然」
「記憶、少し戻ったんだろう」
「!、...そうだな。と言ってもほんのに僅かな微粒子レベルだ」
「それ本当に思い出してるって言えるのか?」
微粒子レベルって。
ほんとんど思い出していないし、カウントするには小さすぎる。
迦微ゆえに記憶自体が人間の量と違うからというのもあるだろうが。
少なくとも主になるのは最低でも100年以上の寿命が必要らしい。
「それにしてもどうやって気づいたんだ」
「簡単だ。俺との接し方しか知らないお前がまるで違う誰かとの経験があるような説教を初めたからな」
「それはお前がコンビニへ行っているときに聞いたかもしれないじゃないか」
「あの薄緑メガネとはそんな話にはならないだろ。そもそもあの四人全員が自分から自分の支えている主人を言わないからな」
今日はそんな素振りも一度も見られなかった。
理由は明日にでも静先生にでも聞いてみよう。何か知っているかもしれない。
「とりあえず記憶が戻ってよかったな」
「ああ」
端的に会話を終わらせてダンボルーから寝巻きを取り出す。
片手にはタオルを持って。
「風呂に入ってくる」
「わかった」
そう言って自分の部屋から俺は廊下に出た。
階段を降りて一階につき風呂場へと向かうと電気ついていない、半透明な板材でこちらが遮られている浴室があった。
さてここで疑問だ。今日あの4人は風呂掃除をしたのだろうか。
しているにしてもしていないにしても確認をしなければならない。
もしやっていなかったら今日の俺の労働時間が増えるだけだ。
靴下を脱いで、足ふきマットをよういして浴室に入る。
浴槽を見るとフタが空いており、お湯はたまっていなかった。指で浴槽を擦ってみるとキュキュという音がなる。どうやら洗ってはいるらしい。
お風呂は蛇口をひねってお湯を出すタイプではなく、ボタンを一つ押すタイプのようで、そのボタンを押して浴室を出る。
お湯がたまるまでの間は何もやることがない。
だから暇だ。
スマホを開いて時間を潰しているとお風呂が湧いたという音声がリビングになる。
スマホをポケットにしまって風呂場へと向かう。
服を脱いでスマホを取り洗濯機へといれて着替えがあるかを確認して風呂場へと入る。
シャワーを浴びて髪と身体を洗いお湯のはった浴槽へとはいると、今日一日の疲れが古い皮膚と一緒に取れるように消えていった。
歳をとるたびに気持ちよくなるのは気のせいだろうか。
お風呂から上がってもう一人の男性の部屋へと向かい声を掛ける。
すると部屋から出てきてありがとうとだけをいって一階へと降りていった。
部屋へと戻るとマラが寝ており、自分も布団へと入りそのまま明日に備えて寝てしまった。




