ブルーダーシュタットの朝市(2)
ゲテモノ食のエピソード有りです
ウミガメのスープの話も出て来ます
苦手な方はご注意下さい
1つは、私自身が職業の情報を知りたいからだ。もしも将来家出して亡命し、平民のふりをしながら何か仕事をする事になった場合、情報を持っているかどうかで生活の質が全く変わるのだ。
殺人事件の被害者になるのはごめんだが、かと言って売春婦とかには絶対なりたくない。レベッカとしての知識と文子の時の経験を使って、就ける仕事を今から心構えしておきたいのである。
そして、もう1つの理由は、その図鑑の職業の中に『プラントハンター』という職を混ぜ込みたいのだ
実を言うと、プラントハンターこそ私が一番なりたい職業だ。遠い異国の地を旅して、珍しい植物を採集し持って帰るお仕事である。私はこれになって、世界中の珍しい果物、野菜、木の実、薬草を見つけたい。そして世界のどこかにあるかもしれない『ゴムの木』と『カカオの木』を見つけたい。
『プラントハンター』になる為に必要なのは、体力と行動力、植物学の知識に外国語を話す言語力、ケガや病気になった時の為の医療知識、他に必要とあれば崖を登るほどの腕力に、熊や盗賊とエンカウントした時の為の武力、それに現地の人から情報を手に入れる為のコミュ力であろうか。
私自身もなれるものならなりたいと思っているし、できれば孤児院の子供達の誰かになってもらって、カカオの木とゴムの木を見つけ出し、木の実や樹液を持って帰って来てほしい。だけど子供達に無理強いはしたくない。だから、子供達に図鑑を見せて世の中にはプラントハンターという職業があるのだと知ってもらい、自らの意思でその職業を選んでほしい。
別に子供をプラントハンターにさせなくても、実在する冒険者や商人に頼んだらと思われそうだが、商人は利益が出ない事はやってくれないし、冒険者達は北方航路の開拓とか、誰も登頂した事の無い高山に登るとか、そういった木が生えていない所にばかり行きたがるのだ。
カカオの木とゴムの木を探しに行きます。と言ってくれたら、喜んで私のお小遣いを出資するのに!
「図鑑という事は絵が付いてるのかい?」
とジークが聞いてきた。
「そうですよ。字ばっかりの本じゃ、子供達に興味持ってもらえませんからね。仔犬のコックさんとか、仔猫の天文学者とか、可愛い絵をできる限り付ける予定です。」
「ふーん。別に孤児に限らず、これから働き始める子供なら誰でも興味持ちそうな本じゃないか。そんな本ができたなら、僕は領地中の学校と薬科大学に寄付する為に買うよ。そうだな、とりあえず20冊。」
「本当ですか!やったあ。ユーバシャール孤児院とヘルダーリン孤児院と自分用と3冊しか作らないつもりだったけど、クラリッサに報告しときますね。クラリッサも喜びますよ。てゆーか、ジーク様も領地の事いろいろと気遣ってるんですね。」
「一応『跡取り息子』なのでね。周囲に怪しまれないようにある程度は領地に関わってるよ。」
「ほほう。えっ!タコ焼き。何それ。おいしそう。」
私は新たなる屋台へと突進して行った。
タコ焼きは、旧日本人の私がイメージした丸い粉物ではなくて、タコの足の姿焼きだった。グロテスクと言えばグロテスクな姿に地元っ子のユリアもちょっと引いていたが、私は迷わず購入した。
思えば文子だった頃は、生のタコか茹でたタコしか食べた事がなかった。生まれて初めて食べる焼いたタコは、まあ想定の範囲内の味だった。
「もっと、珍しい食材ある?」
と屋台の店主に聞いたら
「これ以上にですかっ!」
とアーベラに叫ばれた。おばあちゃま店主が勧めてくれた食材はナマコの筋肉だった。
泣きそうな表情で毒味したアーベラが
「・・噛みきれません。」
と言った通り、ナマコはなかなかの歯応えをしていた。味は海味というか、たいした味はついていない。一応これは高級食材なのだと、おばあちゃま店主が説明してくれる。わかるよ。ナマコは、地球でも、特に中華圏において高級食材だったもの。
次に食べてみたのはアメフラシの卵のスープ。
「食べられるんですか⁉︎それ!」
とアーベラに叫ばれたけど、日本では『海そうめん』と呼ばれていて、普通に食べられていた。まあ、見た目はそうめんというより、中華麺のようだが。
「カエルの卵みたいな見た目じゃないですか!」
まあ、そうも言えるな。
食べてみると食感がプチプチしていて、海ブドウを食べているような感じだった。味はトマト味だった。なぜなら卵はトマトスープにインしていたから。
「そうだ、スープといえば。一度でいいから食べてみたい高級レアスープがあるんだった。」
「レアな食材って人肉ですか?」
すでに、ものすごく投げやりな感じになっているアーベラが嫌味を言う。
「広義においてはそうも言えるかも。」
「お嬢様!人肉は無理とおっしゃっていたではありませんか‼︎その一線は超えてはいけません。」
「どういう意味?」
と面白そうな顔をしてジークが言う。
「では、ジーク様。ここで一つ謎かけをします。ある人がレストランに食事に行き『ウミガメのスープ』を食べました。そのおいしさに感動したその人は家に帰って・・。」
「うん。」
「自殺しました。なぜでしょう?」
「・・・。」
脈絡のない展開に全員ポカーンとしている。
「・・よくわからないけれど、もしかしてベッキーが食べたいとさっき言っていたのは『ウミガメのスープ』?」
「はい。」
「広義において人肉である。ってのと、なんか関係あるの?」
「はい。」
『ウミガメのスープ』問題に代表される水平思考ゲームは『はい』『いいえ』『関係無し』で答えるのがルールだ。なので、シンプルにそれだけで答えてみた。
「わからない。」
「最後の晩餐のつもりで行ったレストランだったとしか・・。」
「レストランが人肉を出すわけもないわよねえ。」
皆首をひねっているので、答えを教えてあげた。
「実はその人は、船に乗っていて遭難し無人島にたどり着いた事があったのです。そして、遭難した人達の中に餓死者が出始めた頃、仲間の一人が『ウミガメのスープ』を作って食べさせてくれ、そのスープのおかげで、その人は救出されるまで生き残る事ができました。ところが、後日レストランで食べたウミガメのスープは、かつて無人島で食べたウミガメのスープとは全く違う味だったのです。もしかして、あの時食べたウミガメのスープは本当は!良心の呵責に耐えられなくなったその人は、自殺してしまいました。・・という話なのです!」
「ちょっと待ってちょうだい。意味が全然わからないわ。」
とエリーゼが言った。
「何で、その程度で自殺するの?死ねば、一介の人間も一介のお肉になるんだから、良心の呵責も何もないでしょう。死んだ仲間の分も強く生きていけば良いのではないの。」
「誰もがエリーゼ様みたいに強心臓じゃないんですよ。」
「私って、少数派なの?ジークやユリアはどう?」
「わ・私だったら、自殺する前にショックで心臓が止まってしまうと思います。」
と、ユリアが言った。
「私だったら、お腹が空きすぎていて、あの時は舌が馬鹿になっていたんだな、って思いますね。そもそも、レストランと無人島では使える調味料の数が違うでしょう。同レベルの味の物がレストランで出てきたら、そんなレストランは秒で潰れますよ。」
とジークは答えた。
「そもそも、一番の強心臓なのは『ウミガメのスープ』を作った人じゃない。それに比べたら食べるくらいなんて事ないわ。」
とエリーゼに締めくくられた。
そう言われてみればそうねー。と思いつつ、私はウミガメのスープ屋はないかな?と探した。
「お嬢様。ウミガメはやめておきましょうよ。奴らは爬虫類ですよ。お嬢様は、爬虫類がお好きではないですか?」
「だから探している。」
「いや、でも、そんな・・。」
「あ!焼きたてのサバをパンに挟んで売ってる。おいしそう。」
「ちょっと待ってくださいっ!何で、ここまでキワモノを続けておいて今更サバなんですか⁉︎サバならエーレンフロイト領でいくらでも食べられます。」
「いつか、エーレンフロイト領に行った時じゃなくて『今』焼きたてで、脂の滴っているサバを食べたいんだけど。何でメジャーな食材まで反対するの⁉︎」
「私がもうお腹いっぱいで、毒味ができないからです。」
知った事かあ!
と叫びそうになったけど、ぐっと我慢して。
「もうお腹いっぱいってアーベラって、少食なんだね。」
「ゲテモノって、お腹がいっぱいになる前に、胸がいっぱいになりませんか?」
「屋台の店主さん達に失礼な。」
「まあまあ。」
ジークが、間に割って入って来た。
「朝市は、毎日やってるんだし、そろそろマクス姐さんのお店に行かない。ここから目と鼻の先にあるんだよ。情報通の姐さんに聞いたら、珍しい職業や、ウミガメのスープを出してくれる店の情報が教えてもらえるかもしれないよ。」
まるでやりてのツアーコンダクターのように、ジークは私達を誘導し始めた。
まあ、いいか。ブルーダーシュタットには3週間いる予定なのだから、サバを食べる機会はまたあるだろう。
私達は、ひょこひょこと、ジークの後について歩き出した。