表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

水面下の思惑

 

 縁談の申し込みをして二週間後、意気込んでフィールズ伯爵領に向かったウィリアムは無事、婚約を勝ち取って帰ってきた。

 更に、そのまま王宮へ向かったかと思えば、見事に最短ルートとなる王族に依頼し、婚約許可証を獲得してきた。


 うん。うちの息子、なかなかやるね!


 アメリアは感心した。しかし、王宮から帰って来たその青い目は、なぜか極寒を思わせるほどに冷たく無表情だ。気のせいか、背後にはブリサードが見えるような気がする。


「どうしたの、ウィリアム。フィールズ伯爵家との婚約許可は無事に下りたのでしょう?」

「……第一王子が」


 地を這うような低い声でウィリアムは言った。


「第二王子が起こしている騒動が収まるまで、リディとの婚約を公にするなと。リディが第二王子の学友のエドウィン・ローレンスの元婚約者だと言うことで、波風が立っても困ると」

「は!?」


 アメリアは目を見開いた。


「どういうこと!? 波風って、王家とうちの婚約に何の関係が……」


 リリーディアはゲームから離脱した存在だし、ウィリアムはそれで言えばモブキャラだ。

 王家に口を挟まれる筋合いはない……。


 ふと、頭の中でゲームの内容と「第二王子が平民の娘に入れ込んでいる」という噂、そしてアメリアにとっての『もう一つの気がかりなこと』が、パズルのピースが埋まるように繋がり始めた。


「……そういうこと。グローリア公爵家に喧嘩でも売りたいのかしら、あの王子は」


 アメリアはドレスの腰に差していた扇を手に取ると、シャラリと開いた。そして口元を隠すと悪巧みを思いついた猫のような笑みを浮かべる。


「母上?」


 母親がその笑い方をする時は、完全にブチ切れている時だ。息子は、完全に母親の怒りが王家に向いたのを知った。


「王家の尻拭いなんて誰がするもんですか。ウィリアム、あなたは()()()()()()()()()に心を配りなさい。それ以外のことは…」



 ◇◇◇


 恐らくウィリアムは「餌」だ。


 アメリアは夫に頼み、グローリア公爵家で雇っている密偵に第二王子とヒロインである平民の少女、二名の攻略対象、さらに『ある人物』について調べさせた。


 事態がここまでグローリア公爵家へ関与してきた以上、私財で雇った調査員よりも公爵家で雇っている密偵の方が早く、安全だ。


 フィールズ伯爵家について調べたのもその密偵であり、正確さと詳細な情報を集めてくる技能は、王家の密偵に負けてはいない。


 そもそも、あの交流パーティにウィリアムが参加する必要はなかった。高等部の生徒へ向けて、卒業後の人脈形成のきっかけ作りに開催されているものだ。

 卒業生も参加できるが、ウィリアムは良くも悪くも有名だから、顔を売りに行く必要はない。


 それでも参加したのは、第一王子の命によって、第二王子の様子を見てくるように言われたから。


 第一王子としては、学院での弟の様子も知りたかったのもあるだろうが、あわよくば——その平民の少女にウィリアムを近づけたかったのだろう。


 王家にとって最も厄介なのは、『第二王子が学院で平民の少女に入れ込み、婚約者であるバスター公爵令嬢を軽視している』という噂が本当になることだ。


 王位を継ぐのは第一王子と決まっている。そのため第二王子は卒業後、バスター公爵家の婿となる予定だ。

 しかし噂が真実だった場合、婿養子の話など一瞬で消えてしまうだろう。この国では側室や愛妾を持つことは認められていないのだから。


 王家としては建国当初からの貴族で、現宰相であるバスター公爵の怒りは買いたくない。第二王子の婿入り先も失いたくない。


 しかし、学院で第二王子は実際に、高位貴族の学友たちと一緒に平民の少女を厚遇している。

 既に第一王子と周囲の関係者は気づいているのだろう。平民の少女の周囲にいるのが、顔の良い高位貴族の息子ばかりだということを。


 だからこそ、ウィリアムを『餌』に使った。


 第二王子が平民の少女に入れ込んでいるとして。

 もし、その少女が自ら第二王子から離れれば?

 少女が誰かに恋をして第二王子から離れれば?


『第二王子が学院で平民の少女に入れ込み、婚約者であるバスター公爵令嬢を軽視している』という噂は本当でなくなる。


 丁度よく、平民の少女の取り巻きには婚約者がいない高位貴族が二人もいた。


 エドウィン・ローレンスは既に婚約を解消しているし、もう一人の寂しがり・チャラ男担当、侯爵の息子には、そもそも婚約者がいない。


 寂しがり・チャラ男担当、侯爵の息子のルートは、学院内で侯爵の息子に思いを寄せている貴族女子がライバルとなるためだ。


 この二人の高位貴族のどちらかが、少女の心を掴めば。


 第二王子は失恋するが、王家としての恥とはならない。精々、後年に若気の至りと言われるだけだ。


 そして第一王子はもう一つ、少女の前に「餌」をぶら下げようとした。


 公爵家の嫡男で、婚約者がまだいない男。少女より年上だが、社交界で『氷の王子』とあだ名が付くほど、顔が良い男。


 第二王子の様子を見るよう指示することで、お互いに遭遇し、結果として少女がウィリアムに惚れてくれれば……。


「……そう上手くいくものですか」


 けれど、交流パーティでウィリアムが出会ったのはリリーディア。


 聞けば、ウィリアムはリリーディアと一緒に参加していた兄のアーサーを送った後、遠目で第二王子とその一団を確認し、そのまま帰って来たという。


 第一王子の指示は「第二王子の様子を見ること」で、接触することではなかったし、リリーディアへ縁談を申込むことに頭がいっぱいだったらしい。


 結果的に第一王子の目論見は外れたと言える。

 ウィリアムは平民の少女と接触しなかったし、何より他家の娘と婚約したいと申し出たのだから。


 流石の第一王子も、婚約者ができてしまった状態で少女と接触させるのは不味いと考えたようだ。

 しかも相手は、目立たなくとも王家にとって必要となるフィールズ伯爵家。婚約するのを反対する理由もない。


 だからこその、唯一の苦肉の策が、「婚約を公にしないこと」だったのだろう。


 エドウィン・ローレンスの元婚約者に新たな婚約者ができたことを伏せることにより、第二王子周辺に波風を立てないようにし、平民の少女が取り巻きの男に目を向けることを待つ。


 王家の意としては偶発性を頼りにしすぎだと感じたため、夫に頼み、国王と王妃の考えを調べてもらった。

 彼らは第二王子の一時的な振る舞いと見ており、卒業後は落ち着くのでないかと思っているらしい。


 あくまでもウィリアムをダシにしようとしたのは、第一王子の考えのようだった。


 アメリアはグシャリと調査書を握りつぶしそうになったが、もう一人の人物の調査結果を読んでいなかったことを思い出す。


 アメリアが調査を依頼したもう一人の人物。それは第二王子の婚約者、シンシア・バスター公爵令嬢。

 第二王子の好感度を最も上げた状態で進めると、イベント最後の卒業式で断罪されてしまうライバル令嬢だ。


 アメリアは前々から、シンシア・バスター公爵令嬢は転生者ではないかと睨んでいた。


 バスター公爵家とは同じ公爵家であり、政治家としても一定の付き合いはある。何代も遡れば婚姻していたこともあるので、遠縁の親戚のようなものだ。


 アメリアがシンシア・バスター公爵令嬢と会ったのは七年前。


 ウィリアムがまだ侯爵家の娘と最初の婚約をしていた頃。別の貴族の結婚式に、来賓としてお互いに呼ばれた日のことだった。


 アメリアはその時、シンシア・バスター公爵令嬢が第二子のレオナルドを見て言った一言を忘れない。


「え!? 何であんた八歳なのよ!!」


 結婚式会場でお互いの家族で挨拶をした後だった。子供達の年齢をバスター公爵に聞かれた夫が答えると、それを聞いたシンシアがレオナルドに向かって怒鳴ったのだ。


 突然、年上の少女に怒鳴られた八歳のレオナルドはびっくりしてギャン泣き、十六歳のウィリアムは前に出てその背に可愛がっている弟を隠した。

 その、レオナルドを背に隠したウィリアムの顔を見上げて、シンシアの目の色が変わった。


「そっか、兄がいるんだ。じゃあ……」


 呟いたその先は聞こえなかった。すぐに父のバスター公爵に雷を落とされていたからだ。


 その時、アメリアは思ったのだ。

 このシンシア、もしかして転生者なのでは? と。


 シンシアと会った時、本来のストーリーならレオナルドは十歳のはずだった。

 けれどアメリアの作戦で、レオナルドはまだ八歳。このままでは、ゲームが進んでも王立学院で出会うことはない。


 アメリアの一番の目的はグローリア公爵家を守ること。

 そのため、ゲームの登場人物には近寄らないことをモットーにしていたし、自身が転生者だとバレないように細心の注意を払っていた。


 どこに転生者がいるか分からない世界で、自らが転生者だと知られるのはリスクが高すぎる。

 情報を得ることは大切だが、時に諸刃の剣ともなる。

 探っているのを知られないように、これまでは一見ただのゴシップを集める程度しか調査をしていなかったが、ここまで来たからには、徹底的に調べつくすことを決めた。


 今の状況で一番不可解なのは、シンシア・バスター公爵令嬢の生家、バスター公爵家が一切の動きを見せていないことだ。


 バスター公爵は一人娘を溺愛していると聞いている。『第二王子が学院で平民の少女に入れ込み、婚約者であるバスター公爵令嬢を軽視している』なんて噂が流れた時点で、バスター公爵家から婚約についての異議が出そうだが——バスター公爵家は今のところ、沈黙を貫いているらしい。


 シンシア嬢も学院で第二王子と平民の娘には近づかないようにしていると調査書には書かれている。


 ——もし、シンシアが転生者だったら? そしてシンシアの最推しがレオナルドだとしたら。

 幼すぎるレオナルドの代わりにウィリアムを目に止めてもおかしくない。


 七年前、シンシアがウィリアムを見た時、確かに「女の顔」をしたのだ。あれは十二歳の少女が見せる表情ではなかった。


 このままゲームの展開通りに、第二王子とシンシアの婚約が破棄されたら?


 シンシアはバスター公爵家の一人娘だ。シンシアが転生者であれば、断罪されないよう動くだろうし、そうなったら、余程のことがない限り、婿を取って公爵家を継ぐはずだ。


 もしシンシアが第二王子以外を婿に取る場合、最初に候補に挙がるのはグローリア公爵家の息子だろう。婚約者がまだ決まっておらず、特に何か問題を起こしているわけでもない。


 グローリア公爵家の嫡男は第一子のウィリアムだ。

 ただ、まだ爵位を継いでいない現時点で、どこかの婿養子に入るのであれば、弟のレオナルドに代わっても問題ない。


 これを誰かに話したとて、アメリアの杞憂と妄想だと一笑されるだろう。だから、これはもう女の直感だとしか言いようがなかった。


「ま、私の予測が違っていたとしても、王家とバスター公爵家の水面下の遣り合いに付き合う気はないわ……そう思えば、フィールズ伯爵家への縁談は渡りに船かも知れないわね」


 アメリアは記憶力が良かったが、同時に割と執念深かった。

 可愛い息子を怒鳴りつけて泣かせた女が「完璧な淑女に最も近い令嬢」なんて笑わせる。


 ウィリアムが選んだリリーディアとの婚約は、王家やシンシアの思惑を徐々に崩していることだろう。


 ニヤリと、アメリアは口元に不敵な笑みを作った。


 第一王子の指示は使えるかもしれない。

 フィールズ伯爵家との婚約は、ウィリアムとリリーディアには申し訳ないけれど、ゲーム終盤のイベントとなる卒業式が終わるまで隠してしまおう。


 それで何か起こっても、全て第一王子の責任にしてしまえばいい。


 例えば、第二王子が行った愚かな行為の代償として、希望した家との縁談を結べるよう王家が後押しする約束をしたとしても。その相手が、いつの間にか他の令嬢と婚約していたとしても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ