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乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる  作者: 高遠ゆめ
乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる
10/26

公爵家で過ごした日々

 

 この冬、公爵家へ滞在した二週間は、わたしにとって実りのあるものだった。


 公爵家に滞在して二日目に、兄は「もう一日滞在しないか」というグローリア公爵からのお誘いを断って、卒業試験の勉強があるからと、公爵家から借りた馬車で王立学院の学生寮へ戻っていった。


 ウィリアムさまとグローリア公爵——お義父さまと呼んでほしいと言われた——も仕事で王宮に出かけ、わたしは公爵夫人に朝のお茶に誘われた。


 日が差し込む暖かな室内のテラスで、公爵夫人と一緒にお茶を飲みながら、わたしは今の自分に足りないもの——外交官の妻として、将来の公爵夫人として、これから必要になるものを尋ねた。


 今日も美しい水色のドレスを着た公爵夫人は、少し考えて答えてくれた。ちなみに、わたしは夫人が用意してくれた淡いピンクのドレスをお借りしている。……怖くて聞けなかったが、きっとこのドレスも高価なのだろう。


「そうねぇ…まずは好きなことから勉強してみるのが良いんじゃないかしら」

「好きなこと、ですか?」

「そう。外交官の妻になるために、必要なことは幾つもあるけれど、まずは好きなことや興味があることから勉強していくのが良いと思うわ。リリーディアちゃんは何が好き?」

「そうですね…本を読むことは好きです」

「そう…それなら、まずは隣国で流行っている本を取り寄せて読んでみたらどう? そうすれば、隣国の方とお話しする時の話題の一つになるし、歴史や文化を学ぶことが出来るかもしれないわ。言語を覚えるのが嫌いでなければ、翻訳されたものではなくて、原書を読んでみてもいいわね」


 夫人の口から、わたしがすぐに取り組めそうなことがどんどん出てくる。


「わたしはね、色が好きなの」


 夫人は新しいお茶をメイドに淹れさせながら言った。


「わたしの実家は、特産品が染料なの。だから、子供のころは沢山の色で染められた布に囲まれて育ったわ。布が鮮やかに染まっていくのを見るのが好きだった。さすがに、染色まではさせてもらえなかったけれど」


「染料で肌が染まってしまうのよ」と、夫人は懐かしいものを思い出すように、どこか遠くを見た。


「そして、他国の染料に興味を持ったの。他国ではどんな染料があって、どんな色に染まるんだろうと想像するだけでわくわくした。そこから少しずつ知識や、他国の言語を覚えたわ」


 だからね、と夫人は一口紅茶を飲んで続けた。


「まずは自分の興味があることから、広げていくのが良いと思うわ。そして、積み重なっていく小さな経験は決して無駄にならない。立派な外交官の妻だと言われるのも、立派な公爵夫人だと言われるのも、そういうものを積み重ねた結果よ」


 ふふふと微笑んで、公爵夫人は言った。


「少しずつでいいのよ。まずは、始められそうなところから、ね?」


 公爵家の滞在中、ウィリアムさまは勿論、夫人も、そしてグローリア公爵も、わたしにとても優しかった。


 ウィリアムさまとグローリア公爵は、お仕事が忙しいようで王宮に行っていることが多かったけど、夕方にはお屋敷に帰って来て、夕食を共にしてくれた。


 仕事から帰って来たウィリアムさまを、わたしが夫人と一緒に出迎えると、いつも「母上に何か無理を言われていないか、無茶をさせられていないか?」と尋ねてきて、気づけば夫人がウィリアムさまに「何もしてないわよ!」と返すのがお決まりになっていた。


 ウィリアムさまの弟のレオナルド君は、わたしより一歳年下で、王立学院の中等科三年生だった。

 顔立ちが公爵に似ているウィリアムさまと違って、レオナルド君は夫人によく似ていた。


 黒髪で、夫人と同じ猫のような目の形。色は公爵と同じ灰色がかった青色だった。身長はわたしと変わらないぐらいで、服装を変えれば女の子に見間違えるほど、綺麗な顔をしていた。


「これが兄上の婚約者? なんか地味…」


 公爵家に滞在した初日、一泊することになった兄と一緒に夕食の場で紹介された時、わたしの顔をじっと見たレオナルド君がぼそりと言った。


 次の瞬間、


「失礼。父上、母上。少し席を外します」


 ウィリアムさまが凍てついた冬の海のような目をして、レオナルド君の腕を掴むと、ズルズルと何処かへ消えていった。


「許します」

「次の料理が出てくる前に戻ってくるんだぞ」


 公爵夫妻はウィリアムさまにそれぞれ答えると、何事もなかったように、呆気に取られる兄とわたしに料理を食べるように勧めた。


 しばらくして戻って来たウィリアムさまは、何も言わずに食事を再開し、レオナルド君は青い顔をして震えながら、わたしたちにもう一度挨拶してくれた。


「ようこそ…僕のことはレオナルドと呼んでください…これからよろしくお願いします、リリーディア義姉上、アーサーさま…」


 席を離れている間に何があったかは聞けなかったけれど、レオナルド君も「将来の義姉ですから!」と、びっくりするぐらい礼儀正しく接してくれた。


 そして、女学院が再開する少し前、わたしは公爵家の馬車でフィールズ伯爵領に戻った。


 フィールズ領でわたしは、公爵夫人のアドバイス通り、まず原書で隣国の本を読んでみることにした。

 わからない単語も沢山あって辞書が手放せないけれど、一冊読み終わった時は達成感があった。

 次の目標は、辞書を使わないで本を読むことにした。些細なことかも知れないけど、少しずつ何かを身に付けて、ウィリアムさまの役に立ちたい。


 王都にいるウィリアムさまとは一週間に一度、手紙のやり取りをしている。

 わたしが手紙に読んでいる本について書くと「今、その本を読んでいる」と書かれていることもあって、お互いに本の感想を送り合ったりもした。


 次にグローリア公爵家を訪ねるのは、兄が王立学院を卒業する三月だ。


 ——会えない期間はたった二ヶ月。そうわかっているのに、またすぐに会えるのに。

 誰にも言わなかったけれど、早くウィリアムさまに会いたかった。


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