私の生き方は恋じゃない。必要だから貴方を選んだ。
ソニアはマレリー伯爵が浮気をして出来た娘である。歳は16歳。
市井で母に育てられてきた。
茶の髪にそばかすがある、冴えない少女である。
だが、母が再婚して、父のもとへ行きなさいと言われて、風呂敷ひとつを背にくくりつけて、マレリー伯爵家を訪ねたのだ。
マレリー伯爵はソニアを見て、
「確かにマリーと一夜を過ごした覚えがある」
マレリー伯爵夫人が伯爵を思いっきりビンタした。
「貴方は本当に下半身が緩いんだから。浮気して出来た子を16年間も責任もとらず放っておいたんですか?責任も取らず。ええ???」
「いや、お前が怒るだろう。浮気をしたと言えなかったんだ」
マレリー伯爵夫人は、
「夫の子というのなら仕方がないわ。引き取りましょう。ただし、楽して生活できると思わないで欲しいわ」
ソニアは覚悟した。
夫人に睨まれているのだ。きっと屋根裏部屋で過ごす事になるのだろう。
食事も硬いパンが出ればいい方で、色々と虐め抜かれるに違いない。
だが、母は再婚してしまった。父の所へ行けと言われたのだ。
ここで暮らすしかない。
まぁ、なんとかなるでしょ。
ソニアはそう思ったのだが。
いやもう、この家の経済観念どうなっているのよ。
ソニアが見ても解る位に酷い絵画や壺がごろごろと廊下に並んでいて、どうも伯爵が悪い業者に買わされているらしい。
って、悪い業者とソニアは知り合いだったからだ。
「やはりオッサンだったのね?この家にこのガラクタを売りつけていたのは?」
売りに来た業者はソニアの母が経営する飲み屋によく来ていた詐欺師だった。
詐欺師のおっさんは慌てた様子で、
「ソニアちゃん。何でソニアちゃんがこんな所に?」
「私、引き取られたの。この家に。ねぇお父様。この人、詐欺師だから絵とか買わない方がいいわ」
伯爵は真っ青になって、
「そうなのか?凄い画家の絵だからって買ったんだが」
伯爵夫人が青筋立てて、
「やはりガラクタじゃないの。わたくしに領地経営を任せて、貴方はこの王都の屋敷で何を買っているのです?ガラクタですって?どうりで出費が多いと思ったわ。ちょっとそこの貴方、衛兵を呼びます。逃げられると思わないことね」
オッサンは衛兵に連れて行かれた。
ソニアに向かって伯爵夫人は、
「まったく、わたくしが目を光らせていても夫はこういう感じで。これからは夫の傍にずっといます。領地に行くときも夫を連れていくわ。ああ、貴方、貴方はこの家の娘なのですから、わたくし達と一緒に食事をとりなさい。いいわね」
この家にはソニアの他に子はいないようだ。
伯爵夫人はソニアに向かって、
「わたくしは子が出来なかったの。だから養子でも取ろうかと思っていた所よ。夫の血を引くと言うのなら、貴方がしっかりして婿を取りなさい」
そう言われた。
一流の家庭教師をつけられて、色々と教えられる。
勉強は難しくて。マナー一つ覚えるのもおぼつかない。
夫妻と一緒に食事をするのは緊張して。フォークはどこから取ったらいいの?
見た事もない豪華な食事だけれども、味もまったく解らなかった。
ああ、市井に帰りたい。ここの生活あわないわーー
とある日、一人の男性の来客があった。
「伯父上、伯母上。私を養子にする話はどうなったんです?」
父の弟の息子のエリックだ。エリックは次男でこの家に養子にくる予定だった。
黒髪碧眼のとても美しい男だ。
ソニアを見つけると、近寄って来て。
「私が養子に来るはずだったんだ。それをお前が。私の未来を返してもらおう。私はエリーと結婚することが決まっていたんだぞ。この家を継ぐという話込みで。結婚が出来なかったらどうする気だ。責任取れよ」
凄い勢いでそう言われた。
伯爵夫人がエリックの前に進み出て。
「夫の子が出て来てしまったからには、そちらを優先するしかないでしょう。貴方への慰謝料は払います。我が家はソニアが婿を取って継ぐことになるわ」
「だったら、私が婿になろう」
「ちょっと貴方、エリーっていう令嬢はどうするの?」
「爵位の方が大事だ。私はマレリー伯爵になりたい。伯爵になれるのだったら、このチビでへちゃむくれでも我慢してやろうと言うのだ」
ソニアは頭来た。だから頬を叩いてやろうと思った。
思ったら先に伯爵夫人が、バシっとエリックの頬を叩いた。
「我がマレリー伯爵家の娘を馬鹿にすることは許しません。チビでへちゃむくれとはなんです?これから立派な淑女にわたくしが育てて見せます。二度とこの家に来ることは許しません。いいわね?」
マレリー伯爵は震えながら、
「そういうことだ。エリック。悪いな」
怖い人。でも自分を庇ってくれたのはとても嬉しかった。
マレリー伯爵夫人はソニアに対して、
「あの子を見返す為にもソニア。貴方は学ばねばなりません。この家の娘として生きていくのなら、しっかりとマナーと教養を身に着けなさい。いいわね?」
「解りました。マレリー伯爵夫人」
「わたくしの事はお母様と呼びなさい」
「お母様ですか?」
「夫の娘なのですから、わたくしは貴方の母にならなくては。いいですね?」
「わ、解りました」
一生懸命、勉強した。一生懸命、マナーを覚えた。
大変だけれども、伯爵夫人が傍にいてくれたから頑張れた。
彼女は時には厳しく、時には愛情を持って接してくれた。
自分の母とは大違いだ。
母は奔放に男と遊んで、ソニアは放っておかれた。
だから、店の手伝いを幼い時からしながら、寂しさも感じていたのだ。
母に甘えたい。でも、母は男と一緒にいる方が楽しいみたいで。
寂しかった。
伯爵夫妻はそんなソニアに対して家族のように接してくれた。
マレリー伯爵はソニアの誕生日だと聞くと、大きなケーキを街から取り寄せて、祝ってくれた。
その時ばかりは、夫人は反対せず、一緒にソニアの誕生日を祝ってくれたのだ。
とある日、伯爵夫人の部屋にソニアは呼ばれた。
伯爵夫人は手紙を書いていて、
「よいですか。字は綺麗に書かねばなりません。でないと、将来、貴族社会で恥をかくのは貴方よ」
そう言って、伯爵夫人は書いた手紙をソニアに見せてくれた。
あまりの綺麗な字にソニアは驚いた。
「綺麗な字ですね。お母様」
「何度も練習したのですもの。手紙を書く機会が伯爵夫人となると多いの。夫はあの通り、手紙なんて書かないから」
「お母様はなんでも出来るのですね」
「努力しましたもの。わたくしね。男爵家から嫁いできたの。夫に惚れられて口説かれて、本当に嬉しかったわ。愛する人と一緒になれて。でも。あんな情けない人だとは知らなかった。結婚してから知ったの。わたくしはこの伯爵家でお義母様にいやって言う程、仕込まれたわ。お義母様も夫のだらしなさに苦労したと。血筋かしらねぇ。本当にわたくしの夫は、貴方のお父様はだらしなくて。お金の使い道も駄目な人で、人に騙されて。でも、好きになった人だもの。そういえば、貴方のお母様は再婚したんですって?」
「母は再婚して店をやめて、夫となった人と行ってしまいました。ですから、私はお父様がいるというこの家を頼って来たのです。母は男の人にだらしなくて、色々な男の人とお付き合いをしていました」
「貴方も苦労したのね。そうだわ。婿になる人はしっかりした人を選ばないと。あの人の甥のエリックは駄目だわ。他の人を探しておきますから」
「よろしくお願いします」
そして、数日後、マレリー伯爵夫人に紹介されたのが、伯爵夫人の弟だった。
「レイド・エイリー。王宮で図書館長を務めております。歳は30歳。ちょっと君とは離れているかな?」
さらさらの金の髪に青い瞳のレイドはとても美しくて、ソニアはうっとりしてしまった。
でも、いけない。いけない。エリックはとんでもない男だった。男は外見だけでないのだ。
マレリー伯爵夫人は、ソニアに向かって、
「弟は今まで仕事に夢中で結婚を考えていなかったの。でも、貴方の夫になるのなら、ふさわしいのではないかって」
「姉上。私は王宮の図書館長の仕事を誇りに思っております。話は聞いていましたが、ソニア嬢の夫となれということですか?」
「そうよ。もう、駄目男にはウンザリしているの。せめてソニアの夫にはしっかりした男性が。貴方なら申し分ないわ」
ソニアは思った。
とても素敵な人。でも何より重要な点は、彼は頭がいいという事だ。
王宮の図書館長の仕事は頭がよくなければ出来ない。
「あの、私は歳が離れていようが、構いません。貴方の事を知りたいわ。それになんで自己紹介をしたんですか?歳は30歳とか、私と歳が離れているとか?」
「そ、それは‥‥‥歳が離れているから、断ろうと」
「レイド様はモテますよね?こんなに綺麗なのですもの。夜会で女性を沢山はべらせるタイプですよね?」
「え?そ、そんな事は。私は夜会みたいなところは苦手で、図書室で本を整理している方が好きなんだ」
「図書室の仕事も素晴らしい仕事だと思います。でもこのマレリー伯爵領は、お母様は頑張っていますけれどもお父様の無駄遣いのせいで借金がっ。建て直しにはレイド様のような頭のよい方が必要です。どうか、私の夫になって下さいませんか?」
「え?そ、そんなグイグイと来られても」
マレリー伯爵夫人も、
「まずは、お付き合いをしてみてから考えて頂戴。ソニアはいい子よ。夫と違って。気に入ると思うわ」
隅で震えているマレリー伯爵。
「いや、私と違ってって。お前」
「そうでしょう?下半身はだらしない。お金もだらしない。貴方にいい所なんてあって?」
「ないです」
レイドと付き合う事になった。
ソニアはとても嬉しくて嬉しくて。
レイドは綺麗だったから。
あ、違うわ。彼は頭がいいから、きっと役に立つから。と自分に言い聞かせて。
二人で街をデートした。レイドはソニアを古書が売っている店に案内して。
「ここには古い本が売っているんだ。つまらないかな。私は街に出るとつい、ここに足を運んでしまう」
「そうなんですの。入ってみましょう」
外観も古い町はずれの店。中は狭く古書が積み上げられている。
老婆がカウンターで眼鏡をかけて本を読んでいて。
「これはレイド様。数冊新しいのが入っているよ。手前に置いておいたから、見ていくといい」
「有難う」
レイドは老婆が指し示した積み上げてある本を手にして、
「これは隣国エルゼの歴史書だ。50年前くらいに書かれたのかな。買いたいけれども値段が」
パラパラとめくって本を読むレイド。
ソニアにはよく解らないが、レイドは目を簡単に通すと、他の本を立ち読みし始めた。
老婆は何も言わない。
レイドはソニアに向かって慌てて、
「すまない。つい夢中になってしまった」
老婆に向かって、
「興味深い本だった。本は次回、給料が入ったら一冊購入させて貰うよ」
ソニアの手を取り、
「外へ出よう」
ソニアは頷いた。
二人で外の道を歩く。日が暮れてきた。
レイドはソニアに、
「本が好きすぎて、ついつい。私はつまらない男だ。君の夫にふさわしくないのかもしれない」
「私は市井で育ちました。伯爵家の夫人としてふさわしくありませんわ。でも、貴方が助けてくれるのなら、頑張れる。そう思えるのです」
「君は努力家だと姉上から聞いている」
「どうか、伯爵家の為に私と結婚して下さいませんか?本を読むことを禁止なんてしません。王宮の図書館長をやめる事になることは申し訳なく思っております。でも、マレリー伯爵家を建て直す為に貴方の力が必要なのです」
「君はそこまでマレリー伯爵家の事を?」
「お母様は一生懸命、領地の事を考えております。私に母と呼んでくれと伯爵夫人はおっしゃいました。私は娘としてマレリー伯爵家の為に頑張りたい。だからお願いです。私と結婚して下さい」
見かけが素敵だから、胸がときめいたから、彼と結婚したいと思った。
今だってその気持ちもある。
でも、何より重要なのは、図書館長をやる位だから、彼は頭がいい。きっとマレリー伯爵家を建て直してくれるはずだ。
マレリー伯爵夫人が頑張って経営している伯爵領。
彼の頭脳は必ず、伯爵領を建て直すのに役に立つだろう。
恋だけではない。これは必要な事だ。
私の生き方は恋じゃない。必要だから貴方を選んだ。
そう胸を張って言いたい。
そう言わせるのは、レイドじゃない。
自分に厳しく接してくれるマレリー伯爵夫人だ。
レイドは跪いて、ソニアの手に口づけを落とし、
「解った。君の求婚、受け入れよう。私はマレリー伯爵家に婿に入る。マレリー伯爵となって、領地の為に、君と一緒に頑張るよ」
ソニアをそう言って抱き締めてくれた。
ソニアは幸せに感じた。
屋敷に戻って、二人でマレリー伯爵夫妻に、婚約することを報告した。
マレリー伯爵夫人は、
「レイド。決意してくれたのね。嬉しいわ」
レイドは夫人に向かって、
「姉上と、ソニアの熱意に押されたのです。私はソニアと結婚し、マレリー伯爵家の建て直しをしたいと思っております」
マレリー伯爵は縮こまって、
「すまないね。私が頼りない為に」
ソニアはマレリー伯爵に、
「お父様も一緒に、マレリー伯爵家の建て直しを頑張りましょう」
「有難う。ソニア。有難う」
それから半年の婚約期間を経て、ソニアはレイドと結婚した。
優秀なレイドが、領地経営を行ったおかげで、マレリー伯爵家の経済は建て直しが出来た。
マレリー伯爵は爵位をレイドに譲って、引退した。
前伯爵夫人は疲れたように、
「後をお願いするわね。わたくしは、この人をしっかりと監禁しながら、領地の片隅で余生を過ごすわ」
マレリー前伯爵は震えあがっていた。
前伯爵夫人は、ソニアの手を取って、
「貴方がここへ来たときにはどうなるかと思ったけれども、貴方は頑張ってくれた。よい娘が出来て幸せだったわ。有難う」
涙がこぼれる。
「お母様。この屋敷でずっと暮らして下さい。お父様と一緒に。お父様を監禁したければ、特別に部屋を用意致しますから」
前伯爵が更に真っ青になった。
前伯爵夫人は、
「嬉しいわ。それじゃ離れを作ってそこで暮らすことにするわ。そこで監禁部屋を作って」
あまりにも震えるものだから、前伯爵は普通に離れで生活できることとなった。
結婚生活も落ち着いたとある日、レイドに言われた。
「君は私に恋をしたから結婚したのか?私が綺麗だから」
「私の生き方は恋じゃない。必要だから貴方を選んだ。そう胸を張って言いたいわ。貴方だって解っているでしょう?私は貴方が必要だから結婚したいって言ったわ」
「解っているさ。ただ、ちょっと私の事が好きになったから結婚したと思いたくて。だって必要だったからだけじゃ寂しいだろう?」
「それじゃ、貴方の事を好きになったから結婚したわ。それでいいかしら」
「やはり、私の生き方は恋じゃない。必要だから貴方を選んだ。でいいよ。そういう君が好きになって私は結婚したのだから」
そう言って背後から抱きしめられた。
レイドは良く言ってくれる。
君の真面目な所が好きだよって。きっと、レイドを助けて領地経営して、伯爵夫人の仕事を真面目にしている自分が好きなんだって。
こういう生き方が出来るってなんて幸せなんでしょう。
レイドに抱きしめられながら、幸せを感じるソニアであった。
とある変…辺境騎士団
「屑の美男発見。エリックを簀巻きで拉致拉致」
「馬車に押し込め押し込め」
エリック「うわっ。私が何をしたというんだ??」
四天王アラフ「調べはついている。レイドとソニアを襲撃しようとしただろう?」
ゴルディル「ならず者を雇った事は知っているぞ」
マルク「触手で絡めてやったけどね。ウネウネと」
エダル「さぁ、三日三晩の正義の教育の始まりだ」