第11話 争いはズルをした者が勝つ
他の4人との距離は大股1歩分。
なのでとりあえずは距離を取ることが賢明と判断をして2歩後ろへと下がる。
天納さん以外はまだその場に固まっておりテストが始まったことにワンテンポ遅れて理解した様子だった。
なお、全員の手にはペンシルが握られている。
天納さんは僕と同じように数歩分後ろへと下がっている。
今を限定して言うのであれば僕と天納さん以外は体力測定で全力を出していた可能性が高い。
「ちょっと待って、皆で話し合ってみないか」
爽やかさを持ちながらその言葉が皆に問いかけられる。
白抜井さんが発したその言葉は全員の耳へと届いた。
その言葉を聞いて僕は警戒をしながら問いかけに答える。
「僕は良いですけど、そのかわり全員が話し合っている最中は動くのを辞めるのであれば」
「そうですね、私もそれには賛成です。動きながらだと考えることが増えるで」
村雨さんも賛成の意思を示し残るは二人。
雲珠未さんは言葉で示すことは無かったが、白抜井さんの言葉に対して首を縦に振って頷いている。
最後に残るのは天納さんで、その彼女は白抜井さんの声掛けとともに少しだけ雲珠未さんの方に近づいていて重心もややそちら向きだ。
「ええ、私もいいですよ」
「良し、じゃあ俺が提案をしたいことはこのまま十五分その場から動かないってことなんだけど」
白抜井さんが言っていることは概ね正しい。
全員がその場から一歩も動かず誰もペンシルを奪うことがなければそれは成立する。
だが、それは全員が性善説の通りであるならだ。
己の利益に目をくらませること無く他人を傷つけない。果たしてそんな事ができるのは日本だけでも何人いるだろうか。
「私は賛成です。先程の体力測定で疲れてしまったので」
「私も、ただ疲れれていない人たちもいるかも知れないけれど」
どうやら真面目にやっていないことがバレていたらしい。いや、真面目にやっていなかったわけでは無かったが。まぁ、8割程度だったことは認めよう。
「それで天納さんと紙雅くんはどうかな」
「僕は肯定も否定もしませんよ。責任はあまり取りたくないので」
「ならどうするんだい?君も意見を聞くのは賛成なんだろう」
「そうです。ですけど全員が十五分間ちゃんと待てるかという信用は今のところ無いので」
「それは私も同意見です。信用できる確たる信頼がないので」
「天納さん...」
人を信用する事ができないものが二人、そうではない三人から見ればそれが悪意による嘘なのか実際に信じることができないのか判断するすべはない。
村雨さんから警戒をされながら冷たい視線を向けられるが意に返さない。
もっとも警戒することは手の内を明かしていない僕以外の三人であるという言うのに。
もし、その上で僕を危険視をしているのならすごい自信だ素直に尊敬をする。
「ちなみになんですけど、今こんなふうに無駄なお喋りをしていいんですかね」
「どういうことですか?」
この一瞬、ある一人の人物だけを除いて視点が僕の元へと集まった。
「例えばですけど、僕の主であるマラが瞬間移動とか目に見えないほどの高速移動ができたとしたら今このようにしている事は無駄になりますうよ」
「だからこうして距離を取って互いにペンを取らないようにしているじゃないか」
「はぁ、だからそれは皆さんがどうしようもない善人だった成立しますけど。...だから現に今こんなふうになるんですよ」
僕がその言葉を言い終わると、村雨さんと白抜井さんは何を言っているのか理解していないのか困惑、もしくは怪訝な顔をしている。
それとは違うところからすぐに悲鳴が上がった。概ね予想通りだ。
「きゃ」
「紙雅さんが皆さんの意識をそらしてくれて助かりました」
「天納さん!」
「雲珠未さん大丈夫!ちょっと何しているのよ」
「皆さんがあまりにも平和ボケをしているようなのでつい。それで、これで雲珠未さんのペンシルは無くなりましたけどどうするんです」
「何でそんな事をしたんだ」
「何故って、逆に問いますが何故テストを進行しようとしないんですか」
「これはテストの進行と人との信用を測っているんじゃないのか」
「多分そうですね。ですが一日あって間もない人たちを信用して行動しろと言われるのも可笑しい話でしょう」
「それはそうだが...」
「それに関して言えば私も天納さんに賛成です」
「村雨さんまで」
「私は人を信じたいです」
雲珠未さんは白抜井さんの肩を持ち、村雨さんは天納さんの肩を持つ。
この場合、どちらも間違っていることは無いのだろう。そもそも正解、不正解で二極化すること自体が間違っているのかもしれない。
多分この場に僕がはまることはないけれど。
「因みにこんな事をしていていいんですか?紙雅さん姿が見えませんが」
「は?そんな事ができるのか」
「私が確認できる範囲では彼の姿は見当たりません」
「でも先生が言っていた体育館からは出ていなそうだけど」
「では残り9分ぐらいですので頑張ってください」
そう言った天納さんは彼らから距離を取って隅へと向かう。
因みに今僕がいる場所は体育館倉庫、先生の口ぶりからして体育館であればよい。
体育館の一部である倉庫は身を隠すにはうってつけだ。
どう入ろうかは迷っていたが、天納さんの起こした行動により全員の意識が僕から離れたので入れたのだ。
「どうですか。見えます?」
「見えるぞ、今は三人で椿というやつを追い詰めてる」
「どんなふうにです」
「体育館の隅に追いやって、右、左、真正面から徐々に距離を詰めてる」
「残り時間は...7分程度ですか。満さんの位置は、ステージ上。ここからは真反対ですね」
「また隙を見ていくしかないだろ」
自分は倉庫ドアの隙間から、マラは壁を通り抜けることができるので壁の間から体育館を見てもらっている。
自分が見るより視野が広くなるのでとてもありがたい。
どうにか三人の意識が天納さんへと向いているうちに事を済ませたいがなかなかに難しそうだ。
はたから見ると三人で一人をリンチするような構図だ。
「それで、天納さん。穏便にペンシルを返してくれないかな」
「何故自分の力で手に入れたものを渡さないといけないのですか」
「それは皆が平等にこのテストを受かるためだよ」
「勝ち負けのある勝負で皆公平、皆同じっていうのは一番不健全ではないですか」
「それでもこれは皆から君への信頼がかかっているだ」
「白抜井さんもう良いんです。私が取られたのが悪いので」
そう言った雲珠未さんにより白抜井さんは何も言えなくなる。
本人がそう言った以上第三者は何も言うことができない。元から第三者には発言権が無いとは思うが。
これで場は収まった、かのように思われたが村雨さんが天納さんへと近づいていく。
「ねぇ」
「なんですか」
「貴方がそうしたのであれば私が貴方から奪ったとしても何も言えないわよね」
「そういうことになりますね」
「なら奪うから覚悟しなさい」
「あって数日の人のためにそんな事ができる、もしかしたら奪って自分のものにするためかもしれませんが、すごいですね」
「戯言はそれだけですか」
そう言った村雨さんはペンシルを持っている方の手を掴み強引に手とペンシルを引き剥がそうとする。
静さんが言っていた自分との主を出さないあたりまだ余裕がありそうだ。
「思ったよりも力が強いんですね」
「そう言って貴方も涼しい顔してるじゃない」
「ポーカーフェイスの可能性もありますよ」
「そう、じゃあもっと力を込めてたらその表情が崩れるかしら」
そういった村雨さんの髪が赤黒い色からメッシュが入ったようにところどころが焔のような赤色へと変わっていく。
彼女の周りには結晶のようなものが浮かび始め、発光している。
言い表すのであれば特撮の変身のようなものだろうか。
そして副作用なのか村雨さんの纏う空気が変わったような気がした。
「姿が変わったようですけど...面倒ですね」
「私は今、貴方の腕を折ってもいいんだぞ」
「言葉使いが変わっていますけど、それは先程の変身と何か関わりが?」
「そんなものを気にしている暇があるのか」
「貴方も大概に面倒ですね」
そう言った天納さんは手のひらの力を弱めてペンシルを空へと投げる。
空へと身を投げ出したペンシルはそのまま回転を行い、ギャラリーの格子の隙間へと乗ってしまった。
「雲珠未さん、私がこいつを抑えてるから取ってきなさい」
「えっ。はい、ありがとうございます」
「俺も念の為についてくよ」
そして雲珠未さんと白抜井さんはペンシルを取り戻すためにギャラリーへと通じる階段へと向かう。
残り時間は6分、そろそろ頃合いと言ったところだろうか。
体育館倉庫から姿を表してステージへと向かう。一応マラは村雨さんと天納さんの元へと向かわせる。
「おー、やってるな」
「マラさんどうしたんです。貴方の従者である紙雅さんはステージに向かってますけど」
「ちょっと手伝ってくれないかしら。こいつを拘束するの」
「え、やだ。他にもやることがあるからな」
ステージへとやってきて、試験官を行っている満さんと静さんに話をかける。
二人は特にやることもないのか、ぼーっとしていた。
「試験官は中立を期すためにテスト中の生徒に手出しできない。そうですか」
「君が何をしようとしているかは知らないがそうだと言っておこう」
「静さん、ペンシルは5本ではなくて予備もありますよね。万が一のために」
「先生と呼べ。まぁ、あるにはあるが」
「紙雅、お前も昔の俺と似ているな」
「言葉に出さず理解してくれてありがとうございます」
「ああ、そういうことか。全く、これまた面倒な奴が入ってきたものだ」
そう言った試験官二人、もとい先生二人は自分のポケットからペンシルを2つ取り出す。
二人の手にピッタリと収まっているペンシルは、長年使い古されたような記憶持っていそうだった。
「だが、ただでやるつもりは無い」
「交換条件ですか、良いですよ」
「君には私の雑用係として働いてもらう」
「それぐらいなら別にいいですよ」
「交渉成立だな」
「そのセリフは僕が言うものではないんですね」
「アドバイスだ。これをもらった後の言い訳でも考えておけ」
二人からペンシルを貰い、自分のポケットへと入れる。今ペンシルを持っていると知られた面倒だ。残り時間は3分弱。
逃げ切れはすると思いたい。
一方、ステージ付近では一人の先生と元生徒が会話をしていた。
「懐かしいな。君もあんな時期があった」
「あんなのでしたかね。俺は」
「ああ、今はもっと面倒な性格を持ったやつだけどな」
「そんな奴が生徒を導く教師になっていんですか」
博田静は数秒の間をおいて元生徒へと語る。
「生憎、私は私が教師だなんて微塵も思っていない。ただやりたいからやっているんだ」
「なんですかそれ。...駄目な医者は一人の人生を駄目にする、駄目な教師は大勢の人生を駄目にする...。俺は駄目な方の教師だと思いますけどね」
「実際、自分は駄目な教師ぐらいだと思っておいたほうが良い。自分は良い教師だと思っている盲目の奴や自分の完璧を求める奴よりかよほど良い」
「そうすかね」
「ああ、だから私は今やれることを全力でやるだけだ。後悔も未来への計画を考えても意味がない。いつだって自分の目の前あるのは今というものだけだからな」
「...それが昨日飲んで酔っ払っていた人の言葉じゃなかったら感激しましたよ」
「あれは忘れろ」
最後に雰囲気を台無しにしながらも二人はどこかこの会話を楽しんでいた。




