第2話 対天使部隊
人が焦げ付いた匂いと悲痛な呻き声が脳裏に焼き付いて離れない。
夢を見る。
家族が化け物に肉を食われながらひたすらシドに対する恨み言をつらつらと並べている。そんな悪夢を。
「どうしてお前なんかが生き残ったのだ。」
爺さん...
「シド...なんで...君なんかが生き残ったの?」
エル...
そんな事言うはずがない。分かっているのに。
肉を全て平らげた化け物が最後、シドに襲い掛かろうとしたその瞬間、シドは目を覚ました。
「...はぁ...はぁ...ここは...?」
古びれた孤児院とは全く違う繊細な装飾を凝らした天井に違和感を感じる。
「おっ目ぇ覚ましたか。」
しゃがれた声の方を見るとボサボサの髪をした如何にも朴念仁といった感じの大柄な男がだらし無さげに座っていた。
「あんたは...?」
「俺か?俺はジンだ。」
聞いた事がない名だった。
「ちょっと、名前言っただけじゃ何が何だか分かんないでしょう。」
ジンの背に隠れて見えなかったが奥に女性がいたようだ。綺麗な緑色の瞳をしており、先ほどとはうって変わって清潔感のある、清廉潔白な様相をしていた。
「私はカーレナ、私たちは特殊対天戦術部隊ってのをやっててね。まぁ平たく言えば天使と戦うための兵士よ。」
「天使...?」
記憶をめぐると頭痛がする。しかし案外と意識を失う前の記憶は強く刻まれていた。それほどに鮮烈だったとも言えるだろうか。
「あなたが覚えているかはわからないけれど、あなたの孤児院を破壊したのは恐らく天使で間違いないわ。」
「天使ってのはああ言う怪物の事だと思っていい。」
カーレナの話に割り込む様にジンは答えた。
「お前が襲われてたところを俺らが間一髪助けに来たってわけだな。」
カーレナは呆れた様な顔をしていたがそれに構わずジンは続けた。
「まぁ今回のことは運が悪かった。鉄の王本体が国境付近に来るなんて予想出来なかったからな。」
ジンはひどく軽い素ぶりで憐みの言葉を並べた。
その態度は挑発的で声には軽い嘲笑が含まれている様に感じ取れた。
「ちょっと!少尉そんな言い方はないでしょう。」
「エルも爺さんもみんなも...死んだのか。」
「だろうな、あそこはもう殆ど跡形もない。むしろあそこまでアレに接近して生き延びたお前は奇跡だよ。」
「そう...か...」
「恨みとかねぇのか?俺らがもう数分早く来てたら何人か助けられただろうな。天使も憎くないのか?」
「わからない...わからねぇよ...」
「そうか...」
ジンはため息混じりに立ち上がった。
「カーレナ、行くぞ。こいつはダメだ。」
「少尉!!いくら何でもそんな言い方はっ!!」
ジンとカーレナは何を言い合ってるんだろう。もはや興味もないが。
今思えば俺の生きる理由は家族だったんだろう。
照れ隠しで一度も言葉には出来なかったが、孤児だった自分が初めて幸せになれたあの空間が愛おしくてたまらなかったんだ。
あぁ...だとすれば、生きる意味を失った俺は何で今生きてるんだろうか。
「俺は生きる意思がない奴を軍に入れるのは反対だ。例え予言があったとしてもあれじゃあダメだ。」
「いやだからって言いかたってもんがあるでしょうに!」
「戦場に出ても死ぬだけだぞ。あんなガキを犬死にさせるつもりか?」
「そっ...それは...」
「犬死に...?」
はっなんだそれ。
みんなは死んだのに。
そうだ。家族なら、一緒にいるべきなんだ。
俺も死ねばいい。
それで全て終われる。
近くにあった鋭いペンを取り震える右手で首元に持っていく。
頭がぐわんぐわんと揺れ続けているようだった。躊躇いはあったが希死念慮が大きくシドの心を覆い尽くした。
思い切って腕に力を込めた刹那、ペンは弾かれ空を舞い床に落ちる。
ギリギリでシドの様子に気付いたジンが咄嗟にペンを飛ばしたと少し遅れて気付く。
「くっそ何してやがるこのガキ!!」
ジンは苛立ちを表す様に髪をわしゃわしゃとかき乱した。
「だって...みんな死んじゃったし...」
「...お前...ちっ仕方ねぇ...」
ジンは屈み目線をシドに合わせて言った。
「おい、いいか。ガキ。そう言う時は泣いて良いんだ。」
「泣く...?」
「そうだ。お前、まだ泣いてないだろ。」
「そんなんでなんか、変わんのかよ。」
言われて体が気付いたのか無意識に声が上ずる。
「ぶっちゃけるとな。こんな世界だ。むしろ誰も失ってねぇ奴の方が少ない。でもみんな生きてる。」
「なんだよ、それ、」
気付けばもう声は殆ど泣き声に近かった。
「理由は簡単だ。それでも生きなきゃいけないからだ。家族を亡くしても親友を失っても想い人が居なくなっても。みんな生きる理由を見つけて生きていくんだ。」
さっきまで軽薄そうだったジンの言葉は何故だか強い説得感があった。
「生きる理由なんて...もう...」
「なら俺がお前に理由をやるよ。いいか。お前の孤児院を壊した天使はまだ生きてる。」
「は...?あの化け物が...生きてる...?あっあの時頭を撃ち抜かれてたはずだ!」
それは気を失う前の最後の記憶だ。唐突に化け物の脳が弾けるのを間近に見た。思い出せば吐き気を催すがそれほどに現実的で、あれは夢なんかじゃなかったはずだ。
「残念ながら天使はそう簡単には死なない。特にあれほどの格だと尚更な。」
自分の中で強い激動がうねっているのを感じる。
「そうだ怒れ。そしてその怒りでお前は生きるんだ。代わりが見つかるまでな。」
「復讐するためには当然力がいる。軍に入れてやるよ。条件はあるけどな。」
「わかった...やるよ...やってやるよ...」
「よし、それで良い。じゃあ俺らはもう行く。後で人をやるからそれまでしっかり寝とけ。」
「少尉、私残ってましょうか?まだ不安定そうですし。」
「お前にはまだ仕事があるだろ。大好きな大好きな書類仕事がな。」
「それ本来あなたの仕事なんですけどねぇ...」
そう愚痴りながらカーレナとジンは部屋を出て行った。
「少尉って子供慰めるの下手ですね。」
「うるせぇよ。ガキは嫌いなんだ。」
「にしても良いんですか?初めは軍に入れないとか言ってたのにあんなこと言っちゃって。」
「あいつの右目見ただろ。あれじゃあ何にせよ戦場からは逃れられない。」
ジンは元々悪い目つきをいっそう窄めるような仕草をした。
それに呼応する様にカーレナもため息をする。
「全く嫌な時代ですねぇ...」
何もかもが変わってしまったあの日。
それは瞬く間に世界を変え、私たちの生き方を容易く奪い去った。
そう、全てはあの日から。




