第15話 共通点の発見
食料庫の中にある麺類という表記のカゴにはうどんやそばなどがあり、他の表記がされているところには缶詰や漬物、予備の調味料などがあった。
そば5人分を取り出して抱えると意外と重たい。
これを茹でて汁を作るだけの簡単な料理。ネギでも添えておこうか。
そう思いながら食料庫から出て台所に戻ると、雲珠未さんが洗い物をしてくれていた。
「洗い物ありがとうございます」
「いえ、食べたものくらいは自分で片付けますよ。作ってくれたわけですし」
「そうですか。あ、一応5人分持ってきたんですけどどれくらい食べれますかね?」
「多分4人半ぐらいでいいと思います。私の主様は少ししか食べれないので」
「わかりました。じゃぁちゃちゃっと作りますね」
持ってきたそばをIHの上に乗ってある鍋の隣に置いて、水を用意する。
計量カップに適量の水を入れて何度か往復した後、フタをして火をつけた。
後は沸騰するのを待つだけだ。
沸騰するのを待っている間に包丁を洗って冷蔵庫からネギを取り出す。
軽く水で濯いだ後、まな板に乗せて小口切りにしていく。
ある程度切り終わったので次は麺つゆを作る。
まだ鍋は沸騰していない。ただ徐々にあったまってきてはいる。
流石に5人前の水を瞬時に沸かすことはできないようだ。
麺つゆを探して下の戸棚に発見したのでそれを取り出す。
グゥ~
お腹の音がなった。
台所にいる雲珠未さんとリビングにいる3人はすでに炒飯を食べたのでお腹の音がなるはずがない。
まあ、つまりは自分の腹の音である。
一番最初に作ってまだ炒飯を食べていない。
さっさとそばを作って昼食を取ってしまおう。
そう考えながらボールの中に水と麺つゆを入れて混ぜる。アクセントとしてミョウガでも入れておこう。
そうしようとすると不意に雲珠未さんから声をかけられた。
「あの、お腹が空いているなら先にご飯を食べてきてください」
「ですけど、もう少しで出来るので」
「駄目です。作ってくれたのに食べないのは。後は私がやっておきますので」
「...わかりました。じゃぁ食べてきます」
彼女の目から固い意志を感じて素直に折れる。
手を洗って、コップに水を入れ食卓に付くと炒飯の食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。
手と手を合わせて炒飯に食らいつく。
自分で作っておいて何だが、少し米のパラパラ感が足りないと思った。
今度作るときにでもお店のようなパラパラになるように調べておこう。
「千明、飯まだか」
空腹に耐えかねたマラが二階から降りてきてそばを所望する。
そして炒飯を食べている僕を見て、着ている服の下から僕と同じ音、空腹を知らせる音がなった。
「うまそうだな。私の分はないのか」
「そばを今作ってますよ、雲珠未さんが。もう少しで出来ると思います」
「そうか。そばあったんだな。だが、それはそれとして炒飯も食べたくなったぞ」
「え、そばが食べたかったんじゃないんですか?」
「勿論、そばも食べたい。だが、炒飯も食べたい」
レヴィンの言っていた接近-接近型とはこのことをいうのだろうか。
とても傲慢な迦微様だ。
「...はぁ、半分もう食べちゃってますけど食べますか」
「食べる」
「仲が良いんですね」
このやり取りを見て勘違いをした雲珠未さんがそう言ってくる。
「別に、そんなのじゃないですよ」
今ここでなんのアクションもしなかったらマラが騒がしくなって、へそを曲げるのでそれを防ぐためにはこうするしか無いというだけだ。
喧嘩のような事を行うのは基本的に何もうまない。生まれるのはただ無駄な時間を過ごしたということだけが残るのだ。
だから誰かと関わるという事はどこかで妥協をしなければならない。
「捻くれていますね」
「勝手に僕の心を読んで感想を言うのはやめてください」
「いえ、私は呟いただけですよ。後、どっちかというとマラさんの方だった気もしますがね」
天納さんは意味不明な事を言いながらこちらを見つめてくる。
目には光が入っていない。
誰か光源を目へ持ってきてください。そのまま失明をさせるので。
「犯罪は駄目だぞ千明」
「ナチュラルにマラも心を読むのはやめてください」
住居人2人に心を読まれるのは本当に厄介だ。
マラだけなら対処のしようがあったから良かったが、全知である人間が人の心情も知っているというのは予想外だった。
てっきり現象と結果だけを知っているとばかり思っていた。
どうやらこの家では殆ど隠し事ができないらしい。
「できましたよ」
そんなことを考えていると途中で作るのを中断したそばが出来上がって、大皿に盛られてテーブルに置かれた。
僕の炒飯を食べているマラを横に麺つゆを入れる小皿を用意する。
何個か氷を入れて後は自由に麺つゆの量を調整してくださいだ。
「マラ、そばだぞ」
その声を聞いてマラが炒飯を食べる手を止める。
それに反応して他の4人の主も姿を現した。
シャーペンと同じくらいの大きさの白蛇に、黄色、青色、緑色のメッシュが入っている赤髪の女性、三つ目で他にも眼球が浮いているピンク髪の女性、ヒビの入っているトロールと思われる存在。
多種多様な姿、形の主様たちのようだ。
4人の主を見ると、マラの格好はそこまで奇抜ではないらしい。まだマラのほうがおとなしめと言ってもなんら違和感がない。
現代で中世の日本貴族の服を着ているのもおかしいことではあるのだが。
「なんというか、見た目が個性的ですね。特殊というか」
「変に取り繕わなくていいですよ」
なんとか絞り出した感想は即座に取り繕っていることがバレた。
4人の主が神なのか、迦微なのか、妖怪なのか、もしくは妖精的なものなのか。
どれにせよ人ではない事は確かだった。
「マラは...もう全部食べちゃったんですね。マラの分、僕も半分食べますよ」
「半分ならいいぞ。多分食べきれないからな」
「なんで立場が逆転してるんですか」
「いや、私も威厳を取り戻そうと思ってな」
主従関係を戻そうとするマラと会話をしながら箸を持つ。
ふと気になったがこの4柱?4体?の名前はあるのだろうか。
名前を知らないほうが面白い。そう心の中で訴えてくるもう一人の自分がいる。
名前を知らなければ呼びかけるときに面倒だが、いや、面倒なだけだ。
相手は少なくとも人ではない。恐らく種族という立場でいえば僕よりかは上だろう。
だが、だからといって敬意を払う必要が必ずあるとは限らない。
「天納、また面倒な事を考えているぞこいつ」
「人間性が尖っていると言うかなんというか...。マラさんはこんな人を何故眷属にしたんです?」
「力が薄れて消える寸前だったからな。その時、一番悪意の無い人間を選んだだけだ」
「力が戻ったのでしたら契約を切ればいいのに」
「村雨さん、それは言っちゃ駄目ですよ」
「え、なんでよ」
「私は......まぁ、簡単に言うなら愛着が湧いたんだ」
「え、愛着!」
《《愛着》》という言葉を発した途端に全員の視線が集まった。
紙雅以外の視線が一点に集中したのだ。
今まさに箸を手にしてそばを食べようとしている人知を超えた存在から、そしてそのものと契約した4人の視線が。
「愛着って、難儀なものですね。あんな人に愛着が湧くとは」
「自分のことながら私もそう思うよ」
この場に本人がいることを忘れたのだろうか。
忘れているからこそこんな事を出来るのだろう。
愛着という言葉に皆敏感のようだが、そもそも長い時間をかければ人であろうが動物だろうが愛着というものは発生するだろう。
たとえどんなに嫌いな相手であろうと長い時間があればその嫌うという行為で出来上がった関係というものにすら愛着が湧くものだ。
皆の視線がマラへと集まっている隙に箸でそばを取り、汁へとつける。
「早く食べないとそば伸びちゃいますよ」
一応声をかけてそばが美味しいうちに食べれるように促しておく。
すると、返ってきたのは驚きを含めた声だった。
「貴方、自分の事だってわかっているの」
「ええ、長い時間をかければそこらへんのノミにでも愛着は湧くでしょう」
「普通、主が自分に好意を向けるなんてありえないことなんだからね」
「なんですか、説教ですか。マラの愛着というのは本人の次によく理解をしているつもりではありますよ」
村雨さんが強めの口調で口から言葉をこぼそうとした時、マラが指を唇に当てて止めた。
そんな事は気にせず、つけた麺を口へと運ぶ。~!これはわさびが欲しいものだ。
昼食が終わり片付けを済ませて時計を見ると針は3と2の間を指していた。
因みにあの後はそれぞれが適当なことをだべりながら、僕とマラの事はうやむやになったまま終わった。
あえて誰も不発弾には手を出さなかったという方が正しいだろうか。
今は白紙の紙を机に数枚載せて絵を描いている。
鉛筆のほうが良いのかもしれないが、自分はシャーペンで描いている。学生、趣味にお金を使えるほど裕福ではないのだ。
入りと抜きの太さを調節しながらバランスをとる。失敗した紙は机の引き出しに入れていた。
「千明、散歩でも行かないか」
「無理ですよ、もうすぐ話し合いがあるんですから」
「え~」
「少しは我慢することを学んでください」
駄々をこねるマラを横目にシャーペンを動かす。
描いては消して描いては消してを繰り返していると最後に残ったのは何もかかれていない白紙だった。
少し気分転換でもしようか。
そう思ったときに部屋のドアが音をたてた。
「そろそろやりましょう」
扉越しで声がふわふわとしているが天納さんが収集をしてくれた。
シャーペンを筆箱にしまって部屋を出る。
マラには話をややこしくするから待ってろと言って置いてきた。
ドアを開けて中に入ると、椅子に座っている天納さんの姿が見える。
リビングに居るのはどうやら天納さんと自分だけのようで、他の3人はまだ来ていない。
それなのにもかかわらず天納さんは口を開いた。
「貴方、紙雅さんならもうすでに気づいているのでは」
「主語を明確にしてください。僕も全知というわけでは無いんですから。ですけど、あえて答えるとするなら、そうですと言っておきましょう」
「それで話す気は」
「あの3人はないです。理由をあげるとするなら」
「「理解を拒むから」」
「合わせなくたっていいでしょう」
わざとセリフを合わせた天納を細めた視線で見つめながら口を開く。
「それで、僕に何をしてほしいんですか」
「悪役、とでも言うと思いましたか」
顔にでも出ていただろうか。
あくまでもからだ全体の筋肉の動きを最小限に彼女から目線を外す。
けれど、外した視線はすぐに回り込まれてしまった。
メガネをかけた瞳は最低限の光も反射しないでこちらを覗いてくる。
「やめてください。ただ単に気持ちが悪いです」
「そうですか。では明日、先生が答えを聞いたときに」
「注目されるのは回避したいわけですか」
「はい。貴方は理解もあって、すでに気に入られているようなので」
「それは違うでしょう。ただ重ねているだけですよ」
「確かに。けれど、同じものはありませんよ」
その言葉で小難しい話は終わったのか、天納さんはリビングを出て他の3人を呼びに行くと言って出ていった。
どうやら全知というのはこの上なく厄介な存在らしい。
今の数分でこれでもかと思い知らされた。会話が機能として成り立っていない。
常に回り込まれている感覚だ。
対話としての面白みの欠片もない。
つまり、これから彼女との対話は全て憂鬱と水浅葱色で塗りつぶされることになりそうだ。




