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乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる  作者: 高遠ゆめ
乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる
12/26

あなたと、これから

 


「ウィリアムさまは……こうなることをご存じだったんですか?」


 卒業式で起こった王家の婚約破棄騒動から一週間後。

 グローリア公爵家のお屋敷で、わたしはウィリアムさまと向き合って座っていた。


 一月に公爵夫人とお茶を飲んだ室内のテラスのガラス張りになっている大きな窓から見えるのは、セリシールという木に咲くピンクの花。

 風が吹くだけで舞い落ちる小さな花びらは、まるでピンク色の雨が降っているようだった。


「いや。ただ昨年の春、第二王子が学院で平民の少女に入れ込み、婚約者であるバスター公爵令嬢を軽視しているという噂が王宮に流れてきた。私は第一王子に命じられて、その周囲を探ることになった。その平民が他国の間者である可能性があったからな。私が昨年の交流パーティに参加していたのはそのためだ」


 テラスにはウィリアムさまと二人きりだ。

 目の前には冷たい紅茶と、グローリア公爵家の料理人が作った甘いお茶菓子。


「第二王子は、どうなったのですか?」

「公式に発表されるのは少し先になるが、バスター公爵令嬢との婚約は破棄、王位継承権を剥奪の上で王宮内に蟄居となった。その後どうなるのかは、まだわからない」

「アンリさんという方は…?」

「あの娘は、間者の可能性ありとして、厳密な取り調べを行っている。前提として、王立学院の高等科に平民が通う場合は、まず入学試験に合格しないといけないからな…その時点で馬鹿ではない。さらに王族に近づき、婚約破棄を唆したとなると、そこに他意があると思われても仕方ない」

「唆した、ですか?」

「第二王子が 『自分から有力貴族の令嬢との婚約を破棄した』となるより、『唆されて婚約破棄させられた』 とする方が、王家にとって都合がいいからな」


 その言葉に、何か覗いてはいけないものを感じた気がして思わず身震いすると、極寒の海のような冷たい青い目がわたしを見ていた。


 ウィリアムさまはわたしから視線を逸らしてため息をつく。


「だが、ようやく終わった……何もかも。これで私は自由だ。やっと愛する人に思いを告げられる」


 ウィリアムさまは上着のポケットから何かを取り出すと、わたしの前に突然跪いた。


「リリーディア、待たせてすまなかった。どうか、この指輪を受け取ってほしい」


 そう言って左薬指にはめられたのは、ウィリアムさまの目を思わせるような青い宝石がついた指輪。


「えっ……」

「本当はもっと早くに渡したかった。だが、仕えている第一王子から、リリーディアとの婚約を周囲には伏せるようにと指示されてしまった。第二王子の失態によっては国内情勢が変わることもある、その場合、フィールズ伯爵家に害が及ぶ可能性があると言われて……いや、言い訳だな」


 ウィリアムさまの青い目が揺らいで、不安げな光を灯す。


「書面での婚約から十ヶ月も経ってしまった。不甲斐ない男ですまない」

「わたしで……良いのですか?」

「君がいいんだ。これからも、この先もずっと」


 左薬指に感じる婚約指輪の僅かな重み。重ねられた手の温かさ。


「それとも……やはり、早いだろうか。まだ、以前の婚約者を思う気持ちが残っているなら……」

「え?」


 元婚約者……エドウィンさまのこと?

 すっかり忘れていた。そういえばあの時、エドウィンさまも一緒に連行されていったわ……。


 元婚約者の顔がおぼろげに脳裏をよぎったけど、そんなことよりも。


 どうして、この人は。

 

 わたしよりずっと年上で、いつも落ち着いていて、余裕があって、冷静そうで。

 それなのに、どうしてこんなに可愛く見えるのだろう。


 この人ならきっと、わたしよりもずっと家格も良く、綺麗で優秀で、誰からも羨ましがられるご令嬢を選ぶことができるだろう。

 わたしのような、特に裕福でもない片田舎の伯爵令嬢じゃなくて。


 それでも、わたしの返事をこんなに不安そうに待っているなんて。


「ウィリアムさまは初めて会った時、『自分の心を落ち着かせる時間が必要だ』 と言ってくれましたよね」

「ああ……」

「あの時、わたしは早く以前の婚約者のことを忘れて前に進まなくちゃと焦っていて……けれどそれができなくて苦しくて。だけど、あなたに会って、時間はかかっても良いんだと、急がなくていいのだと……そう思うことができました」


 わたしはウィリアムさまの手を握り返した。


「ねぇ、ウィリアムさま。わたしの中で『自分の心を落ち着かせる時間』は終わりましたわ」


 ―どうか、どうか。言葉だけでなく、わたしの思いの全てが、この人に伝わりますように。


「わたしもウィリアムさまと、ずっと一緒にいたいです」


 ウィリアムさまが膝立ちになって、そのままぎゅっと抱きしめられる。そして、気づけばウィリアムさまは椅子に座っていて、わたしはその膝の上に横向きに座らされていた。


「あ、あの!」

「もう我慢しない。本当は婚約披露パーティなんかよりも、さっさと結婚したいんだ……二年は長すぎる」


 ウィリアムさまの手が腰に回されて、整った顔がハーフアップにしているわたしの髪に寄せられた。男性の顔が近くにあるという状況は、相手が婚約者でもわたしには刺激が強すぎた。


「え、えっと、そうですわ、バスター公爵令嬢はどうなさっているのですか? ずっと思いを寄せていた方がいると言われていましたが……」

「知らない。興味もない」


 どうでもいいようにウィリアムさまが答えた。そのまま、わたしにだけ聞こえる程の小ささの声で言う。


「本当は一月の新年のパーティでリディと踊りたかったし、その後にうちの屋敷に来てくれた時も、一緒に何処かへ出かけたかった。それなのに、第二(クソ)王子が面倒ごとを引き起こしているせいで、リディと一緒に出歩くなと言われたし、休みは返上させられたし……いや、第二(クソ)王子の周辺が馬鹿なことをしたからリディに会えたのか? ……まあどっちにしろ、王家滅びろ」

「ウ、ウィリアムさま!?」


 最後に聞こえた言葉に、わたしはびっくりして、思わずウィリアムさまから体を離そうとしたけど、さらに力強く抱きしめられて動けなくなってしまった。


「リディ、好きだ」


 そのまっすぐな言葉に心臓が波打った。


「交流パーティで君と初めて話した時……泣いていた君の話を聞いて、正直言うと、君の元婚約者を羨ましいと思った。涙を流してくれるほど愛されていた君の婚約者が羨ましかったし、こんなに愛されているのに他の人間に心を移す元婚約者に怒りも感じた。けれど、君が兄君と帰って行った後に思った。『私なら絶対に君を泣かせないのに』と」


 ウィリアムさまは自嘲するように少し笑う。


「自分でも可笑しな話だと思う。かつて『愛される未来が見えない』と言われて捨てられた男が、『自分なら絶対に泣かせない』と思うなんて」


 愛おしげに髪を撫でられて、頬に長い指先で触れられて、顔を覗き込まれた。温かな春の海のような青い目がわたしを映し出す。


「それでも……誰かを思って泣いてしまうほど大切にできる君に、また会いたかった」


 わたしは抱きしめられたまま、ウィリアムさまを見上げた。 


「ウィリアムさま、どうか……愛される未来が見えないなんて、おっしゃらないでください」


 どうか、どうか。この気持ちが、心からあなたに伝わりますように。


「わたしには、ウィリアムさまと『愛し合う幸せな未来』が見えますわ」


 だって、と、わたしは微笑む。


「わたし、心からあなたをお慕いしていますもの」

「ウィル、リリーディアちゃん! 二人の婚約披露パーティの招待状を貴族連中に送り付けてきたわ! 先手必勝よ、これで王家にも何処かの貴族にも手は出させないわ!」


 聞き慣れた声がして、気づくとテラスの入り口に、公爵夫人が立っていた。


「あらあら」


 ウィリアムさまの膝の上に座っていたことを見られて真っ赤になっていると、うふふと公爵夫人が嬉しそうに笑う。


「仲良しさんねぇ。あら、()()()()()()のね、その指輪」


 公爵夫人はわたしの左薬指の指輪を見て言った。


「ところでリリーディアちゃん、一緒に、婚約披露用のパーティドレスの生地を選ばない? わたしの生家から沢山生地が届いたの」

「母上。今日はリディとの時間は私のものです」

「でも婚約披露パーティまで1ヵ月半しかないのよ、早く準備しないと」

「そ、そんなに早くですか!?」


 たしか普通、早くても準備に三ヵ月はかかるはずだ。結婚式ほどではないけど、ドレスや会場の選定、食事の準備、たくさんのことを決めないといけないのだから。


「大丈夫! ドレスはわたしの生家のコネをゴリゴリに使うし、こんな時のためにお金があるのよ、安心して? お父さまのフィールズ伯爵も了承しているから、準備は任せてね。リリーディアちゃんの好みに合わせたパーティにしましょうね!」

「母上」

「もう。仕方がないわねぇ」


 ウィリアムさまが公爵夫人をじっと見つめると、夫人は呆れたように頬に手を当てた。


「わかったわよ、今日は諦めるわ。でもリリーディアちゃん、明日は私とドレスを選びましょうね!」


 扉は開けとくわよ、嫁入り前の娘さんに不埒なことをしたら承知しないからね、と言って公爵夫人は足取り軽くテラスから出て言った。


「我が母ながら、台風のような人だ……」


 ウィリアムさまはため息をついたが、わたしを軽く抱えると、自分の膝から降ろした。


「リディ、出かけよう。二人で街へデートに行こう」

「デートですか?」

「ああ。リディは普段王都にいないだろう? 本当は連れていきたいところも、見せたいものも沢山あるんだ。この前来てくれた時は、仕事で何処にも一緒に行けなかったから」


 そう言ってウィリアムさまはエスコートのために手を差し出した。

 わたしはその手を取って、ウィリアムさまを見上げた。


 ——初恋は実らなかった。だけど、実らなかったからこそ、この人に会えた。


 大好きな、温かな春の海のような青い目。貰った指輪には、それと同じ色をした青い宝石。


 わたしはこの人と一緒に、これからの未来を生きていく。


次回、タイトル回収へ続きます。

もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

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