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マクシーネのスパイス店(1)

マクシーネ・フォーゲラーの経営するお店は『黒珊瑚通り』と呼ばれる小路の側にあった。

間口の狭い、小さな店が並んでいる通りで、マクシーネが経営するスパイス専門店の右隣には、ジークが以前話していたビーチコーミングの専門店、左隣にはぬいぐるみショップがあった。ぬいぐるみショップもチラッとのぞいてみたが、ウサギやクマのぬいぐるみといった定番の他に、イルカやシャチなど、さすが海の側の街、という品も置いてあった。個人的には、アップルパイのぬいぐるみがあったのが気になった。あれを枕に昼寝をしたらいい夢が見られそうだな。


マクシーネの店のドアを開けると

「いらっしゃいませ。」

と元気な声がした。しめ縄のようなおさげ髪をした私くらいの年の女の子が店番をしていた。

「あっ!ジーク様だ。店長!ジーク様が来られましたよ。」

少女が店の奥の方に声をかけると奥から美しい女性が出てきた。年齢不詳の幽艶な美人で、少女のようにもそれなりの年齢にも見える顔をしていた。知性を宿した瞳に品格のある表情をしていて、貴族の貴婦人と言われても信じられそうな立ち姿である。とゆーか、この人よりはるかに頭悪そうで品の無い貴族女性、普通にいっぱいいる。


店内は綺麗に整理整頓されていた。壁沿いの棚には美しいガラス瓶や陶磁器の壺がずらりと並んでいる。瓶の中には、粒や粉が入っていて、店内は刺激的でありながら、どこか懐かしい香りであふれていた。

正直、スパイスのお店と聞いた時には、パクチーとか八角とか外国の料理に使われる、微妙な香りの薬草臭を想像していた。

そう思っていたのには理由がある。


私が文子だった頃友人にオリエントマニアの子がいた。その子と修学旅行で同じ班になったのだが、自由行動の日にオリエント雑貨の輸入店に行ってみたいとその子が言った。別に反対する理由もなく、班の皆でネットで調べたオリエント雑貨の店に行った。店に着くと店の人は、ウエルカムドリンクでカルダモン入りのコーヒーを出してくれた。

そのコーヒーは神経が活性化されるような味をしていた。(精神ではない。)


一口飲んだだけで神経と細胞の一番端っこにまで伝わったすさまじい衝撃!

故郷を遠く離れた見知らぬ街でお腹を壊したらどうしよう。と不安になった。あの、腐敗したアーモンドミルクですらこれほどの痛恨の一撃は与えなかった。

なぜ、この世にはおいしいものや珍しい物が数々ある中で、わざわざ私はこういうものを口にしてしまったのか。中東の人達はコレを普通にガブガブ飲んでいるのか。今までこの店で苦情とか出た事はなかったのだろうか。

一応言っておくが、まずかったわけではない。衝撃的な味だっただけだ。まずいとかおいしいとかいうスコープをはるかにぶっ超えてしまった飲み物だったという事だ。


なので、好奇心半分、恐怖心半分でやって来たマクシーネさんの店だったが、店内はむしろ良い香りで溢れていた。まるでポプリポットの中に入り込んでしまったような感覚だった。


店内でまず感じたのは、柑橘系の果物を思わせる香りだった。レモンやオレンジの果皮を乾燥させた物があるのだろうか?それとも、レモングラスのようなハーブ?それと同時に、海の香りを感じた。


「ようこそおいでくださいました、ジークレヒト様。」

「やあ、マクシーネ。今日は友達を連れて来たんだ。」

ジークは、そう言ったが、私やエリーゼの名前は言わなかった。誘拐などの事件に巻き込まれたりしないよう、エリーゼや私がブルーダーシュタットに来ている事は地元の方には一応秘密なのだ。


「いらっしゃいませ。どうぞ、ゆっくりご覧くださいね。ニコラ、『本日休業』の札をドアにかけておいて。」

と、マクシーネは言った。

「え・・あの。」

「狭い店ですから。ゆっくりと見て頂きたいのです。ジークレヒト様のご紹介ですもの。」

そう言ってマクシーネは微笑んだ。


「ありがとうございます。といってもあまりスパイスに詳しくなくて。コショウは大好きなんですけれど。」

店内の瓶や壺の前には『ターメリック』『クミン』『サフラン』など名前が書いた札が置いてある。胡椒も、黒だけでなく緑の物ピンクの物、更に産地などでも細かく分かれているようだ。


「店に入って来られた時、何の香りを最も強く感じられましたか?」

とマクシーネは聞いた。

「一目惚れならぬ、一嗅惚れって大事な感覚なんですよ。自分に一番必要な物、ずっと大切にしていきたいと願う物、それを知るには一瞬で十分なんです。」

まるで歌を歌うような優しい声で話す女性だった。この美しい声に惹きつけられた男性は多かったかもしれない。


「私は甘い香りを感じたわ。シナモンやジンジャーが入ったケーキやクッキー、それと紅茶のような香りを。」

とエリーゼは言った。ニコラと呼ばれた少女が、『シナモン』『ショウガ』と書かれた瓶を取ってエリーゼの前に並べた。

「お嬢様は、お茶になるハーブがお好きなようですね。」

と言ってマクシーネは更に複数の瓶を取って並べた。この店はスパイスだけでなくハーブもたくさん取り揃えているらしい。


「そちらのお嬢様はいかがですか?」

とマクシーネは私に聞いてきた。

「私は柑橘系の香りと・・あと上手く言えないんですけれど、海の香りがしたような気がしたんです。」

マクシーネが軽く目を見はった。

「海の香りって、もしかしてお塩?」

とジークが聞く。

「ああ、そう言われたらそうかも。」

「お嬢様、こちらの香りはどう思われますか?」

そう言って、マクシーネが壺の中身を見せてくれた。中に入っているのはやけに黒ずんだ塩のような物だった。

「ああ、確かにこんな感じです。」

「これは『藻塩』と言いまして、海藻の香りと栄養を塩に移した物なのです。」


そう言われた時わかった。海藻だ!海苔とか昆布とか、海藻の香りが漂ってきて懐かしいと感じたんだ!


自覚すると、急に海藻の香りが強くなった気がする。それと同時に海苔を巻いたおむすびや、昆布出汁のうどんが思い出されて、喉がゴクリとなりそうになった。


「もしかして、この店海藻を置いてますか?」

「はい。西大陸では、あまり海藻を食べる事はありませんが、東大陸では普通に食べられています。鉄分やヨードと言った栄養が豊富なので、特に女性は多く食べる事が推奨されているのです。私も薬の感覚で、海藻を置いているのですが。」

と言って見せてくれた壺の片方には『コンブ』もう一つには『アオサ』と書いてあった。


うっわー。旧日本人の、骨にまで染み込む良い香り!

「これ、スープに入れたら絶対おいしいですよね。『アオサ』の方は、お米や油で揚げた芋にかけたりしたら。」

「油で揚げた芋・・。」

みんながちょっと、ポカンとしていた。そうだった。こちらの世界では揚げ物という料理が無いんだった。でも、このアオサって、絶対ポテトチップスに合う!


この店に入った時、レモンの香りがしたような気がしたが、正直今それはどうでもいい。レモンが食べたきゃレモンを買ってかじっていればいいのだ。でも、この海藻の粉は、きっとここじゃなきゃ手に入らない。


「私、この海藻の粉全部買います!あと、できたら、まだ粉になる前の塊というか、乾物はありませんか?それも欲しいです。」

もしも、乾燥昆布が手に入ったら昆布出汁のスープが飲めるようになるのだ。

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