とっても快適なお部屋のお外は無法地帯
雨澤 穀稼さまからいただいたタイトルで書きました
都道府県位置さまのアイデアも取り入れております
「ヒャッハー! 待ちな、そこの兄さん!」
モヒカン軍団が呼び止めたのは、襤褸をまとった背の高い男だった。
「ここを通りたきゃ俺らに殺されて行きな」
「血が見たい! 血が見たいよ!」
「オレたちの強さを見て行きなさい」
倒壊したビルが疎らに地面から生えている──他には何もない荒野に、乾いた風が吹き抜ける。
「キサマら……民を苦しめている『ニャオウ』の手下だな?」
纏っていた襤褸を、男が脱ぎ捨てる。
「やつの元へ案内してもらおうか」
襤褸の下から現れたのは、ガチムチの身体をもつ、学ラン姿のヤンキーだった。髪型がコテコテのリーゼントだ。ボタンをすべて外した胸には七つの傷があった。
「て……」
「てめぇは……!」
いかにも雑魚といった感じでモヒカンどもがたじろぐ。
「じょ……ジョーシロウ……っ!? ひー!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
ジョーシロウと呼ばれた男のパンチが炸裂する。
モヒカンたちも結構強くて、人数も多いし、何より鉄パイプなどの武器を持っていたので、戦闘は互角に見えた。
僕はそれを安全なお部屋の中から、窓の外に眺めていた。
「がんばえー、ジョーシロウ」
クリームソーダをストローで啜りながら、クーラーの風に身を浸し、快適なソファーに体重を預け、ヒーローっぽいほうに声援を送る。
「ふぅ〜……。やられちゃったか」
強そうに見えたのに、やはり人数と武器には勝てなかった。
寄ってたかって踏みつけられるジョーシロウはもう息をしていないように見える。
仕方がないことだ。
今、この時代は、力こそが正義だ。
負けたものには情けこそかけられても、生き残る権利はない。
僕はソファーから「よっこいしょ」と起き上がると、退屈しのぎに眺めていた窓のカーテンを閉めた。
べつに閉めなくても、外からこっちは見えないんだけどね。むしろ窓だと思われることさえあるまい。
力が正義の時代だけど、僕ほどの頭脳と技術があれば、隠れていることはできるんだよね。
このお部屋は僕が作った。
誰からも見られない、誰にも知られない、僕だけの隠れ家さ。
外から見るとただの草むらにしか見えない。たまにモヒカンが小便をして行くのが不快だけど、それさえ我慢すれば他は快適というしかない。
「さ〜て、映画でも観ようかな」
世界が平和だった頃に作られた映画やアニメがたくさんあるから退屈もしないしね。
食べ物や飲み物もアメゾンさんが地下経由で届けてくれるので、本当に不自由がない。
あぁ……。僕って、天才だなぁ!
突然、外で女の子の悲鳴が聞こえた。
びっくりするようなことじゃない。こんなの日常茶飯事だ。
でもなんだか気になって、さっか閉めたばかりのカーテンをのんびり開けてみると──
「あっ」
17歳ぐらいの女の子が、さっきのモヒカンたちに見つかって、襲われているところだった。
女の子は汚れたワンピースを着て、髪も泥で汚れてるけど、僕の目の中で天使みたいにかわいかった。
「あの子、かわいい!」
僕は思わず鼻息荒くなり、声をあげていた。
「助けたい! 誰か助けてあげてよ!」
でも、ジョーシロウはもう地面に倒れ伏して動かなくなってるし、向こうに庶民たちが隠れてるのは見えるけど、誰も動こうとはしなかった。
「ひあーーっ! 誰か、助けて!」
「ヒヒヒ、お嬢さん」
「かわいい顔してるねえ」
「オレたちの遊び場に連れてって、その顔を剥製にしてあげるよ!」
僕が行って、助けられるわけもない。
何よりこのお部屋のことを知られたくない、誰にも。
もし、あの子をここに匿ったりしたら、きっとあの子は怒りはじめる。
僕一人だけが、この無法地帯で、安全な場所でのんびりした暮らしを送っていることを、あの子が知ったら……
きっとみんなにも教えるだろう。
ここにたくさんの人が押し寄せる。
あの子の家族、親戚、友達、関係ないやつらまで!
僕は心を閉じた。
なぜだか、頬に涙が、つうっと、こぼれた。
ここは僕の、僕だけの、とっても安全で、なんでもある、外から遮断された世界だ。
そんな快適なお部屋で、あの子を僕のお嫁さんにする夢を見ながら、僕は何もできなかった。
「♪ひとりぼっちのぉっ、シェルター……っ」
せめてそんな歌を即興で作って、あの子に捧げた。




