第17話 料理当番
帰る途中寄り道をして氷菓子を買って帰路につくと家には鍵がかかっていた。
防犯上しっかりされているが、これでは家に入ることができない。
買ってきたアイスはまだ3月の気温なので溶けることはなさそうだが、外にいる自分が凍ってしまいそうだ。
早く家に入るためにインターホンを押すと、まだあまり聞き馴染みのない声が返ってきた。
「はーい。どちら様ですか」
「僕です」
「オレオレ詐欺はお断りしてまーす」
「俺ではないです。僕です。紙雅です」
「詐欺は否定しないんですね。なおさら駄目でーす」
面倒なやり取りをしながらも声が聞こえなくなり数十秒後に玄関の鍵が開く音がする。
このまま今のやり取りを続けていたら顔面にでも拳があたっていたかもしれない。
誰であろうと関係ない。男女平等主義者だから。
と、適当なことを考えながらドアを引いて家の中へと入る。
温かい。家に入った途端に外とは違い暖かさに包まれる。
「数度の違いでもここまで温かく感じるんだ」
「何変なことを言ってんの」
村雨さんに訝しく思われながら靴を脱ぐ。
意外なことに驚きながらもリビングへと入りアイスを冷凍庫に入れマラを呼びに行く。
リビングには誰もおらず、つまりは全員が自室で過ごしているということだろう。
なかなかに寂しい状況だ。まだ完全に心を許しきれていないというのもあるかもしれないが。
自室のドアを開けてマラを呼ぼうとしたが誰もおらず、ただ無味乾燥な部屋があっただけだった。
これはまだ雲珠未さんの部屋にでもいるのだろうか。
そう思い部屋から出るとスマホの通知が鳴った。
村雨
【紙雅さんが帰ってきたので話し合いでもしましょう】
一階にいるであろう村雨さんの文に家にいるんだから呼べばいいのに、と思いながら下へと向かう。
リビングに向かう前に手洗いうがいをしておく。
洗面所から出ると、ちょうど降りてきた白抜井さんとあった。
「おかえり」
「たいだいまです」
「何の話するか聞いてる?」
「いえ、まだ何も」
「あー、でも一応覚悟はしておいた方がいいと思うよ」
「え、覚悟って何のですか?」
白抜井さんは問いに答えずリビングへと逃げるように入る。
それを追うようにリビングのドアへと手をかけた。
話を聞こうとしたところでふと我に返る。
ところが、話をするにはまだ2人が足りないので何故覚悟を決めなければならないのかを聞くことができない。
それにあれは白抜井さんが僕に対して勝手に言ったことであり、それを村雨さんが聞くことにことになるのは少しこそばゆさがあるのだ。
もし聞いたとしても今では話してもらえ...るかもしれないが、面倒なのでいいだろう。
気になりはするがそこまで労力を割くほどではない。
その後数分後に全員が集まり話し合いが始まった。
「今日は朝も夜も昼は、お弁当だったけど雲珠未さん一人に任せるのも悪いから料理は日にち制にしようと思うんだけど、どうかしら」
どうやら話というのは料理に関しての話だったようだ。
確かに、昨日は途中からだったがほぼ雲珠未さんに任せっきりだ。
だが問題はこの状況で何人が料理ができるかということである。
そして、もしできたとしても美味しいのか、はこの際おいておくとして、お金を工面した料理が出来るかという点だ。
このシェアハウスにもお金は勿論かかっている。お金が湯水の如く湧く訳ではないはずだ。
一応このシェアハウスをさせているのは国なので税金を使っていそうであるが、節約術を覚えておいても損はないだろう。
「あ、私は大丈夫ですよ。習慣みたいなものですし」
「雲珠未さんが良くても、任せっきりだと俺達が心配になるんだ。だから手伝わせてくれないか」
「そうですね。他にも家事もやってくれているのでそれもこの際決めてしまいましょうか」
「良い提案ね、天納さん」
「ちなみに家事洗濯をできる人は何人いるんですか?」
その安直な問いに場の空気が静まる。
どうやらそこまで計画的ではなかったようだ。
「一応僕は料理はできますよ」
「私もできます」
雲珠未さんと僕の他には天納さんが出来るようだ。
後の2人は少し萎縮しながら発言をしない。
「お2人は料理できないんですか?」
「で、できないわよ。悪いかしら」
村雨さんは何故か半ギレになり足でスネを軽く蹴られる。
何かおかしなことでも聞いてしまっていただろうか?
少し顔を赤らめている村雨さんを横目に白抜井さんの方を見ると顔には影が落ちていて、普段姿を表さない白抜井さんの主も全力で腕をバツにしている。
「残念だけど俺は料理できないかな」
「何でできないんです?」
「いや、できはするんだけど...」
「この人が作ると毎回おかしなことになるの」
白抜井さんではなく答えたのは白抜井さんの主だった。
何気に初めて声を聞いた気がする。
水のように清らかで透き通るような声の通り方だった。
「おかしなこと?」
「最後に作ったときはそばを茹でていたのに、結果虹色に光る[光るそば]ができてた」
「それは料理というか...もうそこまで言ったら科学の調合と呼称するべきでは?」
光るそばなんてのは流石にネタだとは思いたいが、白抜井さんの表情とその主からの雰囲気が現実で起こった事を示していた。
「因みに、美味しかったんですか?」
想像するだけで食べる気を削ぐような光るそば、それを天納さんは美味しいのかと聞いた。
その言葉に少し引いたが、食べられれば問題ないの精神なのかもしれない。
「あ、普通に美味しかったです」
「でも作りすぎたから引っ越ししてきたお隣さんにあげたんだよな」
「とても微妙そうな顔をしていました」
確かに貰い物としては微妙そうだ。
「紙雅さん、それは微妙じゃなくて完全に嫌な部類のものだと思いますよ」
「さらっと、心を読まないでください」
本当に全知というのは厄介なものだ。
この調子だと、いつか知られたくないこともバラされてしまうかもしれない。
まぁ、別にバラされても問題ではない程度の秘密ではあるが。
「それで、一週間は7日間ありますけど、どうします?見事に奇数に対しての素数ですけど」
「それは他の家事とも掛け持ちになるだろうから量を見てって感じかな」
「そうですか。そういえば皆さんの主は家事とかは出来るんですか?」
禁句
そう表現するのが正しいのかもしれない。
和やかだった雰囲気が一瞬にして戦地のような緊迫感を持った状態になってしまった。
「貴方は敬う存在である人に対して家事を押し付けるのですか」
「それは...させませんけど...」
「つまりはそういうことです」
そういうことです。...今の言葉に納得はした。
しかし、違う疑問が湧いてしまった。
まぁかなり捻くれているような疑問だ。
「ですけど、何を持ってしてあなた達は自分の主を敬っているんですか?」
「何がいいたいのかよくわからないな」
「何を持ってして...?」
「「......」」
僕の問いに困惑をしている2人に対して少し詳しく説明をする。
「つまりは敬うに値する何か、それがないと敬うも何もそれを測る尺度がないんですから態度も何もないですよ」
先程とは違う静けさがリビングという本来は賑やかであろう場所を覆う。
今この場所は時間が止まっている。
断言できるほどに誰も動かず、脳での思考の繰り返しをしている。
多分、あと数秒もすれば思考が終わり動き出すだろう。
「答えが出るまで待っているつもりもないので、さっさと戻ってきてくださーい」
元々行っていた話へと戻すために無理やり話題を回帰させる。
けれどすぐに戻ってきたのは天納さんと村雨さんだけだった。
「あんたが言ったことに関してだけど...」
「あ、興味ないので言わなくていいです。それでも言いたいときは1人で呟いておいてください」
「...こいつ庭の樹の下にでも埋めていいかしら」
「すごいですね村雨さん。初めて貴方と意見があった気がします」
自分の目の前で僕にとっての今後の処遇が決められようとしているのはさておき、最初の方から意味を理解してなかった白抜井さんと雲珠未さんが戻ってこない。
このまま放置しておいてもいいだろうか。
そんな事を考えていると、ふと視界の端にロープとスコップを持った村雨さんと天納さんが映る。
何故かそれを理解した瞬間に全身に悪寒が稲妻のごとく駆け走った。
「つかぬことをお聞きしますがその手に持っているものはなんです」
「これですか。これは貴方を縛るための縄と」
「あんたを埋めるために使うスコップよ」
「え、本当に言っているんですか!!」
放置をしていた時限爆弾が爆破寸前だった。
本当に準備をするとは、世界中を見てもこの2人ぐらいだろう。
訂正。数百人程度ならいそうだ。
無言で近づいて来る2人から逃れるために椅子から立ち上がり今だ停止状態の白抜井さんの後ろへと身を隠す。
「んっ」
すると白抜井さんが目を覚まして呆けた顔をする。
この状況に関して言えば正しい反応だろう。
お願いします。助けてください。
「えっと、とりあえずどういう状況なの?」
「ただ庭の木の下に人を1人埋めるだけです」
「天納さんさらっと言ってるけど殺そうとしてるよね」
「顔だけは土の上から出してあげますよ」
「ならいっそ殺してください」
「紙雅くんは早まらないで!」
「いえ、多分何をしようとしているのかを理解したので」
「?、どういうこと?」
「この2人なら首から下を埋めた後、目の前に毎日ご馳走を持ってきそうだなと」
「え、それのどこが殺してくれという理由になるんだ?」
この人は脳内がお花畑なのだろうか。
土に埋まっていて動けない体。目の前に用意される料理。
腹が減ったとしても、もがいて手が触れることができるのは土や石ころだ。
まさに目と鼻の先なのに手に入らない。
いつか本で読んだが、犬をこのようにして10日間放置し、最後に首を切ると頭だけがご馳走にありつく。
そうすれば呪いが成熟し成就するという。
勿論フィクションではあるが、もし僕の今した想像通りのことをするのなら亡霊となる事ができるかもしれない。
ここで亡霊と言ったのは、別に死だからといって未練や恨み、怨念があるわけではないからだ。
あったとしたらそれは怨霊、死霊と呼称されるべきだろう。
「ただ単に惨めだからですよ。自分が」
「惨めになるぐらいだったら死を選ぶだなんて......それだけは絶対に駄目だ!」
それは白抜井さんの口から怒号のように発せられた。
彼の目からは発言の必死さが伝わってくる。それと同時に僅かに何か刷り込まれたような感覚もあった。
たしかに僕達はいま普通に会話、コントのような事をしていたはずだった。
どこかで彼の地雷でも踏み抜いてしまっただろうか?
彼の声が家中に響いてか、すぐ隣で考え事をしていた雲珠未さんがようやくこちら側に戻ってきた。
「あ、....ごめん...」
ご主人を亡くした犬のように彼は落ち込む。
怒るわけでも自分の意見を強要するわけでもなく、ただ最初から自分が間違っていたかのように『ごめん』。
そう言って先程のようなエネルギーは損なわれてしまった。
「びっくりしました。ですけど、なぜ急に大声だしたのか理由は聞きません」
「さ、さっさと当番を決めましょう」
少し怯えながらも空気を変えるために村雨さんはそう言い、もとの話合いへとようやく戻った。
なお、白抜井さんがおかしくなっている時、白抜井さんの主はただただ寂しい目を彼へと向けているだけだった。
✕ ✕ ✕
「よし、じゃぁこれで決まりね」
「はい」
「明日は天納さん。よろしくお願いします」
「あまり期待はしないでください」
「明日って何か課題の提出あったっけ」
「特に何もなかったはずですけど」
「そうか。ありがとう雲珠未さん」
あれからは特につっかえることもなく順調に話し合いは進んだ。
当番は決まったので後はご飯を食べて明日に備えることにしよう。
当番表:料理
月 火 水 木 金 土 日
雲 紙 天 天 紙 雲 雲
珠 雅 納 納 雅 珠 珠
未 未 未




