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乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる  作者: 高遠ゆめ
乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる
4/26

再会

 

 そして迎えたお見合い日当日。


 父が呼んだ商人が用意してくれたのは、ラベンダー色のドレスだった。

 オーダーする暇がなかったから既製品だけど、ドレスのスカート部にハンナとマーサが金色の糸でいくつか美しい刺繍を縫い込んでくれたことで、一点ものになった。

 アクセサリーは、祖母がくれたパールのネックレス。

 最後にハンナがわたしの金茶色の髪を編み込み、同じラベンダー色のリボンでまとめてくれた。


「うん。リディ、よく似合っている」


 わたしと同じ薄緑色の目を細めて頷く兄と、満足げなハンナ。

 ここに、父と母の姿はない。

 父はわたしのドレス姿をチラリと見てすぐ執務室へ籠ってしまったし、母は突然、友人と約束ができたと言って出かけてしまった。


「リディはしばらく自室で待ってなよ。グローリア公爵令息が到着したら、僕が父上を呼ぶし。だから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」

「ありがとう、お兄さま」


 兄がわたしの顔を覗き込んで笑った。余程、わたしが不安そうな顔をしていたのだと思う。

 その後、兄はわたしの頭を撫でようとして、ハンナに物凄い顔で止められていた。


「グローリア公爵家のウィリアムさま……どんな人なんだろう。それに、何でわたしなんだろう……」


 自室のソファに座って、この二週間で何度も考えたことを呟いた。

 わたしがこれからお見合いをする相手は、グローリア公爵の長男で、ウィリアムさまという方らしい。

 縁談についての手紙が来てから今日まで、たった二週間。王都にいたら少しは違ったのだろうけど、二週間では、グローリア公爵令息がどんな人物かを知ることはできなかった。


 女学院の友人に聞いてみるということも考えたけど、もとより、うちとグローリア公爵家の付き合い自体が今までなかったのだし、もしかしたら人違いをされているのかもしれない。そう思うと、友人の伝手を頼るのも憚られた。


 自室のソファに座って考え込んでいると、扉がノックされた。


「お嬢さま、失礼いたします。お客様がおいでになりました」


 扉の外から聞こえたハンナの言葉に、心臓が跳ね上がる。

 緊張で震える足で向かった応接室のソファには、既に父と兄が並んで座っていた。

 そして、その向かいには濃いダークブラウンの髪をした、知らない男性の背中が見えた。


 応接室の入り口にいるわたしの気配に気づいたのか、その人が振り返った。

 一度は振り返ってしまうような整った顔立ちと、極寒の海のような冷たく青い目。


「リリーディア・フィールズ伯爵令嬢」


 その人の、わたしの名前を呼ぶ声を聞いて、息が止まりそうになる。


「あなたは……」


 まさか。


 その声は、交流パーティの夜にハンカチを貸してくれたあの人と同じで。同時に記憶から蘇ったのは、月夜に煌く青い目。


「リリーディア」


 立ち尽くしているわたしを父が呼んだ。ハッとして、慌てて父の元へ向かうと、兄が自分の隣へ座るよう目配せしてくれた。

 わたしの目の前に座る、その人が口を開く。


「グローリア公爵家嫡男、ウィリアム・グローリアと申します。この度は突然の申し出をお受けいただき、ありがとうございます」


 表情一つ変えずに淡々と話を続けていくその人は、手元にあった書類を父へ手渡した。


「こちらが婚約期間にグローリア家で負担させてもらう費用を記載したものです。将来的に、リリーディア嬢には王都にあるグローリア公爵家の屋敷で生活を……」


 流れるように続く説明をぽかんとしてわたしが聞いていると、慌てたように兄が声を上げた。


「ウィリアム卿!」

「……何でしょう、兄君」


 氷のような青い目が、兄に向けられた。

 兄が隣に座るわたしの片手をそっと握る。温かな兄の手は、緊張しているのか小さく震えていた。


「あの……お話を遮り、申し訳ありません。兄のアーサーと申します。大変不躾なのを承知でお伺いしますが、なぜ妹なのでしょうか。その、まず、理由をお話ししていただければと……」


 その人は青い目を一瞬見開いた。


「……申し訳ありません、実は非常に緊張しておりまして。先走ってしまいました」


 そのままスッと視線を逸らしたかと思えば、その人は数秒黙り込み、やがて口を開いた。


「リリーディア嬢とは、先日の王立学院の交流パーティで初めてお会いしました」

「交流パーティ?」


 聞き返した父の眉間に皺が寄り、兄が小さく「あ」と呟く。


「はい。王立学園の交流パーティで、少しお話をさせていただきました」


 それを聞いた父が、ギロリと私を睨んだ。

 そんな目をされても困る…あの人がウィリアム・グローリア公爵令息だなんて、今まで知らなかったのだもの。


「ですが、その時にご令嬢の名前を伺うのを忘れておりました。その後、フィールズ伯爵家のリリーディア嬢だと知ったのです。しかし、すでに領地に戻られたとのこと。そこで、不躾かと思いましたが、こうして伺わせて頂きました」


 最初の饒舌ぶりは影を潜め、まるで言葉をひとつひとつ選んでいるような話し方だった。


「なぜリリーディア嬢かと言うと……上手く言葉になりませんが……交流パーティで少しリリーディア嬢とお話しした時、妻に迎えるなら、ご息女のような女性がいいと思ったのです。そして、このような可憐なご令嬢であれば、他に求婚者が現れてもおかしくないと焦ってしまい、このような早急な申し出になってしまいました。誠に申し訳なく思っています」


 その人の顔を見たまま黙りこむ父の代わりに、兄が再び口を開いた。


「あの、うちは王都に比べれば田舎ですし、生産業が中心で政治にも明るくありません。爵位も違います。グローリア公爵家としては、うちより旨味がある縁談が多くあるのではありませんか?」


 はっきりと言った兄に、父が顔を引き攣らせたが、グローリア公爵令息は気にした様子を見せず答えた。


「フィールズ伯爵家の特産品が王宮でも使われている上質紙で、生産業に重点を置かれているのは知っています。確かに、我がグローリア公爵家は政治に関わる業務を行っている家ですが、政略的なもので言うならば、同業者の場合は有事の際、共倒れとなる可能性があります。そのため、妻となる方の生家に同業者をとは考えておりません。爵位についても、私の曽祖母が伯爵家でしたので、何ら問題はありません」


 グローリア公爵令息はそこまで言うと、またしばらく黙り、やがて言った。


「私は今年二十三歳ですが、女性に縁がなく仕事ばかりをしてきました。調べればすぐにわかることですが、伯爵は五年前にある侯爵令嬢が、子爵家の三男と駆け落ちをした事件を覚えていますでしょうか」


 それまで黙っていた父が驚いたように身を乗り出し、顔色を変えた。


「まさか、あの……」

「はい。リリーディア嬢と兄君はご存じないかも知れないが、わたしは学生時代、ある侯爵令嬢と婚約していました。ですが、王立学院卒業後に彼女は子爵家の三男と駆け落ちしたのです。それにより、私と元婚約者との婚約は破棄となりました。その後は、新たな縁談を考える余裕がなく仕事に邁進しておりましたが……先日リリーディア嬢とお会いして、強く妻に迎えたいと思いました」


 その答えをじっと聞いていた兄は、さらに質問を重ねた。


「失礼ですが、その元婚約者にリリーディアが似ているということではありませんよね?」

「それはありません。薄情だと思われるかもしれないが、五年経った今、すでに顔も思い出せない。元婚約者が現在どうしているかも知りません」


 兄とグローリア公爵令息の会話は続く。


「公爵家の嫡男ということは、妹は公爵夫人になるということですか?」

「ゆくゆくは、そうなります。早くとも数年は先ですが」


 意を決したように兄が言った。


「今回、縁談を頂いたということは、リリーディアが以前、爵位が同位の伯爵令息と婚約していたことはご存じだと思います。これまでリリーディアは、伯爵領を治める伯爵夫人となる教育しか受けておりません。ですので、私と父は、リリーディアには王都での生活は合わないのではないかと考えております」


 黙ったまま話を聞いていた父は、兄の言葉にやや驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「何より前回、両親の采配によって、妹には結果的に不本意となる婚約を強いてしまいました」


 父の顔が少し青ざめた気がしたが、兄はそのまま続けた。


「前回は破棄ではなく解消としたので、書類上の瑕疵はありません。しかし兄としては、妹には幸せな結婚をさせたいと思っております。ですので、グローリア卿の一時の感情であれば、こちらとしては婚約を結ぶわけにはいきません」


「お兄さま……」


 父ほどではないが、研究者肌気質で一人の時間が大切。いつも飄々としている兄が、そんな風にわたしを思ってくれていたなんて。


 余程のことがない限り、爵位が上の家からの婚約は断ることが難しいはず。それを、兄は不敬に問われそうなギリギリの言葉で切り返そうとしてくれている。


「はい。リリーディア嬢に以前、婚約者がいたことは存じております」


 グローリア公爵令息は真っ直ぐにわたしを見た。


「無理にとは申しません。グローリア公爵家としても、この縁談を無理強いするつもりはありません。ただ、ほんの少しでも私との未来を思い描いて貰えればと思っております」


 極寒の海のようだと思った青い目が、今は不思議と春の海のように和らいで見えた。


「王都での生活にご不安を感じるのであれば、リリーディア嬢が女学院を卒業されるまでの間、定期的に王都にある我がグローリア公爵家のタウンハウスに滞在されては如何でしょう。兄君は王立学園に籍を置かれていますし、何かあってもすぐ会える距離にあります。リリーディア嬢の不安も減るのではないでしょうか」


 しばらく考え込んでいた兄が、私の顔を見た。


「リディはどう思う? リディの結婚なんだから、リディが決めていいんだぞ」

「わたしは……」


 父と兄、その人の視線を受けて、俯いてしまった。

 わたしが公爵夫人? 王都で暮らす?

 これまでとは違う未来を示されて、どうしたらいいかわからなくなってしまう。

 沈黙を破ったのはその人だった。


「リリーディア嬢にとっても、すぐに答えが出せないのは承知しております。ただ、少し私とのこれからを考えて頂ければと」


 交流パーティの時と同じ真っ直ぐな目で、わたしを見てそう言った。


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