天使塚
日常に潜むわずかな違和感。曖昧で、体の感覚を遮断してしまう恐怖。
きっと誰も覚えてはいないだろう。思い出せば、手招かれてしまうから。
都市伝説 二つ目 「天使塚」
何の変哲もない穏やかな田舎町。ここには「天使塚」と呼ばれる土地がある。
落下死した天使の遺体が上がった、という伝説が残されていることが由来だそうだ。
天使の遺体を見たものは、視力を失い、精神に異常をきたすらしい。
じいちゃんは「人ならざるものを目に入れるのは毒だ」と言っていた。
僕は生まれつき目が悪いから、きっと天使に狂わされることは無いだろうと、そう思いながら聞いていた。
穏やかで、植物のような人だった。最後まで。
僕は、今日死んだ金魚を手に持って、盲導犬のシロに誘導されながら天使塚へと足を進める。
伝説のせいか、ここには地元の人間はあまり近づかない。
それが僕には心地良かった。
柔らかい土をかき分けて、金魚を埋める。
素手で握ってきたから、金魚は生ぬるくなっていた。
きっと、冷たい土は気持ちがいいだろう。
しめった風に、雨の匂いが混じる。
雨が降る前に帰りたいな。
今朝のニュースで、夕方頃から雨が降るといっていた。
立ち上がり歩こうと足を出す。
と、次の瞬間、躓いて転んでしまった。
何に躓いたんだろう。上体を起こして、探るように手を動かすと、指に引っかかる感触があった。
なにか覚えのある感触だ。冷たい。
柔らかいけど、中に形を保つ薄いプラスチックが入ってるみたいな。
僕は片手でその物体を握ったまま、もう片方の手で自身の耳を握る。
これだ。あぁ。耳だこれは。
頬。鼻。唇。
手で感触を確かめながら確認していくと、人の顔である事がわかる。
氷のように冷たいけど。
「あの、踏んでしまってすみません」
「起きてください、もうすぐ雨が降りますよ、帰った方が......」
違和感を抱く。こんなに、起きないものだろうか。
躓いた時も、顔をベタベタ触られてる時もそうだ。
頬を軽く叩いても、起きる様子は無い。
僕はその人の口元の位置を確認して、自身の耳を近づける。
「......呼吸がない」
死んでいる、のだろうか。
じいちゃんの遺体に触れた時とは感触が違う。
これは本当に人間なのだろうか。
これ以上は、触れない方がいい気がする。
手首に巻き付けたリードを少し引っ張って、その異様な軽さに驚く。
「シロ?」
返事はない。リードを手繰り寄せてみると、途中で切れていた。
「・・・どうしよう」
リードを握ったまま、呆然とする。
背中が痒い。
背中に手を伸ばして、少し驚いた。
覚えのない感触だ。ふわふわしている。
これは......羽?そうだ、じいちゃんが飼っていた鳥の羽の感触に似ている。
痒い。
背中を触りながら、自身の身体がどうなっているのか手で探る。
どうやら、背中一面、尻の少し上あたりまで、びっしりと羽が生えているらしい。
引っ張ると、痛い。
抜けないことは無いけど、抜くと、血が出てしまうらしい。
抜けた羽の付け根から、鉄みたいな匂いがする。
やっぱりさっきまで触れていたものは、人間じゃ無かったのかもしれない。
そう思った時、強い風が吹いて顔や身体にパシパシと何か芯のあるものが沢山当たった。
妙に眩しくて、目を開ける。
すると、今まで見たこともない景色が目の前に広がった。
空だ、空に落ちている。
何が起こっているのかわからない、気づいたら空を落ちていて、どこまでも続く夕焼けの中にいた。
落ちる、空に、落ちる。
内臓が浮く感覚で声が出ない。
見える、どこまでも。よく見える。
空の色は想像したことがある。こんなに複雑な色をしているなんて思いもしなかった。
もっと見たい、もっと、ずっと。
なんて、綺麗なんだろう__。
__ぐしゃり(地面に身体が叩きつけられる音)。
本日未明、〇〇県〇〇市、天使塚で高校生の遺体が発見されました。
頭を酷く打ち付けられた跡があり、警察は事件事故の両面で捜査を行なっています。