ひとしきり喋っては満足していく
「それでね。他にもあの人ったらね……」
目の前の老婆の言葉に私は頷く。
もう二時間も話を聞かせてもらってるが、よくもまぁ『あの人』の話は尽きないものだ。
きっと、それだけ大切だったのだろう。
「私の事を一生離さないって言ったのに。あんなに嬉しそうに私と結ばれたことを喜んでいたのに。先に逝っちゃうんだもん」
老婆の目から小さな雫が零れた。
自ら拭おうとした彼女の動きが鈍い。
ちらりと腕時計を見る。
どうやらぼちぼちらしい。
「ねえ、悪魔さん」
「なんだ?」
「私、もうすぐ死ぬの?」
「そうだな。あと五分を切った」
「そう……」
老婆は拭えなかった涙をそのままに私へ言った。
「ありがとうね。お婆さんのお話に付き合ってくれて」
私は肩を竦める。
十数年前であれば老人ホームの一室に悪魔召喚の魔法陣など決して描かれたりはしなかっただろう。
しかし、常識は変わるものだ。
「これがあなたの契約だろう」
「そうね。だけど、あなたはこれで良かったの?」
彼女の言葉には幾つもの問いが内包されていた。
『悪魔とは人を誘惑するものでしょう?』
『悪魔とは人の魂を食べるものでしょう?』
『悪魔とは――愚かな人間の欲望を叶えるものでしょう?』
皆が同じ問いをする。
当然か。
『常識』が変わってからまだ十数年程度なのだから。
「満たされた人間の魂ほど美味なものはないさ」
「……私は地獄へ落ちるの?」
「一番始めに伝えただろう? 悪魔と契約した人間が地獄へ落ちるというのは人間が安易に悪魔を呼びださないよう人間が広めた嘘っぱちだって」
老婆は少しだけ笑った。
残り、十数秒。
私は告げる。
「時間だ。待ち人がいる。早く行ってあげな」
「うん。ありがとう」
老婆は目を閉じ、死んだ。
「ゆっくりとおやすみ」
私はそう言って立ち上がり、魔法陣の中へ戻る。
食事は今日も美味だった。
死に際の人間の魂を食べる。
この魂の回収の仕方は革新的だった。
悪魔にとっても願いを叶える労力もなく、また人間が破滅するまでの待ち時間もない。
そして何より、死に際の人間が望むことはいつだって同じだ。
『独りにしないでほしい』
子を持てず、親戚もいなかった老人。
それが今の悪魔の顧客だった。
「変わるものだな。時代は」