3話
冷たい床が足裏から体温を奪っていく。
鉄格子の窓から漏れる光が、金属の机を鈍く照らしていた。
シドが息を吐くたび、白い靄が机の上で震える。
机を挟む様に並べられた椅子の片方には10代後半程度の額に火傷跡のある黒髪の男が、もう一方にはさらに若く見える奇妙な片目をした少年が座っていた。
「そんで君。名前は?」
机に肘をついた青年が、面倒くさそうに少年に問いかけている。
2日前にジンとカーレナが部屋を去ったあと、何とかエルや家族の事に一区切りつける事ができたシドは、黒と緑の軍服を身につけ“ウツギ”と名乗るシドよりも少し年上に見える男に、椅子に括りつけられ尋問を受けていた。
「名前はシドだけど...」
「そう。年齢は?」
「年齢?14歳だったはず...ってそんな事よりアンタ誰なんだよ。」
無理やり椅子に縛り付けられたシドは不満げに口を尖らせた。
それに対しウツギは足を組みわざとらしくため息を吐いて答える。
「さっき名乗っただろう。僕はウツギ。ジン少尉の部下で階級は伍長。次、出身は?」
「生まれは知らないんだよな、思い出せる最初の記憶があの孤児院に初めて行った時の事でさ。そんでなんで俺は今尋問されてんの?」
「尋問じゃなくて取り調べって、これもさっき言っただろ...君、軍に入りたいんだろ?でもいかんせん素性が知れないからね。」
「なるほど。言われてみりゃそりゃそうだな。」
「じゃあ次の質問だが...良いか嘘はつくなよ。君のその目は代償か?」
「代償...って何?」
「誤魔化してる...訳でも無さそうだな。うーん何処から話そうか。”寵愛“は分かるかい?」
「分からん!」
ウツギは再度呆れた顔をする。
「君、本当に何も知らないんだな。まぁ良いや。寵愛ってのは神様が稀に人に与える恩寵で、簡単に言えば固有の異能の事だ。そんで寵愛を持つ者は皆、何処かに欠陥を持っている。それを代償って呼んでいる訳。」
「なるへそ。」
「例えば僕は相手が嘘をついているか分かる代わりに生まれつき治癒能力が欠落しててね。怪我とかが自然に治らないんだ。」
「ふぅん...ん?じゃあつまりさっき俺が嘘ついてたら...」
「もれなく牢屋にでもぶち込むつもりだったよ。スパイの疑惑ありってね。」
ウツギはさも当然の様に話す。
「あぶねぇぇええええ。」
「で話を戻すけど、君の寵愛は何?」
「...心当たりがない。」
「ふむ。例えば日常生活に違和感を感じた事とかないのかい?他の人とは違う事とか。」
「あっそう言えば昔から野生の動物のそばで寝たりしても襲われた事がないんだけど、それをエルに不思議がられた事があるな。」
「...それは君があまりに知能が低いために同族と間違われてたとかではなく?」
「馬鹿にすんなよ!!」
「冗談冗談。落ち着きなって。」
こんな調子で尋問は続いて行った。
と言っても人生のほとんどを孤児院で過ごしてきたシドからは大した情報を得られなかったようだ。
「よし。尋m...取り調べはこれで終わりにしよう。」
「おい今尋問って言おうとしたよな!?
...そんじゃあ俺を軍に入れてくれるのか?」
「いやまだ入れないけど。」
「何でだよ!!!」
思わずノリでツッコミを入れてしまった。
「いやだって君まだ14歳とか何だろ?それに寵愛も何か分からないときた。これで軍に入れるのはちょっとねぇ...」
「話と違うじゃねぇか!」
「それはこっちのセリフだよ。全く少尉は本当に適当なんだから...まぁしばらく経験を積んでもらう事になるんじゃないかな。」
「経験なんてつまなくても俺はもう充分戦えるけどな!孤児院だと俺一人で家族全員分の狩りをしてたんだぜ。」
シドは自慢げに腕を振り上げた。
「それと戦争は別物だよ。天使どもは化け物だからね。狩りが上手なのと力の強さは違うでしょ。」
「なら俺が最強になれば良いって訳か!」
「君、物分かりが良いんだか馬鹿なんだか分かんないなぁ。」
「馬鹿って言ったな!!馬鹿じゃねぇし!!」
「...うん。」
「冷たい目やめろ!!!」
話が盛り上がってきたところで、部屋の扉をノックする音が響いた。
ウツギが立ち上がり、扉に手をかけた瞬間──男が乱暴に扉を開けて入ってきた。
「おいおい随分盛り上がってんじゃねぇか。」
「あぁ、なんだジン少尉でしたか。」
「なんだってなんだよ。おいガキ。お前を部隊に入れるっつー話した時、条件があるって言ったな?」
「うん覚えてるけど。」
「お前には学校に通ってもらう。」
「...は?」
「お前まともに教育受けてないだろ。それに力についても知ってもらわなきゃいけねぇからな。あとついでにちょっとした任務がある。初仕事も兼ねてると思え。」
「いや急すぎるだろ話が!ってかそれって卒業までに結構時間かかるんじゃ」
「じゃあ手続きはもうカーレナに任せてあるから。幸い今は何処も兵をかき集めてるから安く通えるだろ。3年間頑張ってこいよ。」
「話聞けよぉぉおおおお!!」
俺は昔から勉強が苦手だ。そう言うのはエルがやってたし...
「ふっ頑張りたまえよ、シド君。」
ウツギは嘲笑気味に笑っていた。大変腹が立つ。
「ん?あぁそういや言い忘れてたけど、ウツギお前も学校行ってもらうからな。」
「え。」
「いやお前は寵愛が便利だから部隊入れてたけどやっぱ学校行ってもらった方が良いなって。そろそろ神術の一つでも覚えてこいよ。」
「ええええええええええ。」
ウツギの叫び声が真っ暗な空を貫いた。
こうして俺とウツギは士官学校とやらに通う事になった。
そう言えば昔、エルが学校に行きたいと言っているのを聞いた事がある。
孤児院にはそんなお金なかったけど。
成り行き任せだったけどアイツが見たかった景色を代わりに見に行くのも悪くないかも。
「エル、俺は強くなるぞ。お前の仇絶対取ってやるからな。」
シドは少し拳に力を込めた。




